2024年6月13日 (木)

ジョン・キーガン「戦争と人間の歴史 人間はなぜ戦争をするのか?」刀水書房 井上堯裕訳

戦争とは、歴史的には、略奪行為であった。
  ――序

【どんな本?】

 著者は英国サンドハースト士官学校で王立士官学校で軍事史の教官を務めたのち、デイリー・テレグラフ紙の特派員となった。要は英国の軍事史家でジャーナリストである。

 元はBBCラジオの講座らしい。「人間はなぜ戦争をするのか」という問いに対し、歴史上の戦争の様子や各勢力の立場と目的などを解説し、逆に戦争を避けようとした努力や工夫とその結果を語り、また現代における戦争・戦乱への歴史家なりの視点をのべ、戦争をなくすために何をすべきかを訴える、一般向けの軍事史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は War and Our World, by John Keegan, 1998。日本語版は2000年9月7日初版第1刷発行。単行本縦一段組み本文約164頁に加え、訳者のあとがき16頁。10ポイント39字×14行×164頁=約89,544字、400字詰め原稿用紙で約224枚。文庫ならかなり薄い。/p>

 文章は「です・ます」調で親しみやすいが、イギリスの知識人らしく二重否定などの皮肉な表現が多く、落ち着いて読む必要がある。内容も比較的にわかりやすいが、軍事史家らしく素人にはなじみのない戦争の名前が頻繁に出てくる。

【構成は?】

 一応は前の章を受けて後の章が展開する形だが、気になった章だけを拾い読みしても楽しめる。

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  • 第1章 戦争と我々の世界
    • 1億人の死者
    • 「昼間の恐怖」
    • 不安で死んだ母親
    • 徴兵制度が消耗戦を生み出す
    • 戦争がもたらした物質的損害
    • 文化財の破壊
  • 第2章 戦争の起源
    • 戦争は人間本性に由来するのか
    • 「攻撃性の座」
    • フロイトによる戦争の起源
    • 動物行動学の攻撃性の理論
    • 戦争は人類の発明か
    • 原始社会の戦争
    • 狩猟生活の終わり
    • 農耕民が砦を築く
    • メソポタミアで軍事文化が発達する
  • 第3章 戦争と国家
    • 与える国家
    • 消滅に向かう兵役義務
    • 国家と戦争の関係の再検討
    • 戦争をしない国家 古代エジプト王国
    • 国家なしの軍隊 モンゴル族
    • 国家は必然的に戦争をするか
    • 宗教の権威が戦争を抑制する
    • 宗教改革 非道徳的な主権国家の出現
    • クラウゼヴィッツの戦争論
    • 戦争を抑制しようとする企て
  • 第4章 戦争と個人
    • 国を守り犠牲となった兵士
    • 兵士は嫌われ蔑まれていた
    • 公正な戦いと戦士の名誉
    • 戦闘行動の道徳的規範が生まれる
    • 市民の多くは戦闘に耐えられない
  • 第5章 戦争はなくなるだろうか
    • 闘争はもう人間社会の必然ではない
    • 核戦争は避けることができる
    • 局地的な戦争の増大
    • 安い兵器が戦争を蔓延させる
    • 戦争をなくすために
  • 参考文献/訳者のあとがき

【感想は?】

 結局、「人間はなぜ戦争をするのか?」の結論は出ていない。幾つかの説は紹介するが、断言はしない。

 とはいえ、その始まりについては有力な説を冒頭で示している。

戦争とは、歴史的には、略奪行為であった。
  ――序

 みもふたもない話だ。農耕が始まったころ、農耕民を狩猟民が襲い略奪したのが始まりだろう、そんな説だ。ロマンもへったくれもない。まあ文書が残っているはずもなく、遺跡などのモノから推測するしかないんで、あやふやなのは仕方あるまい。

 文書が残る時代になると、著者の歴史家としての素養が効いてきて、意外なエピソードが次々と出てくる。戦争の悲惨さはよく話題になるが、歴史的には疫病の方が怖かった、とか。

1864年から70年のパラグアイ戦争(→Wikipedia)を除けば、どこの戦争も黒死病の致死率に肩を並べたことはなく…
  ――第1章 戦争と我々の世界

 ここでは逆にパラグアイ戦争を知りたくなって調べたが…いやはや、とんでもない戦争もあったもんだ。なんと男の9割が死んだとか。

 もっとも、そこまで戦いつづけるのは稀で、というより国民皆兵かつ総力戦みたいな発想はむしろ近代的な国家が生んだシロモノで、それ以前は、少なくとも欧州じゃ兵隊は嫌われ者だった模様。

中世やルネサンスのヨーロッパでは、(略)兵士は嫌われ者でした。また、蔑まれる存在でもありました。
  ――第3章 戦争と国家

 少なくとも戦場となった土地に住む者にとっちゃ、軍は山賊とかわらない、どころかそれ以上に忌まわしい存在だったのは、「戦場の中世史」や「補給戦」に詳しい。

 また、戦いにかかる時間も、昔と今とじゃ大ちがいで。

…ギリシアの戦争はとても短いものだった(略)。最大限、1日の戦争で、(略)1時間ほど殺しあううちにどちらか一方が崩れ、敗北した方は逃げ帰り、勝利したほうは戦死者を埋葬します。
  ――第4章 戦争と個人

 「ほほう」と納得しかけたけど、これ、籠城戦を無視してるなあ。というか、「戦争」と「戦い」の区別、かな? 最近の戦争は一度の決戦でケリがつくのは稀で、ウクライナ戦争のように前線がジワジワと前後したり、シリア内戦みたく前線がどこにあるかわかんなかったり。

 いずれにせよ、被害が大きいのは分かり切ってるのに、なかなか戦争はなくならない。その理由はなにか。本書は有力な二つの説を紹介する。

戦争の起源を研究している研究者は、何か人間本性のなかに埋め込まれている根拠を探求しようとする人々と、人間本性に作用した外的なあるいは偶然的な閉胸に根拠を求める人々とに大きく分かれています。
  ――第2章 戦争の起源

 本性のなかにある派も二つに分かれてて、某匿名掲示板風に書くと、こんな感じ。

  • ヒトの本能なんだよ派
    • すべてのヒトの本能に埋め込まれてるんだよ派
    • 一部のヒトだけがバグを抱えてるんだよ派
  • 環境や状況のせいだよ派

 「戦争文化論」は、どちらかと言うと本能派かな? いや文化は環境だから…いや、そういう分類の仕方に異を唱える説かも。まあいい。最近の戦争を見る限り、ヒトの暴力衝動もあるけど、権力者の都合もあるワケで、これは政治学も絡んでくるなあ。

 とまれ、第二次世界大戦以降は、戦争の傾向も大きく変わってきた。

戦争は、しだいに豊かな国よりも貧しい国が行う活動になってきています。
  ――第5章 戦争はなくなるだろうか

 戦争するから貧しいのか、貧しいから戦争するのかは難しい所だけど、相関関係はありそう。これに対し、著者は武器に目をつけてる。

主に言戦争を起こすのは貧しい国々なのですから、安価な武器が簡単に手に入ることは、私たちが生きている現代の軍事状況のもっとも不安な要素の一つなのです。
  ――第5章 戦争はなくなるだろうか

 実際、政情不安定なアフリカの国々では、カラシニコフが安く大量に出回ってる(「カラシニコフ」)。

 で、この状況に対し、著者が唱える対策は。

武器取引は、それが政治的な動機に基づいていようと、あるいは経済的な動機に基づいていようと、いずれにせよ、主に政府の活動です。
  ――第5章 戦争はなくなるだろうか

 ということで、世界が協力して武器取引を取り締まりましょうよ、と。

 まあ、気持ちは分かるし、やる価値もあると思う。でも、どれだけ有効かと言うと、うーん。例えば北朝鮮が素直に言うことを聞くとは思えないし、旧ユーゴスラヴィア諸国からカラシニコフが流出したのは東欧崩壊のあおりだし、ハマスは手製のカッサム・ロケットを飛ばしてるし。

 などとケチはつけたが。ヘルメットやシートベルトで全ての交通事故は防げないけど、少なくとも一部の被害は軽減できるワケで、万能薬を求めるのが間違いなのかも。

 学者の書いた本だけに、歯切れの悪い所はあるが、学者だからこそのトリビアはアチコチに出てきて、そこは楽しいし、自分の無知無学も痛感させられる。良くも悪くの量が少ないので、軽く読める反面、食い足りない感もある。軍事史の入門書というより、更に広い層に興味を持ってもらうための本、といった位置づけだろう。

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2024年6月10日 (月)

荻野富士夫「特高警察」岩波新書

特高警察とは何だったのか、その実態と全体像の解明が本書の課題である。
  ――はじめに

毛利基(→Wikippedia)が「特高警察の至宝」と飛ばれたのは、スパイの巧妙な操縦術にあった。
  ――3 その生態に迫る

【どんな本?】

 憲兵と並び、戦前・戦中の高圧的・暴力的な国民監視や言論弾圧の象徴となっている特高。その特高は、いつ・どんな目的で設立され、どんな者たちを監視・弾圧し、どのような手口を用い、どんな経緯を辿ったのか。いわゆる刑事警察との違いは何か。どのような警官が属していたか。組織はどんな特徴があるのか。ゲシュタポとはどう違うのか。

 当時の公開文書や警察の資料を漁り、悪名高い特高の実態を伝える、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年5月22日第1刷発行。新書版縦一段組み本文約233頁に加え、あとがき4頁。9.5ポイント40字×15行×233頁=約139,800字、400字詰め原稿用紙で約350枚。文庫なら薄め。

 地の文はこなれている。ただ戦前・戦中の文書の引用が多く、それらは旧仮名遣いだし言葉遣いも古くさい。そこは覚悟しよう。内容は明治維新以降の日本の歴史と深く関わっているので、その辺の大雑把な知識は必要。特に小林多喜二をはじめ労働運動や左翼運動の人名がよく出てくる。また、以下の事件への言及も多い。リンク先は全て Wikipedia。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

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  • はじめに
  • 1 特高警察の創設
  • 1 特高警察の歴史
  • 2 大逆事件・「冬の時代」へ
  • 3 特高警察体制の確立
  • 2 いかなる組織か
  • 1 「特別」な高等警察
  • 2 特高の二層構造
  • 3 一般警察官の「特高」化
  • 4 思想検事・思想憲兵との競合
  • 3 その生態に迫る
  • 1 国家国体の衛護
  • 2 特高の職務の流れ
  • 3 治安法令の駆使
  • 4 「拷問」の黙認
  • 5 弾圧のための技術
  • 6 特高の職務に駆り立てるもの
  • 4 総力戦体制の遂行のために
  • 1 非常時化の特高警察
  • 2 「共産主義運動」のえぐり出し
  • 3 「民心」の監視と抑圧
  • 4 敗戦に向けての治安維持
  • 5 植民地・「満州国」における特高警察
  • 1 朝鮮の「高等警察」
  • 2 台湾の「高等警察」
  • 3 「満州国」の「高等警察」
  • 4 外務省警察
  • 5 「東亜警察」の志向
  • 6 特高警察は日本に特殊か
  • 1 ゲシュタポの概観
  • 2 ゲシュタポとの比較
  • 7 特高警察の「解体」から「継承」へ
  • 1 敗戦後の治安維持
  • 2 GHQの「人権指令」 しぶしぶの履行
  • 3 「公安警察」としての復活
  • 結びに代えて
  • 主要参考文献/あとがき

【感想は?】

 実物を見ればわかるが、量的には手軽に読める新書だ。

 だがその中身は、多くの手間暇を費やして大量かつ広範囲の文献を漁って書き上げた労作である。

 にも拘わらず、著者の筆致は冷静かつ事務的で、その意図を読み取るには相応の注意力が必要だ。

 例えば「戦前を通じて日本国内では拷問による虐殺80人、拷問による獄中死114名、病気による獄中死1503名」とある。拷問で亡くなったのが計194名に対し、病死が1503名。やたら病死が多くね?

 これ、「はじめに」の3頁。著者は病死の多さを指摘も解釈も突っ込みもしない。ソコは読者が読み取れ、そういう姿勢だ。たぶん、著者は本書の冒頭で、読み方をそれとなく示しているんだが、私は思わず読み飛ばすところだった。危ない危ない。

 そんなワケで、恐らく他にも私は多くの重要な点を読み飛ばしている。

 資料の漁り方も徹底している。日本の警察全体の傾向を表す「警視庁統計報告」や各県の県警史やに日本警察新聞などの(たぶん)公開資料はもちろん、「説諭の栞」(警察教材研究会編)など民間の資料、雑誌「警察研究」、そして「中国、四国ブロック特高実務研究会」の議事録など、「どうやって存在を知りどうやって手に入れたのか」と呆れるほどマニアックな資料にまで当たっている。

 それほどの労力を費やした割に、見かけは薄いし地の文は読みやすく、サラサラ読めてしまうのはどうしたものか。しかも文章は事務的かつ冷静で、著者の感情はあまり出てこない。困ったモンだ。読者の感情を刺激するのは、次の特高の台詞のように、ごく一部だけ。

「言え、貴様は殺してしまうんだ、神奈川県特高警察は警視庁とは違うんだ。貴様のような痩せこけたインテリは何人も殺しているのだ」
  ――3 その生態に迫る

 さて。そんな特高が取り締まったのは、タテマエとしては以下の通り。

1937(昭和12)年3月の保安課の事務組織をみると、庶務・文書、左翼、右翼、労働・農民、宗教、内鮮、外事、調査の八係からなり…
  ――2 いかなる組織か

 左翼はわかる。というか、本書を読む限り、最も力を入れていたのは共産党対策らしい。1936年の226事件(→Wikipedia)の影響か、一応は右翼も監視していたが、手ぬるかった様子。労働・農民は左翼と別扱いだ。宗教もそうだが、彼らは多数の庶民が組織化するのを恐れるのだ。外事は他国のスパイだろう。内鮮って所で、大東亜共栄圏と言いつつ実は朝鮮人への差別感情があったのを思い知らされる。

 この辺は「5 植民地・「満州国」における特高警察」で、更に詳しく語っている。国内では外務省警察や軍の管轄下の憲兵と競合した特高だが、本土外では憲兵の指揮下で一本化し、独立運動・民族運動も含め、国内以上に過酷な弾圧をしている。

 質に次いで量的な面では、警察全体の一割ほど。KGBより少ないがMI5よりは多い。

…日米開戦直前の広義の特高警察の人員はおそらく一万人を超えると推測される(略)。戦時期の国内警察全体の人員は9万5千人前後であり、一割強が広義の特高警察であったことになる。
  ――2 いかなる組織か

 治安維持法があるとはいえ、タテマエ上は司法の軛のもとで活動している特高だが、総力戦体制ともなると、イチャモンにも磨きがかかってくる。

「日本無産党(→Wikipedia)は日本共産党と一字違いであり、……意識的な命名である」(警保局保安課「思想問題について」1939年6月)
  ――4 総力戦体制の遂行のために

 さて、「6 特高警察は日本に特殊か」では他国との比較としてゲシュタポと比べている。ゲシュタポが司法権まで握っていたのに対し、特高はそうじゃなかった。一応、タテマエとしては。そこを特高は羨んでいる。また、強制収容所もなかった。これを著者は…

思想的矯正は可能とする日本と異なり、ドイツの場合にはそうした発想がない。
  ――6 特高警察は日本に特殊か

 と、している。まあ、思想的矯正ってあたりで、既にアレだと私は思うんだが。いや自分は正義だと固く信じてるワケで、狂信者の一種だよね。

 まあいい。そんな風に日本人に対しては甘かったが…

朝鮮人・中国人に対する残虐性の発揮は、ドイツにおける他民族に対する残虐性に通じるものがある。
  ――6 特高警察は日本に特殊か

 と、外地ではタガが外れてしまう。

 そんな風に狂ったように見える特高だが、敗戦後は計算高く生き残りを図る。こういう所は、正義感と言うより単に権力の亡者じゃないかと思うんだが、どうなんだろうね。

戦前において特高警察はゲシュタポに親近感や羨望感を抱いていたにもかかわらず、敗戦後は特高警察の存命のために一転してゲシュタポとの異質性を強調し、特高=「秘密警察」論を否定する。
  ――6 特高警察は日本に特殊か

 自分たちの目指すところは外聞が悪いとわかっている。ちゃんと自分たちの姿を客観的に見る能力はあるのだ。ただ、力の無い者には一切耳を傾けないってだけで。

 そのためか、国内の政治では強気な態度を崩さない。

おそらく(1945年)9月下旬までに、警保局は昭和21(1946)年度予算要求として特高警察の倍増案を立てている。
  ――7 特高警察の「解体」から「継承」へ

 敗戦の混乱を抑えるには力が必要だって理屈。そのくせ闇市の仕切りはヤクザに任せてたりするんだが(「敗北を抱きしめて」)。

 これは政治家も同じで、相変わらずの思想統制を続けるとハッキリ言ってたり。なんだろうね、この楽観性は。

1945年10月3日山崎巌内相(→Wikipedia)「思想取締の秘密警察は現在なお活動を続けており、反皇室的宣伝を行う共産主義者は容赦なく逮捕する。また政府転覆を企む者の逮捕も続ける」
  ――7 特高警察の「解体」から「継承」へ

 で、体裁だけ整えて実態は残します、とも言ってたり。

1945年10月15日内閣書記官長次田大三郎(→Wikipedia)「特高の組織は全面的に廃止せざるを得ない。しかしこの際の取り扱いとしては一応全面的に特高の組織は廃止するが、これに代わるべき組織は急に作り上げなければならないと思っている」
  ――7 特高警察の「解体」から「継承」へ

 現在の日本で特高の後継に当たるのは公安調査庁と警察の公安。刑事警察は各県警が仕切っているのに対し、公安は中央つまり警視庁が仕切る中央集権型だ(「公安は誰をマークしているか」)。国内の暴力組織も外国の諜報組織も、道路網の充実などで長距離移動が容易になった上に、インターネットなどで距離を無視した情報伝達も簡単なワケで、下手な分権化がマズいのは分かる。

 とはいえ、戦後の人事を見る限り、特高の文化は受け継いでおり、また Wikipedia の内務省を見る限り、復活を望む勢力は生き残っている。

 恐ろしくはあるが、同時に特高が「労働・農民」を対象としたことで分かるように、人々が集まるのを権力者は恐れるのだ、というのは希望でもある。いずれにせよ、物理的には薄いが中身は濃い。覚悟して注意深く読むべき本だ。

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2024年6月 6日 (木)

ランドール・マンロー「もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳

どれも絶対にご家庭では試さないでください。
  ――おことわり

マリオは1日何カロリーを消費しますか?
  ――さくっと答えます#1

【どんな本?】

 NASA のロボット工学者だった著者が、自分のサイトに集まった珍問・奇問に対し、時には真面目に計算し、または専門家に相談し、それなりに妥当な解を漫画を交えユーモラスに示した、一般向けの楽しい科学解説書その2。

 先の「ホワット・イフ?」が大ヒットしたためか、読者から寄せられる質問は量ばかりかバラエティも狂気もヤバさもグレード・アップし、著者は政府の監視リストにまで乗る羽目に。

 ということで、覚悟して読みましょう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は What IF? 2 : Additional Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions, by Randall Munroe, 2022。日本語版は2023年2月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約381頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント33字×29行×381頁=約364,617字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらい…だが、紙面の半分ぐらいはイラストというか漫画なので、実際の文字数は半分ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。たまに数式が出てくるが、読み飛ばしても問題ない。もっとも、ネタを含んだ式が稀にあるので油断はできないんだけど。

【構成は?】

 質問と回答は、一つの質問に5~10頁程度の解答が続く形。加えて前著の影響か多くの質問が集まったらしく、複数の質問にまとめて簡潔に答える「さくっと答えます」「ちょっとヤバそうな質問集」が間に挟まる。それぞれ完全に独立した記事なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

 はじめに

読者からの質問と著者の解答

 謝辞/参考文献/訳者あとがき

【感想は?】

 馬鹿々々しい質問を真面目に計算して答えを出したうえで、想定外の結論に達するユーモア科学解説本の第2弾。

 しょっぱなから質問が狂ってる。「太陽系を木星のところまでスープでいっぱいにしたら、どうなりますか?」 えっと、5歳のアメリアちゃん、何故にスープw

 多少なりとも物理学を知っていれば、質量だけでもヤバい事になりそうなのは思いつく。が、真面目に計算する奴は滅多にいない。と共に、この回答でアメリアちゃんは納得するんだろうか、なんて疑問も浮かぶ。まあ、返答が返ってくる頃にはアメリアちゃんも質問を忘れているだろうなあw

 次に漫画でよくある、沢山の鳥に持ち上げてもらうって発想、やっぱりあったw 結論としては、色々と難しそう。

 科学的に「そうだったのか!」と感心するのも沢山ある。木星の一部分を家一軒分だけ地上に持ってきたら、は思いつかなかった。木星と言えば傑作冒険SF「サターン・デッドヒート」が思い浮かぶ…って、土星じゃん。まあ似たようなモンでしょ、巨大ガス惑星だし←をい この項では、私がスッカリ忘れていた巨大ガス惑星の特性を思い出させてくれた。確かに木星や土星に潜るのは難しそうだ←当たり前だろ

 やはり意外だったのがブランコ。子供の頃、欲しかったなあ、とっても長いブランコ。すんげえスピードが出そうで。ところが力学的に考えてみると、ブランコってのは不思議で。つまり外から運動エネルギーを与えてなくても、なぜか揺れが大きくなる。いや後ろから押すってのはナシで。これをキチンと考えてて、「おお!」と感心してしまった。とすると、支柱の材質によっては…

 など、マンロー君は真面目に計算しているかと思えば、鮮やかにハズす芸も楽しい。例えば「靴箱をいっぱいにして最も高額にする方法」。金やプラチナなど貴金属に続き、お高い物質としてプルトニウムを挙げ…おい、マズいだろw とソッチに思考を誘導しといて、ソレかいw

 やはり実際に計算してみるってのは面白いモンで、日頃から「そうだろうなあ」と思ってる事柄も、計算して結果が出ると、どひゃあ、となる時もある。「スマートフォンを真空管で作ったら?」も、その一つ。皆さんコンピュータの進歩はご存知だけど、計算結果を現実のモノで例えると、これがなかなか。まあ答えはいつも通り、コッチの思考の穴を突いてくるんだけどw

 まあ計算とは書いたけど、質問によっては実に大雑把な推計(フェルミ推定、→Wikipedia)で、中にはこんなのも。

誤差はゼロを2,3個付けたり取ったりする範囲だ

 いい加減な気もするけど、天文学者あたりは、この手の「1~2桁は誤差」な計算をよくやるらしい。こういうテキトーなネタがあることで、私は「とりあえずやってみよう」と気楽にいい加減な計算を試みることが増えた。いやソレで何かの役に立つワケじゃないけどw

 先の「ホワット・イフ?」が売れまくったためか、アレな人も惹きつけてしまい、著者にはこんな質問も寄せられる羽目になったのはご愁傷様と言うべきか。

エアフォースワンをドローンでやっつけるにはどうすればいいですか?
  ――ちょっとヤバそうな質問集#1

 えっと、それを尋ねて、どうするつもりなんだい?

 など、素っ頓狂な問いに笑いながら「アホな事を考えるのは俺だけじゃないんだ」と謎の安心感を抱き、真面目に調査・計算・シミュレーションする過程で「そんな方法もあるんだ」と感心し、アサッテの方向の結論に「ソッチかい!」と呆れる、楽しい科学と工学の本。肩の凝らない雑学が好きな人にお薦め。

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2024年5月31日 (金)

マシュー・ウィリアムズ「憎悪の科学 偏見が暴力に変わるとき」河出書房新社 中里京子訳

本書の読者は、偏見がヘイトクライムに変わるティッピングポイント(転換点)を探ってゆく過程で、有史以前の祖先から21世紀の人工知能までを含めた、全世界にまたがる旅をしてゆくことになる。
  ――第1章 憎むとはどういうことか

人には自分と同じような人を好む傾向があるという強力な証拠がある。
  ――第4章 私の脳と憎悪

「支配集団のメンバーは、下位集団からの脅威を感じたときに、偏見や憎悪を表す傾向が強い」
  ――第5章 集団脅威と脳

イスラム過激派のテロ攻撃は、他の動機に基づくテロ攻撃に比べて約375%も多く報道されるため、一般の人々はこの種の事件から受ける脅威の印象を膨らませてしまう。
  ――第7章 トリガーイベントと憎悪行為の増減

過激主義者の脳は、仲間の影響を受けるという点では、我々のものと同じなのだ。自爆テロをやろうとしている者に、その行動を考え直させるには、仲間の力を借りるのが一番だ。
  ――第8章 憎悪を生み出す過激派のカルチャー

政治家やメディアから、「自分たちとは違う人たちのせいで人生が損なわれている」と告げられたときには、彼らの動機を常に疑い、誤情報や偽情報を見つけたら、自分の脳内で発令された非常警報を解除することが必要だ。
  ――第11章 偏見が憎悪に変わるティッピングポイント

【どんな本?】

 本書が扱う憎悪は、憎悪犯罪=ヘイトクライムのヘイトだ。外国人・〇〇教徒・同性愛者・障碍者など、ある特徴・属性の者全体への敵意や憎しみである。恥をかかされた・迷惑をかけられた・恋人を奪われた等の理由で抱く、特定個人への恨み・妬み・復讐の念は含まない。

 同性愛者の著者は、若い頃に同性愛者狩りの被害を受ける。以来、著者は犯罪学を学び、憎悪犯罪の被害者・加害者双方について調査・研究を始めた。その成果の一つが本書である。

 憎悪犯罪の根本には何があるのか。犯罪者に共通した特徴はあるのか。それは生来のものか、環境によるものか。どんな環境が犯罪を増やすのか。大きな事件の報道は憎悪犯罪に影響を与えるのか。インターネットの荒らしやボットは加害者・被害者にの変化を促すのか。そもそも憎悪犯罪は、どう定義すべきか。そして憎悪犯罪を防ぐため、私たちには何ができるのか。

 英国の犯罪学教授による、一般向けの憎悪犯罪の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Science of Hate : How Prejudice Becomes Hate and What We Can Do to Stop It, by Matthew Williams, 2021。単行本ハードカバー縦一段組み本文約371頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント46字×21行×371頁=約358,386字、400字詰め原稿用紙で約896枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い、というか学者の文章だ。まず、言葉が堅苦しい。これは賢い人にありがちなパターン。また、結論を断言せず、「と思われる」「可能性がある」みたく、煮え切らない文章が多い。これも、学者らしく正確を期する姿勢の表れだろう。

 内容は特に難しくない。いや難しい部分はあるんだ、脳の部位の偏桃体とか。でも、「そういう部位があるのね」ぐらいに考えて読み飛ばしても、まったく問題ない。つまりは最近の学者らしく「様々な視点や方向性から仮説を試してます」と言いたいだけだから。こういう所はまだるっこしくはあるんだが、同時に根拠や検証方法を明らかにして信憑性を高めてもいる。

 結論として、この手の本を読み慣れていないと取っつきづらく感じるかも。全部を正確に理解しようとするとシンドイけど、面倒な所を読み飛ばすコツを心得ていれば楽しく読める。

 あ、それと、政治的にリベラルで、右派、特に極右には批判的な姿勢なので、そこは覚悟しよう。

【構成は?】

 頭から読む構成だが、気になる所だけを拾い読みしても充分に楽しめる。

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  • プロローグ 憎悪とともに生きる
  • はじめに
  • 第1部 憎悪の基盤
  • 第1章 憎むとはどういうことか
    “憎む”とはどういうことか
    ヘイターのプロファイル
  • 第2章 ヘイトクライムの発生件数
    いつ、どのように数えているか
    ヘイトクライムの件数は増えているか
  • 第3章 脳と憎悪
    柔らかい灰色の鎧の下で
    脳内の憎悪領域を同定する
    私たちを憎悪に押しやる領域
    憎悪をいだいているとき、脳の他の部分は何をしているのか
  • 第4章 私の脳と憎悪
    脳のスキャンを行ってくれる神経科学者を探す
    憎悪を調べる神経科学のつまずき
    脳を超えて
  • 第5章 集団脅威と脳
    集団脅威の検知における進化
    人間の生物学的特徴と脅威
    社会、競争、脅威
    カルチャーマシン、集団脅威、ステレオタイプ
    驚異の“認識”を中和する
    脅威を超えて
  • 第2部 憎悪の促進剤
  • 第6章 トラウマ、コンテインメント、憎悪
    “平均的な”ヘイトクライム犯
    “例外的な”ヘイトクライム犯
  • 第7章 トリガーイベントと憎悪行為の増減
    憎悪の引き金を明らかにする
    私たちの心理とトリガーイベント
  • 第8章 憎悪を生み出す過激派のカルチャー
    意義の探求と極端な憎悪
    神が私にそうさせた
    戦士の心理
  • 第9章 ボットと荒らしの台頭
    入れたものが返ってくる
    ヘイトスピーチはどれぐらいネットで蔓延しているか
    棒きれと石
    法律はそれを阻止できるか
    ソーシャルメディア企業はそれを阻止できるか
    私たちはそれを阻止できるか
  • 第10章 言葉と行動による憎悪行為
    極右勢力にとってのゲームチェンジャー
    「現実世界における取り組みの投稿」
  • 第11章 偏見が憎悪に変わるティッピングポイント いかにしてそれを防ぐか
    次に起こるヘイトクライムの予測
    憎悪をなくすための七つのステップ
    20年間の研究でわかった攻撃者(と私)の特徴
  •  謝辞/訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 書名に「科学」とある。が、残念ながら、現状は科学と言えるレベルにない。

 いや著者は科学であろうとしているのだ。できる限り統計を取り分析し、また様々な脳スキャンを試したり。ただ、なにせ相手は人間でだ。わかっていないことが多すぎる。脳スキャンにしても、「偏桃体が活性化したのは分かるが、憎悪をいだいてるとは断言できない」と、慎重な姿勢を保つ。

 こういう所がまだるっこしくもあるが、同時に誠実でもある。例えばデータだ。本書は米国と英国の統計や事例を主に扱っている。これはヘイト・クライムの扱いが両国は比較的に厳しく、データを集めやすいからだ。たぶん、言語の問題もあるんだろうけど。

 これについて、「そもそも法的な根拠があいまいなんだ」と愚痴こぼしてたり。例の一つが相模原障害者施設殺傷事件(→Wikipedia)だ。犯行理由の一つが障害者差別なのは明らかだが、日本の法じゃ障害者差別はヘイトクライムと定義していない。だから正式な統計じゃヘイトクライムとされないのだ。

 また、「ゴス(→Wikipedia)だから」なんて理由で襲われた例も出てくる。これも法のためヘイトクライムにはならない。

サブカルチャーを対象としたヘイトクライムには、それを罰する特定の法律がないため、二人の事件はヘイトクライム統計には含まれなかった。
  ――第2章 ヘイトクライムの発生件数

 だとすると、法はどこまでカバーすべきなんだろうか? すべてのヘイトクライムを列挙すべきか、もっとザックリ「差別感情の有無」を要件とすべきだろうか。

 まあいい。そんな風に、本書の初めの方で著者はデータの不備を告白している。これも著者の誠実さの表れだろう。

 この差別感情は、どうもヒトの本能に組み込まれているらしい。私たちは、差別する生き物なのだ。ただ、誰を差別するかは、環境や育ちによって変わる。

私たちは、「我ら」と「彼ら」を識別する傾向のある脳を備えて生まれてくるように見受けられるが、「我ら」と「彼ら」が誰であるかは、固定されたものではなく、学習された結果である。
  ――第3章 脳と憎悪

 本能的に差別するのだ、少なくとも第一印象では。それを理性で抑えているだけで。もっとも、付き合いが深まれば差別感情は減っていくんだけど。

 とはいえ、困った点もある。往々にして差別する側は、差別感情を自覚していない。

ほとんどの加害者は、自分が被害者を狙った理由に人種差別や同性愛嫌悪などの偏見は関与していないと言う。調査に協力してくれるのは、組織化された憎悪集団の一員である男性が多い。
  ――第6章 トラウマ、コンテインメント、憎悪

 「組織化された憎悪集団」は、KKKやネオナチなど、大っぴらに差別を掲げている組織・集団を示す。そうでない場合、「私は差別していない」って言葉は信用できないのだ。もっとも、英国だと、ヘイトクライムは量刑が重くなるので、それを避けるためとも思えるんだが。

 さて、差別は感情だ。だから、その時の状況で強くなったり弱くなったりする。状況の一つはテロなどの事件のニュースだ。テロすなわち恐怖を煽る犯罪である。本書では911を例に挙げ、その影響を分析している。落ち着いて考えれば、ブッシュJrはテロを許す大失敗を犯したハズなんだが、現実には支持率が急騰した。なぜかというと…

死について考えることは、特定の資質を持った指導者への支持を高めるだけのようだ。すなわち、悪の外部集団に勝利するヒーローとしての内集団の描写を大衆迎合的に行う指導者の支持を高めるのである。
  ――第7章 トリガーイベントと憎悪行為の増減

 最近の日本だと、Jアラートとかは、こういう効果を期待してるんじゃないかと私は疑っている。とまれ、ネットで疑問を呈しても、あまし効果はないらしい。

私たちは、ネットで反対意見に触れると、自分たちがすでに信じていることの補強に利用する傾向がある。
  ――第9章 ボットと荒らしの台頭

 これは私も自覚はある。反論されてもムカつくだけで、まずもって意見は変えない。よけい意固地になるだけだ。でも本だと素直に受け入れちゃったりする。不思議だ。やはり本って媒体に権威を感じるからだろうか。

 そのネットに溢れる陰謀論だが、やはりソースを見て検証する人は滅多にいないようだ。

2020年1月から4月までの間に、フェイスブックからのクリックを介して、極右の陰謀論や憎悪行為を広めていることで知られる34のウェブサイトに飛んだ回数は約8千万件にのぼっている。これに比較して、フェイスブックを介して米国疾病対策センター(CDC)のウェブサイトに飛んだ回数は640万件、世界保健機関(WHO)のウェブサイトに対しては620万件にすぎなかった。
  ――第10章 言葉と行動による憎悪行為

 はい、私も政府機関や学術機関のサイトは滅多に見ないしなあ。このブログで記事を書くときぐらいだ←をい

 など、全般的に「そうなんだろうな」とボンヤリ考えていた事柄や、よく言われている注意事項を裏付ける話が多い。とはいえ、ソレを研究者として地道にデータを集めて分析すると共に、そのデータの不備を正直に明かしている点は好感が持てる。さすがに「科学」は言いすぎだが、研究の現状報告としては誠実だろう。

 ヘイトクライムに興味がある人だけでなく、「そもそも犯罪学者は何をやってるのか」を知りたい人にもお薦め。

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2024年5月27日 (月)

マイケル・スピッツァー「音楽の人類史 発展と伝播の8憶年の物語」原書房 竹田円訳

本書は段階的に時間をさかのぼってゆく。21世紀初頭の音楽的人間からスタートして、記録に残された数千年間の人類の歴史を通過し、そして人間以前の動物の音楽まで、推理力を頼りに範囲を拡大して、音楽を逆行分析する。
  ――第1章 ボイジャー

音楽に耳を傾けているとき、私たちは音楽を模倣している。
  ――第4章 想像の風景、見えない都市

対位法は、西洋のクラシック音楽全般が勝利をおさめる前に、先鋒として世界を征服する。
  ――第8章 終盤

リズムは模倣、すなわち真似する能力と深く関わっている。
  ――第10章 人類

主題を最後までお預けにするのは、じつは音楽の常套手段である。
  ――第12章 音楽の本質に関する11の教訓

【どんな本?】

 認知心理学者スティーブン・ピンカー曰く「音楽は聴覚のチーズケーキ」(→Wikipedia)。進化の過程で、たまたま必要な材料=能力が揃ったため生まれた副産物であり、嬉しくはあってもたいして役に立つシロモノではない、みたいな意味だろう。

 これに反論するのが本書だ。

 世界にはどんな音楽があり、それぞれどんな特徴があるのか。コオロギも鳥も鳴くが、それはヒトの歌とどう違うのか。音楽を生み出し、味わうには、どんな能力が必要で、ヒトはいつどうやってその能力を手に入れたのか。人類の歴史の中で、音楽はどのように生まれ、石器時代から現代までの社会の変化に応じ、どう変わり関わってきたのか。そして、なぜ西洋の音楽が世界を制覇したのか。

 クラシックからポップ・ミュージック、西洋・アラブ・インド・中国など世界各地の音楽はもちろん、古生物学・考古学・史学・認知心理学など多岐にわたる学問の知識を漁り、ヒトと音楽の関わりを俯瞰する、一般向けの歴史と音楽の啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Musical Human : A History of Life on Earth, by Michael Spitzer, 2020。日本語版は2023年10月6日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約510頁に加え訳者あとがき3頁。9.5ポイント50字×19行×510頁=約484,500字、400字詰め原稿用紙で約1,212枚。文庫なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻の大容量。

 文章はかなり古風。いや文体は現代風なんだが、いささか詩的と言うか哲学的と言うか。内容はあまり難しくないが、平均律や五度などの基礎的な音楽用語が説明なしに出てくるので、多少の音楽の知識はあった方がいい。出てくる音楽はクラシックが多いが、KPOP の PSY など流行歌やバリ島のガムランなど民族音楽も多い。お陰で Youtube で曲を漁っているとなかなか読み進められない。

 あと、できれば索引が欲しかった。

【構成は?】

 原則的に順に読み進める構成なので、じっくり読みたいなら素直に頭から読もう。だが、面白そうな所を拾い読みしてもソレナリに楽しめる。というか、ぶっちゃけ著者の筆はアチコチ寄り道しちゃ道草食い放題なので、テキトーにつまみ食いした方が美味しいかも。

クリックで詳細表示
  • 第1部 人生
  • 第1章 ボイジャー
  • 第2章 ゆりかごから墓場まで
  • 第3章 私たちの生活のサウンドトラック
  • 第4章 想像の風景、見えない都市
  • 第2部 歴史
  • 第5章 氷、砂、サバンナ、森
  • 第6章 西洋の調律
  • 第7章 超大国
  • 第8章 終盤
  • 第3部 進化
  • 第9章 動物
  • 第10章 人類
  • 第11章 機械
  • 第12章 音楽の本質に関する11の教訓
  •  謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 「8億年とは大きく出たな」と思うが、一応は間違っちゃいない。かなりハッタリ混じりだが。

 テーマは、ヒトと音楽の関わりだ。このヒトってのが曲者で、著者の視野は時間的にも空間的にも広い。時間的には人類以前の話も出てくる。それは現代の昆虫や鳥、そしてクジラから類推するのである。

サピエンスは統合した。リズム、メロディ、文化の能力は、単独でなら、昆虫、鳴禽、クジラのさまざまな種に認められるが、すべてを兼ね備えた種はひとつとしてない。
  ――第9章 動物

 コオロギは鳴き、鳥はさえずり、クジラは歌う。だが、いずれもヒトが考える音楽とは異なる。それは何が欠けているのか、なぜ欠けているのか。これらを追求する事で、音楽には何が必要なのかを浮き上がらせてゆくのだ。

 また、空間的にはユーラシア全般に及ぶ。代表は西洋、イスラム、インド、中国だ。

四つの音楽大国にはそれぞれ特別な力があった。西洋にはポリフォニー(加えて音符と記譜法)。イスラムには装飾。インドは味を追求した。中国の強みは色、すなわち音色だった。
  ――第7章 超大国

 実はこのランキングには大きな欠落がある。アフリカだ。それは著者もわきまえていて、ちゃんと言い訳を用意している。

アフリカが、(略)音楽の大国集団に入っていないことははっきりしている。それはアフリカに音楽の歴史がないからではなく、植民地化以前の音楽の歴史の記録がないからだ。
  ――第8章 終盤

 記録の有無は重要な問題で、本書中でも随所で泣き言が入る。なんたって、譜面が残っているのは西洋音楽だけだし。音階は笛の穴の位置で類推できるが、それ以外の楽器は難しい。リズムや音色や奏法は、もうお手上げだ。

 とはいえ、楽譜がなくても音楽があったのは記録に残っている。例えば古代ギリシア。

古代ギリシア演劇は、劇とは名ばかりでじつはすべてオペラだった
  ――第6章 西洋の調律

 オペラというと「フィガロの結婚」や「カルメン」を思い浮かべるが、演劇に歌や演奏や踊りを加えたモノなら、世界各地にある。というか、著者の見解だと、世界的には音楽は演劇や踊りと混然一体となっている場合が多く、音楽だけを抜き出して楽しむ形の方が珍しいようだ。とすると、様式に拘った KISS やストーリーに殉じた The WHO の TOMMY は、先祖返りというか、本来の音楽のあり方・楽しみ方に立ち戻ったものなのかも。

 先の例で西洋音楽ばかりを取り上げたが、実際問題として現代は西洋音楽が世界を席巻している。その理由は、軍事力と経済力ばかりでなない。西洋音楽は、強力な武器を備えていたのだ。

西洋音楽の三つの「必殺アプリ」は、音符、記譜法、ポリフォニーだ。
  ――第7章 超大国

 絵画や彫刻と違い、音楽はモノが残らない。だから、後継者がいなければ途絶えてしまう。だが西洋は楽譜を発明し、発達させてきた。そのため故人の未発表曲でさえ蘇らせることができる。これは強い。また、譜面で視覚化することで、論理的な分析・設計も可能になった。バッハのファンならお分かりだろう。

 とまれ、それは同時に、ある種の自由を奪いタガをハメる結果にもなった。その一つが調律だ。

12の半音がすべて均等になるように調律されたピアノの鍵盤のように、シンセサイザーのキーボードは、その「平均律」を「非標準的な」調律を持つほかの人々に押しつけている。
  ――第11章 機械

 とかの本書のテーマに沿った話も面白いが、著者の音楽家としてのネタも楽しい。例えば曲の構成だ。著者はこれを英雄物語の旅に例える。英雄は家を出て冒険へと旅立ち、試練や戦いを乗り越え、やがて家に帰る。これが音楽だと…

一般に、提示部と呼ばれる曲の冒頭部分では、この調性(主調)が使われる。
家を離れることは「転調」と言い、通常「属」調に移行する(属調は、主調と五度の関係にある調性)。
提示部の後半部分は属調で進行する場合が多い。
冒険と戦いが繰り広げられる展開部では、さらに主調から遠い調性が使われる。
そして主人公は再現部で家に帰る。(略)
ほとんどの音楽家は、この物語を土台とし、そのうえでそれぞれ趣向を凝らしている。
  ――第4章 想像の風景、見えない都市

 そんな具合に、音楽にはちゃんと様式があるのだ。優れた音楽家は、たいてい卓越した音楽の知識を持っている。逆は必ずしも真ではないが。

多くの人が、音楽的創造は無から生じると考えている。しかし、すべての作曲はパターンからはじまっている。
  ――第2章 ゆりかごから墓場まで

 どれだけパターンを知り活用するかが成功の鍵の一つらしい。成功者の一例がビートルズだ。彼らはスキッフルから始めた。

(人類学者のトマス・)トゥリノは、世界の音楽を四つの芸術的実践、すなわち四つのスタイルに分類し、それらを参加型、発表型、ハイファイ型、スタジオ音響芸術型と呼んでいる。
  ――第3章 私たちの生活のサウンドトラック

 上の分類だと、スキッフルは典型的な参加型の音楽で、つまり客をノせれば勝ちという音楽である。盆踊りの太鼓も参加型だろう。こういうタイプには、嬉しい特典がある。

世界各地の参加型音楽には多くの共通点がある。演奏能力の上手下手は問われない。参加型音楽の成功は、芸術的な質の高さではなく、参加者がどれだけ音楽に没頭できるかによって判断される。
  ――第3章 私たちの生活のサウンドトラック

 「音楽に没頭」と書いちゃいるが、別に傾聴させる必要はない。踊り狂うとか、楽しんでもらえればいいのだ。ビートルズも初期は上手くなかったが、客をノセるコツは心得ていた。だからデビューできたのだ。

 他にも、曲作りのコツがある。

世界中の大半の音楽は、進行するにつれて速くなり、盛り上がる。西洋のポップスはほぼすべてそうなっている。
  ――第5章 氷、砂、サバンナ、森

 速くなれば盛り上がる。言われてみりゃ当たり前だと思うが、こういう基礎をキチンと抑えるのも大事なんだろう。

 また、サウンド・エンジニアには気になる記述が。

多くのスタイルの音楽について、音響学的レベルでは、音声信号のパワースペクトル密度は、1/f分布に従って周波数に反比例する。
  ――第11章 機械

 これは「そうしろ」ってワケじゃなく、1/f分布だとヒトは安らぎや落ち着きを感じるからだ。まあ、音楽はヒトの気分を操るモノなんで、敢えて不安を感じさせた後で安らぎに落とし込む、なんてのも手口としちゃアリだし、ホラーの伴奏ならこの傾向を逆手に取るケースも多い。

 などと音楽そのもののネタの紹介が多くなったが、本書のテーマはヒトの持つ独特の能力や、音楽と社会のかかわりなど、もっと広い視野の話が多い。その分、抽象的だったり観念的だったりで、文章として難しい部分も多くを占める。分厚く圧迫感もあるが、音楽が好きで、かつ特定の音楽に拘らない人にお薦め。

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