2020年8月10日 (月)

フェルナンド・バエス「書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで」紀伊国屋書店 八重樫克彦+八重樫由美子訳

抑圧者や全体主義者は書物や新聞を恐れるものである。それらが“記憶の塹壕”であり、記録は公正さと民主主義を求める戦いの基本であるのを理解しているからだ。
  ――最新版を手にした読者の皆さまへ

勝者が敗者に法と言語を課すのだ。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

激しく本を憎む行為はしばしば人種差別と結びつく。人種差別が他の文化の性質を徹底的に否定するためだ。結局のところ他の文化とは、自分たちとは別の民族が生み出した行為の結果である。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第14章 書物の破壊に関する若干の文献

ハインリヒ・ハイネ≪本を燃やす人間は、やがて人間も燃やすようになる≫
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第15章 フィクションにおける書物の破壊

エウゲーニイ・サミャーチン≪ロシアで作家にとっての最高の栄誉は、『禁書目録』に名前が載ることだ≫
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第6章 恐怖の政

実に奇妙な話だが、(キリスト・コミュニティ教会のジャック・)ブロックも彼の信奉者たちも、この善良な少年が活躍する小説(ハリー・ポッター・シリーズ)を一冊たりとも読みとおしたことはないという。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第8章 性、イデオロギー、宗教

【どんな本?】

 シュメールの粘土板から現代のイラク国立図書館まで、書物は様々な理由で失われてきた。地震や洪水などの自然災害,虫やネズミまたは紙の劣化など不適切な保存,検閲や焚書など意図的な破壊,そして火災や戦争など人為的な災厄。

 本書は時代的には古代から今世紀まで、地理的にはシュメール・エジプト・欧州・中南米・東アジアなど世界中を巡り、意図の有無にかかわらず書物の破壊の歴史をたどり、豊富な例を挙げてその傾向と原因を探り、また次世代に残すべき貴重な資料の現状を訴えるものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nueva Historia Universal de la destrucción de Libros : De las tablillas a la era digital, Fernando Báez, 2013。日本語版は2019年3月22日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約631頁。9ポイント44字×20行×631頁=約555,280字、400字詰め原稿用紙で約1389枚。文庫なら上中下ぐらいの大容量。

 文章はややぎこちない。まあ O'Reilly よりマシだけど←一般人には通じない表現はやめろ 内容も比較的に分かりやすい。地理的にも時代的にも世界史を飛び回る本だが、エピソードごとに時代背景を説明しているので、歴史に疎くても大丈夫だ。敢えて言えば、著者がベネズエラ出身のためか、スペイン語圏の話が多いのが特徴だろう。

【構成は?】

 各章はそれぞれ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 最新版を手にした読者の皆さまへ
  • イントロダクション
  • 第1部 旧世界
  • 第1章 古代オリエント
    書物の破壊はシュメールで始まった/エブラほかシリアに埋もれた図書館/バビロニア王国時代の図書館/アッシュルバニパルの大図書館/謎に包まれたヒッタイトの文書/ペルセポリスの焼き討ち
  • 第2章 古代エジプト
    初期のパピルス文書の消滅/ラムセウム/秘密の文書の焚書/“生命の家”/トートの禁じられた文書
  • 第3章 古代ギリシャ
    廃墟と瓦礫の間に/エンペドクレスの詩の破壊/プロタゴラスに対する検閲/プラトンも書物を焼いた/アルテミス神殿の破壊/古代ギリシャの医師/ふたりのビブリオクラスタ
  • 第4章 アレクサンドリア図書館の栄枯盛衰
  • 第5章 古代ギリシャ時代に破壊されたその他の図書館
    ペルガモン図書館/アリストテレスの著作の消失/廃墟と化したその他の図書館
  • 第6章 古代イスラエル
    契約の箱と十戒の石板の破壊/エレミヤ書/ヘブライ語聖書の崇拝/死海文書/聖書を食べる預言者たち
  • 第7章 中国
    秦の始皇帝と前213年の焚書/始皇帝以後の書物の破壊/仏教文書に対する迫害
  • 第8章 古代ローマ
    帝国の検閲と迫害/失われた図書館の世界/ヘルクラネウムの焼け焦げたパピルス文書
  • 第9章 キリスト教の過激な黎明期
    使徒パウロの魔術書との戦い/テュロスのポルピュリオスの『反キリスト教論』/グノーシス文書/初期の異端/ヒュパティアの虐殺
  • 第10章 書物の脆さと忘却
    無関心による書物の破壊/使用言語の変化がもたらした影響
  • 第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで
  • 第1章 コンスタンティノープルで失われた書物
  • 第2章 修道士と蛮族
    図書館が閉ざされていた時代/アイルランドの装飾写本/中世ヨーロッパの修道院/パリンプセスト/書物の守護者たち
  • 第3章 アラブ世界
    初期に失われた図書館/イスラムを攻撃したモンゴル人たち/アラムトにあった暗殺者たちの図書館/フラグによるバグダートの書物の破壊
  • 第4章 中世の誤った熱狂
    アベラールの焚書/反逆者エリウゲナ/タルムードその他のヘブライ語の書物/マイモニデスに対する検閲/ダンテの悲劇/“虚栄の焼却”/キリスト教のなかの異端
  • 第5章 中世スペインのイスラム王朝とレコンキスタ
    アルマンソルによる焚書/イブン・ハズムの禁じられた詩/シスネロスとコーランの破壊
  • 第6章 メキシコで焼かれた写本
    先コロンブス期の絵文書の破壊/先住民側による自発的な破壊
  • 第7章 ルネサンス最盛期
    グーテンベルク聖書の破壊/ピコ・デラ・ミランドラの蔵書/コルヴィナ文書の消滅/ミュンスターの再洗礼派/異端者ミシェル・セルヴェ/迫害と破壊/興味深いふたつの逸話
  • 第8章 異端審問
    異端審問所と書物の検閲/新世界における異端審問
  • 第9章 占星術師たちの処罰
    エンリケ・デ・ビリェナの蔵書の破壊/トリテミウスの『ステガノグラフィア』/ノストラダムスの発禁処分/ジョン・ディーの秘密の蔵書
  • 第10章 英国における焚書
    正統派による弾圧/迫害された論客/英国の宗教的対立
  • 第11章 厄災の最中で
    ロンドン大火/エル・エスコリアル修道院と古文書の焼失/アイザック・ニュートンをめぐる書物の破壊/アウルトニ・マグヌッソンの蔵書/天災・人災の世紀/海賊の襲撃/海難事故/戦争・暴動/ワシントンの焼き討ちと米国議会図書館の消失/コットン卿の写本コレクションの消失/メリダの神学校図書館
  • 第12章 革命と苦悩
    自由思想に対する責め苦/フランスにおける知識人への攻撃/フランス革命時の書物の破壊/啓蒙専制君主の時代から19世紀にかけてのよもやま話/1871年のパリ・コミューン/スペインとラテンアメリカにおける独立戦争と革命
  • 第13章 過剰な潔癖さの果てに
    ヤコブ・フランク/ナフマン・ブラツラフ/バートンの忌まわしき原稿/猥褻罪による焚書/ダーウィンと『種の起源』/ニューヨーク悪徳弾圧協会とコムストック法
  • 第14章 書物の破壊に関する若干の文献
  • 第15章 フィクションにおける書物の破壊
  • 第3部 20世紀と21世紀初頭
  • 第1章 スペイン内戦時の書物の破壊
  • 第2章 ナチスのビブリオコースト
  • 第3章 第二次世界大尉戦中に空爆された図書館
    緒戦/フランス/イタリア/英国/ドイツ/終焉
  • 第4章 現代文学の検閲と自主検閲
    ジョイスに対する攻撃/著作が破壊されたその他の作家たち/北米における国家の検閲/迫害された作家たち/サルマン・ラシュディ対イスラム原理主義/作家が自著を悔やむとき
  • 第5章 大災害の世紀
    翰林院と『永楽大典』/日中戦争/記憶が危機にさらされるとき/スペイン科学研究高等評議会の蔵書/図書館の二大火災、ロサンゼルスとレニングラード/アンナ・アマリア図書館
  • 第6章 恐怖の政権
    ソビエト連邦における検閲と焚書/スペインのフランコ主義/検閲政権/中国の文化大革命/アルゼンチンの軍事政権/チリの独裁者ピノチェトと文化に対する攻撃/原理主義者たち/アフリカにおける大惨事/パレスチナ、廃墟と化した国
  • 第7章 民族間の憎悪
    セルビアの書物殺し/書物のないチェチェン
  • 第8章 性、イデオロギー、宗教
    性の追放/文化の“粛清”/学生が教科書に抱く憎しみ/『ハリー・ポッター』事件/コーランの焚書騒動
  • 第9章 書物の破壊者
    文書にとっての天敵/自滅する紙/唯一残った書物/出版社や図書館/税関
  • 第10章 イラクで破壊された書物たち
  • 第11章 デジタル時代の書物の破壊
    図書館に対するテロ/ワールドトレードセンターに対する攻撃/書籍爆弾事件/紙の書籍vs電子書籍
  •  謝辞/原注/参考文献/人名索引

【感想は?】

 書名から、焚書などの意図的・人為的なものが中心かと思った。

 実際、最も多いのは抑圧や略奪、または放火や戦火に巻き込まれた場合だ。だが、意外と災害によるケースも多い。例えばエジプトのパピルス。

今日、現存する前四世紀以前のギリシャ語パピルス文書の例はない。
  ――第1部 旧世界 第10章 書物の脆さと忘却

 経年劣化でダメになったのだ。幸いにして幾つかの書物は羊皮紙の写本として残っているが、原本は消えてしまった。これと似た事を現代でも繰り返していいるのが切ない。終盤に出てくる酸性紙(→Wikipedia)である。

 確かに集英社も週刊少年ジャンプを何千年も保存するなんて考えちゃいないだろうが、数世紀未来の人類にとっては、アレも貴重な歴史的資料と目される筈なんだよなあ。同じく未来のことを考えると、現代の電子書籍も…

現在使用している(電子書籍の)端末機器が2100年になっても有効かどうかは疑問だ。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第11章 デジタル時代の書物の破壊

 端末もそうだし、元データもサーバ側がちゃんとバックアップ取ってりゃいいけど。あとユニコードもいつまでもつやら。今だって配布元の倒産や買収で読めなくなる危険はあるんだよね。もっとも、それは紙も同じで、サンリオSF文庫とかブツブツ…

 などと人類史レベルの規模で「記録」を考えたくなるのが、この本の特徴。

 このブログにしたって、いつまでもつやら。もっとも、残す価値があるかというとムニャムニャ。個人的にも暫くしたら黒歴史になりそうだし。作家自らが自著を葬った話も「第3部 20世紀と21世紀初頭 4章 現代文学の検閲と自主検閲 作家が自著を悔やむとき」で扱ってる。アドガー・アラン・ポーやホルヘ・ルイス・ボルヘスにさえ黒歴史があるなら、泡沫ブロガーが屑記事を書いても当然だよね。

 とか呑気なことばかり言ってられないのが、戦争による被害。これは意図的な場合もあれば、単なる無思慮の時もある。絨毯爆撃すれば、当然ながら図書館だって燃えてしまう。

ドイツ軍はソビエト連邦の侵略に失敗したが、両者の激しい戦闘で1億冊もの本が消滅した(計算違いではない。1億冊である)。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第3章 第二次世界大尉戦中に空爆された図書館

 広島と長崎はもちろん東京大空襲でも、貴重な本が大量に失われたんだろうなあ。こういう悲劇は今も続いていて…

イラク国内の郭遺跡の略奪で、未発掘の粘土板の断片が15万枚失われたともいわれる。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第10章 イラクで破壊された書物たち

 きっとシリアでも同じなんだろう。そんなイラクでも、資料を守ろうとする人はいるんだけど。こういう人は昔からいて…

(イタリアのモンテカッシーノ修道院は)1944年、第二次世界大戦中に連合国軍の空襲を受けて全滅した(略)。事前にドイツ占領軍内にいた、敬虔なカトリック信者の将校たちの判断で、古代以来の貴重な写本や芸術品の多くがヴァチカンに移送されていたのは、奇跡としかいいようがない。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第2章 修道士と蛮族

 と、あの激戦(→Wikipedia)から逃れた本もあったのだ。

 そうした幸運に恵まれず、戦争による被害で最も有名なのは、アレクサンドリアの図書館(→Wikipedia)だろう。俗説じゃアラブ人が燃やした事になっているが、本書じゃ三つの説を挙げている。215年~395年のローマ人によるもの,320年~の地震,無関心による放置。俗説と全然ちがうじゃないか。いずれにせよ、戦争は人の命に加え多くの本も道連れにするのだ。

 これに意図的な破壊が加わると、事態は壊滅的になる。中でも最も悲惨なのがスペインによる中南米の侵略だろう。

絵文書、いわゆるアステカ・コデックスに関しては、当時の略奪・破壊の成果で、彼らの歴史を知るうえで重要かつ貴重な写本はほとんど残っていない状況だという。(略)最も重要とされる文献のほとんどが、ヨーロッパにあるという事実に眩暈を覚える。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

焚書の嵐を生き延びた先コロンブス期のマヤの絵文書は三つのみだった。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

 と、文明そのものを滅ぼした上に、その痕跡までも消し去っている。これも一つのショック・ドクトリンなんだろう。今ある文化を壊して白紙に戻し、自分たちの文化で上書きしよう、そういう発想だ。

(焚書の)先導者たちの意図は明白だ。過去の記憶も制度も消し去り、聖書の解釈をすべて再洗礼派の思想にゆだねる。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第7章 ルネサンス最盛期

 もちろん、やられる側も黙っているワケじゃない。そこで、どうしたって暴力、それも組織的な暴力が必要となる。

教条主義はいつの時代にも自らの教義を庇護し、それに同意せぬ者を威嚇する機関を必要とする。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第8章 異端審問

 スペインの異端審問はトビー・グリーンの「異端審問」が怖かった。ブレーズ・パスカルが語るように…

≪人は宗教的確信に促されて行うときほど、完全に、また喜んで悪事を働くことはない≫
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第12章 革命と苦悩

 宗教が絡むとヤバい上に、イベリア半島では容疑者の財産の没収など俗な欲望も絡み凄まじい事になる。もっとも変わった異端もあって、2世紀の北アフリカで流行ったアダム派(→Wikipedia)の主張の一つは「裸の状態に回帰」。どうもヒトには「裸になりたい」って欲があるらしい。

 落穂ひろい的なネタとしては、写本時代の本の価格のヒントが嬉しい。

 1573年、スペインのフェリペ二世は筆写者としてニコラオス・トゥリアノスを雇う。トゥリアノスは30年間で「ギリシャ語の古文書40冊の40冊の写本を作成した」。極めて大雑把な計算で年一冊。当時の筆写者は相当なインテリだろう。なら写本一冊はエリートの年収ぐらい。印刷以前の本は、とんでもなく高価なシロモノだったのだ。グーテンベルクに感謝。あと蔡倫に始まる製紙法の発明者たちにも。

 今は私のような庶民でも図書館に行けば読み切れないほどの本に出合える。なんと幸福で贅沢で奇跡的な社会であることか。こんな時代がずっと続くといいなあ。

 あ、ただし、「○○で××冊の本が失われた」みたいな記述が延々と続くため、本が大好きで繊細な人は心が痛くて読み通せないかもしれない。そこは覚悟して挑もう。

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2020年8月 6日 (木)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 4 イラク編

「(イラク経済の)民営化のことなんか誰一人気にしちゃいませんよ。彼らは生き延びるだけで精一杯なんです」
  ――第16章 イラク抹消

「まだ流血が続いているときこそが投資に最適の時期です」
  ――第16章 イラク抹消

 ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 3 から続く。

【どんな本?】

 民営化・規制緩和・社会支出の大幅削減を目指す経済学者集団シカゴ・ボーイズは、その政策を進める方法ショック・ドクトリンを見いだす。災害に見舞われ人々が呆然としているスキに、手早く政策をまとめ実施してしまえ。

 やがて彼らは気づく。手をこまねいて災害を待つ必要はない。人為的に災害を起こせばいい。

 彼らの目論見はネオコンが率いるブッシュJr.政権で日の目を見る。標的はサダム・フセインが支配するイラク。ここを政治的に更地にして過去のしがらみを断ち切り、シカゴ・ボーイズが理想とする政体を作り上げよう。

 経済学者のミルトン・フリードマン率いる新自由主義者シカゴ・ボーイズとIMF(国際通貨基金)および世界銀行の蛮行を暴く、驚愕のドキュメンタリー。

【はじめに】

 この記事ではイラク戦争(→Wikipedia)と占領政策を描く第16章~第18章を紹介する。私はここが最も面白かった。ニワカとはいえ軍ヲタで、「戦争請負会社」「戦場の掟」「ブラックウォーター」などでソレナリに知ったつもりになっていたのもある。

 現場で何が起きているのかは、多くの本で描かれている。「兵士は戦場で何を見たのか」などは、とても生々しい。だが、そもそもなぜブッシュJr.政権がイラク侵攻に拘ったのかは、見えてこなかった。タテマエ上は大量破壊兵器が云々だったが、それは良くて被害妄想、下手すりゃデッチアゲだとバレている。改めて思えば、当時のブッシュJr.政権は異様に執着していた。

【動機】

 これに対しミルトン・フリードマンはこう語る。

「われわれがイラクで行おうとしているのは国家の建設ではない。新たな国家の創設である」

 つまりシカゴ学派の理想郷を建設しようというワケだ。理想の社会を築くため、今ある国家の破壊も辞さない。もはや経済学者というより狂信者であり、手段は自由主義というよりクメール・ルージュにソックリだ。

【占領】

 もっとも、CPA(連合国暫定当局)にはクメール・ルージュほどの兵員はいない。そもそも治安維持への熱意が欠けていた。代表のポール・ブレマーが最初に打った手は経済政策で貿易の自由化だ。経済封鎖を受けていたイラクにとってはありがたい…

 ワケじゃない。なにせチグリスとユーフラテスの地だ。人類史上の貴重な資料が山ほどあり、市場じゃ高値がつく。そして多国籍軍は兵力が足りず、博物館の警備に余計な人員を割けない。だもんで、イラクの博物館や図書館は大規模な略奪の被害に遭う。そこで貿易を自由化だ。賊どもは戦利品をやすやすと国外に持ち出せる。

 だけでなく、国家所有の車やトラックなども続々とパクられた。なにせフセイン政権下のイラクは社会主義で、事業資産の多くは国家所有だ。となれば損害は膨大なものになる。だが、合衆国企業は大喜びだった。

「プログター&ギャンブルの製品をイラクで流通させる権利が得られれば、金鉱を当てたようなものだ」
  ――第16章 イラク抹消

 モノがなければ有望な市場ってわけだ。にしても、せめてウォルマートやフェデックスが全国展開できるぐらいに治安が良ければ、イラクの人にも恩恵があったんだけどねえ。

【占領】

 そんな新自由主義者が手本としたのは、東欧崩壊後のポーランドとソ連崩壊後のロシアである。特にロシアでは大きなミスを犯してしまう。国営企業を買い漁る際、ロシア人に仲介させたため、転売ヤーであるオリガルヒの台頭を許してしまったのだ。そこで合衆国政府はキッチリとタマを握る。

 代理人であるポール・ブレマーに仕切らせ、IMFも世界銀行もカヤの外に置いたのだ。イラク暫定政府は単なる飾り物にすぎない。そしてブレマーは徹底した新自由主義社会を築こうとする。

ある法律は、それまで約45%だった法人税を一律15%へと引き下げ(略)、別の法律は、外国企業がイラクの資産を100%保有することを認めた。(略)投資家はイラクで上げた利益を100%無税で国外に持ち出せるうえ、再投資の義務もなかった。
  ――第17章 因果応報

 海外の投資家の皆さん、存分にイラクを食い物にしてください、そういう法律である。これをドナルド・ラムズフェルド国防長官は絶賛する。

ラムズフェルド国防長官は上院の委員会で、(アメリカ代表特使ポール・)ブレマーの「抜本的な改革」によって「自由世界でも有数の賢明かつ魅力ある税法および投資法」が誕生したと証言した。
  ――第17章 因果応報

 そりゃ確かに投資は活発になるだろう。企業が盛んに進出すれば仕事も増える。折しもバース党員の追放で街には失業者でいっぱいだ。彼らだって仕事を得られれば嬉しい。となるはずが…

 「戦場の掟」で、ひっかかる所があった。民間軍事企業が雇うトラック・ドライバーは、なぜかパキスタン人ばかりなのだ。地元に失業者がたくさんいるんだから、地元の者を雇えばいいのに。なぜワザワザ外国から人を連れてくる?

 「アメリカン・スナイパー」では、基地で働くイラク人を SEAL の著者がからかう場面がある。多少は地元の人を雇っていたらしい。が、やはり抵抗組織のスパイが紛れ込むのは怖かった。逆らわないパキスタン人の方が都合がよかったのだ。パキスタン人は現地のアラビア語もわからないから、地元の抵抗組織に寝返ったりしないだろうし。ま、少々費用がかさんでも、原価加算方式だしね。

 「ブラックウォーター」ではブッシュJr.政権とキリスト教カトリックの関係を暴いていたが、本書も右派キリスト教の選挙協力やモルモン教との関係にも触れている。「カルトの子」でも統一協会の自民党への選挙協力が書いてあったけど、どの国でも宗教組織と保守系政党の癒着があるんだなあ。

【叛乱】

 当然、イラク人の中には不満が渦巻き、グリーンゾーンの外では職を求めるデモが続く。対する合衆国の対応は、力づくで抑え込むこと。その象徴がアブグレイブ刑務所での捕虜虐待(→Wikipedia)である。

「アブグレイブは反米抵抗勢力の温床となった。(中略)辱めや拷問を受けた連中は今すぐにでも報復してやろうという気になった」
  ――第18章 吹き飛んだ楽観論

 これ「倒壊する巨塔」でエジプトの刑務所でサイイド・クトゥブが過激化し、「ブラック・フラッグス」でザルカウィが覚醒したのと同じ構図じゃないか。米軍は、わざわざ敵を筋金入りに鍛えていたのだ。

【決算】

 そうやって海外からの投資を促した結果、果たして効率はよくなったのか、というと…

イラク復興事業の監査にあたったスチュアート・ボーウェン特別監査官の報告によれば、イラク企業が直接契約した数少ない事業のほうが「効率的かつ安価であり、イラク国民に職を与えたことで経済も活性化させた」という。
  ――第18章 吹き飛んだ楽観論

 金を無駄遣いして無意味に血を流したあげく、経済も悪化させた、と。いいことなしじゃん。でも、ブラックウォーターにとっては、そっちの方がいいのだ。だって治安が悪くなれば護衛の仕事が増えるし。

【おわりに】

 やたら興奮して書いたため、支離滅裂な記事になってしまったが、それぐらいこの本はエキサイティングで面白かったのだ。とりあえず鼻息の荒さだけでも伝われば幸いです。

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2020年8月 5日 (水)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 3

1994年12月、エリツィンは、いつの時代でも必死で権力にしがみつこうとする多くの指導者がやったのと同じことを実行する――戦争である。
  ――第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火

ハリケーン(・カトリーナ)災害関連の契約事業は87憶5千万ドルに上ったが、連邦議会の調査委員会は「大幅な過剰請求、無駄な出費、ずさんな管理」などがあることを指摘した。
  ――第20章 災害アパルトヘイト

「災害の被災者に緊急支援を提供しようという政府の温情的措置は、民間市場のリスク管理対策に悪影響を及ぼす」
  ――第20章 災害アパルトヘイト

1993年イスラエル外相シモン・ペレス「国家間の和平を目指そうというのではない。市場の和平が重要なのだ」
  ――第21章 二の次にされる和平

外国勢力によってプライドを傷つけられたと感じた人々は、国内の最も弱い者に攻撃の刃を向けることで国家の誇りを取り戻そうとしているのだ。
  ――終章 ショックからの覚醒

2005年、IMFの融資総額のうちラテンアメリカ諸国への融資は80%を占めていたが、2007年にはわずか1%に激減している。(略)わずか三年間で、IMFの世界各国への融資総額は810憶ドルから118億ドルに縮小し、現在の融資の大部分はトルコに対するものだ。
  ――終章 ショックからの覚醒

 ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ミルトン・フリードマンを首魁とする経済学者集団シカゴ・ボーイズは、三つの政策を主張する。民営化,規制緩和,社会支出の大幅削減だ。これらの政策を推し進めるべく、彼らは合衆国政府・IMF・世界銀行と手を組み、世界各国でショック・ドクトリンによる強引な手段に出る。

 政変や災害などで人々が呆然としているスキにつけこみ、強引に政策を実現させてしまえ。

 南米で、アジアで、東欧とロシアで。彼らが行ったショック・ドクトリンの手口とその結果を暴く、衝撃的なルポルタージュ。

【ロシア】

 第11章と第12章はソ連崩壊と現在のロシアに至る道筋を描く。細かい手口は「強奪されたロシア経済」に詳しいが、本書はより俯瞰した視点で描いてゆく。

 ゴルバチョフは生ぬるい改革で共産党支配体制の存続を望んでいた。それが私の印象だが、本書では北欧型の高福祉社会を目指していた、とある。しかも10~15年ほどかけて。対するエリツィンは、より早くより過激な自由主義化を目論む。

 その顛末はご存知の通り、エリツィンの勝利だ。以後、民営化の名のもとに火事場泥棒が跳梁する。まずオリガルヒが民営化した企業の株を握り、多国籍企業に売り飛ばす。オリガルヒって転売ヤーだったのね。その結果…

ショック療法が実施される前の1989年、ロシアでは約200万人が1日当たりの生活費4ドル未満の貧困状態にあったが、世銀の報告によれば、ショック療法の「苦い薬」が投与された90年代半ばには、貧困ラインを下回る生活を送る人は7400万人にも上った。
  ――第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火

 この時、エリツィンの尻を叩いたのが「貧困の終焉」のジェフリー・サックス。U2のボノが師を仰ぐ経済学者だ。まあボノはミュージシャンであって学者じゃないからなあ。

【アジア】

 某ゲームにこんな台詞がある。「死体は探すより作るほうが簡単」。フリードマンらも同じ事に気づく。「危機は待つより作ったほうが確実じゃね? 超インフレとか」。ということで彼らは危機感を煽る。

1995年には、ほとんどの西側民主主義国家の政治的言説においては、「債務の壁」や「迫りくる経済崩壊」といった言葉が飛び交い、政府支出のさらなる削減や積極的な民営化促進が叫ばれていた。その旗振り役を担っていたのが、(ミルトン・)フリードマン主義を奉じるシンクタンクだった。
  ――第12章 資本主義への猛進

 かくして1997年のアジア通貨危機(→Wikipedia)が演出される。その目的は…

米連邦準備制度理事会(FRB)議長アラン・グリーンスパン「今回の危機はアジア諸国にいまだ多く残る政府主導型経済システムの撤廃を促進するだろう」
  ――第13章 拱手傍観

 民営化と言えば聞こえはいいが、実態は政府部門や国内企業の海外資本への切り売りだったりする。

【逆流】

 この波は合衆国にも押し寄せる。刑務所・教育・医療そして国防の民営化だ。国防に関しては「戦争請負会社」や「戦場の掟」「ブラックウォーター」が生々しい。上手いこと経費を削減できりゃいいが…

イラク戦争の際に連合国暫定当局が置かれたバグダッドのグリーンゾーンでも「大丈夫、原価加算方式だから」という言葉が盛んに飛び交った
  ――第14章 米国内版ショック療法

 掛けた費用に利益を上乗せして請求すりゃ政府には気前よく払ってくれる。効率化もヘッタクレもない。これを後押ししたのが911。

9.11以前には存在しなかったに等しいセキュリティー産業は、わずか数年のうちに映画産業や音楽産業をはるかに上回る規模へと驚異的な成長を遂げた。しかし、もっとも驚くべきなのは、セキュリティー・ブームが一つの経済分野として分析されたり議論されたりすることがほとんどないという点だ。
  ――第14章 米国内版ショック療法

 そしてブッシュJr.政権のドナルド・ラムズフェルドやディック・チェイニーやジェームズ・ベイカーも荒稼ぎする。そんな彼らが目を付けたのがイラク。このイラクを扱う第六部は本書のハイライトなんだが、敢えて後に譲る。いや文字数の関係なんだけど。

【津波】

 第19章は2004年12月26日のスマトラ沖地震に伴う津波に襲われたスリランカ東海岸が舞台だ。漁民たちは家も船も失う。世界中から彼らに義援金が送られ、スリランカ政府はこの金を再開発プロジェクトに使う。問題はこの「再開発プロジェクト」の実態だ。漁村の再建? うんにゃ。

「津波が観光産業に味方をしてくれました。無許可の建造物のほとんどが津波で壊され、海岸から姿を消したからです」
  ――第19章 一掃された海辺

 観光業者は、前から美しいビーチに目をつけていた。でもみすぼらしい漁民が邪魔だ。そこで津波を言い訳に、関係者以外立ち入り禁止にする。関係者とは他でもない、観光業者だ。そしてビーチには美しいホテルが立ち並びました。そして漁民は避難所に閉じ込められたまま。

【ハリケーン】

 2005年8月末、ハリケーン・カトリーナ(→Wikipedia)が合衆国島南部を襲い、ニューオーリンズが水没する。ブッシュJr.政権はいち早く対応に動き出す。

 ハリバートン傘下のKBRに南部沿岸の米軍基地修復を、悪名高い傭兵企業ブラックウォーターにFEMA(連邦緊急事態管理庁)職員の護衛を委託する。ちなみにFEMAは、まさしくカトリーナのような災害に備える組織だ。計画策定を民間企業に委託していたが、肝心の対策は「何ひとつ実施されていなかった」。原因は予算不足。

 福島の原発事故の除染作業での中抜きみたいなのはカトリーナでもあって、防水シートをかぶせる仕事に対しFEMAは1平方フィート175ドル払っているが、現場作業員が受け取るのは2ドルのみ。そりゃカニエ・ウエストも怒るよ。

【約束の地】

 風が吹けば桶屋が儲かる。911に象徴されるテロは、意外な者に利益をもたらす。

「イスラエルでは日々テロの脅威にさらされているが、(テルアビブの株式)市場はずっと上がり続けている」
  ――第21章 二の次にされる和平

カリフォルニア州オークランド国際空港航空部門責任者スティーヴン・グロスマン「セキュリティー分野ではイスラエルの右に出るものはいない」
  ――第21章 二の次にされる和平

 そう、イスラエルだ。なにせ彼らには実績があるしね。お陰でイスラエルはアラブの意向を気にする必要はなくなった。今までは近隣のアラブ諸国を相手に商売してたけど、最近は欧米相手のITやセキュリティー産業で稼げる。それまでパレスチナ人に頼ってた労働力も、崩壊したソ連から逃げてきたロシア系ユダヤ人が担ってくれる。

 ここでは、大量に雪崩れ込んだロシア系移民と、第二次インティファーダや分離壁や入植地との関係がクッキリ見えてきたのが面白かった。いやむしろパレスチナ問題の解決は絶望的になってるんだけど。

【おわりに】

 社会支出の大幅削減はわかるけど、民営化や規制緩和が何をもたらすかは、実のところよくわかってなかった。その目的や結果を見せつけてくれる点では、極めて刺激的な本だ。とはいえ、岩波書店って所で、なんとなく避けちゃう人も多いだろう。あと、ハードカバー上下巻の圧迫感も避けられる原因になってしまう。ハヤカワ文庫NFあたりで抄録の文庫版を出してほしい。あ、一応、次の記事で終わる予定です。

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【今日の一曲】

Blackberry Smoke / One Horse Town (Official Acoustic Video)

 いや本書とは全く関係ないんだけど、どしても紹介したくなったんで。好きなんすよ、こーゆーの。浜田省吾ファンにはウケると思うんだけど、どう?

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2020年8月 4日 (火)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 2

イギリス労働党議員トニー・ベン「…問題はサッチャー夫人の評判であって、フォークランド諸島ではまったくない」
  ――第6章 戦争に救われた鉄の女

危機に直面した国民は、魔法の薬を持つと称する者には誰にでも多大な権限を喜んで預ける
  ――第8章 危機こそ絶好のチャンス

2006年の調査によれば、中国の億万長者の90%が共産党幹部の子息だという。こうした党幹部の御曹司(中国語では「太子」と呼ばれる)およそ2900人の資産は、総計2600憶ドルにも上る。
  ――第9章 「歴史は終わった」のか?

気まぐれなグローバル市場に対して自国市場を解放すれば、シカゴ学派の正統理論から外れた国は瞬時に、ニューヨークやロンドンのトレーダーから通貨の下落という痛い仕打ちを受け、その結果危機は深まってさらなる債務の必要性が生じ、いっそう厳しい条件がつけられる
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 1 から続く。

【どんな本?】

 経済学のシカゴ学派は新自由主義を信奉し、俗にネオリベとも呼ばれる。フリードリヒ・ハイエクに始まりミルトン・フリードマンが熱心に広げた彼らは、三つの政策を唱える。民営化,規制緩和,社会支出の大幅削減だ。

 この政策を広げるために、彼らはショック・ドクトリンを採用した。危機こそ機会である。戦争や経済危機や自然災害などで人々が呆然としているスキに、政府を乗っ取り強引に政策を進めてしまえ。

 南米に始まりイラクで今なお続くショック・ドクトリンの歴史と成果を赤裸々に暴く、一般向けの衝撃的な告発の書。

【南米】

 ネオリベこと新自由主義は最近になって出てきたように思っていたが、とんでもない勘違いだった。というか本書に出てくる彼らの手口は、かつてのファシストとたいして変わらない。つまり軍と富裕層が組んで支配権を握り国民を奴隷化する、そういう政策だ。往々にして伝統的な宗教勢力も支配層に媚びを売る。

 本書の最初の例は、チリの軍事クーデターだ。1973年9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍(→Wikipedia)がサルバドール・アジェンデ大統領(→Wikipedia)を倒し政権を握る。悪名高いピノチェト政権の誕生だ。この陰で動いていたのがCIAとシカゴ学派だ。

 つか今 WIkipedia のチリ・クーデターを見たら、かなり詳しく書いてありました。なんにせよ、新自由主義者が先導するショック・ドクトリンは、少なくとも1973年には姿を現していたんです。

 同1973年にウルグアイで、続く1976年にはアルゼンチンで、同じ手口が繰り返される。

 もっとも合衆国のカリブ海諸国や中南米諸国に対する傲慢な振る舞いは「バナナの世界史」や「砂糖の歴史」で見当はついてたけど、予想以上の酷さだ。

【イギリス】

 第6章ではフォークランド紛争を巧みに利用したイギリスのマーガレット・サッチャー政権を取り上げる。このドタバタでサッチャーの支持率は25%から59%に跳ね上がる。その結果は「チャヴ」に詳しい。保守党にとって目障りな労働党は壊滅し、福祉社会は粉みじんに吹き飛んでしまう。

 911もそうだけど、現役のタカ派にとって、軍事衝突は美味しいのだ。日本でも国会議員選挙が近づくと、中国軍や北朝鮮軍の活発な動きのニュースがなぜか増えるんだよなあ。

【ブッチとサンダンス】

 第7章では1985年のボリビアにおけるジェフリー・サックスの活動を暴く。そう、「貧困の終焉」の著者だ。ハイパーインフレに対して彼が提案した政策は「食料補助金の廃止、価格統制の撤廃、石油価格の300%引き上げ」。あの人、こんな事してたのか。これに対しIMF職員は…

「これはまさにIMFの職員全員が夢見てきたことだ。でも、もしうまくいかなかった場合、外交特権のある私はすぐに飛行機で国外に逃げ出しますがね」
  ――第7章 新しいショック博士

 IMFってのは、そういう所らしい。その結果はコカ栽培の急増である。輸出産業が育ってよかったね。

【対外債務】

 第8章では、荒れた国が立ち直る際に足を引っ張る対外債務の正体を、アルゼンチンの例で描き出す。一般に強権的な政府の元では貧富の差が激しくなる。軍や政府と結託した金持ちは、更に金をため込むわけだ。特に新自由主義下の場合、政府は電力網や水道など政府機関を売り飛ばす。代価を受け取るのはもちろん貧民じゃない。アルゼンチンは1983年まで軍政が続いたが、例えば1980年には…

FRBによれば、1980年1年間でアルゼンチンの債務は90憶ドル増大し、同年、アルゼンチン人による海外預金の合計額は67憶ドル増加していた。
  ――第8章 危機こそ絶好のチャンス

 国としてカネを借りる。受け取ったカネは権力者がパクって海外に隠す。そして国民には借用書が残る。そういうコトです。だからジェフリー・サックスは「借金を棒引きにしろ(→『貧困の終焉』)」って言うのね。

 しかも、政権交代直前の1982年に、大手多国籍企業の債務を国が引き受けてる。外国企業の借金まで国民に押し付けてトンズラかましたのだ。

【失望】

 第8章ではレフ・ワレサが率いたポーランドの連帯の、第9章ではネルソン・マンデラで有名な南アフリカのANCの失墜を描く。ANCは政治的な平等を手に入れたが、経済部門の交渉で大きなミスをした。

南アフリカの調査報道ジャーナリストのウィリアム・グリード「あの時(南ア体制移行期)は政治のことしか頭になかった」「でも本当の戦いはそこにはなかった――本当の戦いは経済にあったんです。自分があまりにも無知だったことが不甲斐ない」
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 白人が持つ土地に政府は手を出せない。銀行や鉱山も白人の支配下にある。旧政権下の公務員の職と年金も保証せにゃならん。そのため新政府は借金まみれ。資金を調達するため、新政府は「民営化によって国家の財産」を売る。買い手はもちろん…。

 そもそもマンデラ氏に対し…

彼(ネルソン・マンデラ)が釈放されるや、南アの株式市場はパニック状態に陥って暴落し、通貨ランドは10%下落した。数週間後、ダイヤモンド関連企業デビアス社は、本社を南アからスイスに移した。
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 そうか、デビアスの本社は南アフリカにあったのか。それはさておき、南アフリカの黒人たちは旧政府の白人の年金のため、今もせっせと税金を払い続けている。その結果…

マンデラが釈放された1990年以降、南ア国民の平均寿命はじつに13年も短くなっている
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 結局のところ、政治的な差別が経済的な差別に変わっただけで、しかも格差はさらに酷くなっているのだ。

【おわりに】

 うう、まだ上巻が終わらない。どうしよう。などと悩みつつ次の記事に続く。

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2020年8月 3日 (月)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 1

アメリカン・エンタープライズ研究所「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを(中略)ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」
  ――序章 ブランク・イズ・ビューティフル

ピノチェトは急激な収縮によって経済に刺激を与えれば、健全な状態に戻すことができるという未検証の理論に基づき、故意に自国を深刻な不況に追いやった。
  ――第3章 ショック状態に投げ込まれた国々

国家による虐殺が認められる限りにおいて、軍事政権はそれをソ連国家保安委員会(KGB)から資金を受けた危険な共産主義テロリストとの戦いであるとして正当化した。
  ――第3章 ショック状態に投げ込まれた国々

治安当局の手入れによって逮捕された人々の大多数は軍事政権が主張する「テロリスト」ではなく、政府が推進する経済プログラムにとって重大な障害になるとみなされた人々だった。
  ――第4章 徹底的な浄化

拘束者に対して広範に行われる虐待は事実上、その国や地域の多くの人々が反対するシステム――政治的なものであれ、宗教的、経済的なものであれ――を政治家が強制的に実施しようとしていることの確実な兆候である。
  ――第5章 「まったく無関係」

【どんな本?】

 チリ・グアテマラ・アルゼンチンなどの中南米諸国,ベルリンの壁崩壊後のロシアや東欧諸国,サッチャー政権下のイギリス,アパルトヘイト撤回後の南アフリカ,通貨危機時のアジア,フセイン政権打倒後のイラク、そしてハリケーン・カトリーナに見舞われたルイジアナ州。

 財政危機・体制崩壊・経済危機・戦争・自然災害と、それぞれ原因は様々だが、そこに住む人々は、いずれも似たような状況に陥った。とりあえず生きていくのに精いっぱいで、他のことに頭が回らない。

 そんな時、彼らを支えるべきIMF(国際通貨基金)や世界銀行は、一貫して共通の姿勢を示した。

 それはどんな姿勢なのか。そこにはどんな思惑があるのか。彼らは何を目指しているのか。その思想の源流はどこにあるのか。

 カナダ生まれのジャーナリストが、グローバル経済の発展と多国籍企業の躍進がもたらした「惨事便乗型資本主義」の来歴と正体を暴き、その危険性を警告する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Shock Doctrine : The Rise of Disaster Capitalism, by Naomi Klein, 2007。日本語版は2011年9月8日第1刷発行。単行本ハードカバー上下巻の縦一段組みで本文約345頁+325頁=約670頁に加え、訳者幾島幸子による訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×(345頁+325頁)=約585,580字、400字詰め原稿用紙で約1,464枚。文庫なら上中下巻ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、南米やスリランカなど日本人にはなじみの薄い地域が舞台となるので、人によっては戸惑うかも。

【構成は?】

 章ごとに舞台が変わるので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  •  上巻
  • 序章 ブランク・イズ・ビューティフル 30年にわたる消去作業と世界の改革
  • 第1部 二人のショック博士 研究と開発
    • 第1章 ショック博士の拷問研究室
      ユーイン・キャメロン、CIA そして人間の心を消去し、作り変えるための狂気じみた探求
    • 第2章 もう一人のショック博士
      ミルトン・フリードマンと自由放任実験室の探求
  • 第2部 最初の実験 産みの苦しみ
    • 第3章 ショック状態に投げ込まれた国々
      流血の反革命
    • 第4章 徹底的な浄化
      効果をあげる国家テロ
    • 第5章 「まったく無関係」
      罪を逃れたイデオローグたち
  • 第3部 民主主義を生き延びる 法律で作られた爆弾
    • 第6章 戦争に救われた鉄の女
      サッチャリズムに役だった敵たち
    • 第7章 新しいショック博士
      独裁政権に取って代わった経済戦争
    • 第8章 危機こそ絶好のチャンス
      パッケージ化されるショック療法
  • 第4部 ロスト・イン・トランジション 移行期の混乱に乗じて
    • 第9章 「歴史は終わった」のか?
      ポーランドの危機、中国の虐殺
    • 第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
      南アフリカの束縛された自由
    • 第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火
      「ピノチェト・オプション」を選択したロシア
  • 原注
  •  下巻
  • 第4部 ロスト・イン・トランジション
    • 第12章 資本主義への猛進
      ロシア問題と粗暴なる市場の幕あけ
    • 第13章 拱手傍観
      アジア略奪と「第二のベルリンの壁崩壊」
  • 第5部 ショックの時代 惨事便乗型資本主義複合体の台頭
    • 第14章 米国内版ショック療法
      バブル景気に沸くセキュリティー産業
    • 第15章 コーポラティズム国家
      一体化する官と民
  • 第6部 権力への回帰 イラクへのショック攻撃
    • 第16章 イラク抹消
      中東の“モデル国家”建設を目論んで
    • 第17章 因果応報
      資本主義が引き起こしたイラクの惨状
    • 第18章 吹き飛んだ楽観論
      焦土作戦への変貌
  • 第7部 増殖するグリーンゾーン バッファーゾーンと防御壁
    • 第19章 一掃された海辺
      アジアを襲った「第二の津波」
    • 第20章 災害アパルトヘイト
      グリーンゾーンとレッドゾーンに分断された社会
    • 第21章 二の次にされる和平
      警告としてのイスラエル
  • 終章 ショックからの覚醒 民衆の手による復興へ
  • 訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 経済学とは、科学のフリをした宗教なのだ。

 何かと数式を持ち出して科学っぽい雰囲気を出しちゃいるが、肝心の元になるデータは都合のいい所のつまみ食いだ。主張はいろいろある。が、どれにしたって、結論が最初にあって、それに都合のいい理屈をつけてるだけ。データから結論を導き出す科学とは、まったく逆の手口でやりあってる。

 同じ不況対策でも経済学者によって正反対の意見が出るってのも奇妙だ。数学や工学じゃまずありえない話だが、最初から結論が決まってるんだからそうなるのも当然である。この辺は「経済政策で人は死ぬか?」の冒頭に詳しい。

 宗教なんだから、宗派争いも激しい。大雑把には二派に別れる。ケインズ派とハイエク派だ(というか、私は大雑把にしか知らない)。ケインズ派は大きな政府を望み貧乏人に優しく、ハイエク派は小さな政府を望み金持ちに優しい。

 ケインズ派の始祖はジョン・メイナード・ケインズ(→Wikipedia)で、その理論はニューディール政策(→Wikipedia)で結実する。不況に対し政府が大金を投じて大事業を行い、人びとに職と収入を与えた。

 これを憎むのがフリードリヒ・ハイエク(→Wikipedia)の名を冠するハイエク派だ。本書ではミルトン・フリードマン(→Wikipedia)が頭目のシカゴ学派や新自由主義としているが、ネオリベ(→Wikipedia)の方が通じるかも。「ゾンビ経済学」では淡水派と呼んでいる。

 新自由主義の政策は三つに集約できる。政府事業の民営化,規制緩和,そして社会支出の大幅削減だ。たいていの事は政府より民間企業の方が効率的で巧くやれる、だから政府は事業を売り払って民営化を進め、自由競争に任せろ。そういう主張だ。どっかで聞いたことがありませんか?

 東欧に続くソ連崩壊で共産主義の幻想は消えた。ベルリンの壁崩壊後、東欧からはウヨウヨとトラバント(→Wikipedia)が這い出してきた時、私は思い知った。アレが東欧の大衆車なのだ。当時の日本の大衆車といえば、ニッサン・サニーかトヨタ・カローラだ。私はホンダ・シビックが好きだが。いや排気量的にダイハツ・ミラやスズキ・アルトと比べるべき? いずれにせよ資本主義の方がクルマの質はいいし庶民にも普及してる。政府は余計な事すんな。自由競争ばんざい。

 などと唱えるものの、なかなか世間は納得しない。東欧崩壊以降はだいぶ風向きが変わったが、その前は強い抵抗にあった。そこでシカゴ学派は思い切った手段に出る。それがショック・ドクトリン、著者が呼ぶところの惨事便乗型資本主義だ。

 カタカナだったり漢字ばっかりだったりで小難しそうだが、火事場泥棒に雰囲気は掴める。大惨事で人々が右往左往しているウチに政府を乗っ取り、強引に民営化・規制緩和・社会支出の大幅削減をやってしまえ、そういう手口である。酷い時には、自ら火をつけたり。

 この時に協力するのが合衆国政府だったりIMFだったり世界銀行だったり。そして利益を得るのはグローバル企業だ。人々は職を失うだけで済めば御の字で、土地や家、そして命までも奪われる。

 ショック・ドクトリンの源を探る第1部に続き、第2部以降では世界を股にかけたシカゴ学派の活躍を描いてゆく。そのメロディはどれも同じだ。政治的・経済的・軍事的または自然災害などの大規模な衝撃が人々に襲い掛かる。政府が財源に悩み人々がアタフタしている間に、電気や水道など政府の公共事業や規制されていた土地が民間それも海外の企業に叩き売られる。企業は経費削減で従業員のクビを切り、失業者が大幅に増える。

 それで経済が立ちなおりゃともかく、まずもってロクな事にならない。停電や断水が頻発し物価は上がり医療は崩壊する。人々は街に繰りだしデモで政府を批判するが、政府もシカゴ学派も反省しない。「御利益がないのは信心が足らないから」とばかりに、更なる民営化と規制撤廃を進めてゆく。

 このあたりは、「ポル・ポト ある悪夢の歴史」が描くクメール・ルージュとソックリだったり。この記事の冒頭で「経済学とは、科学のフリをした宗教」としたのは、そんなシカゴ学派の姿勢が狂信者とソックリだからだ。誰だって「自分は間違った」と認めるのは嫌だ。まして、結果として多くの人が死んだのなら尚更だ。この辺は「まちがっている」が詳しい。

 ああ、ゴタクばっかしでなかなか本書の紹介に入れない。それというのも、本書がとてもショッキングであり、頭が混乱して右往左往しているからだ。次の記事から、少し落ち着いて内容を紹介するつもりだ。

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