ガブリエル・ウォーカー「スノーボール・アース」早川書房
スノーボール・アース(雪玉地球)仮説を巡る、地質学者たちの研究と論争を生々しく描いたドキュメント。地質学だけに限らず生物学や物理学にまたがる学際的に仮説を検証する部分も面白いが、それ以上に地質学者たちの野性的な生活や確執に満ちたやりとりに紙数を費やしている。あまり科学に興味のない人でも、灼熱の砂漠や極寒の氷原での冒険に興味があれば、充分楽しめる。
地質学者たちのフィールドワークは、まるでインディ・ジョーンズの一シーンの様にタフで荒っぽい。吹雪のグリーンランドでクレパスに落下し、北極圏で蚊やブヨと格闘し、熱帯のサンゴにドリルをふるい、ナミビアの砂漠で毒を飛ばすコブラから逃げ出す。著者もナミビアで怒れる野生の象と対峙し、その恐怖を語っている。学者というより探検家・冒険家という呼称が相応しい。
論争の中心となるポール・ホフマンは、一時期マラソン選手を志すほどの強靭な肉体を持つ行動派。性格は強引で傲慢、しかし周囲の人に「ポールに認められたい」と思わせる何かを持っている。北極に憧れカナダ地質学調査書に入るが、トップと諍いを起こして追い出される。
相棒のダン・シュラグは上品で社交範囲が広く、34歳でブリンストン大学の終身在職権を得るほどの天才。人と衝突しがちなポールのクッション役を果たしつつ、優れた頭脳でポールのアイデアを裏書する説を組み立てる。
二人で仮説を誕生させる過程もドラマチックだ。ポールはナミビアで採取した炭酸塩岩の炭素の奇妙な性質についてダンに相談する。ダンは見事に謎を解き、激論を交わしつつポールの仮説に引き込まれていく。
他にも魅力的な人物が多数登場する。初めて全地球凍結の可能性を示したブライアン・ハートランドは、73歳になってもシロクマがうろつく海岸のテントで眠る。凍結からの復元過程を考えたジョー・カーシュヴィンクは、学生に荒唐無稽な仮説とその検証方法を課題として出す。反対派のニック・クリスティー=ブロックは細部にこだわって突っ込みを入れる。ジョージ・ウイリアムズはどれくさにまぎれて更に荒唐無稽な仮説を唱える。
ウェーゲナーの大陸移動説以来、地質学は激動が続いている。物理学・天文学・生物学と連携しながら、月の生成・ホットプリューム・恐竜の絶滅など、豪快でダイナミックな仮説が大きな論争を巻き起こしている。野次馬としては見ていて実に楽しい。
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