山本弘「アイの物語」角川書店
相変わらず、山本弘は青臭い。だから好きだ。
出版が角川書店というハンデを背負いながらも「SFが読みたい!2007年版」の国内部門で堂々の第2位とくれば当然大いに期待してしまう。そして、文句なしに期待を上回ってくれた。泣いたよ、ああ、泣いたとも。
遠い未来。世界はロボットが支配している。人はロボット達の倉庫や輸送車を略奪して細々と生きている。「僕」は食料を盗もうとして失敗し、怪我をしてロボットに捕まってしまう。少女の姿のロボットはアイビスと名乗り、「僕」に物語を語る。人とロボットの歴史を。ただし、「真実は語らない」という条件で。
全体の枠組みは千一夜物語と同じ、語り部が物語を語る形式の短編集。人とロボットの歴史を辿る形で各短編が並んでいる。前半のテーマは「人と物語」であり、次第に「人とロボット」に移っていく。アイビスが語る物語の中で、次第に世界の謎が明らかになる。
なぜ人は衰退したのか。
なぜロボットが世界を支配しているのか。
ロボットは何をしようとしているのか。
そして、なぜアイビスは物語を語るのか。
日本人が日本を知るには、外国で生活してみるといい。日本がどんな特徴を持っているかがよく分かる。
何かを知るためには、それとは違う、けれどそれと比べられる物があるといい。
ヒトを知るには、知性を持ち、かつヒトでない存在を、ヒトと比べればいい。例えば異星人とヒト、例えばロボットとヒト。
だからSFは異星人やロボットを扱う。「人とは何か」に答えるために。ヒトをもっとよく理解するために。
「詩音が来た日」は、そのSF王道のテーマ「人とは何か」に取り組んだ作品。主人公は老人保健施設で働く介護士、神原。ある日、新規に開発された老人介護ロボット詩音がやってくる。目的は動作検証と、現場で経験を積むこと、つまり教育。神原は詩音のパートナーに指名される。パワーこそあるものの、人の心を持たない詩音は様々な問題を起こす。神原と共に働くうち、教育の成果もあって次第に成長してゆくが…
見事だ。この舞台でこの表現。実にわかりやすい。否応無しに納得してしまう。本当は納得してないけど、しょうがないよね、私も人だから。
ところでこのタイトル、梶尾真治の「詩帆が去る夏」と関係は…考えすぎか。
作家にとって「人と物語」は切実なテーマだろう。前半で語られたこのテーマは「詩音が来た日」「アイの物語でいったん背景に退くが、最後のインターミッションで再び蘇る。
人はなぜ物語を語るのか。
山本氏はこの大きな問題に解を示す。ジャンルの枠を超え、全ての文学、いや映画や舞台も含む全ての物語に通用する解を。しかも、SFだけが示せる形で。
SFが好きで良かった。本当に、良かった。
各短編のあちこちにオタクの心をくすぐる仕掛けがあるのも嬉しい。社長、そこはマよりむしろセではないかと。
山本氏のサイトにこの作品の解説と雑誌掲載時のイラストがある。解説は作品を読んでから見たほうがいいと思う。重要なネタをバラしてる。
山本弘のSF秘密基地:http://homepage3.nifty.com/hirorin/index.htm
アイの物語:http://homepage3.nifty.com/hirorin/ainomonogatari.htm
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