2018年12月17日 (月)

バリー・シュワルツ「なぜ選ぶたびに後悔するのか 『選択の自由』の落とし穴」ランダムハウス講談社 瑞穂のりこ訳

わたしたちは選択肢があるとき、それが多すぎることの弊害を自覚しないかぎり、無視できない。
  ――第1章 お買い物に行こう

過去の経験のうれしさ、不快さに関する記憶は、ほぼ全面的に、つぎのふたつの要因で決まるという。ピーク(最高の瞬間あるいは最悪の瞬間)にどう感じたかと、終わったときどう感じたかだ。
  ――第3章 決断と選択

わたしたちは、損失の可能性が関わるとき、リスクをとろうとする傾向がある。
  ――第3章 決断と選択

わたしたちはオプションが一握りしかなく、じっくり吟味できるときでさえ、まちがいやすいようにできている。しかも、決断の数と複雑さが増幅すると、ますますまちがいやすくなる。
  ――第3章 決断と選択

「欲しい」と「好き」とでは、それを認識する脳のシステムが基本的に異なる。
  ――第5章 選択と幸せ

たいていの場合、オプションは、他のオプションと比較することで、評価が下がる。
  ――第6章 あきらめた機会

「オプションがありすぎるとどうなるかというと、なにが起こっても、それは自分のせいだということになる」
  ――第6章 あきらめた機会

後悔に影響する要因には、以下のふたつがある。
1.結果に自分が責任を負っているかどうか。
2.事実とはちがう、いまよりいい状態を想像しやすいかどうか。
  ――第7章 「もし……していれば」 後悔の問題

わたしたちはまずたいていのことには順応できる。だが将来を見通すとき、この順応効果を頭から無視する、あるいは過小評価する。
  ――第8章 選んだ品にがっかりするのはなぜか? 順応の問題

「ちがいのわかる災い」
  ――第9章 比べるとつまらなくみえるのはなぜか?

社会に深く関与したいなら、自己を従属させるしかない。
  ――第10章 選択がうつをもたらすとき

【どんな本?】

 かつて私は、初めて入った定食屋やレストランで、何を食べるのかを決めるのに、やたら時間がかかった。ある時から、スンナリ決められるようになった。一つのルールを決めたからだ。「日替わり定食があれば、それにする」。

 現実を顧みると、実はあまり上のルールを守っていない。けっこう、その日の気分で選んでいる。でも、決定は速くなった。極端な場合だと、私がメニューを見る前に、周りの者が勝手に「お前はいつもの日替わりだろ」と決めてくれる。

 パソコンやスキー用品など、何かを初めて買うときに、目の前にある選択肢の膨大さに目がくらんだ経験は、誰にでもあるだろう。特に最近は何でも商品ラインナップが充実している上に、大型の専門店も増え品ぞろえが豊かになったので、何を買えばいいのか素人にはサッパリわからない。

 買い物程度なら買いなおせば済む。だが、就職先や結婚相手や住宅となると、やり直しは難しい。昔は知人のコネやお見合いや近所の不動産屋などで、最善ではないにせよ、とにかく決まった。でもインターネットが発達した今は、いずれも膨大な選択肢が私たちの目の前に並んでいる。

 すぐに決められる人と、なかなか決められない人の違いは、何だろう。選択肢が増えて便利になったハズなのに、なぜ私たちの悩みが増えるんだろう。

 私たちが何かを選ぶときに、心の中で何が起きているか。選んだあとで、私たちはどう感じているか。そして、より幸福に生きるには、どうすればいいか。「拙宅と幸福」について心理学者が語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Paradox of Choice : Why More is Less, by Barry Schwartz, 2004。日本語版は2004年10月20日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約270頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント43字×18行×270頁=約208,980字、400字詰め原稿用紙で約523枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。なお、今はソフトカバーの新装版が出ている。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も分かりやすい。むしろ、誰でも身につまされるエピソードがたくさん出てくるため、身もだえして読み進められないかも。というか、私がそうでした。

【構成は?】

 結論だけが欲しい人は、「第11章 選択にどう向き合うか」だけを読めばいい。でも他の章も面白エピソードが満載ですよ、と釘を刺しておく。

  • 第1部 なにもかもが選べる時代
  • 第1章 お買い物に行こう
  • 第2章 新たな選択
  • 第2部 選択のプロセス
  • 第3章 決断と選択
  • 第4章 最高でなければだめなとき 最大化と満足
  • 第3部 満たされないのはなぜ?
  • 第5章 選択と幸せ
  • 第6章 あきらめた機会
  • 第7章 「もし……していれば」 後悔の問題
  • 第8章 選んだ品にがっかりするのはなぜか? 順応の問題
  • 第9章 比べるとつまらなくみえるのはなぜか?
  • 第10章 選択がうつをもたらすとき
  • 第4部 満足して生きるための選択術
  • 第11章 選択にどう向き合うか
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 マック・ユーザーよ、あなたは正しい。

 なんたって、マックは選択肢が少ない。高いか安いか、デスクトップかノート型か。この二つを決めるだけで、買うべきモノは決まる。

 それだけじゃない。マックを買えば、必要なモノは一緒に全部ついてくる。マウス,キーボード,スピーカ,モニタ,カメラ。余計なドライブやスロットは、ない。あなたは難しく考えなくていい。あなた相応しいマックは何か、アップル社が決めてくれる。

 製品ラインナップを整理し、選択肢を減らすのは、ユーザの自由を妨げているように感じる。でも、そうすることで、かえってアップル社はユーザの好感を勝ち得た。これが、選択のパラドックスだ。時として、私たちは、選択を人任せにしたいのだ。

賢く選ぼうとしても、自分にはその手だてがないと感じるとき、選択の機会は天の恵みではない。
  ――第5章 選択と幸せ

 そもそもアップル社が狙うユーザは、コンピュータおたくではない。医師やイラストレーターや経営者、つまりコンピュータ以外の事で稼いでいる人だ。彼らはコンピュータに詳しくない。が、それでいいのだ。私だって、医者にかかるなら、コンピュータおたくな藪よりコンピュータを知らない名医の方がいい。

オプションを調べ尽くそうとすると、「情報コスト」が莫大になり、それは投資を最大化する方法ではなくなる。
  ――第4章 最高でなければだめなとき 最大化と満足

 そもそもコンピュータは私たちの時間を食いつぶす悪魔の手先だ。下手にコンピュータについて調べ始めると、時間が幾らあっても足りない。「私は忙しい。コンピュータなんぞを選ぶのに時間を無駄遣いできない」、医師や経営者なら、そう言うだろう。

 そんな人たちに、アップル社はこう言っているのだ。「あなたはあなたの仕事に専念してください。コンピュータについては、私たちにお任せを」。頼もしいではないか。

 とか言う私は Windows10 を使っているんだが、まあそれはそれでw

 この本のメッセージは簡単だ。選択肢が多いほど幸福とは限らない。時として何かの縛りを入れて子選択肢を減らした方が、幸福感が増す。

 これを自分に適用して読んでもいいし、商品陳列や製品デザインの参考にする手もある。例えば「第1章 お買い物に行こう」では、有名なジャムのエピソードがある(→はてなキーワード)。

 文章を書くとき、「何でもいい」と言われると、なかなか出てこない。でもお題を与えられると、何か出てくる。縛りを入れて選択肢を減らすと、かえって楽になる事もある。この記事の頭に書いた、食事のメニューの決め方もそうだ。この本では、次の四つが出てくる。

  1. 自分ルール。「外食は鮮魚」とか。
  2. デフォルト。「あれば日替わり定食」とか。
  3. 基準。「魚ならなんでも合格」とか。
  4. 習慣。「毎日、魚を食べる」とか。

 当然、上のルールに従うと、「最善の選択」には、ならない。でも悩みは減る。常に最善を目指すと、後悔が増えるよ、ほどほどで満足しようよ、そんなメッセージを、この本は発している。

 もちろん、「銀メダリストより銅メダリストの方が満足感が高い」とか、「『終わりよければすべてよし』は案外と正しい」とか「医療は充実してるのに健康不安は高まっている」とか、面白エピソードは数多い。また、埋没費用の誤謬(→Wikipedia)やアンカーリング(→Wikipedia)など、有名なネタもある。

 このブログを書くことで、もしかしたら私も少し幸せになっているのかもしれない、そんな気がしてくる一冊だった。

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【どうでもいい話】

 などとアップルを持ち上げたが、一つケチをつけておこう。AppleScriptだ。

 AppleScript の発想そのものは、とても優れていると思う。全てのアプリケーションを、たった一つのプログラム言語で操作できる。このアイデアは、とても素晴らしい。

 ただし、一部の文法で気に食わない所がある。いわゆる構文糖(Syntax Suger,→Wikipedia)だ。AppleScript だと、b of a でも a's b でも、同じ意味になる。どっちでも書けるんだから親切なようだが、素人には「どっちで書けばいいの?」とか「どう違うの?」とか、悩みの種になりかねない。

 これはプログラム言語の思想の違いだ。アップル社はこう考えた。「英語=自然言語の文法に近い方が、素人には親しみやすい」。英語だと、b of a も a's b も、同じ意味だ。だから、英語っぽくしたんだろう。

 私の考えは違う。「プログラム言語の文法は、なるたけ単純で機械的で不自然な方が、素人には学びやすい」。なぜか。

 自然言語で語るときと、プログラムを書くときは、脳みその使い方が違う。人間相手なら「テキトーにやっといて」が通じるが、マシンはそうじゃない。細かい所まで、いちいち指示しなきゃいけない。プログラマは、プログラムを書く際に、脳みそのモードを切り替えている。

 言語の文法が全く違えば、モード切り替えがスムーズにいく。「マックは英語がわからないんだから仕方がない」のだ。でも、自然言語に近いと、これが難しい。「人間ならわかってくれるのに、なんでマックはわかってくれないんだ!」などと無茶を言い出す。

 おまけに、構文糖があると、覚える事が増える。「b of a も a's b も同じ意味」なんて事まで覚えなきゃいけない。親しみやすいように見えて、かえって習得を難しくしている。

 構文糖そのものが悪いってワケじゃない。perl などは、構文糖の塊だ。でもいいのだ。だって perl を使うのはマニアだけだから←偏見です。

 何より perl は、「とりあえず使えるものを手早くデッチ上げる」ための言語である。使い捨てプログラムの量産が、perl の使命だ。だからなるたけタイピングの数を減らしたい。そのためには構文糖が役に立つ。だって便利じゃん $a++ とか起動オプションの -ane とか。

 でも AppleScript は違う。AppleScript はプログラマのためのプログラム言語じゃない。InDesign や Illustrator ユーザのための言語だ。だから、なるたけ楽に覚えられなきゃいけない。そのためには余計な構文糖は邪魔なだけだ。

 ついでに言うと、文法はもっと単純化した方がいい。そもそも演算子に優先順位があるのが気に入らない。なぜ優先順位が要るのかというと、それは演算子が中置きだからだ。forth や PostScript のように後置きか、LISP や scheme のように前置きなら、優先順位は要らない。

 そんなわけで、AppleScript はS式にすべきである←暴論

 いやマジ世の中S式が標準なら、HTML も CSS も JavaScript もみんなS式でイケたのにブツブツ…

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2018年12月16日 (日)

ディーン・R・クーンツ「ウォッチャーズ 上・下」文春文庫 松本剛史訳

「もうおまえを放したり、どこかの檻まで連れていくわけにはいかないな」
  ――上巻 p45

「アインシュタイン。いまからおまえの名前は、アインシュタインだ」
  ――上巻 p112

「それは<アウトサイダー>と呼ばれていた」
  ――上巻 p373

「もしもわれわれが、神の造りたもうべきものをこの手でつくりだせるまでになったのなら、つぎには神の正義と慈悲を行うことを知らねばならんのです」
  ――下巻 p112

『あんたたちにはまだ望みがある』
  ――下巻 p153

「まさしく、彼はヒーローだ!」
  ――下巻 p269

【どんな本?】

 アメリカのベストセラー作家、ディ-ン・R・クーンツの地位を決定づけた、長編サスペンス小説。

 トラヴィス・コーネルは36歳の孤独な男。ピクニックに行ったトラヴィスは、山で大型犬と出逢う。若い雄のゴールデン・レトリーヴァーだ。毛皮はもつれて泥だらけで、野良らしい。何かを恐れ怯えるかと思えば、やたらトラヴィスに懐いている。根負けしたトラヴィスは犬を連れて帰ることにした。

 ノーラ・デヴォンは30歳の独身女。異様に厳格な伯母のヴァイオレットに育てられ、友人もいない。ヴァイオレットが亡くなってからも滅多に家から出ず、対人恐怖症気味で、ヴァイオレットから相続した家に引きこもって暮らしている。ある日、テレビの修理を頼んだ男がストーカーと化し、つきまとい始めた。

 腕利きの殺し屋、ヴィンスことヴィンセント・ナスコは忙しい。ウェザビー博士を始末し、報告を終えたとたんに、次の仕事が入った。今度は二人、エリザベス・ヤーベック博士とジョナサンの夫婦だ。ソツのない依頼人は好きだ。それ以上に、ヴィンスは殺しが好きだ。というのも、ヴィンスは人を殺す度に…

 奇妙なゴールデン・レトリーヴァーは人々の運命を結びつけ、彼らの人生を大きく変えてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WATCHERS, by Dean R. Koontz, 1987。日本語版は1993年6月10日第1刷。私が読んだのは1993年10月1日の第4刷。文庫本で縦一段組み上下巻で本文約398頁+375頁=約773頁に加え、訳者あとがき3頁。8.5ポイント42字×18行×(398頁+375頁)=約584,388字、400字詰め原稿用紙で約1461枚。上中下の三巻でもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。いちおうSFだが、ネタは一つだけ。小難しい説明をしちゃいるが、格好をつけるためのハッタリだ。中身はドラえもんやポケモンと同程度のシロモノなので、その辺について行けるなら大丈夫。

 それより、若い人には時代背景や風俗がピンとこないかも。1980年代の作品なので、携帯電話がないし、インターネットも未発達だ。出てくる有名人やブランドも、ジーン・ハックマンとかは馴染みがないだろうけど、わからなければ無視して構わない。

【感想は?】

 発表当時は全米のペットショップからゴールデン・レトリーヴァーを一掃したそうだ。さもありなん。

 なんてったって、アインシュタインと名づけられるゴールデン・レトリーヴァーが、やたらと可愛い。どう可愛いかというと、映画「トランスフォーマー」のバンブルビーの可愛さに少し似ている。

 …って、マニアックすぎて伝わりませんがな。

 犬を飼っている人は、愛犬の可愛さを思い浮かべて欲しい。私は飼ってないけど。幸いバンブルビーと違い、アインシュタインには尻尾がある。上巻を読んでる時は、アインシュタインが尻尾を振る場面じゃ、私もニヤニヤしてしまった。まあ、そういう可愛さです←余計わからん

 そのアインシュタインと出合う、最初の人間が、トラヴィス・コーネル。病や事故で家族や恋人や友人を次々と失い、自分は死神じゃないかと思い込んでいる男。誰とも親しくならず、孤独に暮らそうとしていたが、アインシュタインに懐かれ、連れて帰る羽目に。

 次にアインシュタインと出合うのが、ノーラ・デヴォン。人間嫌い、特に男が大嫌いな伯母に、籠の鳥のごとく育てられ、既に30歳。そでれもせめて大切にされていたならともかく、この伯母さん、ノーラのやる事なす事ケチばかりつけて育ててきた。お陰でノーラは対人恐怖症気味な上に自信のカケラもない。

  お互い30過ぎのクセに、いずれも人と親しくなるのを恐れている。そんな二人を、アインシュタインがキューピットよろしく仲を取り持とうとする場面は、とにかくアインシュタインが愛おしくてたまんないのだ。何せ言葉がしゃべれない。一生懸命に動作で示す、そのけなげさがたまんない。

 特に難しいのがノーラ。そもそも誰かが自分に好意を持つなんて事はあるわけない、そう思い込んでいるだけに、アインシュタインの努力もなかなか伝わらない。あれこれ思い悩む彼女の気持ちは、ちょっとジュブナイルっぽい気恥ずかしさもあるけど、まあ初恋だからしょうがないよね。

 なんて彼らに迫ってくるのが、アインシュタインの出生の秘密。まあ、上巻を読んでいれば、なんとなく見当はとくんだけど。

 これを追いかける者たちの一人が、レミュエル・ジョンソン、NSA(国家安全保障局)の腕利きの捜査官。悪い人じゃないのだ。やたら仕事熱心…を通り越してワーカホリック気味だが、己を厳しく戒め職務に邁進したがために、南カリフォルニア支局長にまで昇進した男。

 決して悪人じゃないんだが、立場上、この物語では悪役を割り振られてしまった人。中盤以降では、彼とトラヴィスらのチェイスが緊張感を作り上げてゆく。読者としては応援してあげたくもあり、空振りして欲しくもありの、ちょっと複雑な立ち位置にいる人。

 そして、レミュエルとトラヴィスらをつなぐ糸の一つが、この物語のもう一つの主役<アウトサイダー>。アインシュタインが○○の陽なら、<アウトサイダー>は陰を象徴する存在だ。

 単に陰であるだけでなく、それをわかってしまっているのが、何よりも悲しい。その行いは忌まわしくもあるが、そこに込められたメッセージは…

 もう一人の重要人物が、ヴィンスことヴィンセント・ナスコ。凄腕の殺し屋だ。クールでスマートに仕事をこなしつつ、ちょっと困った思い込みも持っている。人殺しを仕事にしてるような人だから、善悪の感覚なんか無いのかと思うよね。

 でも意外とそうでもなくて、かなり厳格な倫理感覚を持っているのだ。ただ、モノサシの角度が常識と大きく違っちゃってるだけで。作り話だから誇張されているけど、現実にも似たような倫理観の人がけっこういるから世の中は怖い。

 著者は「ベストセラー小説の書き方」なんて本も出してる人で、これが「面白い本」を探すにはかなり便利なブックガイドにもなってる。そのためか、この作品でも、登場人物の種棚を紹介する場面が、ちょっとしたイースター・エッグになっているので、本が好きな人はお楽しみに。

 終盤、ノーラの台詞でタイトルの意味が明らかになる場面は、この物語のクライマックスだろう。過酷な運命に心をへし折られ、人生を投げ出そうとした者たちが、アインシュタインを機に巻き込まれたトラブルの末に見出した、ヒトがヒとであることの意義。

 これを読んでしばらくは、ペットショップに行ってはいけない。特に体力と懐に余裕がある時は。

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2018年12月12日 (水)

ジョン・パーリン「森と文明」晶文社 安田喜憲・鶴見精二訳

文明の発展を可能にした要因を木に求めるのは大胆な発想に思われるかもしれない。しかしまず、これまでずっと火を提供してきたのは木であるという点を考えてもらいたい。
  ――はじめに

青銅器時代のキプロス島が精錬していた銅鉱石には、銅が4%しか含有されていなかったが、鉄は40%も含まれていた。燃料の消費量が同じならは銅よりも鉄のほうを多く得ることができたのである。
  ――4 鉄の時代へ キプロス島

道を歩く荷馬車から線路を走る馬車に代えたことで、一日に運ぶ石炭は19トンから34トンへと増大した。
  ――9 産業革命はなぜ起きたか イギリス

じつはインディアンの多くを死に至らしめたのが、こうした(毛皮と交換で手に入れた)ラム酒であった。
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

国家が所有する資源のなかで鉄鉱石と木がもっとも本質な資源である
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

「アメリカにおける製造業は、滝の近くで操業されている。水車を回すことができるからだ」
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

架台と枕木は当然、木でできていた。では、レールはどうしていたかというと、これもやはり木で作られていたのである。
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

開拓者がどこに入植するかを決めるさい、決め手となったのは入植地の土壌の質ではなく、そこに木があるかどうかということだった。
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

【どんな本?】

 人類の文明の発祥の地となったメソポタミア。地中海を支配したギリシア。ヨーロッパの土台を築き上げたローマ。通商国家として栄えたヴェネツィア。

 これら大国の繁栄を支えたのは森だった。そして、森が失われると共に、大国の威光も衰えた。

 七つの海に覇を唱えた大英帝国も、フロンティアとして頭角を現したアメリカ合衆国も、その足掛かりとなったのは、豊かな森林資源だった。

 文明になぜ森が必要なのか。森はどんな役割を担ったのか。人は森をどう扱ったのか。なぜ森が失われたのか。そして、森の喪失は文明の衰えと何の関係があるのか。

 大量の資料を元に、文明の興亡を左右する森の機能を描き出す、一般受けの歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Forest Journey : The Role of Wood in the Development of CIvilizaation, by John Perlin, 1988。日本語版は1994年9月25日初版。私が読んだのは1999年7月10日の五刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約456頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント24字×20行×2段×456頁=約437,760字、400字詰め原稿用紙で約1,095枚。文庫本なら上下巻ぐらいの文字量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、世界史、それも地中海周辺の歴史に詳しいと、更に楽しめる。また、地図が多く、何度も参照するので、栞をたくさん用意しておこう。

【構成は?】

 多少の重なりはあるが、ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 森から歴史を見つめ直す 序によせて レスター・R・ブラウン
  • はじめに
  • 旧世界の森の旅
  • 1 『ギルガメシュ』叙事詩の声 メソポタミア
  • 2 森が青銅器を生んだ クレタ島とクノッソス
  • 3 繁栄のはてに ギリシア 1
  • 4 鉄の時代へ キプロス島
  • 5 森をめぐる戦い ギリシア 2
  • 6 闘技場と浴場の都 ローマ
  • 7 海を越えて イスラムの地中海
  • 8 ある通商国家の衰亡 ヴェネツィア
  • 9 産業革命はなぜ起きたか イギリス
  • 新世界の森の旅
  • 10 砂糖の島・奴隷の島 マデイラ島、西インド諸島、ブラジル
  • 11 帆柱と独立戦争 アメリカ
  • 訳者あとがき/索引

【感想は?】

 「もののけ姫」の見方が変わる一冊。

 学校で学ぶ世界史は、人物を中心とした、ドラマ仕立てのものだった。これに対し、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」は、モノや地形や産業にスポットをあてた。この本の視点も、マクニールに近い。

 ただし、マクニールと違うのは、資源を木に絞っていること。最初は意外に思ったが、ギリシアやローマの章を読むと、「さもありなん」と納得してしまう。

 なぜって、当時の木は、現在の石油と同じか、それ以上の価値を持つ資源だからだ。現代でも、油田は大きな火種になる。ヒトラーはカフカスの油田に目がくらんだし、太平洋戦争も石油が引き金になった。今も中東は火花が散っているし、ロシアを支えているのも石油だ。

 かつての森は、帝国を支える最も重要な資源だったのだ。

ローマ帝国の興亡は、ローマの燃料資源の増減と軌を一にするようにして起きているのである。
  ――6 闘技場と浴場の都 ローマ

 前半では、メソポタミアから始まって、ギリシア・ローマ・トルコと、ほぼ同じメロディを繰り返し奏でる。いずれもイントロは、意表をつく風景だ。鬱蒼とした森である。「メソポタミア南部は(略)かつてはそこに広大な森林地帯が広がっていた」。

 メソポタミア南部、今のイラク南部には、レバノンスギの森が茂っていた。ギリシアも、ローマもそうだった。イングランドも、ニューイングランドも大木に覆われていた。ニューイングランドは今でも面影が残っているけど、イラクやギリシアやローマは、ちと信じられない。

ローマやその近郊はかつては森におおわれていた。ローマのさまざまな行政管区の名前は、その行政管区に、もともとどのような木が育っていたかによってつけられていた。
  ――6 闘技場と浴場の都 ローマ

 都市が栄えるには木が要る。まずは、薪だ。冬を越すには暖房が要る。煮炊きにも薪を使う。青銅や鉄の精錬、煉瓦や陶器を焼くにも、塩やガラスを作るにも、薪や木炭が要る。もちろん、家や工場や宮殿を建てるにも木材を使う。

 それ以上に、国家として栄えるためには海軍が必要で、そのためにも船の材料となる、大きな木材が必要だ。

 最初は都市周辺の森を使うが、すぐに使いつぶす。そこで、他の所から運んでくる。とまれ、木は重いし、嵩張る。運ぶのは大変だ。こういうモノは、水運の方が都合がいい。ってんで、上流の川の近くの木を切り倒して持ってくる。山は裾野から頂上に向かって裸になってゆく。

 裸の山は怖い。木が遮っていた太陽が土にじかに当たり、土地が荒れる。今までは木陰でゆっくり溶けていた雪が、日光で急にとけ、鉄砲水となって土を押し流し、川に注ぎ込む。これが下流の都市に洪水となって襲い掛かる。

 洪水は山から塩分を運び、耕作地をオシャカにする。豊かな農地は痩せ、牧草地にでもするしかなくなる。土砂は港も埋め、良港を遠浅の湿地帯に変える。そこには蚊がはびこり、マラリアが猛威をふるう。結果は、帝国の崩壊だ。

シュメールの沖積平野の塩分がますます高くなっていった時期は、メソポタミアによる北部森林地帯の破壊がはじまった時期にぴったりと重なっている。
  ――1 『ギルガメシュ』叙事詩の声 メソポタミア

 丘に牛や羊が遊ぶ光景はのどかだが、元は森だった。耕作すらできなくなり、牧草地にするしかなくなったのだ。

 もちろん、帝国は黙って滅びたりはしない。版図を広げて近隣の森から木を伐り出し、または他の国を侵略して森を奪う。「5 森をめぐる戦い ギリシア 2」などは、アネテとスパルタの睨み合いを描く章だが、まるきし今日の油田をめぐる争いを見るようだ。

 「テルマエ・ロマエ」で有名なローマの風呂も、こうして調達した薪に頼っていたわけで、そりゃ贅沢な話だよなあ。江戸時代の風呂屋は、どうやって薪を調達してたんだろ?

 まあいい。大英帝国が七つの海を支配できたのも、イングランド南部に豊かな森林資源があったため。ところがご多分に漏れず資源を使いつぶし…

「もしいま以上に木を大切にしないと、イギリスはこれからずっと石炭にたよらなければならなくなるかもしれない」
  ――9 産業革命はなぜ起きたか イギリス

 なんて台詞も出てくる。産業革命といえば石炭&蒸気機関だが、好きで石炭に切り替えたわけじゃないらしい。だって不快な煤が出るし。

 特に製鉄には苦労したようで、石炭が含む不純物に苦しんでる。これを解決したのが、コーク(というか日本ではコークスの方がなじみが深い)。このアイデア、モルト(・ウィスキー)の蒸留から得たってあたりが、いかにもイギリスらしい。

 なんにせよ、ブリテン島の森を使いつぶした大英帝国は、アイルランドも裸にし、やがて新大陸にも頼るようになる。当時のニューイングランドは鬱蒼とした森にインディアンが住み…

 「もののけ姫」には様々な解釈がある。かつて森は豚の放牧地でもあった事を考えると、「もののけ姫」での乙事主の怒りにも、歴史的な意味がついてくる。また欧米人が日本の家屋を評して「木と紙の家」とと言ったが、その意味も少し違って聞こえてくる。彼らは木の家に住みたくても住めなかったのだから。

 世界と歴史の見方が少し変わってくる、意外な拾い物だった。やっぱりモノや技術を通した歴史って面白いなあ。

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2018年12月 9日 (日)

G・ウィロー・ウィルソン「無限の書」東京創元社 鍛治靖子訳

「あれはおまえたちの物語ではない。われらの物語だ」
  ――p11

「ちがうわ。これはアルフよ。『千一日物語』」
  ――p60

「検閲官は御伽噺には、とりわけ昔話には興味がない。理解できないんだ。あいつら、ああいう話はみんな子供のものだと思ってる。『ナルニア国物語』がほんとうはどんな意味をもっているのか知ったら、きっと死んじまうだろうな」
  ――p98

「あの本に触れるものはたいてい、年老いて安らかな死を迎えることができないんだよ」
  ――p300

「見えざるものは見えざるものだ。だけど人は見えるものから逃れることはできない」
  ――p382

【どんな本?】

 アメリカ出身でボストン大学卒業後にイスラム教に改宗した異色の新鋭作家、G・ウィロー・ウィルソンの小説デビュー作。

 舞台はペルシャ湾沿いにある、オイルマネーで潤う専制国家。地元有力者の父親とインド人で第二夫人の母の間に生まれた23歳のアリフは、匿名サーバーを運営している。イスラム圏は検閲が厳しい。そこで、正体を隠したまま、ポルノでも革命の扇動でも、好き勝手なサイトを作れるサービスだ。

 恋焦がれるインティサルにフラれたアリフは、彼女の目からネット上のアリフを完全に見えなくするプログラムを作る。意外と上手くいったと思ったのも束の間、困った事態になった。凄腕の検閲官<ハンド>が、アリフのマシンに侵入した形跡がある。

 突然、インティサルから奇妙な本を託されたアリフは、検閲官に追われ、本に導かれるように奇妙な世界へ足を踏み入れ…

 アラブ圏の社会と文化を背景に、伝説の魔物たちと情報テクノロジーを折り込み、現代アラビアを舞台にしたファンタジイ。

 2013年世界幻想文学大賞の長編部門受賞。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇でも7位に食い込んだ。

ところで今気が付いたんだが「SFが読みたい!2018年版」ベストSF2017海外篇、巻頭の「発表!ベストSF2017 海外篇」は「わたしの本当のこどもたち」が6位で「無限の書」7位なのに、作品ガイドじゃ順位が逆になってる。どっちが正しいんだろう?

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Alif the Unseen, by G. Willow WIlson, 2012。日本語版は2017年2月28日初版。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約386頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント22字×21行×2段×386頁=約356,664字、400字詰め原稿用紙で約892枚。文庫本なら厚い一冊か上下巻ぐらいの長さ。

 文章は比較的にこなれている。SFガジェットとしてはコンピュータとインターネットが中心だが、ハッキリ言って大半がハッタリなので分からなくても気にしなくていい。それより千一夜物語に出てくるような異界の者たちが活躍するので、ファンタジイの色が濃い。

【感想は?】

 色々な魅力があるけど、私が最も気に入ったのは、「ペルシャ湾岸の専制国家」の様子。

 例えば主人公アリフの立場。父は地元の有力者だが、彼の未来は明るくない。第二夫人の子ってのもあるが、それ以上に母がインド人ってのが辛い。母も地元の有力者なら、相応の地位を狙えただろう。でも、出自で人生が決まる土地だと、混血は大きなハンデになるらしい。

 そのアリフは、検閲の厳しい湾岸で、匿名サーバを運営している。ああいう所だから、当局の追及も厳しい。サーバを押さえれば、不良分子を一網打尽にできる。ってんで当局の目の敵にされてるんだが、連中の目をくらましてサービスを続けているあたりで、かなりデキる奴なのは見当がつく。

 コンピュータの世界は腕がモノを言う。血筋で人生が決まる現実世界とは、見事に対照的だ。ちなみにアリフは彼のハンドル名で、本名つまり現実世界の名前じゃない。彼が本名を嫌いハンドル名を好むのも、アリフの気持ちの表れだろう。

 アリフの母が南方のインド人なのを始め、国際色が豊かなのも、この社会の特徴。幼馴染のダイナちゃんはエジプト系で、町にはマレーやフィリピンやシーク教徒や北アフリカ人など、八方から人が集まっている。あの辺の流通は、こういう人たちが支えているんだね。

 こういう猥雑な世界に背を向け、コンピュータの世界に逃げ込むアリフだが、一冊の本を機に、現実世界がアリフの世界へと侵入してくる。そして、また別の世界も。

 などの世界の他に、脇役も魅力的な人が多い。

 なんといっても可愛いのが、アリフの幼馴染のダイナちゃん。12歳の時に面衣=ニカブを付けると宣言した。これ、出家と少し意味合いが似ていて、「私は敬虔なムスリムとして生きます」みたいな宣言らしい。出家と違い結婚はするけど、厳しい戒律を守ると誓った印だ。

 って、「来て見てシリア」のうろ覚えなんだけど。なんにせよ、この面衣が、終盤で重大な意味を持ってくる。そういう宣言でもあるのかあ。いいい子だなあ。

 やっぱり楽しいのが、ヴィクラムとアザレルの幽精=ジンの兄妹。そう、 『千一日物語』なんて名前で分かるように、そういう世界の者も出てくる。いずれも異界の者だけに何を考えているのかイマイチ掴めないあたりが、胡散臭いような頼りになるような、不思議なスパイスを利かせてくれる。

 ちなみに私の脳内じゃヴィクラムの声は石田彰が当ててました。

 はいいけど、アザレルちゃんの出番が少ないのは悔しい。まあ、あんまり目立つと、日本のライトノベルみたいなノリになっちゃうから、仕方がないかw でも私的にはアザレルちゃんこそ、この物語のメイン・ヒロインです、はい。

 そして意外な味を出してくるのが、アル・バシーラ大モスクの長老ビラル師。私たちから見えるイスラムの長老って、イランのハネメイをはじめとして、妙に過激な人ばかりが目立つ。お陰でかなり偏った印象を持っちゃうけど、ビラル師は全く違う。

 むしろ老いた禅僧に近い雰囲気で、台詞の一つ一つに枯れた知恵と経験が詰まっている様子がうかがえる。宗派も最近流行りのワハブ派じゃなく、長い伝統を感じさせる。いや具体的には知らないけど。スター・ウォーズだとヨーダかなあ。別に直接アリフを導くわけじゃないけど。

 もちろん、ダースベイダーに当たる<ハンド>の不気味さも充分。しかも暗黒面に堕ちた感まであって…

 と、近年のペルシャ湾岸の社会に、アラビア風ファンタジイを混ぜ、演技が達者なベテランの傍役が頼りなげな主役を支える、異色のファンタジイだった。やっぱり私はヴィクラムとアザレル…というか主にアザレルちゃんが好きだなあ。

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2018年12月 6日 (木)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」岩波現代文庫 三浦みどり訳

この(レニングラードの)子たちは封鎖された町で何を食べたか話してくれた。皮のベルトとか新しい皮靴を煮出したスープ、木工用の膠で作った煮こごり、カラシ入りのクレープ巻き、。街の中では猫も犬も食い尽くした。
  ――わが家には二つの戦争が同居してるの

負傷したことは誰にも言えなかった。そんなことを言ったら、誰が仕事に採用してくれる?  結婚してくれる? 私たちは固く口をつぐんでいた。誰にも自分たちが前線にいたことを言わなかった。
  ――受話器は弾丸を発しない

多くの人は身内が敵に占領された区域にいたり、そこで死んだりしていた。そういう人たちは手紙を受け取るあてがない。そこで、私たちが「見知らぬ女の子」になって代わりに手紙を書いたの。
  ――私たちは銃を撃ってたんじゃない 郵便局員

私たちが通った跡には赤いしみが砂に残った。女性のあれです。隠しようもありません。兵士たちは後ろを歩きながら、気づかないふりをする……
  ――甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信 通信兵

これは数人の会話ではなく、二人きりの時と限られていました。三人目は余計なの、三人目が密告するから……
  ――間違いだらけの作文とコメディー映画のこと 看護婦

私たちのズボンは乾くとそのまま立てておけたほど。普通の糊付けだって、こんなふうに立ってはいないよ。血のせいだよ。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

【どんな本?】

 2015年度にはじめてジャーナリストとしてノーベル文学賞に輝いたベラルーシ出身の作家、スヴェトラーナ・アレシイエーヴィチの代表作。

 第二次世界大戦の独ソ戦では、約三千万人が亡くなったと言われる。赤軍には多くの女が志願し、またはパルチザンとしてドイツ軍に戦いを挑んだ。狙撃兵として終日雪に這いつくばった者、おむつの赤ん坊をダシに検問所をすり抜けた者、衛生兵として銃弾の中で負傷者を救い出した者…。

 彼女たちは何を考えて戦場に赴き、そこで何を見てどんな体験をして何を思い、戦後はどのように暮らしたのか。五百人を超える口の重い女たちを見つけ出し、訪ね、彼女たちの声を書き留め、厳しい検閲や妨害にもめげず数年がかりで出版にこぎつけた、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は У ВОЙНЫ НЕ ЖЕНСКОЕ ЛИЦО, 
Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч, 1984, 2013。綴りは自信ない。日本語版は2008年7月に群像社より刊行、後に2016年2月16日に岩波現代文庫から第1刷発行。私が読んだのは岩波現代文庫版2017年3月6日発行の第4刷。

 文庫本で縦一段組み、本文約482頁に加え訳者あとがき7頁+澤地久枝の解説「著者と訳者のこと」8頁。9ポイント39字×17行×482頁=約319,566字、400字詰め原稿用紙で約799枚。文庫本としては厚い部類。

 文章は「おばちゃんが話しかける口調」で、親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。「第二次世界大戦ではドイツとソ連が戦った」ぐらいを知っていれば充分。が、正直言って、読み通すのは辛かった。とにかく生々しくショッキングな話が続々と続くためだ。覚悟して読もう。

【構成は?】

 各章は特定のテーマや兵科を集めたり、一つの町や村での声を束ねたもので、あまり強いまとまりはない。また、順番も特に意味はない。大半の章は、何人かの取材相手の「声」で構成されている。一つの「声」は数行~数頁の短いものだ。短めの記事を味見したり、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 人間は戦争よりずっと大きい 執筆日記1978年から1985年より
  • 思い出したくない
  • お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか
  • 恐怖の臭いと鞄いっぱいのチョコレート菓子
  • しきたりと生活
  • 母のところに戻ったのは私一人だけ
  • わが家には二つの戦争が同居してるの
  • 受話器は弾丸を発しない
  • 私たちの褒美は小さなメダルだった
  • お人形とライフル
  • 死について、そして死を前にしたときの驚きについて
  • 馬や小鳥たちの思い出
  • あれは私じゃないわ
  • あの目を今でも憶えています
  • 私たちは銃を撃ってたんじゃない
  • 特別な石けん「K」と営倉について
  • 焼きついた軸受けメタルとロシア式の汚い言葉のこと
  • 兵隊であることが求められたけれど、可愛い女の子でもいたかった
  • 甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信
  • 工兵小隊長ってものは二ヶ月しか生きられないんですよ、お嬢さん方!
  • いまいましい天と五月のバラの花
  • 空を前にした時の不思議な静けさと失われた指輪のこと
  • 人間の孤児と弾丸
  • 家畜のエサにしかならないこまっかいクズジャガイモまでだしてくれた
  • お母ちゃんお父ちゃんのこと
  • ちっぽけな人生と大きな理念について
  • 子供の入浴とお父さんのようなお母さんについて
  • 赤ずきんちゃんのこと、戦場で猫が見つかる喜びのこと
  • ひそひそ声と叫び声
  • その人は心臓のあたりに「てをあてて……
  • 間違いだらけの作文とコメディー映画のこと
  • ふと、生きていたいと熱烈に思った
  • 訳者あとがき
  • 解説 著者と訳者のこと 澤地久枝

【感想は?】

 予想はしていたが、やっぱり東部戦線物はSAN値をガリガリと削られる。

 私は最近になって「イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45」や「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」などで東部戦線の地獄っぷりを知った。東部戦線には、帝国陸海軍の南方での戦闘とは、また違った恐ろしさがある。

 いずれも飢えと病に苦しむ点は同じだ。東部戦線だと、これに加えて寒さがある。また、両軍ともに、敵を人と見做さず、互いをケダモノのように扱った。陸戦協定もヘッタクレもない。

 それ以上に怖いのは、「戦場に住んでいた人々」の声だ。帝国陸海軍に従軍した方々の手記は日本で多く出ているが、戦場となったフィリピンなどに住んでいた人々の手記は滅多に見かけない。たぶん、沖縄戦を生き延びた方々の手記なら、この本の迫力に迫れるだろう。

 語り手の多くは、ウクライナやベラルーシに住んでいた人々だ。最初はドイツに占領され、焼け野原にされた。男たちばかりか、牛や馬まで兵隊にとられ、女と子供だけで犂を曳いて畑を耕す。その畑には死体が転がっていたり。おまけに地元の警官がドイツに寝返り、隠した食料も巻き上げてゆく。

 などの恨みが積もったり、または愛国心に突き動かされて、十代の娘たちが軍に志願したり、パルチザンとして闘ったり。みんなソ連は好きだけど、スターリンについては色々。

 軍に入り部隊に配属されても、最初は部隊長に「たかが小娘」と侮られる話も多い。それでも、「戦火をくぐって481人の負傷者を救い出した」なんて英雄もいたり。シモヘイヘのように敵を倒した人の名は残るけど、命を懸けて人を救った人の名は残らないってのは、なんだかなあ。

 ちなみに「前線での戦死者についての統計があるが、歩兵大隊の戦死者の次に医療班が多い」とか。証言者には看護師や衛生指導員が多いけど、ナメちゃいけません。銃弾が飛び交う中、負傷兵を引きずって連れ帰った勇者たちです。

 そんな負傷兵の中には、腹から腸が飛び出している者もいる。そして看護師に言うのだ。「俺を置いていけ、俺はもう死ぬんだから」。

 などの東部戦線の地獄っぷりには、何度読んでも身震いして、なかなか読み進められない。女の声を女が集めた本だから、ジェンダー的な部分ばかりがアピールされるけど、それを抜きにして戦場の生々しい報告としても、抜群の迫力を誇っている。

 とまれ、やはり女の立場ならではの記述もある。多くの人に共通しているのが、髪。みんなおさげにしていたのを、入隊してすぐに切られてしまい、それを悲しんでたり。服も男物しかない。当然、下着も。加えて、前線では排泄も辛い。男ならちょいとツマんで道端でできるが…

 中には従軍してから初潮が来てパニックになった人や、逆に止まっちゃった人も。そりゃおかしくなるよ。って、この人、「夜の魔女(→WIkipedia)」の一人だ、たぶん。親衛隊でPo-2だし。一晩12回の出撃って、無茶だけど、そういう状況だったんだなあ。

 などの地獄をくぐり抜け、戦争は終わっても、彼女たちの苦労は続く。工兵隊で地雷を取り除いたり、負傷した脚を切り取ったり。捕虜になって脱走しフランスでマキに加わって戦った人は、内通者と疑われたり。

 故郷に帰っても…

「あんたたちが戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主とねんごろになってたんだろ」
  ――人間の孤児と弾丸 狙撃兵

 ってな具合だから、彼女たちはずっと黙っていた。静かに、黙って、必死に生きてきた。

こういう人たちは日常、ほかの人に紛れてしまって目立たない。なぜなら、少しづつ亡くなっていって、ますます少なくなってきているからだ。
  ――お人形とライフル

そして、人生が黄昏を迎えた頃、おずおずと語り始める。そして、著者が取材を始めると、芋づる式に証言者が現れた。取材の噂が流れると、著者の元に多くの手紙が舞い込んでくる。

これは残るようにしなけりゃいけないよ、いいけない。伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

 原書の初版は1984年。東欧崩壊の前だ。共産党の支配下で、取材は難しかったろうに、よくもここまで生々しい話を聞きだしたものだと感心する。1時間ドラマを数年分も作れそうな、濃い逸話が詰まったルポルタージュだ。

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