2018年8月13日 (月)

デイヴィッド・フィンケル「兵士は戦場で何を見たのか」亜紀書房 古屋美登里訳

「俺の思い描くイラクの最終局面というのは、イラクの子供たちがサッカー場でなんの不安もなく遊べることだ」
  ――1章 2007年4月6日

「俺たちが引き上げちまったらあいつら殺されるな」
  ――5章 2007年7月12日

2006年には、16-2においてそういった兵士が占める割合は高く、陸軍の15%が犯罪免責者だった。大半は軽犯罪者ではあったが、千人近い新兵が重罪犯で、それは三年前に比べると二倍以上になっていた。
  ――6章 2007年7月23日

「イラクはあらゆるものの発祥の地です。反乱も、食べ物も」
  ――8章 2007年10月28日

「兵士たちは怒りを抱えて帰っていきます。故郷に帰って普通の生活をしたいのです。ところが兵士の方がまったく普通ではなくなっている」(略)「休暇で帰郷するのは、派兵の中でも最悪のことなんです」
  ――9章 2007年12月11日

二、三日前にマーチは、1万3500ドルのボーナスを受け取れるということを知ってすぐに契約書にサインをした。志願兵が兵役期間を延長するとその金額をもらえることになっていた。
  ――11章 2008年2月28日

「立派な男が崩壊するのを、きみは目の当たりにするだろうな」
  ――12章 2008年3月29日

【どんな本?】

 2007年1月、ブッシュ大統領は軍の増派を発表する。反乱が続くイラクに平和を取り戻すためだ。
 増派に伴い、16-2が編成される。正式名称は合衆国陸軍第一歩兵師団第四歩兵旅団第16歩兵連隊第2大隊、またの名をレンジャーズ。隊長はラルフ・カウズラリッチ中佐、副隊長はブウレント・カミングズ中佐。人数は約800名、平均年齢は19歳。
 
 彼らの任地はバグダッド東部のラスタミヤFOB(前線作戦基地)。ここはシーア派が多い。ここで16-2はテロリストを狩り、住民を守って信頼を勝ち取り、イラクの治安部隊に任務を引き継ぐ予定だ。

 彼らが派遣されたバグダット東部は、どんな所か。そこで彼らは何をしたのか。住民は彼らをどう迎えたのか。日々のパトロールは、どの様に行い、どんな事件があったのか。イラクの治安部隊は育ったのか。そして、彼らの担当区域の治安は良くなったのか。

 カンザス州フォート・ライリーでの訓練から、イラクでの任務、そして帰国まで、16-2に同行して取材したジャーナリストが、最前線で戦う彼らの日々の暮らしと任務、そして戦場の様子をつぶさに描く、戦慄のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Good Soldiers, by David Finkel, 2009。日本語版は2016年2月18日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約388頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント44字×18行×388頁=約307,296字、400字詰め原稿用紙で約769枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。軍事物だが、必要な前提知識は三つぐらい。まずは自動小銃と迫撃砲の区別がつくこと。次いで AK-47 がソ連製の自動小銃だとわかること。最後には階級で、偉い順に 中佐>中尉>曹長>特技兵 程度。

 ただ、IED(即席爆弾、→Wikipedia)やEFP(自己鍛造弾、→Wikipedia)などの略語が多く出てくるので、用語一覧が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • 1章 2007年4月6日
  • 2章 2007年4月14日
  • 3章 2007年5月7日
  • 4章 2007年6月30日
  • 5章 2007年7月12日
  • 6章 2007年7月23日
  • 7章 2007年9月22日
  • 8章 2007年10月28日
  • 9章 2007年12月11日
  • 10章 2008年1月25日
  • 11章 2008年2月28日
  • 12章 2008年3月29日
  • 13章 2008年4月10日
  • 兵士名簿/附記/訳者あとがき

【感想は?】

 とてもリアルな戦場物だ。まず、戦場の匂いで驚いた。

 戦場の匂いと聞いて、何を想像するだろう? 硝煙の匂い? ゴムやプラスチックが焼ける匂い? 人肉が焼ける匂い? ガソリンの匂い?

 どれも違う。少なくとも、イラクとアフガニスタンでは。まず彼らが気づくのは、クソの匂いだ。例えじゃない。ウンコの匂いだ。少なくとも、イラクを描く本書と、アフガニスタンを扱う「アシュリーの戦争」は、そう書いている。最初に米兵が気づくのは、人糞の匂いだ。

 「アシュリーの戦争」では、カンダハルが最初の任地だった。本書では、バグダット東部である。いずれも多くの人が住む都市だ。長い戦いで荒れ果て、インフラが崩壊している。電気も、上下水道も。そして人は生きていればクソをする。多くの人がいれば、多くのクソが出る。

 クソは道路の横の堀に溜まる。掘は広く、蓋がない。装甲した兵員輸送車ハンヴィー(→Wikipedia)が、ずっぽりとハマるぐらい広い。

6月5日。午後10時55分。五人の兵士を乗せた一台15万ドルのハンヴィーが、誤って下水道にはまり、逆さまになって沈んだ。
  ――4章 2007年6月30日

 戦死にしたって、クソに溺れて死ぬなんて最低だ。遺族にだって伝えようがない。でも、それが本当の戦場らしい。ひでえ話だ。

 それでも、隊を率いるカウズラリッチ中佐は、戦士らしく果敢に困難に挑む。ラスタミヤFOBに籠らず、敢えて危険な区域に幾つかの前線基地を設ける。そこに住む者と仲良くするためだ。手ごろな廃工場を見つけたが、既に先客がいる。恐らく家を失ったんだろう、11人家族が住みついていた。

 彼らに1500ドルを払って叩き出し、前線基地を築く。いきなり重装備の兵隊たちに囲まれ、はした金で叩きだされる気分は、どんなもんだろうね。他の住民にしたって、嬉しい筈もなく、前線基地を設けた結果…

「このあたりの四割の住民が出ていきました」
  ――3章 2007年5月7日

 実際、これが賢明なのは、読み進めていくとわかる。なんたって、前線基地ばかりか、大隊が常駐するラスタミヤFOBまで襲われる始末だ。

 加えて、米兵のガサ入れも荒っぽい。それより酷いのは、テロリストの追跡だ。米兵を襲ったテロリストは、そこらの家に勝手に潜り込む。それを追い米兵も家に踏み入り、テロリストを射ち殺す。普通の主婦の目の前で。八歳の女の子の目の前で。

 これがイラク人に歓迎される筈もなく、稀に好意的な人がいても…

「申し訳ないんですが、私は協力することはできないんですよ」と男は言った。「私の命にかかわるので」
  ――2章 2007年4月14日

 と、及び腰だ。通訳など、米軍が現地で雇ったスタッフの声も拾っている。彼らも、その家族も命がけだ。隊長付きの通訳イジーは、帰宅時に何度もタクシーを乗り換える。テロリストに尾行され、家がバレたら、家族が危ない。近所の人にも、名前と身分を偽っている。

「身を守るための作り話です。だって、わたしがイラク人だと知れたら、きっとひどい目に遭わされるから」
  ――8章 2007年10月28日

 それでも大隊はパトロールを続ける。狙撃兵に狙われ、IEDやEFPに吹き飛ばされ、迫撃砲や手製の多連装ロケット弾を撃ち込まれ、クソの溜まった溝で溺れかけても。

 だが、こういった戦場の現実は、ワシントンに届かない。イラク戦争の最高司令官デイヴィッド・ペトレイアス大将はラスタミヤを訪れ、カウズラリッチから実情を聞く。しかし、ワシントンでのペトレイアスの証言は…

カウズラリッチのような兵士なら、戦争をイラクで戦っているものとして語れたかもしれないが、太西洋を渡ると戦争は別の姿になり、ワシントンに行ったペトレイアスが証言した戦争は、ワシントンで戦っている戦争になっていた。
  ――7章 2007年9月22日

 と、全く論調が違ってしまう。この本では、各章の冒頭に、ブッシュ大統領の演説を引用している。これが、実にキツい皮肉となって虚空に響き渡る。

 こういった状況の中で、戦士たちは次第に壊れてゆく。手が震え、悪夢にうなされ、または眠れず、動悸が止まらない。鬱に陥り、自殺を考える。手足の負傷なら、見ればわかるので、世間は英雄として扱う。だがPTSDは見えないし、そもそもPTSDの存在を認めない人も多い。

内部調査では、イラクに派兵された兵士のうち20%が、(略)PTSDの症状を示していた。この調査ではさらに、こうした症状は何度も派兵された兵士に数多く現れることや、こうした症状に苦しむ何十万人もの兵士の治療費のほうが、戦争自体で使われる費用より大きくなりかねないということも指摘していた。
  ――9章 2007年12月11日

 それでも、さすが米軍だと思うのは、これをチャンと調べ、防ぐための手立ても講じてること。グロースマン先生の「戦争における[人殺し]の心理学」や「[戦争]の心理学」は、ちゃんと活用されているらしい。

礼拝堂では、数カ月先にどんな事が起きるか、というセミナーを強制的に開いていた。フラッシュバックが起きるのは普通のことだ、と兵士たちは教えられた。
  ――11章 2008年2月28日

 終盤では、負傷兵の療養の様子も出てくる。著者は悲惨さを伝えようとしているみたいだが、私の感想は違った。確かに四肢や目を失った将兵は悲惨だが、看護は手厚い。合衆国が将兵を大切に扱っているのがよくわかる。

 太平洋戦争で戦った帝国陸海軍将兵は、少なくとも精神的なケアは何も受けなかった。敗戦など国情もあるにせよ、この国は人を粗末に扱う。PTSDに苦しんだ人も多い筈なのに、それが明るみに出ていない。臭いものに蓋、がこの国の基本態度であり、人の扱いが粗末だ。

 南スーダンやイラクに行った自衛隊員は、ちゃんとケアされてるんだろうか? 彼らの苦しみは、ほとんど報道されないだけに、余計に怪しんでしまう。

 「ブラック・フラッグス」が描いた、ザルカウィの目論見は、どんな形で実現したのか。その実体は、どんなものなのか。前線で戦う将兵は、何を経験したのか。そして、そこに住む人々の暮らしは、どうなったのか。

 汚い言葉が溢れているし、悲惨で血生臭い場面がひたすら続く。それだけに、決して読んで気分が良くなる本じゃない。それでも、否応なしに読まされてしまう迫力に溢れている。現実を直視する勇気があるだけに薦める。それでも、心身の調子が悪い時は避けた方が賢明だ。

 繰り返す。繊細な人、体調が悪い時、落ち込んでいる時は、読まない方がいい。これが現実だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月10日 (金)

池上永一「ヒストリア」角川書店

「ここにいたらちゃんと泣けないの。ここにいたらちゃんと笑えないの。私は毎日怯えて生きている。そんな人生は嫌なのよ!」
  ――p93

「私はここで生きていくのよ。森はどけっ!」
  ――p203

「私はいつまでたっても切れないジジィのしょんべんみたいな戦争が嫌いなの」
  ――p310

「楽しかったでしょ? イマドキのセックスは女が発射するのよ」
  ――p423

私たちは人生のスピード狂で、死のスリルを楽しんでいる。
  ――p472

「いいこと? よく聞くのよ、エルネスト。ボリビアという国は存在しないからよ」
  ――p526

「あなたはコロニアに宿った最初の神様よ」
  ――p590

【どんな本?】

 生まれ育った沖縄に拘り続ける作家・池上永一による、南米に移民した沖縄の女が大暴れする、長編娯楽アクション・ファンタジイ。

 1945年3月、太平洋戦争の末期、沖縄の戦い。知花煉は、米軍の空襲により家も家族も失う。ばかりか、マブイ(魂)までどこかに飛んでしまった。

 なんとか終戦まで生き延びた錬は、コザの闇市でチャンスを見つけ、事業を起こす。人を雇い商売も軌道に乗り始めたころ、行き違いでお尋ね者となり、南米のボリビアへと高跳びする羽目になる。

 ボリビアでも商売を始めたが、なかなか芽が出ない。借金は嵩むが、暮らしていくのがやっとだ。現地で知り合った日系三世のイノウエ兄弟に連れられ、プロレスを見に行った煉は…

太平洋戦争末期の沖縄戦・米軍に占領された沖縄・スペインに占領された南米・その南米に移民した沖縄の人々など、過酷で複雑な社会背景を舞台に、負けん気が強く才気に溢れた女が走り回る、娯楽大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年8月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約623頁。9ポイント44字×21行×623頁=約575,652字、400字詰め原稿用紙で約1,440枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。ファンタジイ的な仕掛けはマブイぐらいなので、あまり気にしなくていい。私たちには馴染みのない南米、それもボリビアが舞台で、その歴史・社会・風俗が重要な意味を持つが、必要な事柄は作中でわかりやすく説明してあるので、何も知らない人でも大丈夫。

【感想は?】

 池上ヒロイン大暴れ。

 池上ヒロインとは。本性は両津勘吉だが、見た目は秋本・カトリーヌ・麗子、そんな女だ。

 気位が高く、バイタリティに溢れ、鼻っ柱がやたらと強い。機を見るに敏で、フットワークが軽く、先を見通す目もある。だから商売を始めればまたたく間に繁盛し、あっという間に事業を拡げてゆく。

 ただし堅実に店を守るのは苦手だ。いつだって手を広げすぎ、または鼻っ柱の強さが災いして、地雷原に踏み込み、全てがおじゃんになる。

 そこで泣き怒り頭を掻きむしり、でもすぐに次の事を考えて動き出す。

 この作品の主人公、知花煉も、典型的な池上ヒロインの一人。太平洋戦争の末期、地獄の沖縄戦に巻き込まれ、家も財産も家族も失い、何も持たない孤児となってしまう。

 ここで描かれる、沖縄人から見た太平洋戦争は、かなり不愉快なシロモノだ。当時の大日本帝国がいい国だと思ってる人には、耐えられないだろう。しかも、ここで示されるテーマは、後に舞台がボリビアに移ってからも、何度も繰り返し奏でられる。よって、そういう人は、この本に近づかない方がいい。

 この辺は「終戦史」あたりが詳しいので、参考までに。

 やはりエンジンがかかってくるのは、ボリビアに移ってから。ここで登場するセーザルとカルロスのイノウエ兄弟も楽しい連中だが、なんといっても華があるのは「絶世の美女」カルメン。この物語の、もう一人のヒロインと言っていい。沖縄美女の代表が錬なら、ボリビア美女の代表だろう。

 沖縄でも裸一貫から事業を起こした煉のこと、ボリビアでも何度も転んでは立ち上がる。この中で描かれる、ボリビアを中心とした南米の事情は、船戸与一の南米三部作をギュッと一冊にまとめたような濃さだ。

 ただ、その背景に漂う空気が、だいぶ違う。いずれも無常感が底にあるんだけど、船戸作品はそれが虚無感となるのに対し、池上永一は「なんくるないさー」になる。どこか明るいのだ。

 これは主人公の性格もあるが、やはり池上節というか。

 やたらとテンポが良く、お話がコロコロと転がっていくのに加え、所々に仕込んであるシモネタも効いてる。「ジジィのしょんべん」なんて平気で言っちゃうヒロインだし。そのくせ、ボリビアのファッション・リーダーを気取ってるんだから、凄い女だw

 表紙にあるようにチェ・ゲバラが絡んできたりと、無謀に風呂敷を広げていくのも、池上節の楽しい所。南米物なら定番の悪役も出てくるし、マニア好みなメカも大活躍するので、好きな人はお楽しみに。

 南米ならではの複雑な社会事情を活かしたストーリーに、当時の事件を巧く織り込み、銀色のコンドルで飛び回る場面とか、内藤陳さんが生きていたら、大絶賛しただろうなあ。

 かと思えば、地に足をつけて生きている、路地で生きている人や、農民の暮らしも、ちゃんと描いているのも、この作品への力の入れようがわかる所。特に力がこもっているのが、料理の場面。沖縄の伝統料理を、南米の素材で再現していくあたりは、腹の虫が鳴きまくるので覚悟しよう。

 スピード感に溢れ起伏の激しいストーリー、次々と意外な姿を見せるボリビアを中心とした南米の歴史と社会、バイタリティ溢れるパワフルなヒロイン、人情味あふれる仲間たちが繰り広げるギャグとアクション、そして底に流れる沖縄への想い。寝不足必至の大型娯楽長編小説だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 7日 (火)

アン・カープ「[声]の秘密」草思社 梶山あゆみ訳

声を作るとき、唇と口が役に立っているのはわかりやすい。喉頭(このなかに声帯がある)も間違いなくかかわっている。だが、それだけではない。じつは胴体の3/4までもがこの作業に加わっている。
  ――2章 声が生まれる仕組み

声が大きいのはいつだってほかの人であって、決して自分ではない。
  ――3章 コミュニケーションを彩る「声の人格」

私たちは、自分に近いペースで話す人ほど能力も魅力もあると考える傾向にある。
  ――3章 コミュニケーションを彩る「声の人格」

母親語は恋人同士の会話によく似ているのだ。「こっちに来て」と赤ん坊に呼びかけるときの声は、恋人に向けて同じことを言うときとほとんど変わらない。
  ――6章 「母親語」は絆を育むメロディ

おもしろいことに、産声の周波数は楽器を調律するさいの世界基準の周波数と同じだ。
  ――7章 赤ん坊の声、恐るべし

「誰もがみんな、なんとか話を聞いてもらおうとして叫んでいる。本当によく聞いてもらえる経験をすると、『そうか、そんなに叫ばなくてもいいんだ』と徐々にわかってくるんだ」
  ――8章 声と自分の複雑な関係

ある研究によると、強い不安を感じている子供は、ほかの子供の怯えた声を怒りと勘違いしやすい。声に込められた怒りを正しく読み取れないと問題行動が生じ、それがのちに暴力行為や犯罪行為につながるおそれがあるとも指摘されている。
  ――9章 声に表われる感情

ルネサンスの時代になるまで、神が目に見える姿で描かれる事はなかった。神は音か振動だと考えられていたからである。
  ――13章 声の社会から文字の社会へ

18世紀と19世紀の俳優の声は、劇作家の書いたセリフをそのまま読んでいるのを隠そうともしなかった。20世紀半ばの映画俳優は、自分でその言葉を考えたかのように話すことを目指した。
  ――14章 人前での話し方はどう変わったか

1960年のアメリカ大統領選挙のときである。候補者のケネディとニクソンが史上初のテレビ討論に臨んだ。討論をラジオで聴いていた人は、ニクソンが勝ったと断言する。ところが、7000万人のテレビ(略)視聴者の圧倒的多数は、一回目の討論がケネディの勝利だと判断する。
  ――15章 テクノロジーは声を変える

【どんな本?】

 人は赤ん坊に話しかけるとき、普通とは違う話し方をする。言葉遣いが違うだけでなく、声も変わる。やや高い声になり、大きさ・高さなどの変化も大げさになる。これはペットに話しかけるときも同じだ。

 これほど極端ではないにせよ、人は相手によって話し方や声の調子を変える。また、職場と家庭など、状況によっても変えている。時と場所、そして相手との関係により、相応しい話し方や声の調子があるのだ。

 こういった情報は、文字にすると消えてしまう。電子メールではちょっとした言葉尻でトラブルになる事がある。これは、声が伝えていた情報が失われたため、とも言われる。

 では、そこには、どんな情報が込められているんだろう? 私たちは、どんな情報を受け取っているんだろう? どんな信号があって、どんな意味を伝えているんだろう? 何が生来の物で、何が文化的な物なんだろう?

 イギリスの社会学者兼ジャーナリストが、人の声が持つ不思議な性質を、科学・歴史・文化など様々な角度から切り取って描く、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Human Voice, by Anne Karpf, 2006。日本語版は2008年10月1日第1版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約285頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント44字×18行×285頁=約225,720字、400字詰め原稿用紙で約565枚。文庫本なら普通の厚さの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ただ、出てくる例の多くが、アメリカとイギリスの政治家や役者なので、洋画が好きな人の方が楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 第Ⅰ部 声の生態
    • 1章 声が教えてくれること
      目の独裁支配/「話す」ことについての表現/声によるサポート/声はこんなに役立つ
    • 2章 声が生まれる仕組み
      驚異の製造プロセス/声を生み出す無意識の連係プレー/喉頭のダ・ヴィンチ/驚異の器官 耳/脳のなかの声、ナゾの錬金術/自分の声を聞くことの意味
    • 3章 コミュニケーションを彩る「声の人格」
      言語とパラ言語/“声のメロディ”ピッチとイントネーション/声の大きさは何で決まるか/話す速度の意味/一瞬で誰の声かわかる不思議
    • 4章 進化するヒトの声
      声を操る動物たち/「鳥頭」の中身/周波数の掟/人類は初めて言葉をしゃべったとき/「ヒトを人間にする」遺伝子/左側が大事なわけ/右脳と左脳、本当の関係
    • 5章 母の声は強し
      違いの分かる胎児/母の顔より母の声/パパは無視!/人間メトロノーム/リズムに合わせる赤ん坊/赤ん坊の感情と声/文化が話すリズムを変える/憂鬱の音/受け継がれる親の声/母の声は天使か悪魔か
    • 6章 「母親語」は絆を育むメロディ
      大人が赤ん坊を真似るわけ/「アー」「エー」「オー」/母親語はどこから来たのか/ところ変われば赤ん坊の待遇も変わる/ペット言葉と子供扱い/父親語
    • 7章 赤ん坊の声、恐るべし
      赤ん坊の声の発達 産声の神秘 最初の三カ月 三~六カ月 六~八カ月 12カ月/音や声を聞き分ける赤ん坊/失うことで得られるもの/メロディから学ぶ/赤ん坊が母国語を好むわけ/話す能力は生まれつき?/言葉遊びの意味
  • 第Ⅱ部 声を支配するもの
    • 8章 声と自分の複雑な関係
      声への不満を語る声/仕事をする声/怒りを鎮める声/使い分けられる声/留守電のメッセージが難しいわけ/声を失うとき/現実の声と心の声/声をなくしてわかること/自分の声を消す理由/「聞いてもらうこと」の魔力
    • 9章 声に表われる感情
      感情を声に変換する/パーソナリティは声に出るか/声に現れる憂鬱/現実から切り離された声/相手の「声」になって考える/声を読む子供、読まない子供/嘘は声を聞けばわかるか?/過去の記憶を呼び覚ます声
    • 10章 声の男女差
      声の性差はどこで生まれるのか?/「女性の声は裸と同じ」/放送から締め出されていた女性の声/女性の方がおしゃべりという固定観念/「女らしい声」の移り変わり/聞く側の問題
    • 11章 男性化する女性の声、女性化する男性の声
      日本人女性の高い声/進化論で読み解く声の男女差/「声を低くしてください」/黙り込む男性/女性化する男性の声
    • 12章 文化による声の違い
      呪術の声/日本人の相槌は何を表現しているのか/声は階級を語る/異文化間の誤解
  • 第Ⅲ部 声の温故知新
    • 13章 声の社会から文字の社会へ
      目から耳へ/声の文化は死なず/耳と目が和解する日/視覚と聴覚のコラボレーション
    • 14章 人前での話し方はどう変わったか
      俳優の声の移り変わり/大統領、首相、独裁者の声を読み解く フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト ヒトラー チャーチル レーガン サッチャー トニー・ブレア ブッシュ、ゴア、ケリー
    • 15章 テクノロジーは声を変える
      体を持たない声 電話の誕生/保存される声 蓄音機の誕生/「声のアルバム」のその後/さらなる波 ラジオ放送の誕生/「声の戦争」としての第二次世界大戦/声なき人々の声/声と身体の再合体 トーキーの誕生/ハリウッド映画の声/デ・ニーロとアル・パチーノの鉢合わせ/テレビの登場が変えたもの/パワーポイントと声のパワー
    • 16章 声が盗まれ、失われるとき
      声紋鑑定の理想と現実/音声認証は安全か/携帯電話と新しい声の文化/声のパノプティコン/声の新たなる可能性/声の喪失を嘆く人たち/盗まれる声/声は誰のものか
  • おわりに
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 私は自分の声が嫌いだ。僻みっぽく薄っぺらい人格がモロに出ている感じがする。でも、どうやら私だけじゃないと知って、少し安心した。

私たちは声を出すだけでなく、自分で自分の声を聞いてもいる。ところが、声を録音して聞かせると、ほとんどの人がそれを毛嫌いする。
  ――8章 声と自分の複雑な関係

 この章には、私と同じように感じている人が、何人も出てくる。だが、やはり声には人の心を動かす力があるらしく、弁護士は声の使い方が大事らしい。

 人の心を動かす商売といえば、なんと言っても役者だろう。

 音響テクノロジーが役者に与えた最初の試練は、なんといっても映画だ。映画がサイレントからトーキーに変わった際の、有名な映画俳優たちの反応も、私を安心させてくれる。クレタ・ガルボでさえ、「生まれる前の赤ん坊の気分」になったとか。

 役者と同じように、政治家も人の心を掴むのが商売だ。これの名人は、ヒトラーだろう。

彼はミュンヘンの有名なコメディアンの手法を真似て演説の技術を磨き、騒がしいビアホールのなかでも聴衆の注意を引けるようにした。さらには各ビアホールの音響効果を詳しく調べ、それぞれに合った声の高さで話した。
  ――14章 人前での話し方はどう変わったか

 ネット上のヒトラーの動画は、短時間の物が多い。たいていヒステリックに叫んでいる。だが、あれはごく一部を切り取ったものだ。実際には、最初から最後まで、話す速さや声の大小と高低を、周到に計算していたそうだ。しかも拍手するサクラを仕込み、聴衆の歓声を拾うマイクの位置まで計算して。

 政治家ではなく役者か演出家になれば、今でも偉業を称えられただろうに。

 やはり演出の妙を暴かれているのが、マーチン・ルーサー・キングJr。有名な「私には夢がある」だと、はじめはゆっくり、次第に声を大きく、「今こそ」の繰り返しでリズムを作る。レッド・ツェッペリンのヒット曲「天国への階段」と同じパターンだ。

 など、演出方法も面白いが、これには文化的な違いもある。アメリカとイギリスの例が多い本だが、なぜか日本の例もけっこう出てくる。最初にドキリとしたのが…

どんな地域を見ても、日本人女性ほど高い声で話す女性はまずいない。
  ――11章 男性化する女性の声、女性化する男性の声

 あまり言いたくないが、これ最も顕著なのがポルノ。洋モノを最初に見て驚いたのが、女優の声が低いこと。いやどうでもいいんだけど。ちなみに同じ日本のポルノでも生モノとアニメじゃ←いい加減にしろ

 ここでは、小宮悦子のエピソードが興味深い。同じテレビ番組でも、昼のバラエティと夜のニュース番組では、相応しい声が違うのだ。これを、ちゃんと周波数まで測って調べてあって、そこが私には嬉しかった。数字が出てくると、なぜか嬉しくなるんだ。

 この差を男女の社会的立場の違いと解釈してるんだが、どうなんだろう。そういえば、私は時おりインターネット・ラジオで様々な国の音楽番組を聞くんだけど、イランの女性歌手の声はカン高くて子供みたいな声なんだよなあ。

 などの男女差もあるが、お国事情もいろいろ。やはり日本の特徴として…

日本人が相槌を打つ回数はイギリス人より二倍多い。
  ――12章 文化による声の違い

 いやアメリカ人だって「アハン」とか「ムーフ」とか入れるじゃん、と思うんだが、イギリス人は違うらしい。

 また、声の大きさも国によりけり。アメリカ人は騒がしいって印象があるが、アラブ人は更に声がデカいとか。これ別に傍若無人ってわけではなく、そういう文化なのだ。アラブ人にとって小さい声は、「本心を語っていないように聞こえる」とか。

 この辺を読んでると、ぜひ日本のアニメ文化も調べて欲しいと思ったり。「ダメ絶対音感」なんて言葉もあって、かないみかとこおろぎさとみを聞き分けられる強者も世の中にはいるらしい。でも普通の人は、家族など聞きなれている相手はともかく、一見さん(というより一聞さん?)の声の記憶はあやふやで…

「声の面通し」の精度はわずか30%でしかない。
  ――16章 声が盗まれ、失われるとき

 と、法廷での証拠としちゃ声はあましアテにならないらしい。また、声紋分析の怪しさも暴いている。でも、逆に親や息子など、親しい人だと、電話越しの声でも、体調や気分がわかったりするから不思議。

 第Ⅰ部では、あまり文化や立場の違いが表れない赤ん坊の声で共通点を探り、第Ⅱ部以降で国・立場・時代で変化を調べる形にすることで、私たちの「声」が社会の影響を強く受けている事を鮮明に浮き上がらせる工夫も巧い。アッサリと読めるわりに、面白エピソードも多く、「気が付かなかった別世界」を覗かせてくれる本だった。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 6日 (月)

エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」河出書房新社 中村融編訳

アーノルド・フェッセンデンは、この惑星で最高の科学者だった――そして最悪の科学者だった。
  ――フェッセンデンの宇宙

「まるきりちがう世界にしていただろう――そこに住むはめになると知っていたら」
  ――追放者

「元気で立派な男の子ですわ、ただ――」
「ただ、なんだね?」
「ただ背中にこぶがあるんです、先生」
  ――翼を持つ男

いったいおれたち人類の血のなかにあるなにが、おれたちのいるべきではないこんな場所へおれたちを駆り立てるのだろう?
  ――太陽の炎

【どんな本?】

 エドモンド・ハミルトンは、アメリカSFの初期に活躍した。キャプテン・フューチャーなどのシリーズで人気を博し、スペース・オペラの黄金期を築いた功労者である。娯楽色の強いヒーロー物の印象が強いハミルトンだが、書名にもなっている「フェッセンデンの宇宙」など、短編では様々な芸風を見せる。

 彼の遺した短編から、編者おすすめの9編を選んだ、日本オリジナルの短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年4月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、編訳者あとがき「あなたの知らないハミルトン」16頁+エドモンド・ハミルトン著作リスト3頁。9ポイント42字×18行×330頁=約249,480字、400字詰め原稿用紙で約624枚。文庫本なら少し厚めの分量。

 文章はこなれている。SFとはいえ、発表の時代が時代だけに、難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。むしろ大事なのは当時の風俗。カメラが乾板だったり電話が固定電話だけだったりと、「あの頃の世界」に入り込めるか否かが大事だったりする。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 の順。

フェッセンデンの宇宙 / Fessenden's Worlds / ウィアード・テールズ1937年4月号
 アーノルド・フェッセンデンは最高の科学者だ。本人も、それをちゃんとわかっている。だが近ごろはさっぱり大学に出てこない。講義すら代理にまかせ、屋敷に引きこもっている。いったい何をしているのか、気になった同僚のブラッドリーは、彼の屋敷を訪ねた。
 「引き籠ったマッド・サイエンティストがやらかす、とんでもない研究」の原型にして究極の短編。困るよねえ、SF黎明期にこんなとんでもない代物を書かれたら、後の者はやりにくくってしょうがないw 優秀にして傲岸不遜、研究のためなら何だってやる。知識と技能は豊かだが倫理観はゴッソリ抜け落ちてる、フェッセンデン博士のキャラクターがよいですw
風の子供 / Child of the Winds / ウィアード・テールズ1936年5月号
 トルキスタンの奥、人跡未踏も同然の高原に、豊かな金脈があるという。一山あてたいユルガンは、現地人のダサン・アンをガイドに雇い、「風の高原」を目指す。現地では、こう言われている。そこは風の聖地で、行く者は風に殺される、と。
 懐かしい風味の、秘境冒険譚。Google Earth なんてのが出てきて、地上に未踏の地が消えた今、この手の物語も一緒に消え…ては、いないんだな、嬉しい事に。というのも、舞台を「辺境の惑星」にすればいいんだから。もちろん、私はこの手の話が大好きです。レムの「砂漠の惑星」とか。
向こうはどんなところだい? / What's It Like Out There? / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年12月号
 第二次火星探索隊は、多くの犠牲者が出た。フランク・八ッドン軍曹は、数少ない生還者の一人だ。国では有名人で、誰もが英雄として扱ってくれる。オハイオの家に帰るついでに、ハッドンには寄る所があった。探索の途中で亡くなった同僚の家族に、約束したのだ。
 スペース・オペラの大家とは思えぬ、哀しみと切なさに満ちた作品。1952年は第二次世界大戦の記憶も生々しく、また朝鮮戦争が38度線近くで膠着した頃。アメリカでも日本でも、ハッドン軍曹と同じ想いをした帰還兵も多いんじゃないだろうか。
帰ってきた男 / The Man Who Returned / ウィアード・テールズ1935年2月号
 冬の夜。ジョン・ウッドフォードは目覚めた。闇に包まれて。いや、棺の中でだ。昔から、持病があった。体が硬直し、呼吸も止まってしまう。勘ちがいされる事を恐れ、土葬ではなく納骨堂に収めるよう言い残したのが幸いした。だが、このままでは息が詰まってしまう。
 生きたまま葬られた者を主人公としたホラー。出だし、棺の中でジョンが足掻く場面が秀逸。狭い棺に閉じ込められた者が味わう恐ろしさ・息苦しさが、ひしひしと伝わってくる。が、話が進むに従い、恐怖に変わり漂うのは…。オッサンとしては、実に切ない。
凶運の彗星 / The Comet Doom / アメージング・ストーリーズ1928年1月号
 彗星が夜空に輝いている。新聞によると、地球に最も近づくのは三日後だ。それでも数百マイルの距離があり、何も害はない。休暇を旅行で過ごしたマーリンは、朝方に湖を船で渡って帰路につく。小さな漁船だ。航行中に、小さな島を見かけた。
 かつてのハミルトンらしい、「エイリアンの侵略」物。人里離れた場所に降り立ったエイリアンは、得体のしれない技術を操り、地球侵略を目論んでいた。それに立ち向かうのは、どこにでもいる普通の男たち。流石に90年前の作品だけに、科学的には色々とアレだが、お話の枠組みは今でもホラー映画・アクション映画の定番。
追放者 / Exile / スーパー・サイエンス・ストーリーズ1943年5月号
 その夜は、四人のSF作家が集まり、食事と酒を楽しんでいた。知らない人が見たら、どこにでもいる普通の男たちに見えただろう。でも、ここにいる奴らは、子供のころからケッタイな世界を思い描いていた。それというのも…
 SF作家同士の楽屋話の形をとった掌編。日本でも、星新一・小松左京・筒井康隆・半村良など、初期の日本SFを支えた人たちは、この手の楽屋ネタっぽい作品を書いてたなあ。それだけSF界は狭く、また作家同士の付き合いが深く結束も堅かったんだろう。
翼を持つ男 / He That Hath Wings / ウィアード・テールズ1938年7月号
 デイヴィッド・ランドは、生まれてすぐ孤児となる。そればかりか、奇形でもあった。背中にふたつ、大きなこぶがある。骨も中空で、体重も軽い。やがて翼が生えるだろう。産婦人科のハリマン医師は、デイヴィッドを引き取り、沖合の孤島で育てることにした。
 ある意味、「風の子供」と対照をなす作品。ケイト・ウィルヘイムの「翼のジェニー」やリチャード・バックの「かもめのジョナサン」と同じように、人が持つ飛ぶことへの憧れが強く出た作品。
太陽の炎 / Sunfire! / アメージング・ストーリーズ1962年9月号
 士官学校の頃から、誰よりも宇宙への憧れが強かったヒュー・ケラード。探査局に入ってからも、情熱はかわらなかった。だが、水星から帰った彼は、探査局をやめると言い出した。事故で二人のクルーを失い、情熱も同時に失ったように見える。だが事故の真相は…
 これまた「向こうはどんなところだい?」と対を成すような作品。やはり哀しみと喪失感が漂う雰囲気ながら、アメリカの歴史を思い浮かべると何か関係が…などと考えるのは、深読みのしすぎだろうか。
 当時、水星は自転周期と公転周期が同じで、常に同じ面を太陽に向けていると思われていた。確かラリイ・ニーヴンが「いちばん寒い場所」を発表した直後に周期の違いがわかり、最も早く時代遅れになった小説としてマニアの話題になったとかならなかったとか。
夢見る者の世界 / Dreamer's Worlds / ウィアード・テールズ1941年11月号
 ドラガル山脈への偵察の帰りに、カール・カン王子は砂漠民のキャンプを見かけた。供のブルサルとズールが諫めるのも聴かず、王子はキャンプに馬を走らせる。黄金の翼と呼ばれる。族長の娘を一目見るために。
 ヘンリー・スティーヴンスは、保険会社に勤める30歳。幼いころからずっと、眠ればカール・カンの夢を見てきた。鮮明で生々しく、細かな所まで辻褄があっている。行動力に溢れ大胆不敵、起伏に富んだ人生のカール・カンと、愛しい妻に恵まれ平穏な人生のヘンリー、どちらが現実なのか?
 ある意味、異世界転生物のバリエーションかも。ただし、両者の性格がまったく違うのはともかく、人格も別なあたりが、ヒネリの効いている。異境の冒険物として楽しめるカール・カンのパートと、サイコ・スリラーっぽいヘンリーのパートの取り合わせも、いいアクセントになっている。

 90年も前の作品もあり、さすがに道具立ては古いながら、「凶運の彗星」などの基本的な枠組みは今でも映画などで繰り返し使われているあたり、人類普遍の物語をSFは受け継いでいるんじゃないか、なんて思ったり。私が最も気に入ったのは、「向こうはどんなところだい?」。軍ヲタのせいか、八ッドンの姿が帰還兵に見えてしょうがなかった。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 5日 (日)

オキシタケヒコ「おそれミミズク あるいは彼岸の渡し綱」講談社タイガ

ぼくはこの座敷牢に、話をするために通い続けている。
そして彼女が望んでいるのは、まさに――そういう話なのだ。
  ――p39

「ぬしのこわいは、とてもよいぞ、ミミズク」
  ――p62

【どんな本?】

 2015年の「波の手紙が響くとき」でSFファンを狂喜させた新鋭作家オキシタケヒコによる、ライトノベル風味のホラー。

 逸見瑞樹は22歳。親の死により、12歳の時に引っ越してきた。今は叔母が営む新聞店で、配達の仕事をしている。海沿いの町は過疎化が進みつつあり、人口も三千を割った。

 逸見は人付き合いが苦手だ。この町に住んで10年になるが、親しい友人は同級生の入谷勇と、ツナという名の少女だけ。既に入谷は都会で働いている。そしてツナは…

 引っ越してきた年に、瑞樹は自転車で町を走り回った。土地勘を養うためだ。その最中に、逸見はあの屋敷を見つけた。なんの因果か屋敷の奥に通された逸見は、座敷牢に閉じ込められた少女ツナと出会う。色白で下半身が動かないツナは、この十年、ほとんど成長していないように見える。

 逸見は、週に一度、ツナに会いにゆく。彼女に怖い話を聞かせるために。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年2月20日第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約317頁。8.5ポイント40字×18行×317頁=約228,240字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫本としては標準的な分量。

 文章はこなれている。特に難しい理屈も出てこない。ただし巧妙な仕掛けがあるので、謎解きが好きな人は、特に序盤を注意深く読もう。

【感想は?】

 SFファンが楽しめるホラー。

 SFの面白さは、いろいろある。中でも私が好きなのは、世界観をひっくり返される感覚だ。A.C.クラークの「幼年期の終り」や山田正紀の「弥勒戦争」とか、実にたまらない。

 お話は伝奇物風に始まる。

 舞台は海辺の寂れゆく町。主人公の瑞樹は22歳の孤児。まだ若いのにマトモな職に就かず、今は叔母の営む新聞店で配達を手伝っている。田舎の町ではロクな職もなく、身を寄せる新聞店も、この先の営業は思わしくない。何より人付き合いが苦手な上に極端な怖がりで、慢性の胃潰瘍に苦しんでいる。

 と、お先真っ暗…というか、むしろ自ら将来を投げ捨てているような瑞樹だが、この町を離れられない理由もある。

 それはツナ。小径の奥にある屋敷。雨戸までシッカリ閉めた暗い屋敷に、住んでいるのは老婆のシズと、座敷牢に閉じ込められたツナだけ。当然、ツナが着ているのは和服である。おお、いかにも忌まわしい曰くがありそう。

 とかの陰鬱な舞台装置を、更に盛り上げるのが、作品中に散りばめられた、短い恐怖譚。

 なぜかツナは怖い話を聞きたがる。そのため、瑞樹はツナに話す「怖い話」を仕入れなきゃいけない。そんなわけで、数頁の体験談が、作中作として入っていて、これがなかなかに不気味。

 怖い話も様々だ。古典的なパターンは、怪異の正体がわかっているもの。番町皿屋敷のお菊や、瓜子姫を攫う天邪鬼は、幽霊だったり妖怪だったりと、一応は正体がわかってる。子供はこういうのが好きだけど、大人になると怖さが薄れ、人によっては研究の対象になっちゃったりする。

 対して、この作中作に出てくるのは、名前がついてない。現代人の体験談なので、どうしても都市伝説風になる。怪異の正体もわからず、結論を放り出していて、これが更に怖さを際立たせる。思うに、口裂け女や人面犬も、名前がつく前に話を聞いたら、もっと怖かったと思う。

 正体不明なのは、ツナも同じ。そもそも座敷牢に閉じ込められ、怖い話をせがむってのが、意味わからん。なまじ愛らしい上に、怖い話を聞くと喜ぶってのも、なんかヤバそうだ。もしかして瑞樹、アブないシロモノに魅入られてるんじゃ…

 とか思って読んでいくと、全く違う風景が忍び込んできて。

 これがまた、世界をひっくり返すと同時に、おぞましい深遠を垣間見せる仕掛けになってるのが、なかなか憎い。おまけに初秋に目立つアレの印象も、ガラリと変わっちゃったり。

 思い込みを覆されるのを心地よく感じる人にお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«鎌田浩毅「マグマの地球科学 火山の下で何が起きているか」中公新書