2022年5月27日 (金)

レイ・フィスマン+ミリアム・A・ゴールデン「コラプション なぜ汚職は起こるのか」慶應義塾大学出版会 山形浩生+守岡桜訳

本書の目的は、汚職から抜け出せない人たち、そして汚職を許せないと思う人たちに、汚職がもたらすジレンマを理解してもらうことだ。
  ――第1章 はじめに

【どんな本?】

 汚職まみれの国もあれば、滅多にない国もある。賄賂で交通違反をもみ消す警官など身近で末端の公務員による汚職もあれば、閣僚や国会議員が絡む事件もある。シンガポールは専制的だが汚職は極めて少ない。対してインドは民主主義だが賄賂社会だ。チリは貧しいが汚職は少なく、イタリアは豊かだが汚職が横行している。

 なぜ汚職が起きるのか。その原因は何か。政治体制か、豊かさか、文化か。なぜ汚職スキャンダルにまみれた政治家が再び議席を得るのか。規制だらけの社会で迅速に起業するには鼻薬が効くから賄賂は必要悪なのか。そして、どうすれば汚職は減るのか。

 ボストン大学の行動経済学者とカリフォルニア大学LA校の政治学教授という、異分野の二人がタッグを組んで送る、一般向けの政治/経済の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CORRUPTION : What Everyone Needs to Know, by Ray Fisman and Miriam A. Golden, 2017。日本語版は2019年10月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約300頁に加え、溝口哲郎の解説「反汚職のための冴えたやり方」11頁+山形浩生の訳者あとがき8頁。9ポイント45字×18行×300頁=約243,000字、400字詰め原稿用紙で約608枚。文庫ならちょう厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もかなり分かりやすい。敢えて言えば、世界中の国や都市が出てくるので、Google Map か世界地図があると、迫真性が増すだろう。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて次の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。各章の末尾に1~2頁で「第〇章で学んだこと」があるのも嬉しい。

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  • 序文/謝辞
  • 第1章 はじめに
    • 1.1 この本の狙いは?
    • 1.2 なぜ汚職は大きな意味を持つの?
    • 1.3 汚職を理解するための本書の枠組みとは
    • 1.4 腐敗した国が低汚職均衡に移るには?
    • 1.5 汚職について考えるその他の枠組みはあるの?
    • 1.6 この章の先には何が書いてあるの?
    • 第1章で学んだこと
  • 第2章 汚職とは何だろう?
    • 2.1 汚職をどう定義しようか?
    • 2.2 汚職はかならずしも違法だろうか?
    • 2.3 汚職はどうやって計測するの?
    • 2.4 政治汚職は官僚の汚職とどう違うのか?
    • 2.5 汚職は企業の不正とどうちがうのか
    • 2.6 利益誘導は一種の汚職か
    • 2.7 恩顧主義と引き立ては汚職を伴うか
    • 2.8 選挙の不正は汚職を伴うか
    • 第2章で学んだこと
  • 第3章 汚職が一番ひどいのはどこだろう?
    • 3.1 なぜ汚職は貧困国に多いのだろう?
    • 3.2 どうして低汚職国の国でも貧しいままなのだろう?
    • 3.3 国が豊かになるとどのようにして汚職が減るのか
    • 3.4 どうして一部の富裕国は汚職の根絶に失敗しているのだろう?
    • 3.5 20年前より汚職は減ったの――それとも増えたの?
    • 3.6 政府の不祥事は、汚職が悪化しつつあることを示しているのだろうか
    • 3.7 反汚職運動は政治的意趣返しの隠れ蓑でしかないのだろうか?
    • 3.8 先進国は政治と金で汚職を合法化しただけだろうか?
    • 3.9 どうして世界の汚職の水準は高低の二つだけではないのか
    • 第3章で学んだこと
  • 第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?
    • 4.1 汚職は経済成長を抑制するだろうか?
    • 4.2 汚職は事業への規制にどう影響するだろうか(またその逆はどうか)?
    • 4.3 汚職はどのように労働者の厚生に影響するだろうか?
    • 4.4 公共建設事業における汚職は何を招くか
    • 4.5 汚職は経済格差を拡大するか
    • 4.6 汚職は政府への信頼をそこなうか
    • 4.7 ある種の汚職はとりわけ有害なのだろうか その1:集権型汚職対分権型汚職
    • 4.8 ある種の汚職はとりわけ有害なのだろうか その2:不確実性
    • 4.9 ある種の汚職はとりわけ有害なのだろうか その3:汚職によって事業を止めてしまう
    • 4.10 天然資源は汚職にどう影響を与えるか また汚職は環境にどう影響を与えるか
    • 4.11 汚職に利点はあるだろうか?
    • 第4章で学んだこと
  • 第5章 だれがなぜ汚職をするのだろうか?
    • 5.1 なぜ公務員は賄賂を受け取るのか?
    • 5.2 なぜ政治家は賄賂を要求するのだろうか?
    • 5.3 贈収賄のモデルに道徳性を組み込むにはどうすればいい?
    • 5.4 政治家たちが官僚の間に汚職を広める方法
    • 5.5 どうして個別企業は賄賂を払うの?
    • 5.6 どうして企業は結託して賄賂支払いを拒否しないの?
    • 5.7 普通の人は汚職についてどう思っているの?
    • 5.8 汚職が嫌いなら、個々の市民はなぜ賄賂を支払ったりするの?
    • 第5章で学んだこと
  • 第6章 汚職の文化的基盤とは?
    • 6.1 汚職の文化ってどういう意味?
    • 6.2 汚職に対する個人の態度は変えられる?
    • 6.3 汚職の文化はどのように拡散するのか?
    • 6.4 汚職は「贈答」文化に多いのだろうか?
    • 6.5 汚職は宗教集団ごとにちがいがあるのだろうか?
    • 6.6 汚職に走りがちな民族集団はあるのだろうか?
    • 第6章で学んだこと
  • 第7章 政治制度が汚職に与える影響は?
    • 7.1 民主主義レジームは専制政治よりも汚職が少ないか?
    • 7.2 専制主義はすべて同じくらい腐敗しているのだろうか?
    • 7.3 選挙は汚職を減らすか?
    • 7.4 党派的な競争は汚職を減らすか?
    • 7.5 一党政治は汚職を永続化させるだろうか?
    • 7.6 汚職を減らすのに適した民主主義システムがあるだろうか?
    • 7.7 政治が分権化すると汚職は減るだろうか?
    • 7.8 任期制限があると汚職は制限されるのか それとも悪化するのか?
    • 7.9 選挙資金規制は汚職を減らすか? それとも増やすか
    • 第7章で学んだこと
  • 第8章 国はどうやって高汚職から低汚職に移行するのだろうか?
    • 8.1 どうして有権者は汚職政治家を再選するのだろうか?
    • 8.2 有権者が汚職政治家を再選させるのは情報不足のせい?
    • 8.3 どうして有権者は調整しないと汚職政治家を始末できないのだろうか?
    • 8.4 外的な力はどのように汚職との戦いを引き起こすのだろう?
    • 8.5 政治的なリーダーシップが汚職を減らすには?
    • 第8章で学んだこと
  • 第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?
    • 9.1 汚職を減らす政策はどんなものだろうか?
    • 9.2 段階的な改革は「ビッグバン」改革と同じくらい効果的だろうか?
    • 9.3 汚職対策に最も効果的なツールは何だろうか? 汚職問題をハイテクで解決できるだろうか?
    • 9.4 規範の変化はどのように起こるのだろうか?
    • 9.5 いつの日か政治汚職が根絶されることはあるだろうか?
    • 第9章で学んだこと
  • 解説 反汚職のための冴えたやり方 溝口哲郎
  • 訳者あとがき/注/索引

【感想は?】

 難しいテーマに正面から挑んだ意欲作。

 難しいと言っても、理解しにくいとか難解とか、そういう意味じゃない。実態を掴みにくいって意味だ。

 何せ汚職だ。やってる連中は隠したがる。本当に汚職が酷い国じゃ、まず汚職はニュースにならない。実際、ロシアじゃジャーナリストが次々と亡くなってる。逆にシンガポールなら、連日大騒ぎだろう。汚職が話題になってるから酷いってワケじゃない。腐りきってるなら報道すらされない。だもんで、まっとうな手段じゃ現状の把握すら難しい。

 確かにトランスペアレンシー・インターナショナルは腐敗認識指数(→Wikipedia)を公開してる。でも、「盲信しちゃダメよ」と本書は釘をさしてる。第2章なんて早い段階で「結局、あまし信用できるデータはないんだよね」と音を上げてるあたり、逆に信用できる本だと思う。

 そんなワケで、本来のテーマも面白いが、ソレをどうやって調べたのかってあたりも、本書の魅力なのだ。

 例えば、第4章では、社会学者が世界の各国で新事業を立ち上げ、それに要した工程と日数を調べてる。カナダは2工程で2日、モザンビークは17工程で174日。中国では、政府高官にコネがある企業とない企業の労災死亡率を調べてる。結果、コネがあると2倍死ぬ。ひええ。

 中でも感動したのが、コネの価値を測る第5章。ここでは、インドネシアに君臨したスハルト元大統領のコネの価値を測る。方法が巧い。1969年、スハルトはドイツで健康診断を受けた。この時、息子が所有するビマンタラ・シトラ社の株価の動きを調べたのだ。

 インドネシアの株価全体は2.3%下げた。対してシトラ社は2日間で10%近く下げてる。両者の差がスハルトのコネの価値ってわけ。政治家が入院した時は、株価に注目しよう。

 などと、「どうやって調べたのか、その数字はどう計算したのか」って楽しみもあるが、本来のテーマももちろん面白い。

 日本はどうなんだろうって関心は、少し安心するけど先行きは不安な気分になる。まずは安心材料。

2011年に科学誌『ネイチャー』で発表されたとある研究によると、過去30年間に地震で倒壊した建物で死亡した人の83%は「異常に」腐敗した(つまり所得のみをもとにした予測より腐敗した)国にいたという。
  ――第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?

 地震大国の日本なのに、建物の倒壊で亡くなった人は全体に比べれば少ない。酷い国はコネで査察が入らなかったり、役人に鼻薬が効いたり。日本は違法建築に厳しい、つまり役人はコネで見逃したりしないし、賄賂も効かない。一安心…とはいかない。本当にひどい所は…

通常は賄賂が最も一般的な部門を挙げてくださいというアンケートでは、医療が筆頭にくる。
  ――第5章 だれがなぜ汚職をするのだろうか?

 病気や怪我の時でさえ、賄賂を渡さないと治療してもらえない。腐敗ってのは、イザという時の命にかかわる、というか、弱った時にこそタカリにくるのだ、腐敗役人は。

 もっとも、そういう国は、もともと医療リソースが貴重だったりする。つまり…

汚職と国家の繁栄水準には明確な負の相関がある。
  ――第3章 汚職が一番ひどいのはどこだろう?

 貧しい国ほど腐ってるのだ。とまれ、これは相関関係であって因果関係じゃない。貧しいから腐るのか、腐ってるからまずしいのか、その辺は難しい。警官や兵士でよく言われるのが、給料じゃ食ってけないからって理屈。これには一理あって…

公務員給与と汚職との直接の相関はマイナスだ。言い換えると、データのある世界の多くの国では、公務員給与が高ければ汚職水準も低い。
  ――第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?

 じゃ給料を払えば…と思うが、そうはいかない。同時にすべきこともある。ちゃんと見張り、汚職役人は処分しないと。

高賃金が汚職低下に役立つ見込みが高いのは、もっと監視と執行を強化した場合だという見方を支持している。
  ――第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?

 つまりアメとムチを同時に使えってことです。

 日本は比較的に豊かだし、医師や看護師に袖の下を求められることも、まずない。とはいえ、年に一度ぐらいは贈収賄がニュースになるし、ここ暫くは経済も停滞してる。にも関わらず、自民と公明は与党に居座ってる。野党は醜聞を盛んに追及するけど、最近の野党はジリ貧気味だ。これは、だいぶ前から現象が現れてる。

政治家が腐敗しているとわかった有権者は、結集して不誠実な役人に対抗しようとはしない。研究によると、むしろ政治に関わること自体を思いとどまるらしい。
  ――第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?

 投票率の低下だ。どうも「だれに投票したって同じ」って気分になっちゃうんですね。こうなると、固定票を持つ候補者は強い。その結果…

悪行に関わった政治家は、データのある世界中のあらゆる国で再選される可能性のほうが高いのだ。
  ――第8章 国はどうやって高汚職から低汚職に移行するのだろうか?

 なんて奇妙な現象が起きる。テレビは選挙の特番を流してるけど、投票率はなかなか上がらない。みなさん、無力感に囚われてるんだろうか。

 他にも、ヤバいな、と思う兆候はあって。

役人の汚職というしつこい仕組みは、このように政治家が役人の任命、昇格、配置、給料について不当な影響力を行使する状況で生じやすい。
  ――第2章 汚職とは何だろう?

 内閣人事局ができて、内閣の役人への権限が強くなった。これが「不当な影響力」か否かは議論が別れる所だけど、長期政権じゃ癒着が強まるだろうってのは、常識で予想できる。つまり…

公職に指名されたのが政治的なボスのおかげであるような人物は、すぐに圧力に屈して、手持ちのリソースを使って、そのボスが再選を確保できるように手伝う
  ――第5章 だれがなぜ汚職をするのだろうか?

 政治家と役人が一体となって、今の体制を守ろうとするんですね。他にも最近の傾向として、税負担の問題がある。

腐敗した国は富裕層に課税しない傾向があり、また社会福祉に出資しない傾向がある。
  ――第4章 汚職はどんな影響をもたらすの?

 貧乏人に厳しい消費税は増やそうとするけど、所得税の累進率は下げようとしてる。なんだかなあ。

 日本に限らず、誰だって汚職は嫌いだ…少なくとも、賄賂を受け取る側でなければ。にも関わらず、なかなか汚職は減らない。この膠着状態を、著者たちは「均衡」で説明する。

本書では汚職を、社会科学用語でいう均衡として考える。つまり、汚職は個人の相互作用の結果として生じるもので、その状況で他人がとる選択肢を考えれば、ある個人が別の行動を選択しても状態を改善できない状況で発生する。
  ――第1章 はじめに

 他のみんなと同じようにしてるのが最も得な状態、それが均衡だ。著者は道路の右側通行/左側通行で説明してる。みんなが右側通行してるなら、あなたもそうした方がいい。汚職も同じ。誰もしないなら、しない方がいいし、みんなしてるならやった方がいい。じゃ、どうすりゃいいのかっつーと…

汚職の文化を改革するには、どのように行動すべきかというみんなの信念を、どうにかして一気に変えなくてはならない。
  ――第9章 汚職を減らすには何はできるだろうか?

 一人で変えるのは難しい、みんなが一斉に変えるっきゃない、ってのが本書の結論。今更だけど、政治ってのは、大勢を動かすのがキモなのだ。

 とかの総論的な部分も興味深いが、個々のエピソードも楽しい話が満載だ。特に第9章に出てくるコロンビアのボゴタでパントマイムを使って汚職を減らしたアンタナス・モックスの方法は、ユーモラスかつ巧妙で舌を巻く。なんと数年で殺人が70%も減ったとか。

 政治学って、なんか胡散臭いと思ってたけど、本書で印象が大きく変わった。汚職という実態の掴みにくい問題に果敢に挑み、知恵と工夫でデータを集めるあたりは、ボケた写真から天体の実像に迫ろうとする天文学者に似た、迸る学者魂を感じる。「政治学なんか興味ない」って人こそ楽しめる本だろう。

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2022年5月22日 (日)

香川雅信「江戸の妖怪革命」河出書房新社

本書では、次のような問いを発してみることにしたい。
フィクションとしての妖怪、とりわけ娯楽の対象としての妖怪は、いかなる歴史的背景のもとで生まれてきたのか。
  ――序章 妖怪のアルケオロジーの試み

妖怪が存在しないことを認識することによってはじめて、人は妖怪を作り出すことができるのである。
  ――第3章 妖怪図鑑

近世の「妖怪手品」は、催眠術にその座を明け渡すこととなった。(略)催眠術が抱え込んでしまった解析不能の闇は、やがてそのなかに「心霊」という正真正銘の妖怪を胚胎させることになる。
  ――第6章 妖怪娯楽の現代

【どんな本?】

 狐と狸は人を化かす。鬼,天狗,カッパなど、古来から日本にはさまざまな妖怪がいた。それに加え、江戸時代の18世紀後半には豆腐小僧などの新しい妖怪が続々と現れる。現代では水木しげるの漫画やアニメから始まり、妖怪を扱う作品が断続的に人気を得て、妖怪は親しみが持てる存在となった。中には遠野市のように。河童を可愛らしくデフォルメして観光資源にしている町まである。

 このように、妖怪が明確な姿形を持ち、いわばキャラクターとしての地位を獲得したのは、江戸時代の18世紀後半だ。

 この頃、妖怪の概念は大きく変化した。その理由を、本書はミシェル・フーコーの言うアルケオロジー(→コトバンク)の手法で探ってゆく。

 ヒトはモノゴトを認識する際、エピスメーテー=何らかの枠組み(→Wikipedia)に従う。世界観と言ってもいい。この世界観が、18世紀後半に大きく変わった。

 それまでの世界観はどうだったのか。それが、どんな原因で、どのように変わったのか。

 18世紀後半の起きた人びとの世界観の変化を、お馴染みの妖怪を通して描き出そうとする、異色の民俗学の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約280頁に加え、あろがき4頁。9ポイント46字×19行×280頁=約244,720字、400字詰め原稿用紙で約612枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。一部には江戸時代の文献の引用があるが、たいていは著者が現代文で解説しているので、読み飛ばしても大丈夫。前提知識も特に要らない。中学卒業レベルで日本史を憶えていれば充分。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、できれば頭から順に読もう。

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  • はじめに
  • 序章 妖怪のアルケオロジーの試み
    かわいい妖怪たち/妖怪研究の二つのレベル/アルケオロジーという方法/妖怪観のアルケオロジー/本書の構成/妖怪という言葉
  • 第1章 安永五年、表象化する妖怪
    『画図百鬼夜行』の登場/平賀源内と『天狗髑髏髏鑒定縁起』/怪談から幻想文学へ/『其返報怪談』と「表象の時代」/化物づくしの黄表紙と表象空間/民間伝承から表象空間へ/鬼娘 見世物にされた妖怪
  • 第2章 妖怪の作り方 妖怪手帳と「種明かしの時代」
    永代橋の亡霊/妖怪手品本『放下筌』/狸七ばけの術/科学応用妖怪手品/『天狗通』の光学的妖怪/ファンタスマゴリアと妖怪手品/化物蝋燭 妖怪手品の商品化/写し絵 江戸のファンタスマゴリア/妖怪狂言 機械仕掛けの幽霊/怪談噺 視覚的落語の誕生/幻術から手品へ/からくりと「種明かしの時代」/「種明かしの時代」の怪談/「化物化」する人間/「人間化」する世界/貨幣に支配される神仏/流行神 心霊との市場交換/妖怪手品と博物学 平瀬輔世をめぐって
  • 第3章 妖怪図鑑 博物学と「意味」の遊戯
    「百鬼夜行」のイメージ/『山海経』と『化物づくし絵巻』/妖怪画と博物学/18世紀における博物学の転換/博物学的思考・嗜好の広がり/「神の言葉」としての怪物/「記号」から「生物」へ/情報化とキャラクター化/パロディ版「妖怪図鑑」/見立て絵本/見立て絵本と博物学的思考・嗜好/宝合 「意味」の遊戯/「類似」から「表象」へ/空を飛ぶ摺子木 表象としての妖怪/「画図百鬼夜行」とパロディ
  • 第4章 妖怪玩具 遊びの対象になった妖怪
    遊びの対象になった妖怪/化物双六 玩具化された妖怪図鑑/妖怪カルタ 博物学の遊戯化/妖怪のおもちゃ絵 江戸のポケットモンスター/亀山の化物 変化する玩具/妖怪花火「眉間尺」/妖怪凧と幽霊凧/妖怪人形 信仰と遊びのあいだ/妖怪玩具の三つの特徴
  • 第5章 からくり的 妖怪を笑いに変える装置
    妖怪シューティング・ゲーム「からくり的」/象徴操作としての遊び/アノマリーとしての妖怪/グロテスクと笑い/からくり的の性と妖怪/妖怪の「過剰な肉体性」/変化から博物学へ/消えゆく「からくり的」の笑い
  • 第6章 妖怪娯楽の現代 「私」に棲みつく妖怪たち
    井上円了の妖怪学/「理学の幽霊」と近代の妖怪/光学玩具と「主観的視覚」/月岡芳年の『新形三十六妖怪撰』/「神経」と妖怪娯楽/妖怪手品から催眠術へ/動物磁気から心霊へ/「千里眼」の商品化/こっくりさんと心霊玩具/ドッペルゲンガー 「私」という不気味なもの/「霊感」考 現代の「霊」をめぐる言説/自分探しとオカルトブーム/妖怪とのつきあい方/妖怪ブームと「私」
  • 註/図版出典一覧/あとがき

【感想は?】

 18世紀後半に起きた、日本人の世界観の変化を、「妖怪」を通じて浮き上がらせること。それが本書のテーマだ。

 それ以前の人々は、妖怪をどう捉えていたのか。それが18世紀後半以降、どう変わったのか。これは第2章までで、アッサリとケリがつく。

 意外なことに、従来の妖怪はハッキリとした姿がなかったのだ。例えば家鳴(→Wikipedia)のように、原因がわからない現象にとりあえずの理由をデッチあげるケース。この場合は、姿がハッキリしなくてもいい。見えなくても構わないのだ、現象が説明できれば。あなたの家にもいませんか、妖怪靴下片方隠し。

民間伝承のなかの妖怪は、ある不可思議な現象、日常的な思考によっては理解できない物事を説明するために持ち出される「概念」にすぎない(略)。
  ――第1章 安永五年、表象化する妖怪

 またはカッパのように、「むやみに水辺に近づくな」と注意するための方便だったり。これまた目的が果たせればいいんで、姿は定まらない方が不気味さが増して良かったり。

 ところが、こういう「ワケわからなさ」が、18世紀後半に追放されてゆく。著者が主張する原因が、みもふたもない。

18世紀後半とは、(略)貨幣によって人間世界の「外部」が消失し、すべてが人の力によって動かせるという信念が広まっていったのである。
  ――第2章 妖怪の作り方

 技術の進歩でも教育の普及でもなく、貨幣経済の浸透だってんだから、まさしく現金なものだ。

 この主張の是非はともかく、本書に収めた資料の数々が、妖怪好きにはとても美味しい。

 何せ妖怪である。現代でもイマイチ学術的とは言い難いテーマだ。それは江戸時代の当時でも同じで、本書に収めた資料の多くは黄表紙や玩具、双六などだ。現代なら週刊少年ジャンプなどの漫画雑誌や、玩具屋で売ってるキャラクター商品に当たるだろう。からくり的なんて、まるきしゲームセンターだ。

 こういう庶民的な娯楽は、往々にして学問の世界から軽く見られがちだろうし、だからこそ、これだけの資料を集めた執念には頭が下がる。

 そう、なんといっても、本書の大きな魅力は豊富に収録した図版なのだ。見越入道などの妖怪の絵や、おばけかるたなどの玩具が、実に楽しい。伏見人形の人魚とか、まるきし最近の新型コロナ流行で話題になったアマビエじゃないか。

 これらの黄表紙や玩具からは、当時の人びとが意外と人生を楽しんでいた様子が伝わってくる。まあ、娯楽なんだから当たり前なんだけど。

 また、今でこそ伝統の芸が重んじられる落語や芝居が、当時はビンビンに外連味を利かせていたのも意外だった。いずれも庶民の娯楽なんだから、そりゃウケるためにはハッタリや演出にも凝るよね。

 これは私が勝手に現代語訳しての引用だけど、今でも小咄として使ってるんじゃないかなあ。

1773年の『再成餅』収録の小話。
頼朝のしゃれこうべが回向院で開帳となった。
参詣「頼朝公にしては小さくないか?」
僧「これは頼朝公、三歳のこうべ」
  ――第3章 妖怪図鑑

 この章で展開する、寺社の開帳がショウ化する過程も、なかなか楽しかったり。「靖国」に「霊場には必付属の遊興場あるへし」なんてのがあるけど、そのルーツはこの時代だったのか。

 いずれにせよ、かつてはモヤモヤとした「概念」だった妖怪は、この時代に姿形を得て、今でいうキャラクター化してゆく。

妖怪たちは視覚的な存在になることによってはじめて、人間の「遊び」の対象となることが可能になったのだ。
  ――第4章 妖怪玩具

 昔から日本人は擬人化するクセがあったんだなあ。艦これの種は江戸時代に既に芽が出ていたのだ。

 妖怪という卑俗な視点だからこそ見えてくる、当時の人びとの世界観はなかなか新鮮だった。が、それ以上に、なんといっても妖怪をテーマとして取り上げているのが嬉しい。妖怪が好きな人にお薦め。

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2022年5月17日 (火)

SFマガジン2022年6月号

「今現在、特殊戦やFAFにとってもっとも脅威になっているのは、ジャムよりも、FAFの機械知性だからです」
  ――戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中

 376頁の標準サイズ。

 特集は「アジアSF特集」。小説6本に記事4本、うち小説1本と記事1本は文藝責任編集「出張版 韓国・SF・フェミニズム」。

 小説は13本。

 特集6本は宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳,韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳,昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳,チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳,イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳と文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。

、読み切りは3本。ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳,大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」,斜線堂有紀「骨刻」。

 まず特集「アジアSF特集」から。

 宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。むかしむかし、もうひとつの銀河で……

 すんません。「三体」は第一部しか読んでなくて、ネタバレが怖くて読み飛ばしました。ごめんなさい。

 韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳。幼い頃から文学が好きだったが、作家にはなれなかった。幸い農業起業家として多少の収入を得たため、貧しい作家たちを支援している。今年の春節にやたら招待されると思ったら、とんでもないことを知らされた。作家たちはみな宇宙人で、間もなく地球から去る、と。

 そうか、バリトン・J・ベイリーや山田正紀は宇宙人だったのか。それなら、あの奇想も納得だ←をい。ってな奇想から始まって、お話はドンドンとケッタイな方向へ。著者の好きな作家が判るのも楽しい。

 昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳。出境ゲートにより、人類は他の星系へ移民できるようになった。ただし一方通行で、行ったら二度と帰れない。移民を成功させるため、開拓員には試験が課される。学習能力や身体的資質に加え、性格も考課対象で、破綻しにくく社会性の高い者が選ばれる。だが、最近は消息不明となる開拓者チームが増えている。

 昔から性格診断の類はあるけど、信頼性についてはどうも眉唾で。とか言ってるわりに、「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の道徳基準アンケートは信じちゃってるなあ、俺。冒頭のリモートアソシエーションテストから始まり、近年の言語学ネタを巧みに料理している。

 文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。金女史は考える。何がいけなかったんだろう。成績表が届いた日。また席次が落ちた。子供にはいつも言ってるのに。みんな寝る間も惜しんで勉強してるのに、何やってるの。韓国で大学に行かなかったら、人間扱いされないよ。

 一時期、韓国の激しい学歴競争が話題になった。「少し前の日本でも一時期はそうだったなあ」なんて思いだしつつ、日本で流れる韓国のネタは誇張されてるから…とか甘く見てたが、実際に酷かったみたいだ。今でも人気が高い作品だそうで、今の韓国のSFファンは当時の受験競争を経験した世代が多いんだろう。

 チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳。初めて映画館でソン・ユジンと出会ったとき、36歳のイ・ユジンは「卑しいほどハンサムな男」と感じた。五歳も年下な彼との関係を不安に思いつつも、付き合いは続く。保険会社に勤める友人の紹介で受けたライフサイクル予測分析によると、五年以上付き合う可能性はほとんどない、と出た。

 四柱推命や十二支などの占いは、韓国も日本と同じく中国の影響を受けてるんだなあ。ライフサイクル予測分析を提供してるのが保険会社ってのがミソで、なかなかにキツいネタが入ってる。そりゃ、そんなモンが来たら腹立つよなあ。結婚相談所だったら…あ、いや、奴ら独身が多いほど市場も大きいわけで、とすると…

 イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳。メブヤンは川のほとりで死んだ子供たちを迎える。近ごろは三人も続けて子供がきた。みんな、麻薬の取り締まりで躍起になった警官に殺された子だ。おかしく思ったメブヤンは、上の世界へ出向くことにする。JMは若い警官だ。貧しい出自から苦労して警官になった。母も喜んでいる。しかし…

 著者はフィリピン人。フィリピンにも三途の川はあるんだなあ。日本の奪衣婆は嬉しくない存在だが、メブヤンは淡々と仕事をこなす。そんな民間伝承を元にしたファンタジイだが、テーマは明らかにドゥテルテ大統領の強引な麻薬撲滅運動を批判したもの。

 佐藤佐吉インタビュー アジアの中の日本映画・ドラマ。映画監督の佐藤佐吉に、日本映画の現状を取材する。アニメ映画は日本だけじゃ赤字なので世界市場を見て作ってるとか。そこまで日本のアニメ映画の国際市場は広がってるのか。にしても政府の助成金が20億円、韓国が400億円、フランスが800憶円って。なお、ハリウッド映画の脚本は人物の心理までミッチリ書いてるそうだ。

 特集はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」。フェアリイ星からジャムが消えた。FAFはジャム基地の攻撃を続けているが、中身は空だろう。特殊戦は、ジャムが地球へ侵攻したためと考えている。だが、それを地球に認めさせるのは難しいだろう。そして今、深井零はブリーフィングルームにいる。同席者はブッカー少佐・桂城少尉に加え、ジャーナリストのリン・ジャクスンと日本海軍情報部の丸子璃梨華。

 特殊戦・FAFそして地球と、それぞれの思惑が異なる状況をサラリと語る冒頭に続き、ジャムがフェアリイ星から消え一見よくなった戦況の裏で、実は相当にヤバい情勢なのが見えてくる。にも関わらず、桂城少尉のマイペースっぷりがいい。いい加減に見えて、実は「海賊」シリーズのアプロみたく重要な人物なのかもw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回。もはや青野の区界は大蛇が五割を占めている。それでも印南棗らは青野を守るため大蛇に立ち向かう。そして語られる、区界の存在意義と住民たちの正体。

 一応の区切りがつく回。かつてのNHKの眉村卓原作の少年ドラマみたいな、懐かしい昭和の学園物っぽい幕開けから、とんでもねえ展開が続いて、こうなりますか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回。復活したハンターたちは、総力をあげての決戦に挑む。ジェイクらファイブ・シャドウズを筆頭に、島は戦場となる。もちろん<ックインテット>も…

 今回は戦闘に次ぐ戦闘、アクションに次ぐアクション。派手なガン・アクションで始まったと思ったら、ナイトメヤやシルフィードに加え、様々な動物が大活躍で、ケモナー大喜びの回←違うだろ

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。月の歴史は地下で始まった。月の地表は大気もなく温度変化も激しい。しかも隕石が直接に降り注ぐ。これらを避けるため、人は地下で暮らしたのだ。この状況を変えたのはアクリルの天蓋で…

 直前の「マルドゥック・アノニマス」との雰囲気の違いが凄まじいw 今回は人類が月の地下から地上へと進出する過程の前編。やはり挿話の組み込みが巧み。

 ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳。売れ残りのTD8パンダ枕は長く放置された末に買われ、飛行機の中で開封された。いきなり破裂音がして、機内の空気が漏れ始め、非常用酸素マスクが降りてきた。TD8は<励ませ><守れ>とのプログラムに従い、乗客たちの救助に乗り出すが、バッテリーは切れかけている。

 売れ残りのAI枕が飛行機事故に巻き込まれ、乗客を救おうと残り少ない電力で大活躍するお話。映像化すれば子供にウケそうなんだが、電源や通信の描写が難しそうだなあ。

 大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」。俺たちは天使だ。俺の職場は恋愛部。三交替24時間勤務で、人間たちの恋愛を司る部署だ。上司の異動に伴い部署の方針が変わり、物語的エンターテイメント性を重んじるようになった。俺はそれに合わせプログラムを創ったが…

 「サプライズニンジャ」って、マジであるのかw とすると、この作品は「いかにサプライズニンジャ値を下回らずに物語を展開するか」というメタ・フィクションでも…あるのかな?

 斜線堂有紀「骨刻」。骨刻は、美容外科医院が開発した。骨の表面にレーザーで文字を刻む技術だ。もちろん、外からは見えない。レントゲン写真でやっと確認できる。特に役にも立たなければ害もない、そんな技術だ。それでも人は、様々な思惑で骨に言葉を刻む。

 何の役に立つのかわからない、架空の技術をネタに展開する奇想短編。刺青とは違い、骨刻は見えない。ただ、そこにあるだけ。にもかかわらず、自らの骨に言葉を刻む者がいる。それはどんな人で、どんな目的なのか。なおボーンレコードは本当にあった(→Wikipedia)。

 今回は韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳とティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳が面白かった。

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2022年5月 9日 (月)

ドナルド・R・プロセロ「岩石と文明 25の岩石に秘められた地球の歴史 上・下」築地書房 佐野引好訳

どんな岩石にも化石にも物語がある。多くの人びとにとって岩石はただの岩石でしかないが、経験を積んだ地質学者には、方法さえ知っていれば岩石は、そこから明確に読み取ることができる貴重な証拠に満ちた謎解きの手がかりだ。
  ――はじめに

ジェームズ・ハットン「火山とはいわば地下にあるかまどの排煙口なのである」
  ――第5章 火成岩の岩脈

全地球凍結は原生代後期に別々に少なくとも2~3回発生し、ヒューロニアン氷期として知られている原生代前期(約20憶年前)にも一回起きていたことが明らかになった
  ――第16章 ダイアミクタイト

(地球の公転)楕円軌道はほぼ円形からもっと長円形へと、非常にゆっくりと変化する(それにはおよそ10万年かかることが分かっている)。
  ――第25章 氷河の落とし物

【どんな本?】

 なぜかパターンが一致する炭田の石炭の層。どうにも計算が合わない地球の年齢。グリーンランド東岸と北アメリカで見つかる同種の三葉虫。イリジウム濃集層を境に消える恐竜の化石。採集場所によって磁気が示す極の移動経路が違う。細長い形と決まっている海溝。どこまで掘っても見つからない岩盤層。今にも倒れそうな姿勢で平原にポツンと佇む巨岩。

 これらの謎は、多くの科学者たちを悩ませた。と同時に、ダイナミックな地球の歴史を解く重要な鍵でもあった。

 悲劇的な火山の噴火や奇妙な風景、整合性がとれないデータなどに悩み、またはそれらをヒントとして地球の歴史を解き明かしてきた科学者たちの足跡を25章のエッセイで綴る、一般向け地球科学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Story of The Earth in 25 Rocks : Tales of Important Geological Puzzle and the People Who Solved Them, by Donald R. Prothero, 2018。日本語版は2021年5月31日初版発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み本文約250頁+221頁=約471頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント46字×18行×(250頁+221頁)=約389,988字、400字詰め原稿用紙で約975枚。文庫でも上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。冒頭に45憶年前からの地球の歴史を地層で表した図があるのも親切だ。世界中のアチコチの地名が出てくるので、世界地図か Google Map があると便利。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  •  上巻
  •  はじめに
  • 第1章 火山灰 火の神ウルカヌスの怒り 古代都市ポンペイの悲劇
    神々の炎/大災害を目撃した歴史家/ベスビオス火山大噴火の後
  • 第2章 自然銅 アイスマンと銅の島 銅をめぐる古代の争奪戦
    アルプスで発見された古代人、アイスマンが語る銅の時代/東地中海に浮かぶ銅の島、キプロス/それは海洋底の断片だった/深海底で オフィオライトが銅などの鉱石に富むわけ
  • 第3章 錫鉱石 ランズ・エンドの錫と青銅器時代
    「地の果て」の錫/ナポレオンが考案した錫の缶詰/錫鉱石の起源は?/錫王国の瓦解
  • 第4章 傾斜不整合 「始まりは痕跡を残さず」 地質年代の途方もなく膨大な長さ
    ものごとの始まり/啓蒙時代 教会・貴族社会vs学者・科学者/地質学の道を歩み始めたジェームズ・ハットン/現在は過去への鍵である 斉一主義
  • 第5章 火成岩の岩脈 地球の巨大な熱機関 マグマの起源
    水成論と火成論 岩石はどのようにできたのか/カコウ岩がマグマ起源である証拠/躍動する地球
  • 第6章 石炭 燃える石と産業革命
    薪のように燃える黒い石 石炭/産業革命を推進する/石炭紀の名前の由来 挟炭層/石炭がもたらす災い
  • 第7章 ジュラシック・ワールド 世界を変えた地質図 ウィリアム・スミスとイギリスの地層
    地球の切り口/地層同定の原理を発見/収監そして名誉の回復
  • 第8章 放射性ウラン 岩石が時を刻む アーサー・ホームズと地球の年齢
    行き詰った地球の年代推定/それは放射能だ!/放射性崩壊で測定する地質時間/年代測定ゲーム/プレートテクトニクスの創始者
  • 第9章 コンドライト隕石 宇宙からのメッセージ 太陽系の起源
    青天の霹靂/初期太陽系の痕跡/隕石中の生命
  • 第10章 鉄隕石 他の惑星の核
    論争のクレーター/天空からの訪問者/核の破片/至るところ鉛、鉛
  • 第11章 月の石 グリーンチーズか斜長岩か? 月の起源
    偉大な飛躍/月はどうやってできたのか 妹説、娘説、それとも捕獲説/衝突で吹き飛ばされた初期地球/月の輝く夜に
  • 第12章 ジルコン 初期海洋と初期生命? ひと粒の砂に秘められた証拠
    ダイヤモンド以上の高級品/地球最古の岩石は?/冷えた地球
  • 第13章 ストロマトライト シアノバクテリアと最古の生命
    ダーウィンのジレンマ/疑似化石、それとも本物の化石?シャーク湾で発見された生きたストロマトライト/ねばねばの膜におおわれた惑星
  • 第14章 縞状鉄鉱層 鉄鉱石でできた山 地球の初期大気
    鉄鉱石の富と花咲く文化/無酸素の地球で形成された縞状鉄鉱層/酸素による大虐殺イベント
  • 第15章 タービダイト ケーブル切断の謎が明らかにした海底地すべり堆積物
    問題その1 ちぎれた海底ケーブルの謎/問題その2 何百回も続く級化構造の不思議/問題その3 混濁流はどのように機能したのか/謎か解けた!
  • 第16章 ダイアミクタイト 熱帯の氷床とスノーボール・アース
    オーストラリアの地層の謎/氷成堆積物と石灰岩の互層/雪だるま、現れる/スノーボール、成長開始/全休凍結か部分凍結か?
  •  図版クレジット/もっと詳しく知るための文献ガイド
  •  下巻
  • 第17章 エキゾチックアメリカ 岩石に秘められたパラドックス 彷徨う化石と移動するテレーン
    三葉虫のパラドックス/失われた大陸、アバロニア/北アメリカを構成するエキゾチックなテレーン
  • 第18章 大地のジグソーパズル アルフレッド・ウェゲナーと大陸移動説
    彼は軽蔑され、受け入れられなかった……/謎その1 岩石のジグソーパズル/謎その2 間違った場所に設けられた気候帯/深海からの謎解き
  • 第19章 望郷の白亜の崖 白亜紀の海と温室気候になった地球
    ドーバーの白亜の崖/チョークとは何だろう?/白亜紀の温室気候下の浅海
  • 第20章 イリジウム濃集層 恐竜、滅びる
    予期せぬ偶然/イタリア中央部、アペニン山地での偶然/小惑星衝突のインパクト/化石は何を語るのか?/終わりなき論争 メタ解析
  • 第21章 天然磁石 プレートテクトニクスの基礎になった古地磁気学
    謎その1 天然磁石と地球の磁性/謎その2 一致しない磁北 極移動曲線/謎その3 地球磁場がひっくり返った!/謎その4 海洋底の縞模様/海底のロゼッタストーン
  • 第22章 青色片岩 沈み込み帯の謎
    謎その1 海底への旅/謎その2 傾いた地震多発帯/謎その3 圧力は高いが温度は低い/謎その4 雑然とまぜこぜになった岩石/答えその1 沈み込みが造山運動につながる/謎その5 アラスカ地震 沈み込みは現在も起きている!/答えその2 沈み込み帯のくさび状の付加コンプレックス
  • 第23章 トランスフォーム断層 地震だ! サンアンドレアス断層
    サンフランシスコ、1906年/近代地震学の誕生/地震神話/巨大地震を引き起こすサンアンドレアス断層/驚異的なすべり/中央海嶺と海溝をつなぐトランスフォーム断層 プレートテクトニクス理論の総仕上げ
  • 第24章 地中海、干上がる 地中海は砂漠だった
    廃墟の灰燼から/成功のバラを育てよう/謎その1 進退窮まれり/謎その2 ナイル川のグランドキャニオン/謎その3 海底に開いた穴/答え 巨大な死海
  • 第25章 氷河の落とし物 詩人、教授、政治家、用務員と氷期の発見
    謎その1 漂流する巨礫/謎その2 岩石の引っかき傷/答えその1 アガシ―と氷河時代/グリーンランドでの恐怖と死/スコットランドの大学用務員とセルビアの数学者/答えその2 プランクトンと氷期の先導役
  •  訳者あとがき/図版クレジット/もっと詳しく知るための文献ガイド/索引

【感想は?】

 本書のテーマを一言で表すのが、この一文だろう。

科学の偉大な発見の多くは、計画によってではなく、予想しなかった結果に遭遇することで実現するものだ。
  ――第20章 イリジウム濃集層

 なにか奇妙なモノや現象、予想とは違う結果が出た実験や計算、奇妙に一致するパターン。往々にして、これらは科学者たちの悩みの種になった。が、多くのデータが集まった後世の者にとっては、重大な発見や既存の説を覆すための決定的な鍵となったのだ。

 例えば、炭田。産業革命により、重要な資源として石炭に注目が集まった。炭田を開発・経営する事業家たちは、炭田を詳しく調べ始める。そこで、奇妙な事実に気がつく。

主要炭田の調査が始まると、研究者たちはイギリスの石炭のほとんどを含む地層群が特定の順序で重なっていることに気づいた。
  ――第6章 石炭

 炭鉱って、そうだったのか。知らなかった。まあいい。カラクリはこうだ。石炭は、その名のとおり石炭紀(約3億6千年前~約3憶年前,→Wikipedia)の地上植物が、泥のなかに埋もれて堆積したものだ。地層は年代ごとに重なるため、石炭の層も年代ごとに同じ順番で出てくるのだ。

 なお、石炭紀より昔は大きな陸上植物がなかったし、後はシロアリなどが樹木を分解しちゃうため、石炭として残っているのは石炭紀だけだとか。うーん、残念。

 やはり科学者たちを悩ませたのが、地球の年齢。最初は聖書にちなみ数千年って説だったが、他の証拠と合わない。ケルビン卿ことウィリアム・トムソン(→Wikipedia)は1862年に熱力学に基づいて計算し、2000万年と出た。が、これでも若すぎる。

 これを覆したのが1904年のアーネスト・ラザフォード(→Wikipedia)。ケルビン卿の計算は、地球に熱源はないって前提だったが、実際には放射性物質が核分裂する際に熱を出すのだ。

初期の地球を高温にして溶融させ、その結果、マントルから核を分離させたのは何だったのか? その答えは? 初期地球が大量に含んでいたアルミニウム26が、崩壊によって何度も地球を溶融させるに十分な熱を何度も発生させていたためだ。
  ――第9章 コンドライト隕石

 これを、権威あるケルビン卿の目の前で発表する羽目になった若きラザフォードの苦境は微笑ましい。

 この地球の年齢を計算するのに、海の塩の濃さを使ったのが、アイルランドの物理学者ジョン・ジョリー(→英語版Wikipedia)。計算じゃ8千万年~1憶年となった。が、実は彼の計算も間違いで、「海水の塩分濃度は(略)長期間に大きく変化していない」。なぜって「海水の塩分の多くは塩類堆積物(略)として堆積物に固定される」。そうだったのか。

 ちなみに今のところ、地球の年齢は46憶年前となっています。

 そんな長い歴史を35億年前からしぶとく生きのびてきたのが、シアノバクテリア。

化石記録は30憶年以上も前、単細胞のシアノバクテリアよりも大きな生物は何も出現しなかったことを意味している。いわば、地球生命史の80%を占める期間、シアノバクテリアの被覆層を削り取ってしまう生物がいなかったのだ。
  ――第13章 ストロマトライト

 そんな生きた化石であるシアノバクテリア、今でも特定の条件が揃うとストロマトライト(→Wikipedia)なんて奇妙な構造物をつくる。ばかりでなく、大量絶滅のたびに「雑草のように増殖」したそうな。強くはないけどしぶといんだね。

 もっとも、そんなシアノバクテリアにも謎は残ってて。

大きな謎は、シアノバクテリアの化石は35憶年前、もしかすると38憶年前に遡って知られているのに対して、大酸化イベントが23憶~19憶年前に始まったという点だ。
  ――第14章 縞状鉄鉱層

 本書には他にも謎を提示してて、皆さん大好きな恐竜絶滅もその一つ。今は小惑星衝突説が有力だが、それ以前から恐竜の衰退は始まっていたし、カエルやサンショウウオはなぜか生きのびている。同時期にデカン噴火(→Wikipedia)と海水面低下が起きていて、今のところ科学者たちも意見が分かれている。

 などの謎の中でも、やっぱりスケールが大きいのが大陸移動説。アルフレッド・ウェゲナー(→Wikipedia)の気づきは有名だけど、実は彼より前に気づいた人はいた。

信頼に足る最初の大西洋の地図が使えるようになるとすぐに、1500年代には早くも人びとはそれ(南アメリカとアフリカの海岸線が驚くほど一致すること)についてコメントしていた。
  ――第18章 大地のジグソーパズル

 でも、みんな「そんなバカな」と思ったか、証拠が見つからなくて黙ってたんだろう。そりゃねえ。大陸が動くなんて、思わないよね普通。これがやがてプレートテクトニクスへと発展し、地震についても色々とわかってくる。が、残念なことに…

地震がまったく予測不可能(略)。二つとして同じ地震はなく、あるタイプの地震を警告する前兆現象は、前兆現象を伴わない別のタイプの地震に対しては役に立たないということを地震学者は学んだ。
  ――第23章 トランスフォーム断層

 火山の噴火はけっこう正確に予報できるらしい。でも地震は難しいのだ。残念。

 どうも私は「○○と文明」って書名に弱くて、てっきり歴史の本だと思って読んだんだが、その予想は全く違った。いや同じ歴史でも千万年とか億年とかの単位だし。まあ予想が外れたとはいえ、スケールが大きい方に外れたのは嬉しい誤算で、海の塩分濃度の謎が解けたのもよかった。分かったことだけでなく、恐竜絶滅の原因が相変わらず謎なのも、それはそれでワクワクする。そんなスケールのデカい地学の本だ。

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2022年4月27日 (水)

ラジオの歌

 パソコンを弄ってる時は、iTunes でラジオを聞いてる。たいていは音楽チャンネルで、「iTunes のラジオ局/プログレ,アニメ,サザンロック,局集」なんて記事も書いた。だもんで、ラジオにはちょっと思い入れがある。そんなワケで、ラジオをテーマにした歌を集めてみた。

CARPENTERS - Yesterday Once More

 まずはカレン・カーペンターの歌声が心地よいイエスタデイ・ワンス・モア。今は Youtube や iTunes Music などで聴きたい時に聴きたい曲を聴けるけど、ラジオじゃそうはいかない。だから、好きな曲がかかるのをジッと待ってたりして、かかればそりゃ嬉しかったもんだ。そういえばラジオの番組表を載せたFM雑誌とかもあったなあ。はい、お世話になりました。

Journey - Raised on Radio

 続いてジャーニーのレイズド・オン・レイディオ。ラジオは様々な曲がかかる。だもんで、自分が知らないミュージシャンや曲を知るには、けっこう役に立つメディアなのですね。特に趣味が固まってない若い頃だと、趣味を広げるキッカケにもなったり。

Steely Dan - FM

 最近は日本でも地域のFM局が増えてきたけど、アメリカは相当な乱立状態らしく、中には大学がFM局を運営してたり。それだけに細分化も進んでて、カントリー専門局や懐かしロック専門局とかもあったり。あと、ちっと前に停電を経験したんだけど、この時に頼りになったのが地元のFM局。なにせ地域べったりなので、御近所の情報がピンポイントでわかるのだ。

Queen - Radio Ga Ga

 実はこの記事を思いついたのが、テレビで映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観たから。わがままなフレディ、ヤンチャなロジャー、理知的な紳士のブライアン、そして影の薄いジョンと、「ファンが見たいクイーン」をそのまま再現した、理想的なファン・ムービーでした。

RCサクセション - トランジスタラジオ

 チャボの派手なコードで始まって、「おお、ノリのいいロックンロール!」と思わせて、その後は微妙にユーモラスで切ないメロディーが展開する、RCサクセションの代表曲。ちなみに私が通った高校は、屋上出入り禁止でした。アニメやドラマじゃよく屋上が舞台になるけど、実際は屋上に出入りできない学校が多いんじゃないかなあ。近所から苦情がきたりするんで。

The Buggles - Video Killed The Radio Star

 最後はやっぱりこの曲、バグルスの「ラジオスターの悲劇」。日本じゃほぼ一発屋みたいな扱いだけど、その後で 90125 YES に合流したのには驚いた。いやトーマトからだっけ? それまではラジオからスターが生まれてて、例えばビートルズもそうなんだけど、この頃からプロモーション・ビデオを作りMTVで流すのが当たり前になり、色々と変わり始めた頃ですね。

 古い曲ばっかりになっちゃったけど、それは私が古い人間だからです。どうも「若い頃の想い出」みたいな扱いの曲が多いのは、やっぱりラジオってのはそういう立場なんでしょうねえ。いや職業的な運転手はカーラジオを聴いたりするんだろうけど。

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