2023年3月22日 (水)

SFマガジン2023年4月号

けれど黒は、とあなたは考える。喪服だけに使われるわけではない。魔女にふさわしい色なのだと。
  ――シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳

16歳のころ、わたしは毎週木曜日に歯を売っていて、それがドクターに会ったきっかけだった。
  ――エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳

『隠れているジャムを追い出せ。たたき落として、必ず帰投しろ。グッドラック』
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回

 376頁の標準サイズ。

 特集は2つ。津原泰水特集で短編3本、童話1本、漫画1本の加え、エッセイ・追悼文そして作品解題。もう一つは鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。

 小説は12本。

 津原泰水特集で4本(うち1本は童話)。「イハイトの爪」,「Q市風説(斐坂ノート)」,「斜塔から来た少女」,童話「おなかがいたいアナグマ」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回,夢枕獏「小角の城」第68回。

 読み切りは3本。ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳,シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳,エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。

 まずは津原泰水特集から。

 「イハイトの爪」。クラシックのギタリストである兄イハイトのために、親指の爪を伸ばしている。若い娘のサラは、そう斐坂に語った。イハイトの爪が割れた際に、サラの爪を切ってイハイトの爪に貼るために。斐坂は既視感を憶えた。かつて自分が書いた作品に、そんな話があった気がする。

 津原泰水名義での初短編。イハイトとサラの関係が、いかにもかつての少女小説家・津原やすみを感じさせる。が、その後の展開は、確かに津原泰水の味。この仕掛けは、著者の経験が活きてるんだろうか。

 「Q市風説(斐坂ノート)」。社会学者の助手で食いつないでいる斐坂は、仕事で夏のQ市を訪れた。噂話を集めるために。去年は真っ白な屍体を見た。この街には吸血鬼がいる。パブでエールを飲んでいると、女が話しかけてきた。「この女はきのうまでお城の下にいた」

 作家競作プロジェクト「憑依都市」の一編。たぶん返還前の香港をモデルとした、複数国の租界が乱立する治外法権都市Q市を舞台に、胡散臭い男が奇妙な事件に出会う、幻想的な作品。子供たちのうわさ話が、いかにもな不条理さで巧い。

 「斜塔から来た少女」。アオゾラ空中都市と地上都市は小競り合いが続いたが、11大地震をきっかけに和解へと向かう。和平を演出するため、生徒交流が始まった。その一人として地上に降り立ったツキコは、引率のスキを見て抜け出し、乗り合いバスに飛び乗る。

 壊れつつある空中都市に棲む上流階級の少女と、猥雑で汚染された地上に住む青年の出会いを描く物語…ではあるんだが、このオチはさすが。ちょっと星新一のショートショートにも似た味わいがある。

 童話「おなかがいたいアナグマ」。ボスとおさんぽしていたとき、ダックスフントはふしぎなけものとあいました。けものは、はいすいこうにとびこみます。そこはタヌキのとおりみちでした。タヌキにきくと、けものはアナグマだとおしえてくれました。

 津原泰水が童話って、大丈夫かい? と思ったが、大丈夫だったw ダックスフントとタヌキとアナグマ、それぞれの性質を巧く織り込んで、ちゃんと可愛い話にまとまってる。

もう一つの特集、鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。英米のサイエンス・ライターは、一つか二つの科学系の得意分野に加え歴史にも造詣が深い人が多い。対して鹿野氏は科学の知見が広く、かつ最新の知や技術にも通じていたんだなあ、と感じる。とってもテレビなどのマスコミに向くタイプだったのに、なぜ重用されなかったのか不思議だ。終盤では新型コロナの話が四つ続く。これも、鹿野氏は象牙の塔にこもるタイプではなく、時勢にも敏感な人だったのが伝わってくる。

 次に連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回。田村伊歩大尉が雪風の前部に、深井零大尉が後部に乗っての会話。似ているようで、実は二人の根本はまったく違うことが明らかになってゆく。「人間相手には戦ってこなかった」零と、戦いを渇望してきた田村伊歩、そして常にジャムと戦っている雪風。コミュニケーションに難を抱えながらも、格好の仲間を得たトリオがどう暴れるか、期待が高まる。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回。マルセル島におけるハンターたちとマクスウェルたちの戦いに決着がつき、なんとも懐かしい場面が。弔われているのは…。オセロゲームの終盤のように、アチコチでクルクルと情勢が入れ替わってゆくさまが心地いい。にしても、マクスウェルの姿は…

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回。何事もなかったかのように再起動した数値海岸の青野市。今回は児玉家の変容から始まる。「クレマン年代記」はナニやら重要な鍵が潜んでいそう。にしても、お母さん… 当時は幻の映画だった「2001年宇宙の旅」の、印象的な場面が出てきてオジサンは嬉しい。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回。山間の小さな町の図書館を、一人の旅びとが訪れる。司書の琴子は、旅人の肩に小さな生き物を見た気がした。旅人は人を探しに来たのだ。 道具立てはSFだけど、味わいは童話寄りの心優しいファンタジイ。ちょっとゼナ・ヘンダースンの「ピープル・シリーズ」を思い浮かべた。

 続いて読み切り小説。

 ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳。惑星ペイク・シグマⅡの雲霧林には、多様な生物がいる。千九回の公転で一回だけ卵を産むペトラドラゴン。塵様世代と雲様世代を交互に繰り返すスライスライ蠅。一秒間に百回方向を変える針嘴鳥。

 時間に関わる掌編4本からなる作品。最初の「フリッカ」では、タイムスケールが大きく異なる生物たちを紹介する。スライスライ蠅は奇妙なようだが、地球でも似た生態のタマバチがいる(→「虫こぶ入門 」)。終盤では一部のIT技術者を悩ませる問題に、なかなかマッドな解決がw

 シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳。白雪姫を娶った後に王子は王位を継ぎ、三人の子をもうけます。長男のゲルハルトは王子に似て、次男のヴィルヘルムは愛情深く、いちばん下のドロテアは14歳になり、同盟相手に嫁ぐはずでしたが…

 白雪姫の後日譚…なんだが、この著者が素直に続きを語るはずもなく。冒頭から、白雪姫の醒めた目線が酷いw 舞台が中国だったら、往々にして悪役を押し付けられる立場に追いやられる白雪姫だが、そこはそれ。鏡の下す美人の評価も楽しい。

 エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。エマは奇妙な性質を持つ一族の一人だ。怪我をしても、すぐ再生する。命を失うのは老衰か出産だけ。当時は若い歯科医だったドクターに、エマは毎週木曜日に歯を売っていた。やがて助産婦になったエマは、同族の妊婦と出会い…

 書き出しが見事で、一気に引き込まれた。舞台は18世紀のロンドン。だもんで、女はまず医者になれない。当時の出産の場面の描写が、実に生々しくて強く印象に残る。終盤に近付くにつれ、否応なしに盛り上がるサスペンスも見事。

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2023年3月16日 (木)

ライアン・ノース「ゼロからつくる科学文明 タイム・トラベラーのためのサバイバルガイド」早川書房 吉田三知世訳

本ガイドブックの本文には、特別な訓練を一切受けていない、ひとりの人間が文明を基礎から築き上げるのに必要な科学、技術、数学、美術、音楽、著作物、文化、事実、数字の全てが記されています。
  ――あらら

農地は、同じ面積の非農地で狩猟採取によって得られる10倍から100倍のカロリーを生産することができます。
  ――3.5 余剰カロリー

多くの鳥は高代謝で呼吸が早いので、一酸化炭素やその他の毒ガスに、人間よりも先にやられてしまいます。具体的には、人間よりも約20分早く気を失います。
  ――10.4.1 鉱業

自転車は、人間がほとんど最初から完璧なものを作った数少ないもののひとつなのです!
  ――10.12.1 自転車

帆船は実際に、風そのものよりも速く進むことができます。
  ――10.12.5 船

【どんな本?】

 過去へと旅するタイムトラベラーが遭難してしまった。戻るすべはない。どうしよう。

 でも大丈夫。こんなこともあろうかと、タイムマシンFC3000TMには便利なマニュアルがついている。このマニュアルがあれば、あなたは自分で文明を立ち上げることができる。あ、ちなみに、あなたにはタイムマシンの修理なんて無理だから、そのつもりで。

 …という設定でわかるように、親しみやすくユーモラスな筆致で、人類が歴史の中で見つけた知識や創り上げた技術を総ざらえする、歴史と科学と技術の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Invent Everything : A Survival Guide for the Stranded Time Traveler, by Ryan North, 2018。日本語版は2020年9月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み約547頁。9ポイント33字×29行×547頁=約523,479字、400字詰め原稿用紙で約1,309枚。文庫なら上下または上中下ぐらいの大容量。

 文章はくだけているが、少々クセがある。プログラマのせいか、ジョークのセンスが NutShell シリーズに似てるのだ←わかんねーよ えっと、そうだな、あまし文筆に慣れてない理系の人がユーモラスで親しみやすくしようと頑張った、ぐらいに思ってください。

 内容は、簡単な所もあれば難しい所もある。数学や理科が得意な中学生なら、楽しんで読み通せるだろう。あと、歴史のトリビアが好きな人には楽しい小ネタがチラホラ。

【感想は?】

 最近の私が凝っている、科学史・技術史の「まとめ」みたいな本だ。

 なにせ目的は文明の再建だ。取り上げるテーマは多岐にわたる。話し言葉・書き言葉・使いやすい数に始まり、農牧業・鉱業なんて産業から、紡ぎ車・ハーネス・鋤とかの一見単純な技術や工夫、科学的方法や論理などの概念、そしてお決まりの蒸気機関を介して有人飛行までも網羅している。

 それだけに、バラエティに富み美味しい所のつまみ食いみたいな楽しさがある。その反面、個々のテーマへの掘り下げは足りないのは、まあ仕方がないか。

 もう一つ、最近の私が凝っている「小説家になろう」の読み手としても、やっぱり楽しい本だ。

 文明の遅れた世界に行って、現代知識で無双しよう…とか思っても、コンピュータのない世界に行ったら、プログラマはなんの役にも立たない。実際、著者はそういう発想で書き始めたそうだ。

 私も「なろう」の異世界に行ったら、何もできそうもない。だって革のなめし方さえ知らないし。ってんでこの本を読むと…いや、やっぱ、勘弁してほしいなあ。よく見つけたもんだ、そんな方法。

 やっぱり「なろう」で楽しいのは、文明の進歩を速められること。著者もそんな想いを持っているらしく。「人類はこんな事も分からずに××年も無駄にした」みたいな記述がアチコチにある。例えば…

医学は、体液病理説が放棄されたあとの2世紀ほどの間に、それ以前のすべての世紀の間に進んだよりも、はるかに進んだのです。
  14.体を癒す:薬とその発明の仕方――

 まあ、そのためには、統計学とか対照実験とか二重盲検法とかの概念が必要だったんだけど。

 また、「そんな小さな工夫で…」みたいな驚きも多い。やはり医学だと、聴診器がソレ。

聴診器を発明するには、筒を作って誰かの胸に当てるだけでいいのです。
  ――10.3.2 聴診器

 「そんな単純なモンで」と思うんだが、意外と気が付かないんだよね、こーゆーの。

 聴診器は誰もが知ってるけど、ベルトン式水車(→Wikipedia)は、あまし馴染みがないだろう。工夫は単純で、水車の各バケツの真ん中に「くさび型の境目」をつけるだけ。この工夫も意外だけど、これを見つけたキッカケも可笑しい。いやホントか嘘かわかんないが。

 と、そんな、ちょっとした歴史のトリビアもギッシリ詰まってる。産科鉗子のチェンバレン家の話とかは、いかにもありそうで切ない。

 また、現在の私たちの文明が、意外と「たった一つのこと」に依存してるのも、実感できたりする。その代表例が、これ。

文明を滅ぼすこともできる原子炉の力を手にした今でさえ、私たちはその力をほとんど水を沸騰させるためだけに使っているのです。
  ――10.5.4 蒸気機関

 いやあ、ボイルの法則(→Wikipedia)は偉大だわ。要は「高温の気体は体積がやたらデカくなる」って理屈。自動車もロケットも原子力発電所も銃も、体積の爆発的な拡大が原動力なんだよね。

 やはり科学で圧倒的だったのが、11章。ここでは原子の仕組みから化合物ができるまでを扱うんだが…

最も小さな電子核は、2個の電子を収納できますが、次の電子核には8個、その次に大きな電子核には18個、というぐあいに、2(n2)という式にしたがって、収容できる電子の数が、外側の殻ほど多くなります。
  ――11.化学:物とはなにか? どうやって物を作ればいいのか?

 ってな規則性から始まって、様々な物質が、どう結びつくかまでを扱ってる。私は化学が苦手なんだけど、この章を読むだけで化学が分かった気になるから凄い。

 科学エッセイが好きな人に、技術史に興味がある人に、「なろう」で現代知識無双を夢見る人にお薦め。

【関連記事】

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2023年2月17日 (金)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2023年版」早川書房

 はい、年に一度のお祭り本です。

 伴名練「百年文通」、ジャック フィニイ「ゲイルズバーグの春を愛す」収録の「愛の手紙」みたいな?←たぶん全然違う クロノス・ジョウンター、新作が出てたのか。エマノンと並ぶライフワークだなあ。

 C・L・ムーア「大宇宙の魔女」、王道的な宇宙冒険譚つーより、懲りない男が美人局にひっかかりまくる話、みたいな印象が強いw オラフ・ステープルドン「スターメイカー」文庫化はめでたい。めちゃ稀有壮大な作品です。

 最近めっきり読書量が減ったけど、科学ノンフクションは美味しそうな本が多い。 吉森保「生命を守るしくみ オートファジー」とかスティーブン ジョンソン「EXTRA LIFE なぜ100年間で寿命が54年も延びたのか」とか。マット・パーカー「屈辱の数学史」は面白かったなあ。

 SFドラマは Amazon や Netflix など配信物ばっかりになってる。そういう時代なんだなあ。

 早川さん、野尻抱介「素数の呼び声」は大丈夫なのか。竹書房、竜のグリオール・シリーズ遂に完結? 東京創元社ジェイムズ・ホワイト「生存の図式」って、もしかしてどっかで映像化したのかな?

 上田早由里さん、オーシャン・クロニクル・シリーズはまだ続く模様。嬉しい。片瀬二郎さん、QRコードつきなのが今風だなあ。神林長平さん、やっぱり「敵は海賊」は猫SFだったのかw 野崎まどさん、今年も遊んでるw 樋口恭介さん、「下手な事言って変な仕事持ち込まれちゃかなわん」的な警戒心が漂ってる気がするw

 SF関連DVD。「アフリカン・カンフー・ナチス」、ヒトラーと東条英機がガーナに潜伏し云々って、ここまでキワモノだと観たくなるw

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2023年2月15日 (水)

SFマガジン2023年2月号

「私なら、君の名前を歴史に残してあげられると思う」
  ――安野貴博「純粋人間芸術」<\p>

小川哲「草野原々は焦ったほうがいいと思いましたね」
  ――SF作家×小説執筆AI メイキング&感想戦

われは起動した。ゆえに、われには目的がある。
  ――スザンヌ・パーマー「忘れられた聖櫃」月岡小穂訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「AIとの距離感」。巻頭カラーでAI絵本「わたしのかきかた」野崎まど&深津貴之、読み切り短編7本,SF作家×小説AI2本など。

 小説は15本。

 特集で7本+2本。安野貴博「純粋人間芸術」,斧田小夜「たべかたがきたない」,竹田人造「仁義なきママ活bot」,品田透「伝統的無限生産装置」,陸秋槎「開かれた世界から有限宇宙へ」阿井幸作訳,L・チャン「家だけじゃ居場所になれない」桐谷知未訳,スザンヌ・パーマー「忘れられた聖櫃」月岡小穂訳に加え、SF作家×小説AIで柴田勝家「The Human Existence」,小川哲「凍った心臓」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第5回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第45回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第15回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第7回,夢枕獏「小角の城」第67回。

 読み切りは1本。草上仁「非可能犯罪捜査課 ゴッドハンド」。

 まず特集は「AIとの距離感」から。

 安野貴博「純粋人間芸術」。2019年。自分の才能に見切りをつけた画家のコンドウは、安アパートで首を吊った…はずが、目覚めたのは2027年の病室。ミシェリーヌと名のる女が、コンドウのプロデューサーとなり、彼を売れっ子へと育て上げる。AIの急激な成長はアート界にも大きな影響を及ぼし、コンドウは貴重な才能の持ち主となっていた。

 AIの育て方のアイデアがSFとして極めて秀逸。言われてみれば、確かにアレを組み合わせたら面白いことができそう。さすがに今は費用の問題で難しいけど、本来の需要もあるワケで、案外と近い将来に実現しそうな気もする。最後のオチも、泡沫ブロガーの私としてはちょっと救われた気分に←をい

 斧田小夜「たべかたがきたない」。アートミーはAIを育てるアプリケーションだ。使い勝手はゲームっぽく、プログラミングができなくても大丈夫。自分だけのAIを育て、独自のアートを作り出すのだ。爆発的な人気を博し、世界大会も開かれる。アートミーを始めて半年ほどの佐野は、凄腕の黒田&興梠と組んで大会に出る羽目になったが…

 これまたAIの育て方にスポットを当てた作品。こんな事件(→GIGAZINE)もあったワケで、深層学習を使う手法の場合、データの選び方がAIの能力というか性格に重要な影響を与える。そこで、どんなデータを食わせるかがキモなんだが、どうやってデータを集めるかって所が面白かった。

 竹田人造「仁義なきママ活bot」。宇納は川守組の若頭だ。先代組長の甥でインテリの安海が、妙なシノギを持ち込んできた。名づけてママ活bot。かつての宇納の二つ名は“桜漬けの宇納”。女を装ってメッセージを送り付け、男たちに課金させて荒稼ぎした。その手腕を活かし、botを育てろ、そう安海は語る。先代への義理もあり、とりあえず話に乗った宇納だが…

 これは傑作。いやもう笑いっぱなし。広島なまりの宇納と、カタカナ言葉ばっかりのAIとの会話が、実に楽しい。コンバージョンやらアジャイルやらの専門用語?を、宇納が広島なまりで実にわかりやすく説明してくれます。さすが院卒、地頭はいいんだよなあw この手の詐欺の手口を教えてくれるのも嬉しいが、鋭いのは最後のオチ。現代のAIが抱える問題点を、巧みに指摘してるのが凄い。ホント、これ、どうするんだろ。

 品田透「伝統的無限生産装置」。地球は大災厄で滅びた。世代型宇宙船の八紘一宇号は、惑星スサノオを目指し虚空を進み続ける。樋口の仕事は検閲だ。職務は船内の日本文化を守ること。検閲部の働きにより、真世田谷の景色は200年前を変わらない。定年となった福沢から、樋口は「サンサイさん」案件を引き継いだ。これは306年間も続いたアニメ番組で…

 舞台は移民用の世代型宇宙船なのに、スペース・オペラな雰囲気がまったくしないのが不思議。検閲だの八紘一宇だのと、ナニやら不穏な言葉が出てきたと思ったら、次のネタはかの有名な長寿アニメ番組。形だけ「古き良き日本像」に似せた似非レトロなガジェットとか、本当にそんなモン保つ価値があるのかよ、とちょっと背筋が寒くなったり。

 陸秋槎「開かれた世界から有限宇宙へ」阿井幸作訳。「アイリス騎士団」は、当社の稼ぎ頭だ。あの手この手でユーザから金を搾り取り、月間数十億円を稼ぐ。だが、その儲けは有名な製作者の宮沼秀洋が率いる新規プロジェクトにつぎ込まれる。「アイリス騎士団」の運営に携わる岸田は、新規プロジェクトの世界設定について相談を受けたのだが…

 現代のスマートフォンが持つ演算能力で、いかに臨場感のある絵面にするか。演算能力を節約するための工夫に、説得力のある設定をどうひねり出すか。その設定を、作品の世界観にどう合わせるか。なかなか面白い設問で、理系頭だとかえって苦労しそうな気がする。とりあえず、動きとして、自転であれ公転であれ「回転」はマズいよなあ。うーん。

 L・チャン「家だけじゃ居場所になれない」桐谷知未訳。<あるじ>が連れ去られた後も、<ホーム>は淡々と仕事を続ける。半分割れたマグカップに、きっかり摂氏60度のコーヒーをいれる。決まった時間に玄関のドアのボルトを押し出す。電子レンジで食品を調理し、押し出す。キッチンには、容器が積み重なっている。在庫を調べ、必要な食料を補充する。

 自動化された家は、居住者がいなくなっても、盲目的に日課を続ける。荒れた家の風景で、<あるじ>は相当に荒っぽい手口で連れ去られたのが分かる。融通の利かない機械らしく<ホーム>が淡々と動き続ける風景は寒々しいが…

 柴田勝家「The Human Existence」。柴田勝家が小説生成ツール「AIのべりすと」を使い仕上げた作品。僕は∀2173、父さんにもらった名前だ。部屋は広いが、父さんは外出を許してくれない。けど、ある日、父さんが言った。「今度、一緒にサーカスを見に行こう」

 柴田勝家の芸風とは大きく違う。文章は自然な日本語になっているし、お話のスジもソレナリに通っている。が、かなり唐突に展開が変わる。たぶん、プロの小説家は、大きな変化の前に細かい伏線をはるなり、予告っぽい文章を入れたりして、「間もなくお話の流れが変わりますよ」と読者に身構える余裕を与えるんだろう。そういう、AIの語りの荒っぽさが、逆にプロの作家の技を見せつける形になった。

 小川哲「凍った心臓」。少年は桟橋の近くにやってくる。商船が運んでくる世界中の珍品を見るのが好きで、冲仲仕の仕事を手伝う。クリッパー船から下りてきた男が、少年に宝石を見せる。

 18世紀あたりの米国の港っぽい風景で始まった物語は、劇中劇っぽい仕掛けを通ったあと、いきなり暴走しはじめる。なんか最初は丁寧に調整してたのが、途中で面倒くさくなってAIに任せっきりにしたら収集がつかなくなった、みたいな感じ。

 スザンヌ・パーマー「忘れられた聖櫃」月岡小穂訳。2019年2月号掲載の「知られざるボットの世界」の続篇。長期航行中の宇宙船で、ボット9は68年前ぶりに起動した。まもなく無機生命体に敵対的なイスミ宙域に入る。それまでに、超低温室で眠っている人間のクルーを起こさねばならない。だが船内は困った状況にある。自分は人間だと思い込んでいるボット群が船内を群雄割拠し…

 マシンであるボット9視点の語りが楽しい。何せ機械だ。気軽に体や思考能力を交換する。いやハードウェアやユーティリティ・ソフトウェアなんだけど。自分は人間だと思い込んでるわりに、そういうクセが抜けきらない叛乱ボットたちも笑える。目的のためには手段を択ばないボット9に比べ、妙に生真面目なシップの性格付けも、現場と監督職を思わせる雰囲気があってピッタリな配役。

 連載小説。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第15回。ド派手な青野市の崩壊で終わった前回から一転、妙に平和な二学期で第三部の幕が上がる。とかのお話の進み方以上に、当時の映画事情のネタがオジサンには嬉しい回。よく行ったなあ、池袋の文芸座と文芸座地下。「2001年宇宙の旅」も、当時は幻の作品だった。ナニやらオトナの事情で上映できなかったんだよね。自主上映会もあったなあ。近所の小学校で「ワタリ」を観た…気がする。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第45回。ハンター側からイースターズ・オフィスへの意外なコンタクトに始まり、マルセル島でのクインテットvsシザースのバトルの続き。いかにもなヤラレ役っぽいリック・トゥーム君の運命に涙。あのイカれたキャラ、結構好きなんだけどなあ…って、今更だけど、このお話、出てくるのはイカれた奴ばっかりなんだけどw

 

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第5回。雪風に乗るよう勧められた田村大尉と零の会話の回。初顔合わせの緊張感とは違い、特に田村大尉がリラックスしてる。冒頭から、知性を持つマシンの扱いにくさが伝わってくる。いずれも変わり者同士なのに、意外と陽キャを装える田村大尉と、モロに陰キャな零の対比もいい。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第7回。銀河連邦の広報が、出版社「言葉の翼」社でクリスマスの物語を集めているキャサリンを訪れ…。そうか、同じ編集者でも、雑誌と文芸は違うのか。やっぱり雑誌はフットワークが軽くて好奇心旺盛な人が多いのかな。

 読み切り。

 草上仁「非可能犯罪捜査課 ゴッドハンド」。穐山省吾警部補は、非可能犯罪捜査課こと警視庁捜査七課への異動の打診を受けた。七課を率いる田村課長は語る。「超常現象を信じなくてもいい。仮説を立て、必然性のある論理を構築する、それだけ」。二人は、ある裁判を傍聴する。被告の富岡はゴッドハンドを名乗り、メスなしで心臓手術を行えると豪語する。

 読み終えてから扉のイラストを見ると、「そういうことか!」と驚いたり。最近は流行らないけど、昔はよく聞いたなあ、この手の心霊手術。ミステリ・マガジンとSFマガジン、どっちに載せてもいい感じの作品ながら、オチはさすがの草上節、鮮やかなどんでん返しを見せてくれる。

 小説はここまで。

 若島正「乱視読者の小説千一夜 連載78回 いつまでも続くスワン・ソング」。今回はロバート・R・マキャモンの話なのが嬉しい。やっぱりマシュー・コーベットのシリーズは続いてるのか。「魔女は夜ささやく」のマシューとウッドワードの関係は、腐った人には美味しいはず。「ぼっち・ざ・ろっく」の影響で同じバンド物の The Five の翻訳も…いや、無理か。

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2023年1月 8日 (日)

デビッド・クアメン「スピルオーバー ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか」明石書店 甘糟智子訳

ある生物種を宿主としていたウイルスが別の種に感染し、その新たな宿主の間で繁栄し広がったときに、異種間伝播による新興感染症が出現する。
  ――1 青白い馬 ヘンドラ

人類学者リサ・ジョーンズ=エンゲル&医師グレゴリー・エンゲル
「私たちが探しているのは『次なる大惨事』だからです」
  ――6 拡散するウイルス ヘルペスB

「なぜコウモリなのか?」
  ――7 天上の宿主 ニパ、マールブルグ

【どんな本?】

 人類は天然痘を撲滅した。ポリオも克服しつつある。だが黄熱やエイズは今も猛威を振るい、インフルエンザは毎年のように新型が登場する。そしてもちろん、新型コロナも。

 その違いは何か。

 天然痘とポリオに感染するのはヒトだけだ。だからすべての人にワクチンが行き渡れば撲滅できる。だが黄熱やインフルエンザは違う。これらは野生動物や家畜からヒトに飛び移り、続いてヒトからヒトへと感染する。いわゆる人獣感染症だ。

 人獣感染症は、インフルエンザなど有名で馴染みのものばかりではない。ヘンドラやニパなど、馴染みのないものや、最近になって発見されたものもある。また、新型コロナのように、既存種の変種も。

 人獣感染症には、どんな種類があるのか。それぞれ、どんな状況で感染し、どんな症状になるのか。感染のメカニズムは。その発見には、どんな人たちが関わり、どのような作業や研究がなされ、どのように対策が進むのか。

 幾つもの人獣感染症を追い、著者はアフリカの森の奥から中国の猥雑な市場、オーストラリアの獣医師や合衆国の研究室など、世界中の様々な土地を巡り、多くの人びとを訪ね回る。

 米国のジャーナリストが世界中を駆け巡って体当たり取材を続け、人獣感染症の謎とそれに挑む人々の研究生活を描く、迫真の科学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Spillover : Animal Infections and the Next Human Pandemic, by David Quammen, 2012。日本語版は2021年3月31日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約471頁に加え訳者あとがき6頁。9.5ポイント47字×22行×471頁=約487,014字、400字詰め原稿用紙で約1,218枚。文庫なら2~3冊の大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も分かりやすい。分子生物学の話も出てくるが、細菌とウイルスの違いなど基礎的な事から説明しているので、じっくり読めば中学生でも理解威できるだろう。世界中を飛び回る本でもあり、ウガンダなど馴染みのない地名が出てくるので、地図帳などがあると便利。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、科学的な説明は順を追って展開するため、理科が苦手な人は素直に頭から読もう。

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  • 1 青白い馬 ヘンドラ
  • 2 13頭のゴリラ エボラ
  • 3 あらゆるものはどこからかやって来る マラリア
  • 4 ネズミ農場での夕食 SARS
  • 5 シカ、オウム、隣の少年 Q熱、オウム病、ライム病
  • 6 拡散するウイルス ヘルペスB
  • 7 天上の宿主 ニパ、マールブルグ
  • 8 チンパンジーと川 HIV
  • 9 運命は定まっていない
  • 補章 私たちがその流行をもたらした 新型コロナ
  • 訳者あとがき/参考文献/註/人名索引/事項索引

【感想は?】

 この本は様々な側面を持っている。

 第一に、人獣感染症の知識を伝える科学ドキュメンタリーの側面だ。ここでは主にウイルス、それもRNAウイルスが対象となる。

 次に、その根源を探り証拠を集め理論を固める科学者のドキュメンタリーでもある。

 科学者、それもウイルス学者というと、白衣を着て清潔で厳密な隔離施設に勤めるインドアな人を思い浮かべるかもしれない。実際、そういう人も出てくる。特に「2 13頭のゴリラ エボラ」で職務中の事故で閉鎖環境、俗称「刑務所」に閉じ込められた研究員ケリー・L・ウォーフィールドの話は、逆に運用ルールを厳密に守っている由が伝わってくる。いやケリーにとっちゃはなはだ不幸なんだけど。

 が、それ以上に楽しいのが、病気の発生源を追う科学者たちを描く場面。バングラデシュの田舎や中国の洞窟でコウモリを追ったり、アフリカの中央部で野生のチンパンジーの尿を集めたりと、インディ・ジョーンズそこのけの冒険が展開する。

 そして最後に、良質の科学読み物に欠かせない、謎解きの面白さだ。多様ながら生活感をプンプン匂わせる登場人物、知られざる特殊な人びとの社会、想定外の所から出てくる証拠物件、そして意外な真相。

 そんな面白さをギュッと凝縮しているのが、エイズの起源をたぐる「8 チンパンジーと川 HIV」。頁数も100頁超と多いし、ここだけ抜き出して文庫にしたら売れるんじゃなかろうか。とりあえず、私たちが思うよりエイズは古く、米国発祥でもない、とだけ明かしておく。しかも…

HIVが人類へ異種間伝播したのは一回きりではない。私たちが知ることのできる範囲だけでも、少なくとも12回は起きているということだ。
  ――8 チンパンジーと川 HIV

 さて、本書のテーマは人獣感染症だ。動物、それも主に野生動物からヒトに感染する病気である。その多くはRNAウイルスだ。中にはマラリアみたく原虫(→Wikipedia)が原因なのもあるけど。

 だもんで、病気の発生原因は、たいてい野生動物にある。

森で死んでいる動物には決して触らないこと。
  ――2 13頭のゴリラ エボラ<

 とか、幼い頃に教わった人も多いだろう。理由の一つは、病気を貰いかねないからだ。本書を読むと、それが身に染みる。もっとも、感染症を追う科学者たちは、なんか割り切ってる人も多いんだけど。

 現在、猛威を振るっている新型コロナウイルスでは、感染の広がり方について、様々な予測がされている。幾つか脚光を浴びた説がある中で、ちょっと見は意外な人たちが注目されている。数学者だ。実際、感染の広がり方は、数式で予測できるのだ。七面倒くさい微分方程式なんだけど。

感染症を理解する上で数字は重要な側面だ。
(略)病原体が感染を絶やさないためには、宿主集団に最低限の規模が必要で、(略)臨界集団サイズ(CCS)として知られる。
人獣共通のウイルスは、人間集団の周辺の動物でも伝播するので、人間のCCSを考慮しても意味がない。
  ――3 あらゆるものはどこからかやって来る マラリア

 今、ちょっと調べたら、新型コロナもヒトから犬や猫に感染するらしい(→農林水産省/新型コロナウイルス感染症について)。逆、つまり犬猫からヒトへの感染は確認されていないので、一安心だけど。

 その新型コロナ、今は様々な株が確認されている。だが話題になった2019年12月時点では、様々な情報が錯綜した。それもそのはず、「新しいウイルス」は、遺伝子工学が発達した現代でも、見つけるのが難しいのだ。

DNAやRNAの断片を探すPCR法や、抗体や抗原を探す分子分析といった検査方法が有効なのは、すでに身近な病原体、あるいは少なくとも身近なものによく似た病原体を探している場合のみだ。
  ――4 ネズミ農場での夕食 SARS

 これが、人獣感染症の本来の宿主を探すとなると、更に難しい。というのも、相手はヒトじゃない。「ヒトと関わりの深い動物」だからだ。もっと広いい視野が必要になる。細菌学者も役に立つんだが…

ほとんどの細菌学者は細菌学研究に入る以前に医師としての訓練を受けている
  ――5 シカ、オウム、隣の少年 Q熱、オウム病、ライム病

 彼らの世界観の基盤は、あくまでも医師であって、対象はヒトなのだ。必要なのはヒトと動物とのかかわり、つまり…

生態学者リチャード・S・オストフェルド
「どんな感染症も本質的には生態系の問題だ」
  ――5 シカ、オウム、隣の少年 Q熱、オウム病、ライム病

 ヒトと動物を含めた、生態系全体を見る視野が求められる。ここでは、意外な分野の学問が役立ったりする。

調査のために最初に現地入りしたのは社会人類学者だった。
  ――7 天上の宿主 ニパ、マールブルグ

 地域によって、ヒトの暮らし方は違うし、動物との関わり方も違う。この章では、バングラデシュ独特の文化が決定的な証拠となった、幸か不幸か、この文化は他地域へ輸出できそうにないが、よく見つけたものだと感心する。

 こういった人獣感染症の多くは、RNAウイルスだ。普通、遺伝子は二重らせんのDNAである。遺伝情報はDNAからRNAに転写され、RNAからタンパク質に変換される(→Wikipedia/セントラルドグマ)。ところがレトロウイルスは、この掟を破り…

通常、生物はDNAの情報をRNAに写し取り(転写)、それをタンパク質に翻訳する。だが、レトロウィルスはこれとは逆に、宿主細胞の中で自らのRNAをDNAに変換し(逆転写)、そのDNAを細胞核に侵入させ、宿主細胞のゲノムに組み込ませる。
  ――8 チンパンジーと川 HIV

 とんでもねえ奴らだ。ばかりでない。DNAは二重らせんなので、コピーの際、ちょっとしたエラーチェックが働く。そのため、滅多に転写ミスは起きない。だがRNAは一重なので、転写ミスすなわち突然変異が起きやすい。大半の突然変異はロクでもない結果、つまり生き残れないが、ごく稀に生き延びて子孫を増やす奴がいる。RANウイルスは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式で、頻繁に変異を繰り返す戦略をとった。

エドワード・C・ホームズ
「彼ら(RNAウィルス)はどんどん種を飛び移っていく」
  ――6 拡散するウイルス ヘルペスB

 とまれ、他の宿主に感染するまでは、今の宿主に生きていてくれないと、寄生する側も行き詰る。まあ、あくまでも「他の宿主に感染するまで」なんだが。そんなわけで…

(スーティーマンガベイがSIVに)感染していても健康だということは、スーティマンガベイにおけるこのウィルスの歴史が長いことを示唆している。
  ――8 チンパンジーと川 HIV

 無害化とまではいかないまでも、潜伏期間が長い方がウイルスにとっちゃ有利だったりする。繰り返すが、変異の結果、無害化するワケじゃないことに注意。

 終盤では、人獣感染症のこれからについて、いささか不吉な予言がなされたりする。

「(鳥インフルエンザは)おそらく野鳥によってインド、アフリカ、ヨーロッパと西へ運ばれたのだ」
  ――9 運命は定まっていない

 航空機が発達した現在、ヒト→ヒトの感染でさえ抑え込むのが難しい。まして世界中を飛び回る野鳥なんか、どうしようもない。今後も、人類は否応なく感染症と戦い続けなければならないようだ。

 とかの暗い話もあるが、中国の野趣あふれる市場の様子や、国境なにそれ美味しいの?なアフリカ中央部の風景などは、冒険物語の一場面のようで、結構ワクワクしたり。分量は多いが、世界中を飛び回って書き上げた作品だけあって、舞台は次々と移り変わるので、意外と飽きずに楽しめた。科学読み物としてももちろん面白いが、世界中を駆け巡る旅行記としても楽しい本だ。

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