2021年9月19日 (日)

市川哲史「いとしの21馬鹿たち どうしてプログレを好きになってしまったんだろう第二番」シンコーミュージックエンタテイメント

本書『いとしの21馬鹿たち どうしてプログレを好きになってしまったんだろう第二番』は、2016年12月に上梓した拙著『どうしてプログレを好きになってしまったんだろう』の続編になる。
まず最初に断っておくが、本書は明らかに前作ほどは面白くない。
  ――Walk On : 偉大なる詐欺師と詭弁家の、隠し事

メル・コリンズ「そもそも即興プレイヤーの俺に再現プレイなんて無理だから」
  ――§13 壊れかけの RADIO K.A.O.S.

【どんな本?】

 雑誌「ロッキング・オン」などで活躍した音楽評論家の市川哲史による、プログレ憑き物落とし第二弾。

 プログレッシヴ=進歩的というレッテルとは裏腹に、ポップ・ミュージックの世界にありながら半世紀以上も前の方法論で今なお矍鑠として音楽を続ける有象無象の老人たちの、群雄割拠と集合離散そして栄枯盛衰の裏側を赤裸々に描くプログレ・ゴシップ・エンタテインメント。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年6月17日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約468頁。9ポイント38字×18行×468頁=約320,112字、400字詰め原稿用紙で約801枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。

 クセの強い文章なので、好き嫌いがハッキリ別れるだろう…というか、好きな人しか読まないと思う。内容もお察しのとおり、わかる人にはわかるけど分からない人にはハナモゲラな文が延々と続く。ったって、どうせ分かる人しか読まないから問題ないよね。つまり、そういう趣味の本です。

【構成は?】

 各記事は独立しているので気になった所だけを読めばいい。

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  • Walk On : 偉大なる詐欺師と詭弁家の、隠し事
  • 第1章 Not So Young Person's Gude to 21st Century King Crimson(21世紀のキング・クリムゾンに馴染めない)旧世代への啓示
  • §1 ロバート・フリップが<中途半端>だった時代 キング・クリムゾン1997-2008
  • §2 どうして手キング・クリムゾンは大楽団になってしまったんだろう
  • 第2章 All in All We're Just Another Brick in the Wall ぼくらはみんな生きていた
  • §3 どうしてゴードン・ハスケルは迷惑がられたのだろう
  • §4 荒野の三詩人 だれかリチャード・パーマー=ジェイムズを知らないか
  • §5 「鍵盤は気楽な稼業ときたもんだ」(或るTK談)
  • §6 どうしてピーター・バンクスは再評価されないのだろう
  • §7 恩讐の彼方のヴァイオリン弾き プログレで人生を踏み誤った美少年
  • §8 <マイク・ラザフォード>という名の勝ち馬
  • 第3章 From the Endless River 彼岸でプログレ
  • §9 ジョン・ウェットンがもったいない
  • §10 我が心のキース・エマーソン 1990年の追憶
  • §11 ビリー・シャーウッドの「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」
  • 第4章 Parallels of Wonderous Stories 遥かなる悟りの境地
  • §12 ウォーターズ&ギルモアの「俺だけのピンク・フロイド」
  • §13 壊れかけの RADIO K.A.O.S.
  • 第5章 One of Release Days それゆけプログレタリアート
  • §14 吹けよDGM、呼べよPink Froyd Records
  • §15 地場産業としてのプログレッシヴ・ロック(埼玉県大里郡寄居町の巻)
  • ボーナス・トラック
  • §16 ロキシー・ミュージックはプログレだった(かもしれない)
  • 初出一覧

【感想は?】

 いきなりの二番煎じ宣言w 書き出しがソレってどうよw いや正直でいいけど。

 それに続けて「もう、みんなこんな齢なんだぜ」と数字つきで見せつけるのは勘弁してほしい。当然、読んでる私たちも似たような齢ななわけで。しかもチラホラと見える「故人」の文字が切ない。こうやって見ると、1940年代後半生まれが主役だったんだなあ、70年代のプログレって。にしても50歳代で若手ってどうよ。衆議院議員かい。

 前回に続き表紙はピンク・フロイドだけど、紙面の半分以上がキング・クリムゾンなのは、著者の趣味なのか日本のプログレ者の好みなのか。やっぱりプログレのアイコンは宮殿のジャケットになっちゃうしなあ。フリップ翁は相変わらずの屁理屈&偏屈&我儘っぷりで、これはもはや至芸だろう。

 続いて多いのはピンク・フロイド。まあセールスと知名度じゃ順当なところか。後はイエス、ジェネシス、EL&P。そしてなぜかロキシー・ミュージック。まあブライアン・イーノやエディ・ジョブソンを表舞台に引っ張り上げた人だし、ブライアン・フェリーは。とか言ってるけど、どう考えても著者の趣味を無理やり押し込んだんだよね。

 レコードからCDそしてインターネットというメディアの変化・多様化は商売としてのプログレ(というよりポップ・ミュージック)にも多大な影響を与えているようで、ロバート・フリップがビジネスを語る「§1 ロバート・フリップが<中途半端>だった時代 キング・クリムゾン1997-2008」やレコード会社の日本語版担当者の声が聴ける「§14 吹けよDGM、呼べよPink Froyd Records」は、仙人ぶってるプログレ者にも現実を見せつける生々しい商売の話。

 なんなんだろうね、いわゆる「箱」が次々と出てくるプログレ界って。まあガキの頃から乏しい小遣いを西新宿の中古版屋に貢いでた輩が、齢を重ねて相応の収入と資産を得たら、お布施も弾むってもんか。そんな老人の年金にたかるような商売がいつまでも続くわけが…と思ったが、「父親の影響で」みたいな若者もソレナリに居るからわからない。二世信者かよ。

 などのフロント陣ばかりでなく、エンジニアとしてのスティーヴン・ウィルソンなどにも焦点を当ててるのが、今回の特徴の一つ。いや焦点を当てるならポーキュパイン・ツリーでの活躍だろと思うんだが、これは読者の年齢層に合わせたんでしょう。

 にしても、90年代以降のイエスって、音創りが手慣れているというか「イエスの音ってこんな感じだよね」的な、バンドとしての方向性が完全に固まっちゃって金太郎飴みたいな印象があるんだけど、それはきっとビリー・シャーウッドのせいだろうなあ。

 などのビッグ・ネームが並ぶ中、「§7 恩讐の彼方のヴァイオリン弾き プログレで人生を踏み誤った美少年」はいささか切ない。タイトルでだいたい見当がつくように、あのエディ・ジョブソン様だ。とか書いてる今、MOROWで「デンジャー・マネー」がかかってる。日本の鍵盤雑誌編集部を襲撃した際の話は、いかにも彼らしい。

 やっぱり面倒くさい奴だった…と思ったが、プログレって演る側だけでなく聴く側も面倒くさい奴が多いよね。あ、はい、もちろん、私も含めて。

 とはいえ、同じ鍵盤弾きでもTKのお気楽さはどうよ。そんなにモテたのか。イーノといい、鍵盤弾きはモテるんだろうか。しかしなぜハウだけ「ハウ爺」w

 終盤の「§15 地場産業としてのプログレッシヴ・ロック(埼玉県大里郡寄居町の巻)」は思いっきり異色。なんとプログレ者の隠れた聖地にして著者曰く<プログレ道の駅>カケハシ・レコードの取材記。企業としてはなかなかにバランスのとれた組織で、充分な起業家精神(というか山っ気)を持ちつつ理性的に市場動向の計算もできる社長の田中大介氏と、溢れんばかりのプログレ愛を滾らせる若き社員たちの組み合わせ。長く続いて欲しいなあ。

 などの内容もいいが、やはり古舘伊知郎のプロレス中継ばりな文章スタイルがやたら楽しい。

 「デシプリン最終決戦」「悪のアーカイヴ・コンテンツ帝国」「周回遅れの青年実業家」「驚異の袋小路ロック」「狂気のひとり三人太鼓」とか、いったいどっから思いつくんだか。一晩じゅう寝ないで考えたんだろうか。

 いろいろあるが、屁理屈屋の多いプログレ界隈を書くには、こういうスタイルで毒消ししないと商売にならないのかも。いずれにせよ、「そういう人」のための本であって、万民に薦められる本ではないです。まあ普通の人は手に取ろうとも思わないだろうけど、それで正解です、はい。

 ちなみに冒頭でメル・コリンズを引用したのは私の趣味。だって元キャメルだし。石川さゆりさん、Never Let Go 歌ってほしいなあ。

【関連記事】

【今日の一曲】

Sandra - Maria Magdalena 1985 (HD version)

 ということで、RPJことリチャード・パーマー=ジェイムズの職人芸が堪能?できる Sandra の Maria Magdalena をどうぞ。ノってるシンガーとソレナリのベースに対し、お仕事感バリバリのドラマーと虚無感漂う鍵盤の対比が楽しいです。

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2021年9月15日 (水)

SFマガジン2021年10月号

「おまえ、ジャムか」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」

「私なら、この集団訴訟を、八カ月で潰します」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

あなたたちは人生で二人、特別な人と出会います。
  ――津久井五月「環の平和」

俺は16歳の春に目を覚ました。
  ――宝樹「時間の王」阿井幸作訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。

 少説は10本。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。

 読み切りは7本。上遠野浩平「従属人間は容赦しない」,平山瑞穂「鎧う男」,津久井五月「環の平和」,三方行成「メガ奥46k」,春暮康一「主観者 後編」,宝樹「時間の王」阿井幸作訳,S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。コミックやSF以外も出てきて、幅が広がってきたのがわかる。コミックは坂田靖子・吾妻ひでお・水樹和佳子・横山えいじ・佐藤史生・清原なつの・森脇真未味・とり・みき・北原文野・ふくやまけいこ・いしかわじゅん・西島大介と、少女漫画出身の人が多い。少年漫画誌のSFはバトルに流れがちだけど、少女漫画は世界観とかで唸らせるのが多いんだよなあ。谷甲州の「エリコ」は、この著者からは想像できない異色作だった。冲方丁「マルドゥック・スクランブル」のカジノの場面は凄かった。野尻抱介「クレギオン」の「サリバン家のお引越し」は自転で重力を模すシリンダー型コロニー内の航法って地味なネタながら、みっちりセンス・オブ・ワンダーが詰まってる。小川一水「天冥の標」は長いけど確かにⅠ~Ⅴのどこから入ってもいいんだよね。

 春暮康一「主観者 後編」。クルーたちはその惑星の海で見つけた生物らしきものに、慎重な接近を試みる。光が全く届かない海底で、複雑な閃光を発するもの。発光器官のしくみは見当がついた。地球の深海魚などと同じ、化学反応によるものだ。だが目的がわからない。獲物をおびき寄せるためでもなければ、異性を誘うためでもない。観察しているうちに、行動パターンに変化がみられた。

 充分な考慮を重ね慎重なアプローチで少しづつファースト・コンタクトを進めていくクルーたち。デビュー作の「オーラリメイカー」もそうだったように、読者の想像をはるかに超える異星生物の奇怪極まる生態が楽しめる極上のファースト・コンタクト作品だ。スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」やピーター・ワッツ「ブラインドサイト」と充分に肩を並べるファースト・コンタクト物の傑作。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。離陸前から、今回のアグレッサー戦への認識を改めた田村伊歩大尉。だが、どの機が敵でどの機が味方かが分からない。既に発進前の雪風による「攻撃」で、飛燕が得る画像情報があてにならないのっは分かっている。自らの目でそれぞれの動きを確かめ、その目的を探ろうとする田村大尉だが…

 コミュニケーションの手段は様々だ。この作品の面白さの一つは、マシンとヒトのコミュニケーションを高い解像度で描く点にある。今までは雪風からのメッセージを零が解釈する形だった。今回は、雪風とレイフと飛燕そしてジャムのメッセージを、暴力の化身である田村大尉がどう受け取るか。田村大尉は獣みたいな人だけど、捕食獣だけに獲物の目論見を見抜く力は優れているのだw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回。<誓約の銃>のアジトであるヨット<黒い要塞>への襲撃などで得た証拠などに基づき、イースターズ・オフィス側は闘いの場を法廷にも広げる。そこで闘いを仕切るクローバー教授バロットから、バロットはアソシエート(補佐)役を仰せつかった。と同時にもう一つ、中途入学の新入生の案内も頼まれる。その新入生とは…

 はい、意外な人物です。であると主に、アレがなぜ奴を重用するのかもわかる仕掛け。ああいう世界に住む者には珍しく、感情に流されず理性的に動ける上に、視野が広く長期的に考える能力も持つのは、あの襲撃の場面で描かれていたけど、そうくるかあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。杉原香里は児玉佐知を追う。既に佐知の家に寄り、牛乳瓶に埋め尽くされた玄関を見た。甘味処の前に降りる。この先の「來間先生の家」にいるはずだ。路地に入る。空気に抵抗感がある。やはり佐知はこの先にいる。

 今回は9頁。「自分に与えられている計算量の上限を測っている」などの記述で、読みながら目を覚まされる。そうなんだよなあ、登場人物たちは、自分が計算機内の存在だと分かっているんだよなあ。ボンクラなプログラムはCPUやメモリなど資源の使用量はOS任せで、ほっとくとメモリを使いつぶしちゃったりするんだよなあ。

 平山瑞穂「鎧う男」。41で雇い止めされ借金を抱え、故郷の実家に舞い戻った的場に、中学の同級生でバンドを組んでいた棚橋から連絡がきた。棚橋の話では、やはりバンドのメンバーだった穴澤も故郷にいるという。音楽をやめた的場や棚橋と違い、的場はメジャーデビューを果たし、その後は敏腕プロデューサーとして女性アイドルグループをチャートに送り込んだが…

 「鎧う」が読めなかった。「よろう」なのか(→Goo国語辞書)。楽器に手を出したはいいが、自分の才能に見切りをつけた的場の気持ちが切ないというか、他人事じゃないw いや別に私は素人として音楽を楽しめればいい、ぐらいに思ってたけど、別の楽器を担当してるハズの人が自分より巧くギターを弾きこなした時の気分は、よく分かるw

 上遠野浩平「従属人間は容赦しない」。統和機構はヒノオを捕えたが、ウトセラ・ムビョウは行方をくらます。ヒノオから情報を引き出そうとするが、彼は何も話さない。そこで統和機構のナンバー2と目されるカレイドスコープがヒノオと話すことになった。

 リセットが「せっちゃん」でリミットが「みっちゃん」なのは巧い仕掛け(→Wikipedia)。終盤では、他にも懐かしい名前がチラホラ。

 S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。春節を前に、夫婦は準備に余念がない。ふーだお<福倒>、逆さまにした福の字の賀紙(→Wikipedia)、福がやってくるおまじない。年年有魚、魚料理、豊かになる縁起担ぎ。

 3頁の掌編。日本じゃ正月に門松を飾りお餅を食べる。キリスト教はクリスマスにツリーを飾り七面鳥を食べる。多くの文化で、特定の日に特定の飾りをして特別な物を食べる。それぞれの飾りや食べ物には、祈りや願いが込められている。小さな幸せの象徴…とか思ってたら、なんじゃこりゃあ。

 津久井五月「環の平和」。宮下玲が生まれる前に交感が開発された。他人が知覚する光景や思い浮かべるイメージを知り理解する技術だ。人々の結束を強めると思われたが、実際は逆だった。世界は少数のリーダーと、それに集う多数の人々に分かれる。それぞれの集団はいがみあい、争い合う。これを解決するために環の平和実験が行われる。玲hその被験者だ。

 はい、まるきしインターネットのよるエコーチェンバーというかタコツボ化というか。実際、音楽の世界でも、少数のスーパースターと多数の稼げないミュージシャンの差は広がるばかり(→「50 いまの経済をつくったモノ」)。ラジオもネット化してチャンネル数が増え選択肢が広がったためプログレが好きな私はウハウハだけど、日本の流行歌はサッパリ知らず会話に難が出たり。中波ラジオで聞いてた頃はソレナリについていけたんだが。

 宝樹「時間の王」阿井幸作訳。1994年。十歳で入院したとき、俺は同い年の琪琪(チーチー)と出会った。「人って死んだらどこに行くと思う?」 入院患者で同年齢の子は俺と琪琪だけ。数カ月の入院中、俺たちは一緒に遊んだ。琪琪は急性白血病で、長くはなかった。

 冒頭は「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」を思わせるファンタジイっぽい仕掛けで、何度も出会う二人を描きつつ、終盤のオチでは読者に解釈の余地を与えながら静かな余韻を残す。「中国のカジシン」は言い得て妙。

 三方行成「メガ奥46k」。メガスケール大奥、略してメガ奥の開闢より4万6千年少し。延々と連なる車列から、早起きしたエンリコは親方に捕まってしまう。マワシをつけ八景を見回す親方。だが今朝もチャンクは見当たらない。こうやってチャンクを探すのが巡業だ。

 大奥と力士と牛の三題噺。にしても、どうすりゃこれだけ狂った話が創れるのかw 「化粧が終わればマワシである」とかの言葉遊びが楽しい作品。徳川家安の次が徳川家無料ってw そう読ませるかあw 「巡業」「取り組み記録」「年寄株」のこじつけもいいし、「力士」が妙にSFしてるのもw

 伴名練「『日本SFの臨界点』編纂の記録2021」。正確な書誌情報を集める方法はマニアにとってとても役に立つ。また同時期に書いた週刊少年ジャンプの記事では、いかに読者をSF沼に引きずり込むかの工夫が見事。やっぱり手に入れやすいかどうかは大事だよね。

 大森望の新SF観光局「ハヤカワ文庫JAのSFベスト55」。もっと頁数を寄越せ、という筆者の叫びが聞こえてきそうな紙面w そりゃベストnとかやると、ついそうなるよねw

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2021年9月 3日 (金)

アンドリュー・ナゴルスキ「隠れナチを探し出せ 忘却に抗ったナチ・ハンターたちの戦い」亜紀書房 島村浩子訳

本書では、世界がナチスの犯罪を忘れないように、彼らの当初の成功を覆すことに尽力した比較的少数の人々に焦点を当てる。(略)その過程で悪の本質にまで踏み込み、人間の行動について難題を提起した。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ナチ・ハンター。ユダヤ人大虐殺を主導または積極的に協力しながら、それを隠して暮らす者たちの過去を暴き追い詰め、法廷に引き出し罪を明らかにしようとする者たち。ジーモン・ヴィーゼンタールなど有志の個人もいれば、イスラエルのモサドが組織的に狩る場合もある。また政府を動かそうとする合衆国下院議員のエリザベス・ボルツマンのような政治家や、ドイツの判事フリッツ・バウアーやポーランドの判事ヤン・ゼーンなど法律家の努力もあった。

 彼らはどんな人間なのか。なぜナチ・ハンターになったのか。どうやって元ナチを追い詰めたのか。彼らは何を目指し、何を変えたのか。そして元ナチはどんな人間なのか。

 ユダヤ人大虐殺を記録として残し人々の記憶に焼き付けるために闘った人たちの足跡を追い、その実績と人柄を明らかにするとともに、ドイツとイスラエルはもちろんアメリカ・フランス・オーストリア・ブラジル・ボリビア・アルゼンチン・パラグアイなどの諸国と元ナチの関わりを明らかにする、現代のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Nazi Hunters, by Andrew Nagorski, 2016。日本語版は2018年1月17日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約463頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント43字×17行×463頁=約338,453字、400字詰め原稿用紙で約847枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、第二次世界大戦の欧州戦線の概要を知っていた方がいい。とりあえず東欧諸国およびバルカン半島諸国が一時期は枢軸側の支配下にあった、ぐらいで充分。

 冒頭に登場人物一覧があるのはありがたい。ついでにWJC(世界ユダヤ人会議)などの略語が多く出てくるので、略語一覧が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、できれば頭から読んだ方がいい。

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  • 登場人物紹介
  • はじめに
  • 第1章 絞首刑執行人の仕事
  • 第2章 目には目を
  • 第3章 共謀の意図
  • 第4章 ペンギン・ルール
  • 第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語
  • 第6章 より邪悪でないほう
  • 第7章 不屈のハンターたち ヴィーゼンタールとバウアー
  • 第8章 アイヒマン拉致作戦
  • 第9章 怪物か、悪の凡庸か アイヒマンとハンナ・アーレント
  • 第10章 小市民
  • 第11章 忘れられない平手打ち
  • 第12章 模範的市民という仮面
  • 第13章 ラパスへ
  • 第14章 戦中の嘘
  • 第15章 亡霊を追って
  • 第16章 旅の終わり
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 シャーロック・ホームズみたいな緻密なミステリや007みたいなスパイ活劇を期待すると、肩透かしを食う。

 一応「第8章 アイヒマン拉致作戦」でモサドが(アドルフ・)アイヒマン(→Wikipedia)を捕まえるあたりでスパイ・アクションが生々しく展開するが、それぐらいだ。誘拐の時に目撒くしとかベッドにつなぐとか、ホントなんだね。モサドの活躍が知りたい人は「イラク原子炉攻撃!」「モサド・ファイル」「ミュンヘン」がお薦め。

 実は最も多いのが、判事などの司法関係者。元ナチの裁判に関わった人たちだ。例えば…

  • ニュルンベルク裁判(→Wikipedia)首席検事ベンジャミン・フェレンツ(→ホロコースト百科事典)
  • ポーランド人調査判事ヤン・ゼーン
  • ドイツ人判事フリッツ・バウアー

 もちろん、私たちが思い浮かべるナチ・ハンターも登場する。

  • ジーモン・ヴィーゼンタール(→Wikipedia)
  • トゥヴィア・フリードマン
  • ベアテ・クラルスフェルト(→Wikipedia)&セルジュ・クラルスフェルト(→Wikipedia)

 こういった人々に焦点をあてつつ、その背景にある世界や世論の変化も描いてゆく。全体を通し著者は、ハンターたちの行いを「事実を明るみに引きずり出した」と讃えている。

戦後の裁判は罪人を処罰することだけが目的ではなかった。歴史的記録を残すうえできわめて重要だったのである。
  ――第3章 共謀の意図

 歴史に記した事こそが最大の功績である、と。

モサド長官イサル・ハウエル
「史上初めて、ユダヤ人を惨殺した人間をユダヤ人が裁く機会となる」
「史上初めて全世界に、イスラエルの若い世代に、一つの民族の全滅が命じられた物語が余すところなく語られる」
  ――第8章 アイヒマン拉致作戦

 もちろん、そこには復讐の念もある。

モサド高官「彼ら(元ナチ)がこの世を去る最後の日まで一瞬たりと平穏な時間を過ごせなくしてやるのだ」
  ――第11章 忘れられない平手打ち

 家族や親しい人を殺されて恨みに思うのは当たり前だが、それだけじゃない。彼らの無念を募らせたのは、世間の対応もある。ほじくり返すな、忘れよう、なかったことにしよう、当初はそういう反応が多かったのだ。

ニュルンベルク裁判首席検事ベンジャミン・フェレンツ
「ドイツにいたあいだに、わたしに近寄ってきて後悔の言葉を述べたドイツ人は一人もいなかった」
  ――第4章 ペンギン・ルール

セルジュ・クラルスフェルト「1965年の時点では、西側からアウシュヴィッツへ行こうとする人間なんていなかった」
  ――第11章 忘れられない平手打ち

ドイツ週刊誌「デア・シュピーゲル」記者クラウス・ヴィーグレーフェ
「アウシュヴィッツで行われた犯罪が正しく罰せられなかったのは、数人の政治家や判事の妨害に逢ったからではない」
「犯罪者を断固有罪にし、罰しようとする人々があまりに少なかったからだ。多くのドイツ人はアウシュヴィッツで起きた大量殺人に1945年以降、ずっと無関心のままだった」
  ――第16章 旅の終わり

 とまれ、そこには連合国側の思惑もある。対ドイツ戦が終わると冷戦が始まり、ナチ戦犯より赤狩りが重要になったのだ。日本の逆コース(→Wikipedia)みたいなモンです。その過程で、かのペーパークリップ作戦(→Wikipedia)のように連合軍も元ナチを匿い利用しようとする。

最新の文書の日付は1951年3月27日。(米国)陸軍諜報工作員二名による報告書で、彼らは(クラウス・)バルビー(→Wikipedia)に“アルトマン”名義の偽造証明書をわたしてジェノバまでつき添い、そこから南米へと送り出していた。
  ――第13章 ラパスへ

 そんな中、ナチ・ハンターたちは証拠を集め元ナチを司法の場に引きずり出し、マスコミも動かして世間の空気を変えてゆく。もっとも、なかなか届けるべき人には届かないんだけど。

「(アウシュヴィッツ裁判の新聞記事を)一番読む必要のある人たちが読みたいと思っていないのは確か」
  ――第10章 小市民

 こういうのは、どの国でも同じだよね。私も極右系の本や記事はまず読まないし。それに誰だって元加害者より元被害者の方が居心地いい。

「オーストリア人は、ベートーヴェンがオーストリア人で、ヒトラーがドイツ人だと世界に信じさせたからな」
  ――第14章 戦中の嘘

 それはともかく、やっぱり文字より映像の方が影響力は大きかったようで…

映画『ニュルンベルク裁判 現代への教訓』について米軍政府情報官
「われわれはナチズムについて三年かけてドイツ国民に語ってきたが、この80分間の映画のほうがより多くのことを伝えられる」
  ――第6章 より邪悪でないほう

 とまれ、そういった雰囲気を変える最大のキッカケはア、モサドによるドルフ・アイヒマン(→Wikipedia)の誘拐とイスラエルにおける裁判だろう。これは国際的に大きな騒ぎとなり、アイヒマンの動機を巡り大きな論争を巻き起こす。

モサド長官イサル・ハウエル
「いったいどうして、こんなごくふつうにみえる人間が怪物になったのか?」
  ――第8章 アイヒマン拉致作戦

 中でも最も有名な論客はハンナ・アーレント(→Wikipedia)だろう。裁判を取材し著作「エルサレムのアイヒマン」で「悪の凡庸さ」を語り、今なお論戦は続いている。

(アドルフ・)アイヒマンを突き動かしていたのはイデオロギーやユダヤ人に対する憎しみではなく、出世第一主義(略)だった、と(ハンナ・)アーレントは主張した。(略)言い換えるなら、ナチの体制が標的としさえしたら、彼は人種や信仰に関係なくどんなグループであろうと、何百万人もの人々を死に追いやったということだ。
  ――第9章 怪物か、悪の凡庸か アイヒマンとハンナ・アーレント

 もちろん、これに反論する人もいる。

哲学者ベッティーナ・シュタングネト
「人の命を軽んじるイデオロギーは、伝統的な正義の概念や倫理を否定する行動が合法化される場合、自称支配民族の一員にとってきわめて魅力的に映る」
  ――第9章 怪物か、悪の凡庸か アイヒマンとハンナ・アーレント

 ヤバい奴はヤバい空気をチャンスと思う、そういう事です。「国際社会と現代史 ボスニア内戦」とかを読むと、この意見に同意したくなるんだよなあ。

 私の考えは、というと。やはりアイヒマンはヤバい奴だと思う。官僚として有能なのは、みんな認めてる。ただ、有能なだけじゃ熱心に仕事はしない。きっと好きだったんだ、その仕事が。仕事が孤児や捕虜の保護だったら、怠けるか転属を申し出ただろう。やる気にいなれないから。他の商売でも、優れたギタリストはギターが好きだし、優れたプログラマはプログラミングが好きだもん。

 「仕事だから仕方なく」と言うのはアイヒマンに限らず、ほぼ全ての元ナチに共通してる。例えばアウシュヴィッツ収容所所長ルドルフ・ヘース(ナチ党副総統ルドルフ・ヘスとは別人、→Wikipedia)。

「わたしは個人的に誰かを殺したわけじゃない。私はアウシュヴィッツにおける絶滅計画の責任者だっただけだ。命令したのはヒトラーで、それがヒムラーによって伝えられ、移送に関してはアイヒマンから指示があった」
  ――第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語

 そうは言うものの、仕事の中身はちゃんと判ってた。

「ユダヤ人問題の“最終的解決”とは、ヨーロッパにおけるユダヤ人を一人残らず完全に絶滅させることを意味した」
  ――第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語

 そして、自分の仕事を誇りに思っていた。

「わたしの心は総統とその理想とともにあった。なぜなら、それは滅びてはならぬものだからだ」
  ――第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語

 加えて、いささか衝撃的な発言も飛び出る。「普通の人々」も実態に気が付いていた、と。

「絶え間なく死体を焼却しているせいで吐き気をもよおす悪臭があたりにたちこめ、近隣の住民はみな、アウシュヴィッツで大量殺人が行われていることを知っていた」

 これらはアウシュヴィッツ裁判(→Wikipedia)を通し、人々に考え方を変えるようメッセージを発してゆく。

アウシュヴィッツ裁判判事ハンス・ホフマイヤー
「“小市民”は先導したわけではないから無罪だとするのは間違いだ」
「彼らは絶滅計画を机上で作成した者に劣らず、その実施において重大な役割を果たした」
  ――第10章 小市民

 そして、歴史観も変えるべし、と迫る。例えばヒトラー暗殺事件(→Wikipedia)の首謀者たちも、反逆者ではなく愛国者である、と。

ドイツ人判事フリッツ・バウアー
抵抗者らが「ヒトラーを排除し、それによりヒトラーの体制を排除しようとしたのは、祖国への熱き愛と国民に対する自己犠牲も厭わぬ無私の責任感からであった」
  ――第7章 不屈のハンターたち ヴィーゼンタールとバウアー

 終戦についても…

ドイツ大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー(→Wikipedia)「あれ(終戦)は解放の日だった」
  ――第16章 旅の終わり

 これまた被害者ぶってると言えなくもないが、太平洋戦争敗戦後の日本人も、そう感じる人が多かったんじゃなかろうか。「やっと終わった」と。

 そんな風に、世論までも動かすナチ・ハンターたちは、どんな風に思われていたのか、というと。

(アリベルト・)ハイム(→Wikipedia)が――そして十中八九他の逃亡戦犯も(ジーモン・)ウィーゼンタールを恐れ、ほぼ全能の復讐者という世間的なイメージを信じていたのは確かだった。
  ――第15章 亡霊を追って

 KGBの組織力・調査力とシャーロック・ホームズの推理力、そしてインディ・ジョーンズの行動力を兼ね備えたスーパーマンみたいな印象だろうか。でも実際は「探偵1/3、歴史学者1/3、ロビイスト1/3」と地味なモンだったり。探偵にしたって、コナン君みたいなアクション型じゃなく安楽椅子探偵だしなあ。

 その相手の元ナチも豪邸に住み番犬にシェパードを飼う貴族然とした暮らしってワケじゃなく…

「わたしが相手にする元ナチはたいていが、危険な軍閥とはほど遠い70代か80代の白髪頭の凡人で、クリーブランドやデトロイトの郊外でぱっとしない余生を送っている」
  ――第12章 模範的市民という仮面

 はい、たいていの場合、現実は地味なんです。

 もっとも、中には華々しい立場に返り咲く者もいた。終盤では、その象徴でもある国連事務総長でありオーストリア大統領にもなったクルト・ヴァルトハイム(→Wikipedia)をめぐり、ナチ・ハンター同士の内輪もめが描かれる。

 バルカン半島でのヴァルトハイムの階級は中尉。歩兵なら中隊長か小隊長で200人程度の部下がいる立場だが、彼の役割は通訳または情報将校だから部下はいても数人だろう。疑いはマケドニアで三つの村の虐殺に関わったというもの。

 騒ぎになった1986年当時、ヴァルトハイムは大統領選に出馬していた。選挙ともなれば、参加陣営はDisの応酬になる。ここでヴァルトハイムの過去を持ち出せば、選挙に向けた宣伝ととられかねない…というか、ヴァルトハイム側は確実に「それは対抗陣営の選挙宣伝だ」と叫ぶだろう。/p>

 実際、スキャンダルは国際的なニュースとなり、オーストリアは多くの非難を浴びるが、逆にオーストリアではナショナリズムに火を点け、ヴァルトハイムの当選に結びつく。

「当初は“ヴァルトハイムを選べ、世界は彼を愛している”がスローガンだった」
「いまや“ヴァルトハイムを選べ、世界は彼を憎んでいる”だ」
  ――第14章 戦中の嘘

 この件では「どう動くか」を巡り、ナチ・ハンター間での激しい対立が起きる。このあたりでは、理想通りにいかない切なさを感じるものの、同時に彼らも豊かな感情を持ちの血が通った人間なんだなあ、としみじみ感じたり。

ジーモン・ヴィーゼンタール・センターのエルサレム支局長エフライム・ズロフ
「ほかのナチ・ハンターについて、いいことを言うナチ・ハンターには一度も会った事がない」
「嫉妬や競争心、すべてそういうもののせいだ」
  ――第16章 旅の終わり

 どうでもいいがジーモン・ヴィーゼンタール・センターはジーモン・ヴィーゼンタールが作ったんじゃなくて、名前を貸してるだけなのね。ギブソン・レスポールみたいな関係か←一般人に通じない例えはやめろ

 原動力が正義感か私怨か名誉欲かはともかく、彼らの粘り強い働きは単に元ナチを吊るし上げるだけに留まらず、人々が歴史に向かい合う姿勢を大きく変えたのは事実だ。じゃ日本はというと、相変わらず目を背け続けている。それでも、いやそれだからこそ、歴史を掘り返す意味はあるんだと思う。

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2021年8月29日 (日)

Martin Campbell-Kelly/William Aspray/Nathan Ensmenger/Jeffrey R.Yost「コンピューティング史 人間は情報をいかに取り扱ってきたか 原著第3版」共立出版 杉本舞監訳 喜多千草・宇田理訳

本種は19世紀から現代に至るコンピューティング史の通史を取り扱ったものである。
  ――解題と読書リスト

【どんな本?】

 本書はコンピュータの歴史を綴った本である。その構想・設計・開発・製造など理論や技術はもちろん、IBMなどIT関連企業の経営・販売も扱う。中でも最大の特徴は、使い道について詳しく述べている点だ。これは19世紀の紙と手計算による事務処理や航海年鑑から国勢調査などの大規模バッチ処理、航空機座席予約システムやATMなどのリアルタイム処理、ニミコンピュータからマイクロコンピュータそしてパーソナルコンピュータ、ARPAネットとパソコン通信からインターネットなどを経て現代のTwitterやFacebookなどのSNSまでを扱う。

 21世紀の今日では、日々の暮らしに欠かせない技術となったコンピュータ。それは何のために生まれ、どう成長し、どう使われ、どうやって私たちの暮らしに入り込んできたのか。

 技術より使い方と暮らしへの浸透を通して描く、少し変わったコンピュータの歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Computer : A History of the Information Machine, by Martin Campbell-Kelly/William Aspray/Nathan Ensmenger,/Jeffrey R.Yost, 2014。日本語版は2021年4月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約356頁に加え、杉本舞「解題と読書リスト」7頁。9ポイント36字×33行×356頁=約422,928字、400字詰め原稿用紙で約1,058枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 共立出版にしては文章はこなれている。ええ、「共立出版にしては」です。内容は初心者向けで、技術的に突っ込んだ話はほとんど出てこない。それだけに説明不足の感はあるが、いちいち説明していたらキリがないのも理解できる。詳しく知りたかったら巻末の「文献リスト」や「解題と読書リスト」から手繰ろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 謝辞/第3版へのまえがき/序
  • 第1部 コンピュータ前史
  • 1 人間がコンピュータだったころ
  • 2 オフィスに事務機がやってくる
  • 3 バベッジの夢が現実に
  • 第2部 コンピュータの登場
  • 4 コンピュータという発明
  • 5 コンピュータがオフィスの主役に
  • 6 メインフレームの時代 IBMの季節
  • 第3部 日々進化するコンピューティング
  • 7 リアルタイム つむじ風のように速く
  • 8 コンピュータを支配するソフトウェア
  • 9 新しいコンピューティングの登場
  • 第4部 コンピュータの民主化
  • 10 パソコン時代の登場
  • 11 魅力拡がるコンピュータ
  • 12 インターネットの世界
  • 出展に関する注/文献リスト/解題と読書リスト 杉本舞/訳者あとがき/索引

【第1部 コンピュータ前史】

 本書は「コンピュータ史」ではない。「コンピューティング史」である。

 つまり着目点は「何に使うか」だ。これは最初の「1 人間がコンピュータだったころ」で実感できる。ここでは、計算機が登場する前の19世紀に、金融・事務・軍事・科学・技術などの分野で、紙と手計算でどのような処理がなされていたかを描く。

 最初に出てくるのは、ロンドンの銀行の手形交換所だ。A銀行がB銀行に払うカネと、B銀行がA銀行に払うカネは相殺して差額だけを動かせばいい。銀行が2行だけなら経路はA:Bの一本だが、3行だとA:B, A:C, B:C の3つになり、4行だと6つになる。銀行が増えるたび、経路は爆発的に膨れ上がってゆく。これをどう解決するのか、

 ここで登場するコンピュータの父ことチャールズ・バベッジ(→Wikipedia)が、モロにマッド・サイエンティストで面白い。

コンピュータという言葉は、(略)ヴィクトリア期や第二次世界大戦にさかのぼってみれば、(略)ある職業のことを意味していた。
  ――1 人間がコンピュータだったころ

 当時は天文学者用の星表や船乗用の航海年鑑などの数表は、人間が計算していた。バベッジはこれを機械でやろうと考え、かの有名な階差機関(difference engine、→Wikipedia)を思いつく。印刷時のミスを防ぐため活字を組む機構も備えている。原初のコンピュータはプリンタ付きなのだ。

 ところが階差機関の開発は長引き、その途中で汎用の計算機である解析機関(analytical engine、→Wikipedia)の発想に至る。その違いは何か、というと。

解析機関というアイデアは、階差機関で計算の結果をフィードバックさせれば人間の介入をなくせるのではないかとバベッジが考えている時に、着想したものであった。
  ――3 バベッジの夢が現実に

 今ならループとか再起とかの発想だね。それはいいが、肝心の航海年鑑をほったらかしたせいで、スポンサーから資金を打ち切られてしまう。手段のために目的を忘れる、マッド・サイエンティストの鑑ですw そこのプログラマ、ライブラリ作りに熱中してアプリケーションの開発を忘れるとかの経験ありませんか? コンピュータの父はハッカーの祖でもあるのだw

 などと19世紀のイギリスで潰えた事務の機械化の夢は、新大陸アメリカで芽を出す。1890年の国勢調査で使われたハーマン・ホレリス(→Wikipedia)のタービュレイティング・マシン(→Wikipedia)を皮切りに、機械が事務所へと侵入してゆく。その先兵となったのがタイプライター。

タイプライターはオフィス機器産業とそれに続くコンピュータ産業の三つの基本的特徴を拓いた(略)。製品の完成度と低コスト生産、製品を売る販売組織、そしてその技術を使えるように労働者を訓練する組織の三つである。
  ――2 オフィスに事務機がやってくる

 ここでは新し物好きなアメリカに対する保守的なイギリスへの皮肉がチラリ。それはともかく、タイプライターが流行った理由の一つが、手書きより読みやすいってのに冷や汗w 今も Microsoft Word を使う最大の理由は、手書きより綺麗だからだよね。

【第2部 コンピュータの登場】

 などと機械が事務室へ侵入するなか、第二次世界大戦がはじまり、まの有名なENIAC(→Wikipedia)とEDVAC(→Wikipedia)が登場する。今まで両者の違いがよく分かってなかったけど、その一つはプログラム内蔵か否か。ENIACは違うプログラムを走らせるたびに、いちいち配線を変えにゃならなかった。そりゃ面倒くさいよね。ならプログラムも覚えとけよ。ということで…

計算機の記憶装置は、プログラムの命令と、それが処理する数字の両方を保持するのに用いられる
  ――4 コンピュータという発明

 そういやシンセサイザーは音源やエフェクトの設定を記録&呼び出しの機能があるけど、ギターのエフェクターでそういう事ってできるの? いや私はフランジャ―しか持ってないからいいけどw

 まあいい。潤沢な軍の予算で開発した技術が、すぐ民間で活きるのがアメリカの強い点の一つ。そこに喰いつき、うまく活かしたのがビッグ・ブルーことIBM。その成長の原因はサポートにある。日本の自動車産業がアメリカ進出で成功したのも同じ理由だった。トヨタはIBMに学んだんだろうか。

IBMはサービス型企業としての評判が高かった。当初からトレーニングを重視しており、ユーザーのためのプログラミングコースを提供し、また現場に赴くエンジニアによるカスタマーサービスもほかのどの企業より優れていた。
  ――5 コンピュータがオフィスの主役に

 また、将来を見据えた販売戦略も巧かった。つまりプログラマを育てたのだ。

IBMは、650を6割引きで大学などの教育機関に設置した。そうすればコンピューティングの教育課程ができる(略)。この結果、IBM650に慣れ親しんだプログラマやコンピュータ科学者が輩出され、IBMを使いこなせる人々が産業界に大勢いるという状態ができあがった。
  ――5 コンピュータがオフィスの主役に

 これも1980年代~1990年代にアップルが真似して成功している。今だって医療とデザイン関係はMacユーザが多い。ほんと、IBMは販売戦略が巧みだ。もちろん、販売だけでなく、技術戦略でも賢い。巨人 System/360 である。

System/360はソフトウェア互換性のあるコンピュータという概念を軸に、この業界を劇的に作り変えてしまった。
  ――6 メインフレームの時代 IBMの季節

 それまでのコンピュータは、同じメーカーでも機種が違えばソフトウェアに互換性がなかった、つまりプログラムを書き直さなきゃならなかった。それじゃ機械を買い替えるたびに移植の手間と費用がかかる。そりゃ困るってんで、全機種でソフトウェアの互換性を保証した。今なら当たり前のようだが、当時としては画期的な事だったのだ。

 加えてこの章ではRPG(Report Program Generator、→Wikipedia)の話が印象に残る。RPGを一言で説明すると、バッチ処理版のExcelみたいなモン。てっきりCOBOLから派生したと思ってたんだが、実は生まれも育ちも全く別でIBMの純血だし、誕生も1959年と早い。そうだったのかあ。

【第3部 日々進化するコンピューティング】

 米国のコンピュータ史がENIACで始まったように、コンピュータ(というか先端技術)と軍の関わりは深い。が、やがて軍を離れ民間の営利企業が育ってゆく。この境目に当たるのが「7 リアルタイム つむじ風のように速く」だろう。

 ここでは航空機の操縦シミュレータ計画 WhirlWind(→Wikipedia)や防空システムSAGE(→Wikipedia)などの野心的な開発計画が軍の潤沢な予算を得て始まり、その過程で「プリント基板、コアメモリ、大容量記憶装置」などコンピュータの基礎技術が発展し、同時にソフトウェア開発者も育ってゆく物語で始まる。

 ここで育った技術と人は、さっそく民間で活きる。航空機座席予約システムSABRE(→Wikipedia)だ。とまれ、「プロジェクトの実現は10年がかり」というから、当時のシステム開発はそういうペースだったんだなあ。

 ここまでは「既存の需要にコンピュータを組み込む」または「コンピュータ屋が需要を掘り起こす」形だった。そこに、全く新しい利用者が現れる。スーパーマーケットだ。

スーパーマーケットの初期の最も重要なイノベーションは、販売員が商品を持ってくるのではなく、顧客が自分で動いて商品を手にすることで(すなわち、セルフサービスで)販売員の手間を削減したことだ。
  ――7 リアルタイム つむじ風のように速く

 安さがウリのスーパーは、なるたけコストを減らしたい。セルフサービスで店員の人件費は減らせたが、レジで長い行列ができてしまう。これを解決するため、小売り・製造・取引組合など関係する全業界を巻き込み開発したのが、バーコード&スキャナー。お陰でレジが速くなるだけでなく、店に置く商品の種類も爆発的に増え利ざやが大きくなる。

 それまでは既にある仕事の流れにコンピュータを組み込む形での利用だったのが、スーパーではコンピュータを使うことを前提として、業界全体の仕事の流れを変えたのだ。こういう革命的な事がやれるのも、アメリカの強みだよねえ。

 さて、先のSystem/360で出てきたように、コンピュータが増えるとソフトウェア開発の負荷・費用が問題として注目され、ソフトウェア危機が叫ばれ始める。EDSACの2進法からパッケージ・ソフトウェアの成立までを描く「8 コンピュータを支配するソフトウェア」は、プログラマにとって「あるある」の連続で実に楽しい。

 例えば悪名高いフローチャート。

フローチャートは産業界で働くエンジニアのあいだで1920年代に始められた。これを1950年代にコンピュータのプログラムに採り入れたのは、(化学エンジニアの経験があった)フォン・ノイマンである。
  ――8 コンピュータを支配するソフトウェア

 コンピュータ以前にフローチャートはあったのか。にしてもフォン・ノイマン、罪なことをしてくれたもんだ。何せ…

実は多くのプログラマは、理解力のない経営陣の気まぐれを満足させるためにしかフローチャートは役に立たないと感じていたのだ。
  ――8 コンピュータを支配するソフトウェア

 まあ、プログラマにとってフローチャートなんてそんなモンです。フローチャート用定規とかもあったなあ。

 ここでは2進数からニーモニックによるアセンブラ、サブルーチン、リンカ、COBOL・FORTRANなどコンパイラ、構造化設計技法、ソフトウェア・ハウスやパッケージ・ソフトウェアなど、現代のIT産業が立ち上がる姿が早送りで映し出され、とっても楽しい。

 ちなみにパッケージ・ソフトウェア、ここもアメリカらしいと思うのが、業務に合わせてパッケージを開発するより、パッケージに合わせて仕事の流れを変える企業が多かったって点。日本と逆だよね。何が違うんだろ?

 これらは大型汎用機のバッチ処理の話だが、現代のパソコン時代へ一歩近づくのがタイムシェアリング・システム。大型機を多人数で同時に使う、そういう考え方。この発想、消えたように思えるけど、実はクラウド・コンピューティングなどで生き延びてたりする。まあいい。ここではMulticsの失敗からUnixの誕生、そして半導体を使ったミニコンピュータへと続く。ケンとデニスの理想は、インターネットによってさらに飛躍したが…

ケン・トンプソン&デニス・リッチー「私たちが残そうとしたのは、プログラミング環境だけではなく、そのまわりに仲間が集えるような環境全体だった」
  ――9 新しいコンピューティングの登場

【第4部 コンピュータの民主化】

 今までのコンピュータは政府機関や大学、そして企業のオフィスにある物だった。これが家庭に入り込む様子を描くのが第4部。

 「10 パソコン時代の登場」は、意外なことにラジオ放送の歴史から始まる。ラジオ放送局が開設する前から、趣味で無線をイジる人はいた。70年代ごろまでの秋葉原にタムロしてたタイプの人たちだ。彼らが最初にラジオのリスナーになったのだ。そんな無線愛好家と層がカブってる、電子工作の愛好家もいた。とまれ…

ホビイスト以外の人にとっては、自分のコンピュータを欲しがる人がいること自体、不可解極まりないことだった。
  ――10 パソコン時代の登場

 はい、世間には理解されませんでしたw 

 そんな中からビル・ゲイツ&ポール・アレンのマイクロソフト、スティーヴン・ウォズニアック&スティーブ・ジョブズのアップルなどが芽をだし、巨像IBMまで参入してきて互換機市場を作り出す。IBMのロゴがついてりゃ法人ユーザで買いやすいなんてのは、ちょっと笑ってしまった。そりゃヒッピー崩れが売ってたんじゃ稟議を通りにくいよねw

 そういや「安いPCが欲しけりゃ自作」って時代もあったなあ。今の自作派はハイエンド志向みたいだけど。にしても、技術の進歩って、こういう「趣味の人」の充実も大事なんだね。これもまた自由主義の強さの一つ。

 「10 パソコン時代の登場」が8bit機の時代だとすれば、続く「11 魅力拡がるコンピュータ」は16bit機の時代だろうか。同時に、それまでのコマンドライン方式からマウスとGUIへの移行に伴い、ヲタクから非ヲタクへと市場が広がってゆく時代でもある。となると、大事なのは広告や流通。

マーケティングコストは、実にソフトウェア本体の開発費の2倍に及んだ。
  ――11 魅力拡がるコンピュータ

 広告費ゼロのガンパレは、やっぱり掟破りだったんだなあ←しつこい ここではOS/2(→Wikipedia),CAPTAIN(→Wikipedia),CompuServe(→Wikipedia)なんて懐かしい名前も。

 CompuServeの当初の目的はTSSが空く夜の時間を埋めるためってのは賢さに舌を巻いた。けどIT業界がCD-ROMの市場として最初に目をつけたのが百科事典ってのは、賢い人の盲点だよね。ええ、もちろん、キラーコンテンツはゲームとエロでした。わはは。

 そして最後の「12 インターネットの世界」では、インターネットからWWWそしてSNSへと話が進む。

 インターネットの前身ARPAネットから現在のTCP/IPベースであるインターネットへの技術的な進歩は詳しい人には興味深いだろう。それ以上に、そこで人気の出た使い方が、技術屋とそれ以外の感覚の違いが見えて楽しい。まず流行ったのが…

ユーザを引き付けたのは、電子メールを通じてコミュニケーションできるということだった。
  ――12 インターネットの世界

 電子メールだ。開発者曰く、「初めは誰もそれがこんなに大当たりすることになるとは思っていなかった」。賢い人ってのは、人が持つコミュニケーションへの欲求を見過ごすんだよね。

 ここでもUsenet,apache,Mosaic,Netscapeなどの懐かしい名前の後、Yahoo!,Google,Amazom,iPhone,Wikipedia,Facebook,Twitterなど現役でお馴染みの名前も。とまれ、NokiaやBlackBerryやPalmOSとかの名前には、この世界の時の流れの速さに唖然としてしまう。

【終わりに】

 共立出版で横組みだから、小難しい印象を抱くだろう。実際、文章もやや堅いし。だが内容は、むしろ「史記列伝」や「三国志演義」のような、乱世を駆ける英雄たちの栄枯盛衰・群雄割拠の物語に近い。

 スマートフォンとインターネットは、世界を制覇した。それが生まれるには、様々な組織や文化が必要だった。

 階差機関やENIACやARPAネットには政府や軍の支援が。
堅牢な大型コンピュータにはIBMやアメリカン航空のような大企業が。
バーコードには小売りから製造までの企業連合が。
ARPAネットから企業を問わぬインターネットへの進化には、それぞれが自治権と独自文化を持つ大学と、逆説的だが互換性のない多くのコンピュータ企業が。
コンピュータの小型化には電子工作に没頭するヲタクが。
そしてパソコンの普及には山師じみた野心を抱える有象無象の小さな起業家たちが。

 確かにIT技術者なら、この本を楽しく読める。だがそれ以上に、日本の科学・技術の凋落がいわれる昨今、技術立国日本の再生に何が必要なのかを考える人にこそ、熱く訴えるものを本書は秘めている。

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【今日の一曲】

Typewriter - La máquina de escribir. L. Anderson. Dir: Miguel Roa. Typewriter: Alfredo Anaya

 コンピューティング前史に出てくるタイプライターだって、楽器になります。ということで、有名なルロイ・アンダーソンの TypeWriter を。タイプライター奏者のアクションに注目。お堅くて高尚な印象の強いオーケストラだけど、音楽って本来はこういう楽しいものだよね。

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2021年8月22日 (日)

菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房

理解しすぎだ、<ダイク>。
  ――歓喜の歌

【どんな本?】

 <アフロディーテ>は、月と地球のラグランジュ3、地球から見て月の正反対にある小惑星だ。オーストラリア大陸ほどの小惑星にマイクロ・ブラックホールを仕込んで重力を調整し、惑星全土を使い博物館にしている。

 組織は絵画・工芸,音楽・舞台・文芸,動植物の三部門に加え、全体を調整する総合管轄に分かれる。

 兵藤健はVWA、<権限を持った自警団>の新人。芸術オンチの健は、総合管轄所属の学芸員で同期の尚美・シャハムにドツかれつつ、今日も事件現場を駆けずり回るのだった。

 ベテランSF作家の菅浩江が、技術と芸術そして人間とマシンの関係を探る、連作SF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年8月25日発行。単行本縦一段組み本文約256頁。9ポイント43字×18行×256頁=約198,144字、400字詰め原稿用紙で約496枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。なおハヤカワ文庫JA版もある。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとしてはかなり凝った仕掛けを使っているが、わからなかったらソコは読み飛ばしてもいい。「どんな原理か」や「なぜできるか」は、どうでもいい。「何ができるか」がわかれば充分。大事なのは、音楽でも絵画でも文学でもいいから、何か「好きな作品」があること。

 なお、お話は前作の「不見の月 博物館惑星Ⅱ」から素直に続いているので、なるべく前作から読もう。特に最後の「歓喜の歌」の盛り上がりが違ってくる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

一寸の虫にも / SFマガジン2019年6月号

「予想通りだ。面白くない結果だ。これから面白くなる!」

 兵藤健は頭を抱える。ニジタマムシ27匹が逃げ出した。鞘翅の美しさに目をつけた業者イシードロ・ミラージェスが違法に遺伝子操作したものだ。既存の種と交雑したら、どんな影響がでるかわからない。そこで全部を捕まえる必要がある。ところが健は虫が苦手なのだ。しかも肝心の動植物部門の担当者カミロ・クロポトフはのんびりしていて…
 いかにも研究者なカミロがいい味出してる。頭の回転に口が追い付かないと、片言になったり無口になったりするんだよね、専門家ってのは。人工的に遺伝子を弄られているとはいえ、結局は生物。環境が変われば、それに合わせて生殖戦略を変え、とにかく生き延び子孫を残そうとするニジタマムシちゃんの奮闘と、それに振り回される<アフロディーテ>のメンバーが楽しい。
 そういえば日本じゃオオクワガタやヘラクレスオオカブトが男の子に根強い人気を誇ってるんで、将来は遺伝子操作して大型化、なんて事業が出てくるかも。
にせもの / SFマガジン2019年8月号

「見分けがつかないくらいなんだから、もうどっちも本物だったってことにすればいいんじゃないかなあ」

 総合管轄部門のトラブルメーカーであるマシュー・キンバリーが、「贋作鑑賞術」を企画した。贋作と真作を並べて展示するのだ。準備で忙しい中、<アフロディーテ>所有の逸品<都会焼>の「片桐彫松竹梅」そっくりの壺が見つかる。詐欺常習の古物商からでた壺は、来歴も<アフロディーテ>所有の物と同じ。ただ、<アフロディーテ>所有物には<都会焼>創設者の柊野彦一発行の認定シールがある。
 貫入とは釉のひび割れ(→コトバンク)。素人の私は健の言葉に思わずうなずいちゃったりw 贋作ネタはミステリとして美味しくて、「贋作者列伝」や「にせもの美術史」も楽しいです。さすがに現代じゃ陶器は無理だろうけど、「ミロのビーナス」などの彫刻なら3Dスキャナー+3Dプリンタで精巧な複製が作れるんだろうなあ。
 なお、ドリューの大贋作事件は日本経済新聞の記事が参考になる。
笑顔の写真 / SFマガジン2019年12月号

「笑顔のてっぺん、か」

 <アフロディーテ>では、開設50周年企画の準備が進んでいる。その一環として、写真家のジョルジュ・ペタンを招いた。「笑顔の写真家」の別名で知られる彼は、世界各地で生活感あふれるスナップを撮り、特に人々の笑顔が特徴だ。代表作はチリのマプチェの子供たちを撮った作品。銀塩写真にこだわりスクラッチのエフェクトが得意なペタンだが、どうも元気がない。
 イーストマン・コダック社(→Wikipedia)の倒産など、デジタル・カメラやスマートフォンの普及で危機に瀕している銀塩写真が重要な役割を果たす作品。ロッド・スチュアートも名曲マギー・メイ(→Youtube)があまり好きじゃないそうで、世間で高く評価されても作者は納得するとは限らないのが難しい。凡作として忘れられればともかく、事あるごとに引き合いにされると、なおさら棘が心に突き刺さるんだよなあ。
笑顔のゆくえ / SFマガジン2020年2月号

俺は、いま一度ロブレの笑みに向き合いたいんだ。

 ペタンに元気がない原因は、まさしく代表作にあった。しかも、その代表作に目をつけた何者かが、妙なちょっかいを出している。失ってしまった笑顔を取り戻そうと、素人なりに健は気を回すのだが…
 実質的に先の「笑顔の写真」と前後編を成す作品。と同時に、自我をもつAIについての議論の一つにも挑んでいる。どういえばこの作品集、<ダイク>や<エウポロシュネー>のハードウェアには触れてなくて、あくまでも健や尚美とのインタフェースだけの描写になってる。たぶん分散処理してるんだろうなあ。最後の一行が、いかにも健らしくて心に染みる。
遥かな花 / SFマガジン2020年4月号

「この絵描き、本当は何を表現したかったのだろうね」

 動・植物部門が管理する孤島キプロスは、人工的に生み出された生物を隔離していて、一般には非公開だ。作業員を装いプラント・ハンターのケネト・ルンドクヴィストは作業員を装い侵入し、あっさり捕まる。製薬会社アベニウスの会長ヨーラン・アベニウスが身元を引き受けてもいいと申し出たが、ケネトは父親フレデリクの因縁でヨーランを憎んでいる様子。
 Wikipedia じゃプラントハンターは過去の遺物みたいな扱いだけど、「フルーツ・ハンター」によるとドッコイ今でも元気に世界中を駆け回ってる。最近は中国が熱いんじゃないかな。いるよね、能天気で気ままだけど妙に憎めなくて、誰とでも友達になっちゃう奴w 人類がアフリカを出たのは、そういう奴が先導したのかも。
歓喜の歌 / SFマガジン2020年6月号

細かい仕事は雲霞のように湧いてきて目の前をふさぐ。

 <アフロディーテ>50周年記念フェスティバル前夜。多くの訪問者でにぎわう中、尚美・シャハムは次々と舞い込むトラブルで大忙し。もちろん問題児マシュー・キンバリーも騒ぎとも縁じゃない。同じころ、兵藤健は大捕り物に備え緊張している。長く尻尾が掴めなかった国際的な美術品犯罪組織アート・スタイラーに、接触する機会が得られたのだ。
 日本では年末の風物詩ともなった「歓喜の歌」(→Youtube)をBGMに、あの壮大な曲にふさわしい見事なフィナーレを決める完結編。今までの短編でじっくり仕込んだダシが、鮮やかな隠し味となって効いてくる。この著者、音楽が絡むとホントいい作品を書くんだよなあ。にしても尚美さん、最初から最後まで怒りっぱなしなのはどうよw

 「永遠の森」から続いた博物館惑星シリーズ。いまよりちょっと進んだ技術をネタにしつつ、「ヒトと作品」の関係を見つめた連作短編集だ。「不見の月」以降は、芸術オンチの兵藤健を主人公に据えることで、芸術には素人の私も親しみを持てるお話になった。

 なお、SFマガジン2020年10月号には、ボーナス・トラックに当たる「博物館惑星 余話 海底図書館」が載っているので、気になる人は古本屋か図書館を漁ろう。

 ところで十日町たけひろによるカバー、実に巧みに内容を表してるんだけど、これポスターとして売ってほしいなあ。

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