2019年11月17日 (日)

高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社

…わたしは夏を撮ることができたのだろうか。
  ――p9

人間の観測精度には上限がある。それは世界の原理なのだ。
  ――p55

「これって、主語が全部ロボットなんだよね」
  ――p126

そう、世界に謎があるんじゃなくて、世界はそれ自体が謎なんだ。謎がからまって世界を形づくっている。
  ――p163

「…お前はすげえよ、了子。また映画手伝うからさ、舞浜で待っててくれ」
  ――p228

「あたし、この世界を超えたいよ、守凪ちゃん」
  ――p241

【どんな本?】

 2006年放送のTVアニメ「ゼーガペイン」と、2016年の映画「ゼーガペインADP」の、同じ世界を舞台としたスピンオフ小説。

 舞台は少し未来の千葉県、舞浜。守凪了子は映画監督になりたい。中学生の頃から短編は撮っていた。役者は幼馴染の十凍京やその友人の冨貝啓に頼んだが、脚本や撮影や編集は自分ひとりでやってきた。だが、これからはチームで本格的に映画製作に取り組みたい。

 そう考えた了子は、舞浜南高校に入学してすぐ、映画研究部を訪れる。幸い三年で部長の河能亨が部室にいたが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「きみは映画監督になれない」

 映画を愛する少女・守凪了子と、映画研究部の面々の目を通し、ゼーガペイン世界を語りなおす、SF青春群像劇。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約250頁に加え、あとがき5頁+花澤香菜の解説5頁。9ポイント43字×19行×250頁=約204,250字、400字詰め原稿用紙で約511枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容も難しくない。量子力学の用語が出てくるけど、実はかなり強引に屁理屈をつけてるので、分からなくても大きな問題はない。ただ、世界設定が重要で、ゼーガペインの設定を知らないと、終盤の印象が大きく違うだろう。また、映画が好きな人向けに、アチコチに仕掛けが施してある。

【感想は?】

 ああ、まぶしい。若さが、熱意が。

 出てくるガジェットは、間違いなく21世紀のSFだ。今より少しだけ進んだ未来が持つ輝きやワクワク感が、ちょっとした小道具から滲み出している。だが、それを使う人の姿は、ちょっと懐かしさが漂ってたり。そう、かの眉村卓が書いた学園ものを思わせる、爽やかで切なく、だがサスペンスが効いた青春群像劇だ。

 やはり主役の守凪了子がいい。今どき映画監督だ。Youtuber じゃない。この、ちょっと古臭い、でも敢えて王道をまっすぐに行こうとする、真面目だけど熱意のある姿勢が、オジサンにはやたら可愛い。と同時に、ダラダラと過ごしてしまった自分の高校時代を、「もったいないことしたなあ」などと悔やんでみたり。じゃ、やりなおしたいか、というと…

 まあいい。ゼーガペインは、守凪の幼馴染である十凍・上腕二頭筋・京を中心に物語が進んだ。サンライズらしいヒーローで、先頭を突っ走るタイプだ。本作の守凪は、ちょっと違う。何せ目指すは映画監督だ。チームを率いなきゃいけない。今まではほぼ独力でやってきたが、これからはチームを動かす必要がある。

 彼女が映画研究部のメンバーを集め、守凪組へとチームに仕立ててゆく過程も、目標へと向け成長しようとする彼女の若さがほとばしる。それを強く感じるのが、三年の飛山千帆を脚本家として引っ張る場面。千帆の卓越した才能は認めるものの、映画人としてはどうしても妬みを感じてしまう。そこをどう乗り越えるか。

 ここの記述はアッサリしているけど、守凪の納得の仕方に、彼女の若さをつくづく感じるのだ。自分の将来像をしっかりと持っていて、今後の己の成長を信じて疑わない姿勢。そうなんだよなあ、いいいなあ、若いって。

 その飛山千帆と因縁を抱えた二年の深谷天音は、ガジェット担当の理系少女。彼女の作るガジェット、特にドローンが、本作では大活躍する。言われてみれば確かに、ドローンの活用が進めば映画の撮影は大きく変わっていくだろう。それは単に様々なアングルで撮れるってだけじゃない。

 特に感心したのは、謎のDVDを巡り守凪と話し合う場面。ここでは、今後のドローン・カメラが克服すべき問題点の指摘に加え、ちょっとヤバさを抱えた可能性も示唆していたり。機能としては嬉しいんだが、そこを自動化するのが果たして良いのかどうか。でも執筆アプリは欲しいなあ。語彙に乏しい私には有難いことこの上ない。

 などの小技に感心しているうち、次第にゼーガペイン世界が物語に侵入してくる。ここで舌を巻いたのが、守凪が映画監督を目指すという、この作品の骨組みだ。守凪が映画を撮ることに、ゼーガペインならではの意味と強いメッセージが関わってくる。それも、幾つものレイヤーで。ヒトによる創作物であること、それが映画であること、映画製作は何人もが関わるチームであること、そしてそれを守凪が率いること。

 花澤香菜の解説も、彼女の肉声が聞こえるような生々しさがある。と同時に、ゼーガペイン世界の、苛烈なまでの厳しさを改めて突きつけてきて、そこで生き映画を撮ろうとする守凪の姿の眩しさが増す。そして脳裏に、あの傑作コピーが蘇るのだ。

消されるな、この想い
忘れるな、我が痛み

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2019年11月15日 (金)

アニー・ジェイコブセン「アメリカ超能力研究の真実 国家機密プログラムの全貌」太田出版 加藤万里子訳

第二次世界大戦終結から数年後、アメリカ政府は超常現象が軍事と諜報の効果的なツールになると考え、秘密作戦に利用する道を探りはじめた。本書は、その取り組みと現代までの軌跡を明らかにする。
  ――プロローグ

ナチス国外諜報局局長ヴァルター・シェレンベルク親衛隊少将「神秘主義信仰は、政治思想の普及と国民の政治的支配にぴったりの手段である」
  ――第1章 スーパーナチュラル

ガマル・アブデル・ナセル・エジプト大統領が「たった今死んだか、もうじき死ぬ」
  ――第6章 ユリ・ゲラーの謎

ESPと超心理学に対する明確な意見は、たいていの場合、深い個人的信念に根ざしている。
  ――第14章 サイキック兵士

陸軍科学委員会の科学者は、このころまでに軍事機関が直面する「重要な課題」を特定していた。それは、機械が賢くなっているのに人間が進歩していないことだった。
  ――第17章 意識

「それってまるでアカシック・レコードじゃないか」
  ――第19章 第三の目を持つ女

(ユリ・)ゲラーは、アル・ゴアの自宅を訪れ、いつか大統領に選出されると告げたことを覚えているという。
  ――第20章 ひとつの時代の終わり

アメリカ政府の23年に及ぶ超感覚的知覚(ESP)とサイコキネシス(PK)研究の歴史の終わりは、1991年11月19日、AP通信が「国連のイラク兵器施設発見にサイキック企業が協力」という見出しの三段記事を掲載したときにはじまった。
  ――第23章 崩壊

1975年、CIAは次のように結論づけた。「ESPはまれにしか現れず、確実性に欠けるものの、信頼できる数々の確かな実験証拠により、本物の現象として存在すると認めざるを得ない」
  ――第23章 直感、予感、合成テレパシー

2014年、海軍研究所(ONR)は海軍軍人と海兵隊員のために、285万ドルをかけてスパイディー・センスという予感と直感を探求する四年間の研究プログラムに着手した。
  ――第23章 直感、予感、合成テレパシー

【どんな本?】

 テレパシー,透視,予知,念動力,ダウジング。多くの科学者や数人のマジシャンは徹底的に否定するが、固く信じるものは後を絶たない。ばかりか、アメリカ合衆国では軍や情報機関が国家の予算を投じて研究し、時として実際に応用してきた。

 本書は、2017年に公開されたCIAの文書を中心に、情報公開法に基づき入手した合衆国国防総省や陸海空軍の文書、そしてこの研究に携わった研究者や超能力者などの直接取材を元に、合衆国における超能力研究の実態を明らかにしようとするものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PHENOMENA : The Secret History of the U.S. Government's Investigations into Extrasensory Perception and Psychokinesis, by Annie Jacobsen, 2017。日本語版は2018年3月20日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約508頁に加え、訳者あとがき5頁。10ポイント45字×17行×508頁=約388,620字、400字詰め原稿用紙で約972枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ、多くの人物が出てくるので、できれば人名索引が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

  • プロローグ
  • 第1部 初期
  • 第1章 スーパーナチュラル
  • 第2章 プハーリッチ理論
  • 第3章 懐疑論者とペテン師とアメリカ陸軍
  • 第4章 疑似科学
  • 第5章 ソ連の脅威
  • 第2部 CIAの時代
  • 第6章 ユリ・ゲラーの謎
  • 第7章 月面に立った男
  • 第8章 物理学者と超能力者
  • 第9章 懐疑論者対CIA
  • 第10章 遠隔視
  • 第11章 無意識
  • 第12章 潜水艦
  • 第3部 国防総省の時代
  • 第13章 超物理学
  • 第14章 サイキック兵士
  • 第15章 気功と銭学森の謎
  • 第16章 殺人者と誘拐犯
  • 第17章 意識
  • 第18章 サイキック・トレーニング
  • 第19章 第三の目を持つ女
  • 第20章 ひとつの時代の終わり
  • 第21章 人質と麻薬
  • 第22章 崩壊
  • 第4部 現代
  • 第23章 直感、予感、合成テレパシー
  • 第24章 科学者と懐疑論者
  • 第25章 サイキックと宇宙飛行士
  •  訳者あとがき
  •  取材協力者と参考文献

【感想は?】

 日本版の書名が内容をズバリと表している。まさしく、合衆国による超能力研究のドキュメンタリーだ。それも、軍が正式な予算をつけ、組織だって行った。

 超能力に対し、人は二つの側に分かれる。信じる人=ヒツジと、信じない人=ヤギだ。読者の姿勢により、本書の評価は分かれるだろう。

超常現象研究の世界は「肯定と否定のふたつの反応から成り立っており、その中間はほとんどない」。(略)
超常現象を肯定するデータの支持者には、「“転向”経験がある者が多い。彼らは、たった一回の“説明がつかない成功によってその現象が本物だと信じ込む”ことになった」
  ――第10章 遠隔視

 著者はヒツジに近い。「エリア51」も、緻密な調査で驚きの事実を明らかにしつつ、最後でヤバい方向に走っちゃったし。もっとも、私がヤギだから、そう感じるのかもしれない。とはいえ、ヒツジよりの立場だからこそ、書けた本でもある。

 冒頭から、有無で簡単には割り切れないのだ、と思い知らされるエピソードが出てくる。ルドルフ・ヘスの渡英(→Wikipedia)事件だ。2002年、この事件の背景をBBCがスッパ抜く。これはイギリスの諜報機関の仕掛けだ、と。有名な占星術師を使い、ドイツの信者に偽のホロスコープを渡して、ヘスと取り巻きをそそのかしたのだ。

 もっとも、肝心の占星術師は黙秘を続け、BBCにリークした者も沈黙を守っているため、真偽は不明なんだけど。この本は、そういう「実際は判らない」ネタも多い。その代表が、かの有名なユリ・ゲラーだ。彼には「モサドでは?」との噂がある。著者も本人に訊ねているんだが、ハッキリとは答えない。当然だよね。スパイが身元を明かすワケないし。とはいえ…

ユリ・ゲラー「アラブ・レストラン。弁護士や娘のところ。私はどこへでも行けるんだ。誰にも疑われずにね。完璧な隠れ蓑だよ。私はただのスプーン曲げの男なんだ」
  ――第25章 サイキックと宇宙飛行士

 とか言われると、「もしや…」と考えてしまう。隻眼の英雄モシェ・ダヤン(→Wikipedia)や当時の首相のベンヤミン・ネタニヤフとも親しいし。つかモシェ・ダヤン、なんちゅうヤバい趣味してんだw

 肝心のアメリカが本気になったのは、1970年代初頭だ。きっかけは、ソ連がソッチの研究に本腰を入れている、との報告が入ったため。ソ連もかなり無茶やってて、モスクワの合衆国大使館にマイクロ波を浴びせたりしてる。また1983年には、やはりモスクワの合衆国大使館新築に当たり…

ソ連は(モスクワのアメリカ大使館建設用の)プレキャスト・ブロックのなかにセンサーを埋めこんでいただけでなく、コンクリートにゴミを混ぜこんで、ゴミのあいだのハイテク・センサーが特定できないようにしていたのだ。
  ――第18章 サイキック・トレーニング

 なんちゅうか、油断もスキもありゃしない。もっとも、そのネタを掴んで、建材を調べるCIAも凄いけど。

私も若い頃、模様替え中の某国大使館に入った事がある。建材関係の業者で人足のバイトをしてて、納品しに行ったのだ。改めて考えると、バイトや職人を装えば、潜り込むのは意外と簡単なのかも。

 などの諜報関係の真面目なネタも面白いが、やはり本題は合衆国内の超能力研究・利用の実態を暴くところ。最も熱心にやっていたのは、陸軍の情報保全コマンド=INSCOMだろう。軍全体、特に上層部ではヤギが多いようだが、大きな組織になればヒツジも混じる。そういう人が、こういう組織に惹きつけられるんですね。

 その代表がアンジェラ・デラフィオラ。「私はサイキックなの」と自信満々に語る彼女、元は情報アナリストとして陸軍情報部に務めていた。ただし身分は民間人。そこで陸軍内の超能力系セミナーの話を聞きつけ、強引な手口でセミナーに参加し、優れた才覚を表す。

 彼女が主に行っていたのは、リモート・ビューイング、透視だ。例えば誘拐された人物を指定し、どんな所にいるかを尋ねると、「水の上」などのヒントが出てくる。または現場の風景などだ。広い草原とか、大きな機械とか。

 そういった所は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」的な胡散臭さが漂ってて、なかなか楽しい。加えてヒツジの中でも、「普通の人も鍛えればなんとかなる」派と「生まれつきの才能で決まる」派が睨み合ってたり、キリスト教原理主義団体がリモート・ビューイングを「悪魔の所業」と非難したりと、ソッチの派閥の関係が見えるのも面白い。

 現象の原因を巡っても、厨二病が完治していない者にとっては、美味しいネタが入ってる。第三の目やアカシック・レコードやアストラル界なんてのもあれば、昔は電磁波だったのが最近は量子エンタングルメントに変わったりと、ネタの傾向が見えてきてニヤニヤしたり。ただ、サイコップ(→Wikipedia)などヤギにはいささか辛口なのが、ちと納得いかないけど。

 怪しげなシロモノを、至極真面目な組織が、至極真面目に研究した実態を、少しも茶化さず至極真面目に取材したドキュメンタリー。ではあるんだけど、陸軍のおかたい軍人さんがニューエイジ風のモンロー研究所で修行する風景には、ちょっと笑っちゃったり。そういう、堅さと怪しさのミスマッチが楽しい本だった。また、オルダス・ハクスリーとカール・ユングの登場も嬉しかった。やはりユングはヤバい人だったなあ。ヴォルフガング・パウリまで巻き込んだのはアレだが。

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【どうでもいい話】

 すんげえ久しぶりに献血してきた。あのポスター騒動で献血に興味を持ってた時に、勢いのいい呼び込みが聞こえてきて、ついフラフラと。いろいろな意見があるけど、騒ぎのせいで献血する奴が、少なくとも一人はいたわけで、だとすると騒ぎにも意味はあったのかも。

 あと、ロバート・ T・キャロル 「懐疑論者の事典」ってのが面白そう。

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2019年11月12日 (火)

小野不由美「白銀の墟 玄の月 1~4」新潮文庫

「心からお帰りをお待ちしておりました……!」
  ――1巻p52

「…私は結局のところ、天意の器にすぎない。私が選ぶのではありません。天が選ぶのです」
  ――2巻p25

「どちらを主と呼ぶかは、私が決めます。それで良ければ」
  ――2巻p218

「せめて台輔を」
  ――2巻p405

「…わたしはこの世界と王の関係に興味があるんだ。何が起こればどうなるのか、それが知りたい」
  ――3巻p73

「民が保身を考えてはいけないのか?」
  ――3巻p96

――ついに翼を手に入れた。
  ――4巻p33

【どんな本?】

 前史「魔性の子」から本編「月の影 影の海」へと続き、「黄昏の岸 暁の天」で物語はピタリと止まり、その後に幾つかの短編集はあったものの、世界全体の行方は知れず、多くのファンをヤキモキさせてきた長編ファンタジイ・シリーズ十二国記、待望の新長編。

 戴国は荒れていた。王の驍宗は消息を絶つ。しかし王の逝去を告げる白雉は鳴いていない。では驍宗は生きているのか? この時、戴麒もまた蓬莱へと流されてしまった。そして六年。戴国の将、李斎の努力が実り、慶国や雁国の協力を得て、戴麒は蓬莱より戻った。しかし戴麒は角を失うと共に麒麟の力も失せ、変化もできず、王気を感じる能力も失った。

 戴国では阿選が王として君臨し、反対派をことごとく弾圧する。しかし国を治めようとはせず、里は荒れ民は飢え、妖魔の徘徊も始まった。

 荒れた戴国に戻った戴麒と李斎は、驍宗を求め旅を続けるが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1・2巻は2019年10月12日発行、3・4巻は2019年11月9日発行。文庫で全4巻、縦一段組みでそれぞれ本文約369頁+412頁+367頁+426頁=約1,574頁に加え、末國善己による解説10頁。9ポイント39字×17行×(369頁+412頁+367頁+426頁)=約1,043,562字、400字詰め原稿用紙で約2,609枚。文庫の4巻としてはやや厚め。

 舞台が産業革命前の中国風のファンタジイのため、やたら画数の多い漢字が多いが、要所要所にルビがふってあるため、見た目より遥かに読みやすい。長いシリーズ物のため設定も込み入っているが、大事な設定は改めて説明が入るので、ここから読んでもなんとか理解はできる。

 が、その背景にある人物のドラマは、この作品だけだとイマイチ伝わり切れない。できればシリーズを通して読んでほしい。とはいえ、どこから読み始めるのがベストかは、ファンの間でも(少なくとも)三派に分かれるからややこしい。

  1. 「魔性の子」:刊行順派その1。一言でいうと「俺に触れると火傷するぜ」。本作の主人公、高里=戴麒が主人公。ただし、本シリーズの中華風ファンタジイではなく、現代日本を舞台としたホラーだ。そのため、外伝的な色合いが強い。また、オチが本シリーズの設定に深く関わっているが、あまり説明がないので、知らない人はかなり戸惑いそう。
  2. 「月の影 影の海」:刊行順派その2。簡単に説明すると「JKヨーコは異世界でホームレスになった」。十二国記がハッキリとシリーズになった作品。TVアニメにもなったので、ここから手に取る人も多い。ただ、上巻はひたすら鬱展開が続くので、気の短い人は途中で放り出したくなるかも。とまれ、シリーズ通しての主人公ともいえる人物が主役を務め、また世界設定も親切に説明している点でポイントが高い。
  3. 「図南の翼」:初心者には親切に派。サブタイトルをつけるなら「恭の使い魔」。外伝的な位置づけの作品だが、とっつきやすさはピカ一。賢く気が強い少女が、王の座を目指し化け物のウロつく荒野を旅する話。全編を通してアクションが多く、また主人公の性格もあり、明るい雰囲気でお話はポンポンと心地よく進む。加えて本シリーズの重要な設定も親切に説明しているのが嬉しい。

 ちなみに私は「図南の翼」派。お断りしておくが私がロリコンだからじゃないぞ、違うったら。いや珠晶は好きだけど。

【感想は?】

 いやホント、ずっと待ってました。半ばあきらめかけてたけど。

 元は少女を主な顧客に見据えた講談社ホワイトハートで始まったシリーズだ。それが講談社文庫に移り、更に新潮文庫に移籍しての再スタート。しかも豪華四巻だ。そりゃ期待する。

 結果として、移籍してよかったと思う。もともとこのシリーズの長編は、「月の影 影の海」から、お話の前半は鬱展開が長く続く。それは本作も同じ、いやそれ以上で、李斎と戴麒が驍宗を探す旅は、なかなか実を結ばない。

 この展開が気の短い若い人には向かないだろう、ってのが、移籍を喜ぶ理由の一つ。だが、それ以上に、李斎たちが旅の途中で出会う人々の姿こそが、この作品の前半の目玉だろう。

 李斎は将軍で、戴麒は麒麟。いずれも高い地位にある貴人だ。しかし、道中で彼らが出会うのは、私たちと同じ市井の人たちである。例えば最初に出てくる園糸。元はただの村人だ。だが謀反人を匿ったとして里を焼かれ、家も家族も失い、幼い子供を抱えて浮浪者として彷徨う羽目になった女。

 彼女には何の罪もない。巻き添えで全てを失った。かといって誰かが助けてくれるわけじゃない。王座をめぐるゴタゴタで国は機能していない。それでも生きていかなきゃいけない。だから半端仕事で食いつなぎ、仕事がなくなれば次の里へ行く。その里だってカツカツだ。余計な余所者に食わす分はない。

 こんな事態を、更に悪くしている者の代表が土匪で、その代表が朽銭。もともと、彼らは鉱山を仕切っていた。ところが鉱山が枯れ、商売にならなくなる。そこで里を襲い、金品を奪って食いつなぐ。要は山賊やヤクザだね。彼らにしても、元は園糸みたいなホームレスだったりする。まっとうな生き方を追われ、たまたま腕っぷしが強かったために土匪になった者たちだ。

 そんな物騒な奴が出没するから、里も余所者を怪しむ。そのため園糸は里に入れず、仕事どころか宿にすらありつけなかったりする。

 国が荒れ政(まつりごと)が誤っているから、園糸のような者が出る。土匪にしても、軍が討伐すれば被害は減るんだが、その軍もロクに機能していない、どころか玉座争いで里を焼き払う始末。

 そこで国を立て直し再興しようとするのが李斎たちだ。しかし、今を生きるのが精いっぱいの園糸や朽銭らとは、目線がまったく違う。

 この目線の違いが、この作品では何度も繰り返される。私が最初に痛感したのが1巻の110頁、項梁が李斎と共に旅立つ場面。大きな目的に向かう者と、とりあえず今日の命をつなぐことに必死な者。けど、国が国として成り立つためには、どちらも必要なのだ。

 若い頃の私だったら、李斎たちに肩入れしただろう。でも今は園糸の気持ちが痛いほどよくわかる。いやもう、それでもヤケを起こさず、まっとうに生きてるだけで立派だよ、園糸。

 対して、組織に務める者の悲哀をしみじみ感じるのが、簒奪者である阿選側のパート。

 こちらは典型的な「お役所」を、更にデフォルメした感じに仕上がっている。いろいろと事情があって、各役人は、自分の周りの事しかわからない。上位の者の権限が必要になって、そう報告しても、やたら動きが鈍い。というか、全く動かない。でも命令は降ってくる。典型的な縦割り行政、または大企業病だ。

 あなた、そんな経験ありませんか? まさか中華風ファンタジイで勤め人の悲哀を実感するとはw そうか、スルーするには「聞いた」とだけ答えればいいのか←違う

 と、そんな風に、齢経て仕事や暮らしで経験を積んだオッサンオバサンだからこそ楽しめる場面がやたらと多いのだ。広い年齢層を対象とした新潮文庫に移籍してよかった、と思う最大の理由が、これ。

 とかの魅力に加え、道観だの神農だのと、国家とは別の次元で成り立つ組織や社会が見えてくるのも、この作品の面白いところ。なにせハイ・ファンタジイだ。この現実とは違う世界を、いかにもありそうに描き出すのも、こういった物語の欠かせない魅力の一つ。

 ここでは中華風ならではの特色が活きている。西洋風だと中央集権的な一枚岩の教会組織が牛耳りがちなんだが、中華風だと怪しげな宗派が乱立してても「さもありなん」と思えてくる。この組織の拡がり方・根の張り方が、当たり前ながら国家組織とは全く違う形で、作品世界をもう一段深くかつ強健にしている。こんな風に、世界の解像度が増してくるのも、ハイ・ファンタジイの魅力だろう。

 にしても、戴がコレなら、他の国もいろいろありそう…とか考えると、妄想が止まらなくなるから困るんだよな、こういう長期シリーズはw

 驍宗失踪の真相は? 王を失った戴の現状は? なぜ阿選は暴挙に出たのか? 角を失った戴麒は麒麟であり得るのか? そして戴麒と李斎の悲願は成るのか? 首を長くして待ったファンがやっと報われる、感動の巨編だ。

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2019年11月 7日 (木)

高野史緒編「21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作選 時間は誰も待ってくれない」東京創元社

「私はこんなに老けて、こんなに孤独で、こんなに疲れて……」
  ――オナ・フランツ「私と犬」

「現実に人間にしてもそうたくさんのタイプがあるわけではありませんよ」
  ――ロクサーナ・ブルンチェアヌ 「女性成功者」

テレビの背面カバーのネジを外そうとしてもつれた配線に指で触れる時、転がった鉛筆を拾おうとベッドの下にもぐり込もうとする時、私たちが姿を現すのは謎の洞窟のなかなのだ。
  ――ミハル・アイヴァス「もうひとつの街」

世界の終わりは日曜日の正午に始まった。
  ――シチェファン・フスリツァ「カウントダウン」

首都の名門銀行の上級顧問、ホートーニン氏は、列車の中で神と出会った。
  ――ゾラン・ジヴコヴィッチ「列車」

【どんな本?】

 東欧のSF作家というと、チェコのカレル・チャペックやポーランドのスタニスワフ・レムが思い浮かぶ。チャペックは大戦間の人だし、レムは冷戦期の人だ。その東欧は1989年のベルリンの壁崩壊以降、大きく変わった。と同時に、冷戦前から受け継いできた文化も再び芽を出し始めている。

 その東欧(とロシア)における、ファンタスチカの概念は広い。序文によると、「SF・ファンタジー・歴史改変小説・幻想文学・ホラー等を包括したジャンル」である。

 50年代アメリカSFを思わせるおおらかなアイデア・ストーリー,ヒネリの利いた短編の佳作,現代の問題を扱う生々しい作品,激動の歴史を感じさせる短編など、バラエティ豊かな東欧ファンタスチカの世界を紹介する、贅沢な作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011海外篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約272頁に加え、沼野允義による解説「東欧の『幽霊』には足がある? 見えざる『もう一つのヨーロッパ』の幻想の正体を探る」12頁+編者あとがき5頁。9ポイント43字×19行×272頁=約222,224字、400字詰め原稿用紙で約556枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 お堅い文章を覚悟していたのだが、意外と軽快でノリのいい作品も多い。全般的にサイエンス・フィクションは少なく、ユーモラスな社会批評や幻想的なホラーが中心なので、理科が苦手でも大丈夫。むしろ歴史や地理の知識があると、より深く味わえる作品が多い。

【収録作は?】

  国ごとに1~2頁の解説が。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 著者名 / 作品名 / 訳者 / 初出年 の順。

序文 ツァーリとカイザーの狭間で 高野史緒
<オーストリア>
ヘルムート・W・モンマース / ハーベムス・パーパム(新教皇万歳) / Helmuth W. mommers / Habemus Papam / 識名章喜訳 / 2005
 2866年。ローマ教皇ベテディクト17世死去に伴う教皇選出会議は難航していた。ヴァチカンには179名の枢機卿が集い、既に28回の選挙が行われたが、まだ白い煙はあがらない。人類の宇宙進出に伴い、ローマ・カトリックも宇宙へと版図を広げ、そればかりか…
 宇宙時代のローマ・カトリックはどうなるのか? 1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかながらSFらしい視点でチクリと風刺を利かせた作品。世の中が変わり、ローマ・カトリック信徒の範囲が広がれば、聖職者のメンバーも変わってくる。それも面白いが、敢えて変えない部分も面白かったり。
<ルーマニア>
オナ・フランツ / 私と犬 / Ona Franz / Eu și un cîine / 住谷春也訳 / 2005
 息子を安楽死させた三日後、安楽死禁止法が出た。妻は既に亡く、私は猫と共に一人で暮らし始める。火星で最初のコロニーの建設が始まったとニュースが報じている。医学では、最悪の病気を早期に犬が嗅ぎつける技術が完成した。私は今までどおり仕事を続けた。そして月日は過ぎ…
 髪が抜け始めたオッサンには身に染みる作品。ロボットなどの細部はやや古めかしい感はあるが、それが逆に切ない気分を盛り上げる。老いて何かと利かなくなる自分の体、それに比べて便利になり機能が増える身のまわりの品々。特に不満を持つでもなく、静かに日々の暮らしを続ける一人暮らしの男。犬との淡い交流が、読了後にささやかな余韻を残す。
ロクサーナ・ブルンチェアヌ / 女性成功者 / Roxana Brincoveanu / O femeie de succcess / 住谷春也訳 / 2005
 建築家として華々しく成功した女は、夫を買うことにする。欲しいのは仕事で役に立つロボットじゃない。人生の伴侶だ。大会社の有名モデルじゃ誰かとカブりいかねない。そこで無名の会社を選んだ。テクニカル・チームの細かい質問に答え、何日かして再び訪れると、夫が私に永遠の愛を誓ってくれた。
 これまた1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかなアイデア・ストーリー。加えてこの作品は、かなり高ピーでお喋りな女の語りが巧くハマり、テンポのいい文章に乗せて物語がポンポンと心地よく進んでゆく…と思ったら、こうきたか。このオチもまた、フレドリック・ブラウンや草上仁みたいな味がする。
<ベラルーシ>
アンドレイ・フェダレンカ / ブリャハ / Андрэй Федарэнка / Бляха / 越野剛訳 / 1992
 チェルノブイリ事故のあと、村から人がどんどん出ていく。残ったのは村一番の顔役だった爺さん夫婦、年寄りの准医師、そしてうすのろでろくでなしでのんだくれのブリャハだけ。元顔役の爺さんは、豚の解体を手伝ってくれとブリャハに頼みにきた。
 非SF。チェルノブイリ事故のあと、地元に残った人たちの物語。今更 Google Map で調べたら、チェルノブイリはウクライナ北端でベラルーシの国境近くなんだね。立入禁止地区に「ゾーン」なんてルビがついてると、ストルガツキー兄弟の名作「ストーカー」を思い出すんだが、そういう連中はチェルノブイリにも徘徊してて…。
<チェコ>
ミハル・アイヴァス / もうひとつの街 / Michal Ajvaz / Druhé město / 阿部賢一訳 / 1993, 2005
 私たちの街より古く、だが私たちが何も知らない世界。それは小さなひび割れなどの向こうに広がっている。<私>はその存在に気づき、しるしを求めてプラハの街を探して歩きまわる。その朝、向かったのはポホジェレッツ。しばらくすれば観光客でいっぱいになるだろうが、今は誰もいない。開いているビストロに入ると…
 長編の抜粋。幼いころ、熱を出して寝込んでいた時、天井の木目模様が様々なモノに見えた。そんな感覚が蘇ってくる、不気味な雰囲気に溢れた作品。チャイナ・ミエヴィルの「都市と都市」も二重都市を扱った作品だが、いずれの都市も人間の領分だった。だがこの作品の「街」は、もっと物騒で禍々しい。
<スロヴァキア>
シチェファン・フスリツァ / カウントダウン / Štefan Huslica / Odpo č ítavanie / 木村英明訳 / 2003
 ヨーロッパの十数カ所の原子力発電所が同時に襲われた。犯行グループは民主主義急進派。中国共産党体制に対し、民主主義のために戦争を布告せよ、さもなくば原子炉を爆破する、と。EUは平和的な解決を打診するが、犯行グループは一歩も譲らない。
 今世紀に入ってから中国の経済成長は著しいだけに、発表当時とは作品の印象が大きく変わっているんだろう。だが、中国が共産党の一党独裁なのは変わりないわけで、私たちのオツムは結構いいかげんなモンだと改めて考え込んでしまう。そんな状況で普通の市民に何ができるのか、というと…
シチェファン・フスリツァ / 三つの色 / Štefan Huslica / Tri Farby / 木村英明訳 / 1996
 ハンガリーとスロヴァキアの対立は市民戦争となり、町が戦場に変わった。街角では国連軍や赤十字、そしてCNNを見かける。
 スロヴァキアの国旗は白・赤・青、ハンガリーの国旗は赤・白・緑。なぜ戦争になったのかは語らず、市街の様子を突き放した文体で描いてゆく。「ボスニア内戦」や「セカンドハンドの時代」を読むと、社会ってのは意外と簡単にこういう事態に陥ってしまうような気がしてくる。
<ポーランド>
ミハウ・ストゥドニャレク / 時間は誰も待ってくれない / Michal Studniarek / Czas nie czeka na nikogo / 小椋彩訳 / 2009
 僕が幼いころ、祖父はよく若い頃の話をしてくれた。ワルシャワのシェンナ通りにある、レンガ造りのアパートでの暮らしを。祖父の誕生日に、シェンナのアパートの写真か絵葉書を送ろうと考えた僕は、骨董品店を訪ね歩く。<ヴィエフの店>を紹介された僕は、ハロウィーンの日に彼と待ち合わせ…
 第二次世界大戦でドイツはポーランドを占領、ソ連へと進撃するが、やがてソ連に押し返される。赤軍が目前に迫った時、ポーランド国内軍は蜂起し拳銃と火炎瓶でドイツ軍に立ち向かうが、赤軍は足を止める。国内軍はドイツ軍に蹂躙され、ワルシャワは瓦礫の山と化す(→「ワルシャワ蜂起1944」)。そんなワケで、戦前のワルシャワの写真や絵葉書は、ワルシャワっ子には特別な意味があるのだ。
 ハロウィーンは、日本だとお盆にあたるだろうか。いや季節は全く違うけど、雰囲気的に。東京の下町や広島に住んでいた人なら、より深く味わえる作品だと思う。
<旧東ドイツ>
アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー / 労働者階級の手にあるインターネット / Angela & Karlheinz Steinmüller / Das Internetz in den Händen der Arbeiterklasse - Ein Begebnis aus dem jahr 1997 / 西塔玲司訳 / 2003
 ヴァルター・アダムチクは東欧崩壊の直前に西へ亡命し、今は遠隔医療の専門家として研究所で働いている。その日、ヴァルターに妙な電子メールが届いた。送信者はヴァルター本人、ただしアドレスは東独の科学アカデミーの研究所。イタズラかと思ったが…
 シュタージ=国家公安局やIM=民間諜報協力者=チクリ屋といった言葉から、東独時代の重苦しい気配が伝わってくると共に、その時代に生きたヴァルターの心には、今も冗談では済ましきれないモノが残っているのがわかる。実は自分のメールアドレスから来る迷惑メールって手口は既にあって(→脅迫スパム)、現実がSFを超えてしまった。ちなみに特撮ファンには嬉しいクスグリもあります。
<ハンガリー>
ダルヴァシ・ラースロー / 盛雲、庭園に隠れる者 / Darvasi László / Sen-Jün, a kertrejtőző / 鵜戸聡訳 / 2002
 千年も続いたと言われる竜たちの戦場を、公の家祖たちは清朝庭園に仕立てた。若き君主は庭園を愛で、自ら草を抜き枝を剪り手入れに勤しんだ。そこに盛雲と名乗る男が訪れてくる。面相は間抜けで体臭はきつい。不遜にもこう述べる。自分は清朝庭園に隠れ、公が一日かけても見つけ出せないだろう。
 編者の解説によると、ハンガリー文学には「中国もの」というサブジャンルがあるとか。確かにちょっと聊斎志異っぽい雰囲気はある。改めて考えると、いい歳こいた野郎二人が、必死になってかくれんぼするってだけの話なんだが、そこまで意地になるかw
<ラトヴィア>
ヤーニス・エインフェルズ / アスコルディーネの愛 ダウガワ河幻想 / Jānis Einfelds / ASKOLDĪNE / 黒沢歩訳 / 2009
 ダウガワ河の川岸に人が集まり、大笑いしている。人の群れをかきわけて川を見ると、不思議な幻が見えた。二本マストの船が大きな波に揺れている。ブリッジやデッキには、酔った水夫や士官がよろめいている。一人、美しい娘がいたが、引き立てられてどこかに閉じ込められてしまった。
 ダウガワ河と美しい娘と船が登場する、メルヘンっぽい話の断片が続く。それぞれの話は少しづつ重なり合い、だが微妙に違っている。どの話もバルト海にそそぐ川に相応しく、冷たく残酷で荒々しい。
<セルビア>
ゾラン・ジヴコヴィッチ / 列車 / Zoran Živković / Voz / 山崎信一訳 / 2005
 銀行で上級顧問を務めるホートーニン氏は、列車のコンパートメントで神と出会った。退役軍人のように見える神は、ホートーニン氏に告げる。「どんな質問にも答える、見返りは求めない」と。
 「神です」には笑ったw 全知全能の存在に対し、何を尋ねるべきか。宇宙の成り立ちやリーマン予想とかカッコつけたいところだが、きっと答えを聞いても私には理解できないだろうなあ。リーマン予想に至っては問題すら理解できないし。やっぱりホートーニン氏みたいな問いになるんだろうけど、なんちゅうオチだw
解説:東欧の「幽霊」には足がある? 見えざる「もう一つのヨーロッパ」の幻想の正体を探る:沼野允義
編者あとがき:高野史緒

 軽妙な「ハーベムス・パーパム」「女性成功者」「列車」や、不気味な「もうひとつの街」は、私のような古いSF者には妙な懐かしさを感じる。「私と犬」の、しみじみとした情感も心地いい。中でも最も気に入ったのは、書名にもなっている「時間は誰も待ってくれない」。東京の下町を舞台にして翻案したら、多くの日本人を泣かせるんじゃなかろか。

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2019年11月 5日 (火)

モート・ローゼンブラム「チョコレート 甘美な宝石の光と影」河出書房新社 小梨直訳

世界におけるカカオの栽培総面積は約千五百万エーカー(約600万ヘクタール)。その九割が12エーカー(約5ヘクタール)に満たない土地で、人手を雇うにしてもごくわずかという家族経営の農園である。
  ――第1章 神々の朝

ジャック・ジェナン「チョコレートは生ものだから(略)すぐに食べないとだめなんだ」
  ――第2章 ショコラ その魅力にとりつかれた人々

テオブロマ・カカオの種としての原産地は、推測に頼るしかない。原産地は南アメリカのアマゾン川流域――オリノコ川とアマゾン川に挟まれたあたりだろうとされている。
  ――第3章 種の起源 チョコレートの誕生と進化

もっとも条件のよいときでさえ、コートジボワールのカカオ農民は、最終的に小売店に売られるチョコレートからもたらされるカカオ1ポンドあたりの価格の1/100足らずしか、収入として得ることができない。
  ――第6章 チョコレート海岸

本物のチョコレートは三つの材料、すなわちカカオマス、ココアバター、砂糖からつくられる。そこに乳化剤としてよくつかわれる大豆レシチンを微量加えても、味はほとんど変わらない。そして、貴重なココアバターは化粧品の世界での需要が非常に多い。
  ――第9章 フランスの名ショコラティエ

ベルギー王国には現在、手づくりの工房と工場生産のメーカー合わせて約五百のチョコレート会社がある
  ――第10章 ベルギー ホビットのチョコレート

だれがどこのスーパーマーケットへ行っても買える、いちばん値段が手頃なまともなチョコレート、それがリンツだと私は思う。
  ――第13章 伝統のスイスと新生ロシア

「ヌテッラは食べ物じゃない。薬、ヤクだよ、万能薬」
  ――第14章 ヌテッラをさがせ!

「…純粋なクリオロ種の木は、もうほとんど存在しない、どこにも」
  ――第16章 合衆国チョコレート革命の兵士たち

【どんな本?】

 みんな大好きチョコレート。カカオの苦味を活かしたダークチョコレート、甘くとろけるミルクチョコレート、フルーツやお酒を包んだボンボン、賛否両論が激しく交わされるミントチョコ。

 その原料であるカカオが南米出身なのは、広く知れ渡っている。だが、古の時代からその楽しみ方のバリエーションがどれほど豊かなのかは、あまり知られていない。

 そして現代、チョコレートの本場ヨーロッパでは、高級チョコレートの王座を争い、老舗のスイスと名声高いベルギーに対し、快楽の狩人フランスが激しく追い上げている。そしてハーシーとマーズの両巨頭が君臨するアメリカでも、革命が起こりつつある。

 現在のカカオの主な産出地であるアフリカ西海岸、古代の名残りを色濃く残すメキシコ、高名なショコラティエが腕を競うフランスとベルギー、そしてアメリカのハーシータウンと、チョコレートの名所を訪ね著者は世界中を飛び回る。

 チョコレートの歴史から製法、現代の流通ルート、しのぎをけずるショコラティエたちなどチョコレートに憑かれた者たちから、知られざる名店やニューフェイスなど高級チョコレートの紹介まで、チョコレートを愛する人たちに送る香り高いガイドブック。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CHOCOLATE : A Bittersweet Saga of Dark and Light, by Mort Rosenblum, 2005。日本語版は2009年1月30日初版発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約375頁に加え訳者あとがき5頁。9ポイント46字×19行×375頁=約328,624字、400字詰め原稿用紙で約822枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。敢えて言えば、世界中を飛び回る話なので、地図帳か Google Map があると便利かも。

【構成は?】

 第1章はチョコレートの原料から製法までが書いてあり、いわばチョコレート入門とでも言うべき内容なので、素直に最初に読もう。以降はほぼ独立しているので、美味しそうな所からつまみ食いしてもいい。

  • 第1章 神々の朝食
  • 第2章 ショコラ その魅力にとりつかれた人々
  • 第3章 種の起源 チョコレートの誕生と進化
  • 第4章 チョコレートと七面鳥
  • 第5章 ほろ苦い町ハーシータウン
  • 第6章 チョコレート海岸
  • 第7章 プリンシペ島のクラウディオ
  • 第8章 チョコレートの殿堂ヴァローナ
  • 第9章 フランスの名ショコラティエ
  • 第10章 ベルギー ホビットのチョコレート
  • 第11章 女王のお召し物 ゴディバ社の謎
  • 第12章 バラのクリームと代替油脂
  • 第13章 伝統のスイスと新生ロシア
  • 第14章 ヌテッラをさがせ!
  • 第15章 身も心も チョコレートは体にいい?
  • 第16章 合衆国チョコレート革命の兵士たち
  • 第17章 キャンプ・カカオ
  • 謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 ちょっと不安になってきた。果たして私は今までチョコレートを食べたことがあるのだろうか。

 もちろん、ロッテのガーナチョコレートや明治のミルクチョコレートは大好きだ。だが、本書が主に扱うのは、そういった量産品ではない。名のあるショコラティエ(チョコレート職人、→Wikipedia)が丹精込めて作った高級チョコレートだ。当然、甘いミルクチョコレートではなくカカオ成分が多いダークチョコレートが主役となる。きのこたけのことか言ってる場合じゃない。

 同じチョコレートを扱った本として「チョコレートの帝国」がある。こちらはアメリカでのハーシーとマーズの熾烈な戦いがメインテーマだったが、本書では第5章だけに押し込めてしまう。

 代わりに活躍するのが、フランスを中心にベルギー・イタリア・スイスそしてアメリカ合衆国で腕を競うショコラティエたちと、全天候レーダーよろしく美味しい高級チョコレートを目ざとく見つけるチョコレート鑑定人クロエ・ドゥートル=ルーセルだ。特にクロエの言葉は、世界中のチョコレート中毒者に対する有難い赦しをもたらす。

「(チョコレートを)食べるときには、自分を許さなきゃだめ」
  ――第2章 ショコラ その魅力にとりつかれた人々

 そんな著者とクロエによる高級チョコレートの定義は、チョコレートに対する私の常識を軽く吹き飛ばす。かのゴディバでさえ、11章では酷い扱いだ。にも関わらず売れるのは…

ゴディバには販売戦略担当者の発見した、ある秘密の法則があった――他のチョコレートより美しく見せれば高くても売れる。
  ――第11章 女王のお召し物 ゴディバ社の謎

 と、製品そのものより販売戦略の賜物とアッサリ切り捨てる。

ゴディバの名誉のために補足すると、少なくとも日本の販売店の店員は文句なしに一流だ。「たった今、場外馬券場で有金スってきました」的な風体で店を訪れた私に対し、完璧な笑顔で懇切丁寧に応対してくれた。ただし味は判らない。手土産として買ったので、私の口には入らなかったのだ。幸い、訪問先のご婦人方には口の肥えた方もいるのだが、土産の評判は良かった。

 その分、脚光を浴びるのは、主にフランスのショコラティエたち。中には政府から授与されるMOF=メイユール・ウヴリエ・ド・フランス=スランス最優秀職人の肩書を持つ人までいる。というか、フランスにはそんな制度があるのか。さすが美食の国フランスだ。しかも「フランスではロックスターや哲学者にも匹敵する存在」ってのにも驚く。奴ら本気だなあ。

 そんなショコラティエたちの店を訪ね歩く所では、ちょっとしたフランス旅行案内の感もある。必ずしも店がパリにあるわけじゃないし、パリでも大通りに派手な店を出してるわけでもない。いわゆる「隠れた名店」だ。これはベルギーも同じなので、あの辺に旅行に行くなら、詳しくメモしておくと同行者に通として威張れるかもしれない。

 どのショコラティエも新しい挑戦に余念がないが、同時に製造上の微妙な調整にも厳しく気を遣う。とはいえ、チョコレートの工程は様々だ。これは「パンの歴史」でもそうだった。小麦農家から直接に仕入れる人もいれば、製粉会社から仕入れる人もいる。チョコレートも同じで、大手のヴァローナ社(→ヴァローナジャポン)から仕入れる人もいれば、カカオ農園と契約する人もいる。終盤での農園の奪い合いなどは、ショコラティエたちの執念が伝わってくるのだが、思わず笑ってしまうのはなぜだろう。

 と書くと気取った話ばかりのようだが、チョコレートの道は広く豊かだ。第四章では古のアステカ時代の香りを伝えるチョコレート・モレを求め、いかにもメキシカンな家庭料理を堪能する。唐辛子とチョコレートって一見唐突な組み合わせのようだが、実は伝統的な味だったり。

 かと思えば第14章では罪深きヌテッラ(→Wikipedia)を巡り、世界中の家庭で繰り広げられる戦争をレポートしたり。うん、たしかにチョコレートを味わう時には自分を許さなきゃダメだ。

 などと、チョコレートの歴史からカカオの原産地の状況、製造・流通過程、量産型・専門店・地域密着型の意外なレシピ、世界中のショコラティエたちの挑戦、チョコレート産業が抱える問題から健康への影響など、チョコレートに関する色とりどりの話題が詰まった香り高い本だ。ただし読み終えたら近くの専門店に飛び込みたくなるのが難点かも。

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