2022年11月21日 (月)

ローランド・エノス「『木』から辿る人類史 ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る」NHK出版 水谷淳訳

いまや、木の役割を見直すべきときだ。本書は、このもっとも汎用性の高い素材と私たちとの関係性に基づいて、人類の進化、先史時代、歴史を新たに解釈し直したものである。
  ――プロローグ どこにもつながっていない道

【どんな本?】

 人類文明の曙について、私は石器時代→青銅器時代→鉄器時代と習った。だが、この分類には、重要な素材が欠けている。木だ。

 石や金属に比べ、木は遺物として残りにくい。そのため、石や鉄の矢じりや斧頭は残るが、弓と矢や斧の柄は残らない。モノで人類史を辿ると、どうしても残った石や金属部品に目が行く。だが、弓と矢や斧の柄そして槍の柄など木製の部分も、道具の性質や性能に大きな影響を及ぼす。

 2019年4月には、パリのノートルダム大聖堂が火災にあった。石造りだと思われていたが、木材も建物を支える役割を担っていたのだ。私たちの知らない所で、木材は重要な役割を果たしてきたし、今も果たしている。

 木は、石や金属やプラスチックと違い、独特の性質を持っている。例えば、木目(年輪)の向きによって、加工のしやすさや構造材としての強さが大きく異なる。また、乾燥することでも、強度や性質が変わる。もちろん、木の種類によっても違う。

 樹上生活だった類人猿の時代から現代に至るまで、木が人類に与えた影響と人類の木の利用法について、生体力学の研究者が科学と工学および歴史の知識を駆使しながらも親しみやすい語り口で綴る、一般向けの歴史・科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Age of Wood : Our Most Useful Material and the Construction of Civilization, by Roland Ennos, 2020。日本語版は2021年9月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約332頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×17行×332頁=約242,692字、400字詰め原稿用紙で約607枚。文庫ならちょい厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も一般向けで、分かりやすい方だろう。中学卒業程度の理科と歴史の素養があれば、ほぼ読みこなせる。木工の経験があれば、更によし。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

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  • プロローグ どこにもつながっていない道
  • 第1部 木が人類の進化をもたらした 数百年前~1万年前
  • 第1章 樹上生活の遺産
    樹上生活に適した身体とは/食物の変化と脳の発達/類人猿の脳はなぜ大きいのか/木の複雑な構造を理解する/二足歩行はどのように始まったか
  • 第2章 木から下りる
    植物をとるために道具を使う/木の組織構造を利用する/木を燃やす/火を使った調理の始まり
  • 第3章 体毛を失う
    狩猟仮説と体温調節/寄生虫対策/木造の小屋と体温調節
  • 第4章 道具を使う
    石器神話はどこが問題なのか/木製道具による知能の進化/チームワークによる狩り/狩猟用の道具を極める
  • 第2部 木を利用して文明を築く 1万年前~西暦1600年
  • 第5章 森を切り拓く
    木船による交易の始まり/農耕の問題/どのようにして森を切り拓いたか/家や井戸を造る/萌芽から木を育てる
  • 第6章 金属の融解と製錬
    木炭で金属を製錬する/造船技術の進歩/車軸の発明/アメリカ大陸ではなぜ車輪が使われなかったのか
  • 第7章 共同体を築く
    建築技術の発展/ヴァイキング船の黄金時代/鋸の登場/花開いた木工文化
  • 第8章 贅沢品のための木工
    整備な彫刻/楽器の音色を左右する
  • 第9章 まやかしの石造建築
    ストーンヘンジは木造だった?/石造りの屋根が難しいわけ/ゴシック建設をひそかに支える木材/意外に高い断熱性と耐久性
  • 第10章 文明の停滞
    古代以降なぜ進歩は鈍ったのか/森のそばで栄えた製鉄業/伝統的な木工技術の限界
  • 第3部 産業化時代に変化した木材との関わり 西暦1600年~現代
  • 第11章 薪や木炭にかわるもの
    石炭の利用でイギリス経済が発展/新たな動力源/石炭を使った製鉄/蒸気機関 産業革命の推進力
  • 第12章 19世紀における木材
    錬鉄の発明/鉄道・建築・船舶の発展/木製品の大量生産/鉄と木を組み合わせる/紙の発明とメディアの台頭
  • 第13章 現代世界における木材
    鋼鉄とコンクリートの発明/世界を席巻するプラスチック/合板で飛行機を造る/建築界を一変させた新たな素材/増えつづける木材の使用料
  • 第4部 木の重要性と向き合う
  • 第14章 森林破壊の影響
    森林伐採による土壌流出の影響/広葉樹と針葉樹の違い/技術発展により広がる森へのダメージ/森林面積と気候変動の関係/植林がもたらす問題
  • 第15章 木との関係を修復する
    さまざまな緑化運動/再自然化運動の高まり
  • 謝辞/訳者あとがき/原注/参考文献

【感想は?】

 ヒトと木の関わりは、「森と文明」や「木材と文明」を読んできた。

 両者が素材やエネルギー源そして経済活動の場として森林を見ているのに対し、本書の特徴は、木材の構造材としての性質に注目している点だろう。さすが生体工学者。

 しかも、話は文明化以前から始まる。なんたって、樹上生活からだ。スケールがデカい。

 道具を使い始めてからも、ヒトは木の性質を使いこなす。例えば槍を作るにしても…

木の組織には、木自体にとっては役に立たない二つの性質があり、初期のヒト族は思いがけずそのうちの一つにも助けられたようだ。木が折れて乾燥しはじめると、力学的性質が向上するのだ。
  ――第2章 木から下りる

 軟らかい生木のうちに加工しておいて乾かすと、掘り棒にしたってグッと強くなる。当然ながら薪としても乾いてる方がいい。問題は、どうやって木を加工するか、だ。鑿や鋸があるならともかく、先史時代じゃ、そんな便利なものはない。かといって、折るにしても、木ってのは、木目があるから、折り口がギザギザになって綺麗な形にはならない。そこで石器だ。

初期のヒト族が使っていた大型の道具のほとんどは木でできていて、石器は小物の刃物に限られていたものと推測できる。
  ――第4章 道具を使う

 矢じりとか槍の穂先とかですね。または、木を加工するためのナイフとか。この視点が面白くて、本書では石器→青銅器→鉄の変化を、木の加工技術の進歩として描き出してるのが大きな特徴。

金属の登場によって人々はますます木に頼り、さらにずっと多く木を利用するようになったのだ。
  ――第6章 金属の融解と製錬

 石から金属にかわることで、より精密に木を加工できるようになった、と説いてる。その代表が…

銅器や青銅器の出現と時を同じくして、旧世界の輸送手段を一変させて国際貿易の引き金を引いた二つの木製品が登場した。それは板張り船と車輪である。
  ――第6章 金属の融解と製錬

 木で船を作るったって、木の継ぎ目から水が漏れてきたら、たまったモンじゃない。水漏れがないように、高い精度で板を切り出し継ぐ技術が要るわけ。車輪も丸太を輪切りにしたんじゃダメで、木は乾くと直径方向に割れ目が入っちゃう。

 ここでは「車輪の直径が大きいほど、また車軸が細くなめらかですべりやすいほど、車輪は容易に転がる」のが意外だった。他はともかく、車軸は細い方がいいのかあ。また、青銅器時代で、車輪と車軸が独立に回るタイプがあるのも驚き。これだと左右の車輪の回転が違ってもいいので、カーブを曲がりやすいのだ。更に紀元前2550年ごろには、アイルランドで木製のレールまでできてる。

 とまれ、当初の車輪は板を貼り合わせて円形にしたもの。今風のものは…

初のスポーク付き車輪は、紀元前1500年ごろにエジプト人や彼らと対立する中東の人々によって作られたが、車輪の構造がもっとも進歩したのは、ホメロスの叙事詩に描かれたギリシャ時代の二輪戦車においてである。
  ――第7章 共同体を築く

 ちなみに車輪が歪むのは防げなかったようで、使わない時は車輪を外すか戦車を上下さかさまにひっくり返すかそうで。兵器のメンテは大事なのだ。

 古代の加工技術恐るべしと思ったのは…

製陶用のろくろが発明されたのは車輪と同じ紀元前3500年ごろだが、旋盤が登場するのは紀元前1500年ごろになってからで、エジプトの壁画に描かれている。
  ――第7章 共同体を築く

 紀元前に旋盤まで登場しているとは。他にもお馴染みのアレも…

曲げた木の板をつなぎ合わせて作る木製の樽は、おそらく紀元前350年ごろにケルト人によって発明され、アンフォラ(土器)よりもはるかに実用的であることがすぐに明らかとなった。強度が強いうえに、地面を転がして運ぶこともできるし、簡単に積み重ねることもできた。
  ――第7章 共同体を築く

 いや樽って、ちょっと見は単純な構造だけど、水漏れしないように造るのって、すんげえ難しいと思うんだよね。ちなみに本書では樽をコンテナに例えている。

 などの実用品に加え、贅沢品にも木は使われている。その一つが、楽器。

ほとんどの楽器は、特定の振動数の空気振動を増幅させる共鳴室をそなえていて、その壁や仕切り板が共振して音の大きさと質を高めるようにできている。そのため、音を速いスピードで伝えて高い周波数で共振する、軽くて剛性の高い木材で作られている。
  ――第8章 贅沢品のための木工

 ここではバイオリンの名器ストラディヴァリウスの話も出てきて、寒い小氷期に成長したトウヒが関係あるかも、なんて切ない話も。

 最初にパリのノートルダム大聖堂の火災について触れた。欧州の石造りの建築物の多くが、実は中で木をたくさん使っているらしく…

建築の歴史は、うわべだけは石造りの建物を、木材を使って安定させて守るための技術の進化ととらえることができるのだ。
  ――第9章 まやかしの石造建築

 なんて暴露してる。特に屋根が難しいんですね。しかも木ってのはクセがあって…

伝統的な木工品が抱える構造上の最大の欠点は、木材が等方的でない、つまり木目に沿った方向と木目に垂直な方向で性質がまったく異なることに由来し、それが木工において大きな問題となる。
  ――第10章 文明の停滞

 これを解決する手段の一つが、斜めに支えを入れて三角形の組み合わせにすること。いわゆるトラス構造(→Wikipedia)。

 建物の大工はトラスの利点に気づいてたけど、船大工には伝わらなかったらしい。ちなみに船じゃ竜骨(船底中央の太い木材)が巧妙な発明と言われてるが、その理由も少しわかった。

船を浮かばせる浮力のほとんどは船体の中央周辺にかかり、その場所は幅がもっとも広くて船体がもっとも深く沈む。一方、船の残後端はもっと幅が狭く、船尾と船首は海面からかなり突き出している。そのため、前後端の重みで船首と船尾が下に引っ張られて船全体がしなり(これをホギングという)、骨組みに剪断力がかかる。
  ――第10章 文明の停滞

 船底中央には強い力がかかるから、それだけ強い構造材が必要なのだ。

 こういう、工学的な話は実に楽しい。やはり蒸気機関の発達にしても、工学…というより工作技術が大事な役割を果たしている。ジェイムズ・ワットとジョン・ウィルキンソンの蒸気機関の改造では、シリンダーとピストンの精度による蒸気漏れが壁だったんだが…

大砲の砲身をくりぬくための中ぐり盤を使って、中の詰まった鉄の塊に円筒形の穴を精確に穿つことで、ピストンがぴったりはまって上下に自由に動ける、内面のなめらかなシリンダーを作ったのだ。こうして、蒸気機関の製造を阻む最大の技術的問題(=水蒸気漏れ)が克服された。
  ――第11章 薪や木炭にかわるもの

 そうか、中ぐりで作っていたのか。

 その蒸気機関による鉄道、線路を敷こうとすれば、川を越えなきゃいけない。そこで必要になるのが、橋。欧州じゃ錬鉄で橋を架けたが、新大陸では…

アメリカの鉄道が誇りとしていたのは、峡谷を渡る壮観な木製の構脚橋(トレッスル橋)である。これは、ヨーロッパで好んで用いられた鉄製のトラスと土の築堤のかわりに、もっと安価に短期間で作れる木製の桁梁と鉄製の接合具からなる骨組みを用いたものだった。このおかげでアメリカの鉄道の建設費は、1マイルあたり2万~3万ドルと、ヨーロッパの典型的な鉄道の建設費18万ドルの1/6以下だった。
  ――第12章 19世紀における木材

 バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3で、マーティが現代に戻る際に吹っ飛ばした橋だね。ここで著者が注目してるのは、素材が木なのに加え、それを組むのに鉄製のボルトを使っている点。新しい素材と組み合わせることで、木の利用範囲は広がっていくのだ。これは素材ばかりでなく、加工技術もそうで…

集成材を開発でするうえで大きなブレークスルーとなったのが、フィンガージョイント(→英語版Wikipedia)の発明である。
  ――第13章 現代世界における木材

 写真を見ればわかるが、フィンガージョイントはやたら面倒くさい加工が必要だ。たぶん、CNC(コンピュータ数値制御)の発達で可能になった仕組みだろう。

 そんな最新技術の進歩により、木材の利用はますます盛んになっていて…

木材の生産量と使用量は年ごとに増えていて、2018年には約14憶立方メートルだったのが、2030年には約17憶立方メートルまで増えると予想されている。
  ――第13章 現代世界における木材

 そういや、東京オリンピックで再建した国立競技場も、木を使ってると盛んに宣伝してたっけ。あれ、単なる懐古趣味じゃなくて、CLT(Cross Laminated Timber,直交集成板、→一般社団法人CLT協会)とかの最新技術を使っているのだ。CLTはビルにも使えて…

集成材やCLT(直行集成材)で建てられた新たな高層ビルやマンションの重量は、従来の鉄筋コンクリートの建物の1/5ほどである。それによって、建築時に消費されるエネルギーも少なくてすむし、基礎も浅くてすむため、内包エネルギーの量を通常の建物の20%に抑えられる。
  ――第15章 木との関係を修復する

 さすがにブルジュ・ハリファは無理だけど、10階程度なら大丈夫らしい。とまれ、地震の多い日本じゃどうかわかんないけど。

 と、木の利用が増えてる分、植林も盛んになってる。が、そこにも問題はある。日本じゃスギ花粉が猛威を振るってるし。どんな木を植えるかってのは難しい。というのも、木が育った未来の需要で考えなきゃいけないからだ。森林を切り拓くのも一筋縄じゃ行かなくて…

時代を問わず、世界中で同じパターンが何度も繰り返されてきた。その中でももっとも顕著なのが、農耕民が新たな地域に入植するときには必ず、広葉樹に覆われている場所に最初に定住するという傾向である。
  ――第14章 森林破壊の影響

 広葉樹が生える所は土壌が豊かで作物がよく育つ。また、多くの広葉樹は切り株から新芽が再生する(萌芽更新、→Wikipedia)んで、薪も調達しやすい。対して針葉樹は痩せた土地で育つうえに落ち葉が土壌を酸性化してしまう。そんな違いがあったのか。

 他にも萌芽更新は植樹より効率がいいとか、木の股は繊維が絡んでいて強いとか、圧縮木材の製造には製紙の技術が応用されてるとか、小ネタは山ほど詰まってる。技術史に興味を持ち始めた私には、とっても美味しい本だった。

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2022年11月14日 (月)

SFマガジン2022年12月号

「わたしは」「狙撃兵ではない。戦闘機のパイロットです」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回

「もじかしたら月に行けるかもよ」
  ――ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」として、未完の短編「ロボットヴィルとキャスロウ先生」に加え、エッセイ「最後のタスマニア人」や1984年のインタビュウ,全邦訳作品リストなど。。

 小説は9本。

 「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」で「ロボットヴィルとキャスロウ先生」(未完)大森望訳。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第6回,夢枕獏「小角の城」第66回。

 読み切りは5本。津久井五月「炎上都市」、斜線堂有紀「不滅」,草上仁「貧者の核兵器」,ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳,イザベル・J・キム「帰郷は昇華の別名にすぎない」赤尾秀子訳。

 「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」の「ロボットヴィルとキャスロウ先生」(未完)大森望訳。火星から地球に戻って5年、ルイヴィルの町を出てからは15年。かつて通った小学校へ校長のキャスロウを訪ねた。戦争ではロボットを使った。機械じゃない。人間の頭に銀線のアンテナを埋めこみ、電波で操ったのだ。寂れた町。今、小学校に通っているのはロボットの子供たちだけ。

 冒頭、過疎化しつつある町の描写が容赦ない。短編ながら、火星からの帰還・第三次世界大戦・ロボット兵と、SFガジェットてんこ盛り。にも関わらず、そこで展開する物語は、小さな町で巻き起こる政治対立のドラマなのがヴォネガットらしい。後の特集解説や作品レビュウを読むと、元ロボットたちが抱える不安と怒りは、まさしくヴォネガット自身が抱えているものなのが判る。

 連載小説。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第6回。人間がいなくなった地球。フライドチキンの店先に立っていた人形は、付喪神となり目覚める。あてどもなく歩き続けた人形は、遊園地で壊れかけたロボットの少年と出会う。少年は遊園地の最後に残った従業員として、人形を精一杯もてなす。

 人間がいなくなったら、世界はどうなるのか。ズバリそれをテーマとした「人類が消えた世界」なんて本もある。日本の、特に夏だと、アスファルトの割れ目から芽を出す植物の逞しさに感心したり。チョロっと顔を出す丸くて平べったいのが可愛い。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回。クーリィ准将は、田村伊歩大尉に雪風に乗るよう頼む。ジャムと戦い、ロンバート大佐を倒すために。特殊戦はジャムの正体ばかりか、雪風の目論見もよくわからない。だが、雪風が田村大尉を意識しているのは、先の模擬戦でわかった。問題は田村大尉と組むのは誰か、だが…

 やはり雪風と田村大尉は何か通じるのもがある模様。読み進むにしたがって、クーリィ准将はとんでもなく無茶な要望をしてるのが明らかにw 桂城少尉はよく生きてるなあ…というか、案外と生きのびるのは上手いのかもw マシンと意思を通わせることの難しさが伝わってくると共に、雪風の凄まじい能力も明らかになる回。

 読み切り小説。

 津久井五月「炎上都市」。東京が舞台の複合現実基盤<イリンクス>は、地元の有志が開発・所有しているが、海外資本のアゴンが買収に乗り出した。かつて花山日出人と柳原良一は<イリンクス>内で暴れまわったが、花山は事故で亡くなり柳原も活動を控えている。花山の虚在物は多くの追従者に引用・改造された。その花山の虚在物たちが、<イリンクス>内で燃え始めた。

 現実に仮想の何かを加えるって点ではポケモンGOなどと似てるけど、利用者が様々な虚在物を作り配り引用・改造できる点はオープンソース・ソフトウェアに似てる。ただ、そこに集う者たちのノリの良さと趣味の悪さは、5ちゃんねるやニコニコ動画っぽい。そこでツルんで暴れていた過去を突きつけられるのは、結構キツいかも。

 斜線堂有紀「不滅」。15年前、いきなり人の死体が腐らなくなった。だけじゃない。燃えもしなければ傷つきもしない。このままでは、墓地ばかりに土地が占領されてしまう。墓の価格が高騰した。そこでロケットで死体を宇宙に打ち上げる葬送船も出てきたが、墓より高価だ。そんな時代に、葬送船を打ち上げるクレイドルー宇宙港を叶谷仁成が占拠した。

 これは珍しい葬式SF。似たテーマとしてはSFマガジン2018年12月号収録の澤村伊智「愛を語るより左記のとおり執り行おう」があるけど、本作は死体が残っている点が生々しさを感じさせる。宇宙港を占拠した叶谷仁成をはじめ、事件の関係者の語りで物語を綴る形。うん、確かに「気持ちだけ」なんだよなあ。というか、葬るって行いそのものが、ほとんど気持ちのためにあるようなもんだし。

 草上仁「貧者の核兵器」。公正穏健民衆共和国立戦略兵器第一研究所。名前は立派だが、実情は厳しい。乏しい予算、老朽化して使えなくなる機材、次々と脱落する研究員。にもかかわらず、執行部は無茶な指導方針を示す。外貨を稼げ、と。金欠で核開発などできない。そこで貧者の核兵器こと生物兵器・化学兵器に注力してきたが、その成果といえば…

 最近はミサイルで騒がせている某国をモデルとした作品ながら、開発部門に勤める者には、胸に突き刺さるネタてんこ盛りで苦笑いが止まらない。研究・開発用の機器の顛末などは、泣いていいのか笑っていいのかw とはいえ、何がどんな役に立つのか、わからないのが新製品開発で…

 ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳。数学と物理学に長けたジャクリーン、その設計図を元にマシンを組み立てるセレナ、そして廃物置き場からあらゆる部品を調達してくるペニー。女子中学生三人は、この夏を境に親の都合で離ればなれになる。その前に、ジャクリーンのアイデア元に宇宙船を創り月へ行こうとするのだが…

 数式や機械をいじる女の子が集団からはみ出すのは、日本もアメリカも同じ。そんな彼女たちが、夜な夜な秘密基地<潜水クラブ>に集まり、前代未聞の計画をブチ上げ、家庭や学校の都合に右往左往しながらも、一致団結して目標に向かい突き進むさわやかな物語。私も地理が苦手だったので、ペニーの苦労にはひたすら頷いてしまう。ほんと、興味のある学科だけどんどん先に進ませてくれたっていいのに。

 イザベル・J・キム「帰郷は昇華の別名にすぎない」赤尾秀子訳。20年前、ソヨン・カンは母と共にアメリカに渡り、ローズとなった。韓国にインスタンスを残して。そのインスタンスから電話で連絡がきた。おじいちゃんが亡くなった、と。葬儀で帰国したローズを、インスタンスが迎える。彼女には夫と娘がいて…

 インスタンスは、それまでの記憶も共有したクローンのようなもの。この世界では最新の技術ではなく、昔から人間に備わっている能力らしい。韓国で一族と共に過ごしたソヨンと、アメリカで自分の人生を築いたローズ。人生の大きな別れ道で、違った選択肢を選んだ自分を見るのは、どんな気分なんだろう? 朝鮮戦争で北から逃れてきた祖父も絡め、歴史と個人の人生を綴る物語。

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2022年10月31日 (月)

長谷川修司「トポロジカル物質とは何か 最新・物質科学入門」講談社ブルーバックス

本書の主題であるトポロジカル物質は、ここ十数年程度の研究から生まれた新しい概念で、人類の「物質観」を確信するような非常に興味深いテーマなのです…
  ――はじめに

電子は、物質のなかで隣接する原子どうしを結びつける化学結合を作る主役でもあります。
  ――第5章 バンド構造 物性科学の基礎

【どんな本?】

 ガラスは透明だ。アルミニウムは電気を通す。鉄は電気を通すのに加え、磁石にくっつく。これらの物質の性質には、電子の働きが大きく関係している。

 物質の性質を決める電子の働きと、その電子の性質を調べ解き明かしてきた物理学の歴史を語りながら、理解しがたい量子力学の理論を説き、物質科学の基礎から、最近のノーベル物理学賞を賑わせているトポロジカル物質に至るまでを、数式を使わずに解説する、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2021年1月20日第1刷発行。新書版ソフトカバー縦一段組みで本文約289頁。9ポイント43字×16行×289頁=約198,832字、400字詰め原稿用紙で約498枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章は意外とこなれていて読みやすい。ただし、内容はかなり厳しい。基礎から順々に積み上げていく形なので、気を抜くとスグについていけなくなる。量子力学の基礎から最新トピックまでを、本文300頁に満たない新書で語ろうって本なのだから、そこは推して知るべし。数式がないのは素人に有り難い半面、これ一冊で最新物理学を極められる本ではないのも、心得ておこう。

【構成は?】

 先に書いたとおり、基礎から一歩づつ積み上げていく構成だ。なので、最近の物理学に詳しい人でない限り、素直に頭から読もう。

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  • はじめに
  • 序章 バーチャル空間で物質を創る
    科学と数学のつながり/バーチャル空間で物質を創る/トポロジカル物質 上下・左右が入れ替わった物質/トポロジカル物質の性質は頑強/バーチャル空間はリアルな世界につながっている
  • 第1部 ノーベル賞に見る物質科学 トポロジカル物質への前奏曲
  • 第1章 原子から量子物理学へ
    • 1.1 第1回ノーベル物理学賞 X線の発見
      レントゲン写真から立体画像へ
    • 1.2 原子の実在を観る X線回析
      X線 原子や分子を観る光/DNA二重らせん構造の解明/原子仮説がサイエンスになった
    • 1.3 原子の内部構造を観る X線の発生
      X線を測れば原子番号がわかる 周期表の完成/宇宙の物質も分析
    • 1.4 量子物理学の幕開け 電子の波の発見
      原子はなぜ安定に存在できるのか/電子はX線と同じ「波」/原子の中で電子が波立っている
  • 第2章 原子から物質へ
    • 2.1 金属 電子の波が拡がる
      分子 電子波が原子をつなぐ/原子がたくさんつながって結晶に
    • 2.2 絶縁体 電子の波が引きこもる
      共有結合 ダイヤモンド/イオン結合 塩の結晶/「電気陰性度」でまとめると/絶縁体を金属にする
    • 2.3 半導体 電子の波が拡がったり引きこもったり
      半導体温度計 熱エネルギーを利用/光センサー、太陽電池 光エネルギーも利用/発光ダイオード 逆に電子のエネルギーを光に変える
    • 2.4 トランジスター 人類最大の発明
      増幅作用とラジオ/スイッチ作用とコンピュータ/情報化社会の鍵 極微のトランジスターの登場/モバイル時代へ
    • 2.5 超電導 物性物理学の華
      夢の超電導送電/超伝導の発見 オンネスから「BCS」へ/超伝導のメカニズム 電子が加速されずに流れる/2個の電子がペアになる/「高温」超伝導から室温超電導へ/まだまだ未解決の超電導
  • 第3章 物質は量子効果の舞台
    • 3.1 量子物理学の不思議 トンネル効果
      電子の波が「滲み出す」/電子の波の確立解釈/トンネル効果の実証
    • 3.2 走査トンネル顕微鏡
      物質表面から滲み出す電子波を検出する/原子だけでなく電子雲も観える
    • 3.3 量子物理学の不思議 スピン
      スピンはめぐる/シュテルン=ゲルラッハの実験 スピンを検出/強磁性体、常磁性体、反強磁性体 スピンが磁石のもと
    • 3.4 スピンの応用 巨大電気抵抗効果とスピン流
      磁石でのトンネル効果/磁気記録を飛躍させる/スピン流 電流がゼロなので「超」省エネ/反対向きスピンの電子を反対向きに流す
    • 3.5 低次元物質
      1原子層の物質グラフェン/質量“ゼロ”の電子/物質のなかでは電子の質量が変わる/2次元電子系 ノーベル賞の宝庫/なぜ2次元ではスピードが上がるのか/低次元系のメリット・デメリット
    • 3.6 量子ホール効果 トポロジカル物質のさきがけ
      試料の端では電子がスキップして流れる/量子ホール効果からトポロジカル物質へ
    • 3.7 つながるノーベル賞
  • 第2部 バーチャル空間で物質を観る 量子物理学での表現法
  • 第4章 運動量空間とは
    • 4.1 金属のなかの電子の動きを表現する
      膨大な数の電子が動き回る/いろいろな「フェルミ」/フェルミ球に電子を詰める/多数の電子が詰め込まれて満席になる
    • 4.2 電流として流れる電子たち
      電流として流れるのは一番上の電子たちだけ/電流とはバラバラに動く電子の流れ
    • 4.3 電子の速さとエネルギーの関係
      重い電子、軽い電子/質量ゼロの電子/エネルギー分散図 物質の性質を表す地図
    • 4.4 電子の運動量と波長、波数 粒子の性質と波の性質
      運動量と波長は逆数の関係 ド・ブロイの公式/運動量と波数は同じもの
  • 第5章 バンド構造 物性科学の基礎
    • 5.1 科学結合を作る電子たち バンド
      結合と反結合のエネルギーレベル 電子の座席/エネルギーレベルからバンドへ
    • 5.2 電子と正孔
      伝導バンドで電子が、価電子バンドで正孔が動く
    • 5.3 再び 金属、絶縁体、半導体 バンド分散図で見る
      フェルミ準位まで電子が詰まる
  • 第3部 トポロジカル物質とはなにか
  • 第6章 仮想磁場 電場が磁場に見える
    • 6.1 対称性 その1 時間反転対称性
      重力は時間の流れを反転しても同じ/電場の効果も時間反転しても変わらない/磁場の効果は時間反転すると変わってしまう/結晶の中で時間を反転したら/時間反転するとスピンが反転
    • 6.2 対称性 その2 空間反転対称性
      結晶のなかで空間を反転したら/結晶の表面では/磁場は空間反転でどうなるか/時間と空間の両方を反転すると電子のエネルギーはどう変わるか
    • 6.3 見る立場を変えると 仮想磁場
      電子が動くと仮想磁場ができる/物質表面での仮想磁場/とっても不思議な仮想磁場
    • 6.4 スピン軌道相互作用 仮想磁場が生みだすリアルな効果
      磁場中ではスピンの向きでエネルギーが異なる/仮想磁場が実際に電子のエネルギーを変える/スピン軌道相互作用がトポロジカル物質のもと
  • 第7章 トポロジカル絶縁体とは
    • 7.1 バンド反転 伝導バンドと価電子バンドが入れ替わる
      エネルギーレベルの上下が逆転/バンドが「ひねられる」/パリティの反転と混ざり合い
    • 7.2 トポロジカル表面状態 「国境」の状態
      「道路の交差」のような「バンド交差」/反転した伝導バンドと価電子バンドをつなぐ/トポロジカル表面状態は頑強/量子ホール効果と似ている/TKNN数 物質を区別する指数
    • 7.3 ヘリカルディラック電子 スピンが主役
      スピンと運動の向きは常に直角/スピンの向きがそろった電流/スピンの向きが固定されているディラック錐/後方散乱の禁止/純スピン波が物質表面や端を流れる/スピンを注入すると電流が流れる
  • 第8章 電子波の位相
    • 8.1 電子波の位相 その1 力学的位相
      電子波の伝播と位相/電子波の干渉/電子波の局在
    • 8.2 電子波の位相 その2 幾何学的位相
      AB位相 リアルな磁場による位相変化/実はベクトルポテンシャルが主役/ベリー位相 仮想磁場による位相変化/ひねられたバンドでの電子の運動/バーチャル空間でのモノポール
  • 第9章 トポロジカル物質ファミリーと応用
    • 9.1 磁性トポロジカル絶縁体 トポロジカル表面のエッジ状態
      トポロジカル絶縁体で時間反転対称性を破る/純スピン波の代わりに電流がエッジに流れる
    • 9.2 トポロジカル超伝導 マヨナラ粒子を作る
      スピン一重項とスピン三重項のクーパー対/パリティの破れた超伝導/トポロジカル超電導のエッジ状態/マヨナラ粒子 トポロジカル量子コンピュータの主役
  • おわりに/文中で引用した文献/索引

【感想は?】

 正直言って、中盤あたりから、ついていけなかった。

 磁石になる物質と、ならない物質の違いは、説明できる…気がする。電流を通す物質と、通さない物質の違いも、分かったと思う。説明しろと言われたら困るが。透明な物質とそうでない物質の違いは、分からなかった。

 まあ、その程度しか理解できてない者による書評だと思ってください。

 副書名に「最新・物質科学」とある。物質といっても、視点によって様々な層がある。大きなレベルではトラス構造やハニカム構造など。「知られざる鉄の科学」では、結晶の構造に焦点をあてた。本書ではもっとミクロな視点で、原子核と電子…というより、主に電子の性質と働きを掘り下げてゆく。

 そう、電子なのだ。結晶や金属塊のなかで、電子がどこにあり、どんな性質があり、どう動くのか。昔の原子モデルでは「原子核の周囲を電子が回っている」とされてきた。だが、本書では、それに加えて電子にスピンが与えられ、これが物質の様々な性質の元となる。

 このスピン、実は私もよく分かっていないのだが、その存在を証明した本書102頁のシュテルン=ゲルラッハの実験(→Wikipedia)は強く印象に残る。

 とにかくスピンは存在して、それは上向きと下向きの二種類しかない。スピンがあるにせよ、その向きは様々な値を取りそうなもんだが、実験で二種類だけって結果が出たんだから、しょうがないよね。もっとも、このスピン、コマみたく本当の回転ってワケじゃなく、モデルとして回転に似てるからスピンと名づけただけっぽいけど。

 このスピンの向きは本書でも重要な要素で、例えば物質の中でのバラつき具合が、磁石になるか否かを決めたりする。モノにそういう性質があるのは、ちゃんと原因があるのだ。

 とかの「なぜそうなのか」を語りつつ、やっぱり面白いのは、「それで何ができるのか」を説く部分。例えば序盤では、廃熱の小さい電子回路や、送電ロスの少ない送電線を作るヒントが出てくる。

電子をできるだけ速いスピードで流したければ、できるだけ高純度で高品質の物質を作り、電子が流れる部分には不純物や欠陥がなく、なおかつ低次元電子系を作るといいのです。
  ――第3章 物質は量子効果の舞台

 集積回路に高純度のシリコンが必要なのは、そういう事なんだろうか。なお、ここで言う「低次元」は数学的な意味で、例として二次元のグラフェン(→Wikipedia)を挙げている。カーボンナノチューブが注目される理由の一つは、コレなんだろうなあ。

 などと二次元の導電体に期待を持たせ、量子ホール効果(→Wikipedia)なんて面白い現象でワクワクさせたあと、出ましたよ期待の新物質。

トポロジカル絶縁体では、(略)表面では「バンド交差」状態になり、バンドギャップのない状態、つまり金属の状態になっているのです。
  ――第7章 トポロジカル絶縁体とは

 実はこのあたりになると、わたしはほとんど意味が分かってなかったりするんだが、それでも妙に興奮してしまうのだ。表面だけ、すなわち二次元平面だけが金属になり電気を通す。つまり低次元電子系じゃないか。しかも、それだけじゃない。

カイラルエッジ状態ではジュール熱を発生せずにエネルギー無散逸で電流が流れます。また、エッジ状態は1次元の電流通路なので、(略)180度後方錯乱の禁止が効いてきて、全く散乱されずに一方方向にスイスイと流れます。
  ――第9章 トポロジカル物質ファミリーと応用

 無駄な廃熱がないので消費電力は少なくファンも要らない、おまけに電流はスイスイ流れるから高速で動く。集積回路に理想的じゃないか。きっとインテルあたりは、この辺に注目してるんだろうなあ。

 ばかりでなく…

アンドレーエフ束縛状態で動く2個のマヨナラ粒子の位置を入れ替えると違った量子状態になり、第3のマヨナラ粒子と位置を入れ替えるとさらに違った量子状態になり、いわゆる「量子もつれ状態」を作ることができます。
しかも、それはトポロジカルに保護されているので、ノイズによって壊されることがないのです。それを利用して量子状態を「演算」するのがトポロジカル量子コンピュータです。
  ――第9章 トポロジカル物質ファミリーと応用

 はい、出ましたよ量子もつれに量子コンピュータ。いや量子コンピュータが何なのか、全くわかってないけど。今までの頁で、直感的に感じる物質の性質とは全く違う法則が働くのが量子力学の世界なのは充分に思い知ったので、これはもう、そういうモンだと鵜呑みにするしかない。

 原子の発見からその構成、中でも物質の性質に大きな影響を与える電子に着目し、電子の属性や働きから物質の性質へと解き明かし、量子力学の基礎へと読者を案内する、一般向けの量子力学の解説書。SFファンとしては、ソレっぽい用語が次々と出てくるのも嬉しかった。いやハッタリかますのに使えそうだし←をい

【関連記事】

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2022年9月14日 (水)

SFマガジン2022年10月号

「自由度が高くなりすぎる中で、何を中心にするかだ」
  ――長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒョーマニティ」

「ぼくらはいつだって手遅れだ」
  ――上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」

(小石は黒い)
  ――T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「スタジオぬえ創立50周年記念」。表紙がド迫力。

 小説は9本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回,夢枕獏「小角の城」第65回。

 読み切りは5本。長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚,上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編,ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳,T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回。模擬戦から11日。日本空軍から派遣された田村伊歩大尉は、半ば監禁状態に置かれている。ジャムと戦うために生まれてきたような人間だと田村大尉自身は思っている。だが、世間的ではFAFは犯罪者の島流し先である。両親に心配をかけて申し訳ない、などと考えているうち、クーリィ准将から呼び出しがきた。

 第五部のヒロイン(?)田村大尉の意外なお育ちが明らかになる回。そういえば妙に屈折した人物が多いこの作品で、桂城少尉と並び屈託の少ないキャラだよね、田村大尉は。いや桂城と同類にされたら嫌がるだろうけどw 彼女がジャムとどんなコミュニケーションを取るのか、今後に期待。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回。今回も島でのバトル回。後半の<ビッグ・ショップ>によるウォーターズ・ハウス襲撃が面白かった。目標は厳重な警護で要塞化した豪邸。他のチームならエンハンス能力を振りかざすだろうに、このチームが用いる手段は実にまっとうなのが楽しい。ここだけ別の作品みたいだw

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回、第3話「White Christmas」前編。災厄で人が消えた地球で、付喪神が暮らしている、そんな話がある。季節は夏、賑やかだった商店街。とある店の前に倒れていた人形が身を起こし…

 月にある出版社『言葉の翼』社の編集部をツナギにして、幻想的なお伽噺を語る構造ですね。今回の主人公は、皆さんお馴染み某揚げ鶏屋の大佐おじさん。あのニコニコ顔が歩き出すというのは、ユーモラスのような怖いような。

 以降は読み切り。

 長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚。2050年代。護堂恒明は27歳で将来を期待されるダンサーだが、事故で右脚を失う。一時は身動きすら出来なかったが、義肢のダンサーを見て再起を決意、友人の谷口裕五を介しベンチャー企業のAI義肢のモニターとなる。生活を立て直しつつ、リハビリと義肢の扱いそして復活に向けダンスの訓練に励む護堂だが、谷口はとんでもない事を目論んでいた。

 一種のサイボーグ・テーマで、AIの絡め方が巧みだ。というと新しいテーマのようだが、同時に新技術に立ち向かう表現者の苦闘という、伝統的なネタでもある。カメラは映画を生み出した。カメラワークやフィルム編集など新しい表現が現れると共に、役者の演技は演劇から引き継いでいる。レオ・フェンダーはエレクトリックギターを作り上げたが、エフェクターやフィードバックを活用する現在の変化自在なギタープレイはジミ・ヘンドリクスに負うところが大きい。筋肉で人を見る恒明の目線などの描写はリアリティを盛り上げ、この記事冒頭の引用の台詞は新技術を使いこなす事の難しさを見事に現わしている。そういう点では、ルミナス・ウィッチーズとも共通するテーマだよね。

 と、冒頭だとそういう印象なんだが、果たして曲者の著者がそういう予想しやすいお話に収めるかどうか。

 上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」。2015年2月号から不定期連載が続いたこのシリーズ、ついに最終回。「ブギーポップ」シリーズと同じ世界…というか、統和機構の内幕を描く作品でもあり、シリーズのファン向けな作品ですね。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編。、惑星パステルツェ3の仕事を受けたダイとテラ。仕事の内容は雲蠲(ウンジャン)の駆除。姿は全長100m×高さ50mに達する白いガスタンクで、空中を漂う。それだけならたいした問題はないのだが、困ったことに人が多い所に集まってくる。そのためインソムニア号も最初の着陸でアクロバットを演じる羽目になった。

 奇妙な生物?のような雲蠲の正体が、なかなかミステリアス。というか、今後のシリーズを通しての重要なテーマとなりそう。その雲蠲を駆除する場面は、確かにこの二人ならではの技と知恵が炸裂する。というか、ますます某トラコンみたいになってきてるなw

 ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳。上司のロニー・チャイトに引きずられ、ケラーはエヴェレストに登る。ロニーは大金持ちで、ビジネスも私生活も強引だ。最終アタック中、死にかけの男を見つけた。登山者たちは男を見捨ててゆく。ロニーもだ。そこに見知らぬ女が現れ、「わたしが残る」と言う。

 冒頭、どこぞの観光地のように登山者であふれるエヴェレストの風景に驚いた。近未来の話かと思ったが、現代でもこんな感じなんだろうか。極寒で視界すら閉ざされ、その上に呼吸すらままならない高山の描写が怖ろしい。加えて積もってゆく疲労。思考能力も衰えるだろうし、山の怖さがよくわかる。そんな所に現れた女の正体が、これまた意外。確かに、あーゆー所なら棲みつくのに都合がいい。

 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。古く見捨てられた惑星に、ひとりの男が住んでいた。男は二体の機械を作り、二体が自らのボディを好きに改造するに任せた。二体は男になつき、くたびれた惑星をめぐって金属をかき集め、ボディを作り変えていった。うあがて男は老いて倒れ、社会の狡猾さを知らぬ二台の将来を憂い…

 「むかしむかし、あろところに」で始まる、メルヘン風の語り口の作品。なのに、ナノマシンやバッファーなどの言葉のミスマッチ感が楽しい。もしかしたら、ロジャー・ゼラズニイの傑作「フロストとベータ」へのオマージュなのかな? 二台が惑星を離れる場面では、Simon & Garfunkel の My Little Town が頭の中で流れた。

 次号はカート・ヴォネガットの特集。楽しみだ。わたしは猫派です。

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2022年9月 9日 (金)

SFマガジン2022年8月号

「私の話に余談はありませぬ」
  ――小川哲「魔法の水」

逢坂冬馬「合理的な意思決定によって戦争を防止した歴史というのは表に出にくい」
  ――特別対談 戦争を書く、世界を書く 逢坂冬馬×小川哲

「雪風は、人口知性体であるまえに、その本質は高性能な戦闘機なのだ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回

ぶっちゃけ、出版翻訳家は原理的には食えない。
  ――古沢嘉通「SF翻訳、その現在地と十年後の未来」

「単に、好きになった人が自分だっただけです」
  ――カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」

 376頁の標準サイズ。10月号じゃありません。8月号です、はい、いまさら。

 特集は「短編SFの夏」として小説8本+対談やエッセイなど。

 小説は13本。

 特集で8本。小川哲「魔法の水」,斜線堂有紀「奈辺」,ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳,春暮康一「モータル・ゲーム」,天沢時生「すべての原付の光」,カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」,森田季節「殯の夢」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回,夢枕獏「小角の城」第64回って、すんげえ久しぶりな気が。

 加えて読み切り1本。上遠野浩平「製造人間は省みない」。

 まず特集から。

 小川哲「魔法の水」。アメリカ出張が決まった。ゲーム「イフ・ユー」のスマートフォン移植版の配信について話し合うためだ。今はアップルとグーグルが配信を牛耳っている。そこにリッケハンド社が新規参入し、初期タイトルには破格の条件を示した。乗るべきか? 燃料廠研究部の岩下少尉の紹介で仲本という男が訪ねてきた。「魔法の水」について話があるという。

 一部では有名な海軍水ガソリン詐欺事件と、スマートフォン用アプリケーションの配信プラットフォームが、どう絡むのか。小説としては見事などんでん返しで唖然とした後に、逢坂冬馬との対談を読むと、更に別の意図を仕込んでたのが分かってまたびっくり。にしても、戦後80年近くたつのに、あの愚かな開戦の原因が未だ定説が定まらないってのは、どうなんだろうね。

 斜線堂有紀「奈辺」。1741年ニューヨーク。白人ばかりのジョン・ヒューソンの酒場に、黒人奴隷のシーザーが入ってくる。酒を飲ませろ、と。客のルーカスがシーザーに銃を突きつけた時、二階で爆発音がして、ケッタイな奴が降りてきた。ジェンジオと名のる男は、銀色の服を着て、肌の色は目の醒めるような…緑色だ。

 銀色のスーツに肌は緑の宇宙人ってあたりで、1950年代のSFの香りが漂い、おもわずニヤニヤしてしまう。いかにも18世紀のニューヨークの酒場らしい荒っぽく猥雑な雰囲気の酒場で、白人と黒人の人種対立に緑色の宇宙人を交えてシェイクした、ノリのいい作品。ソレっぽいせりふ回しも楽しい。

 ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳。高校二年のとき、セシリーはアンドルーと出会った。趣味が合い、互いに理解しあえる唯一の親友だと思っていた。アンドルーの紹介で、セシリーは同じ趣味の仲間たちとも出会った。そして今、遺伝学者となったセシリーはアンドルーを追って中国の奥地、貴州省に来ている。

 「ニューロマンサー」や「スタータイド・ライジング」に「わかってるじゃん!」と嬉しくなる。他にもセシリーの若い頃の逸話は、SFファンの黒歴史を容赦なくえぐるw ちょい役トムの運命は、この手の話の定番っぽくて、「そうこなくっちゃ」と思ったり。元ネタは「フランケンシュタイン」かな? アンドルー君、ジョージ・R・R・マーティンのワイルドカードあたりで再登場して欲しい。

 春暮康一「モータル・ゲーム」。<ラティメリア>は恒星SCN017をめぐる奇妙な惑星を見つける。惑星017gはハビタブル・ゾーンにあり、軌道の離心率はゼロに近い。しかも公転面と自転軸がほぼ直行しており、季節の移り変わりはない。北緯15度付近に大きなクレーターがあり、ぬかるみになっている。このクレーターに、黴か地衣類のコロニーらしきものが見つかった。

 機械的とすら言えるほど変化が規則的な環境で生まれ滅びてゆく、地衣類らしきモノのコロニー。その生成と消滅の過程は、数学的な正確さで完全に予測できてしまう。それは「生命」なのだろうか? そういう環境を描く筆致のクールさもたまらないが、そこに生きる?コロニーの正体は、この著者ならではの熱いSF魂が伝わってくる。絶品のファースト・コンタクト作品だ。

 天沢時生「すべての原付の光」。取材のため、記者は暴走族のアジトを訪ねる。吹き抜け二階建てのガレージにいたのは二人。いかにもな田舎ヤンキーと、縛られて電動横行昇降機に吊り下げられた中学生。イキがった中学生をヤンキーが捉えたらしい。他には工具箱やスペアタイヤやカスタムパーツが転がる。そして中心に鎮座するハイエース三台分ほどの巨大なリボルバー。

 たいていの事は気合いで解決してしまう不良と、あまりにミスマッチな巨大メカ。いったい、どう話が転ぶのかと思ったら、更にとんでもない方向へとスッ飛んでいく。リボルバーなんだから、てっきりシマを争う他チームとの抗争に使うんだろうか…なんて想像を遥かに超え、もっとヤバい奴を相手にしてた。確かにヤバい短編です。

 カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」。三年前、生体時間転送が実用化された。18歳のわたしが大学で出会ったのは、過去への留学生に選ばれた7年後のわたし。彼女の姿は、まさに理想のわたしだった。わたしはわたしに恋をした。

 2022年第4回 pixiv 百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作。どうやって自分を脅すのかってのは、難しい問題だよねw タイム・パラドクスの扱いも標準的なもの。だからこそ、この結末が活きていると思う。

 森田季節「殯の夢」。ここオオムロの里は強い。馬がたくさんいるからだ。12歳のクルヒは、その馬の身体を洗う。オサの一族で、二つ年上のテオシベと一緒に。そんな里に、侵入者がきた。近くのオミやハイバラやクビキじゃない。服は派手だし態度も図々しい。ヤマトだ。

 古代日本の信州を舞台としたファンタジイ。小さな村の少女を語り手として、覇権国家ヤマトの侵攻を描く…のかと思ったら、ショッキングな場面から意外な方向へ。幾つかの有名なホラー映画や、某ベテランSF作家の有名なシリーズを思わせる巧みな仕掛けだ。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」前編。テラとダイは、惑星パステルツェ3の仕事を受けた。半径6060km表面重力0.85Gで自転周期は50時間、汎銀河往来圏の隅っこ、要は田舎だ。仕事は地表から算土(カルサンド)を軌道に運び上げること。その算土がやっかいで…

 初めての地表に騒ぎまくるテラがかわいい。というか、地表に降りた経験がないのに、この仕事はいささか無謀ではw それだけに、緊張しっぱなしの大気圏突入と降下のシーンは迫力満点ながら、肝心の着陸は…こんな宇宙船の着陸は斬新すぎてw 某トラコンでも、ここまではやらんと思うw

 特集はここまで。続いて連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回。ジャムの地球に侵入したとの仮定に基づき、フェアリイで特殊戦を率いるクーリィ准将はアグレッサー部隊を発足させる。フェアリイを訪れたジャーナリストのリン・ジャクスンは、雪風への搭乗を望むが…

 深井零はもちろんクーリィ准将,リン・ジャクスンそして日本海軍の丸子中尉といったアクの強い連中の中にいながら、相変わらずマイペースで飄々とした桂城少尉が、意外な活躍?を見せる回。言われてみれば、長生きしそうなキャラだよねw そして最後にクーリィ准将が爆弾発言を。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回。今回もマルセル島での派手な戦闘が続く。イースターズ・オフィスの出番は少なく、クィンテット vs マクスウェル一党の衝突が中心。<ミートワゴン>のカーチス・フェリンガーが暴れるあたりは、妖怪大戦争の趣が。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回、第2話「虹色の翼」後編。新人賞に応募する原稿を仕上げながらも事故で命を失った涼介は、「お化け」として意識を取り戻す。同じ部屋で、子どもが文章を読みあげている。

 血と麻薬と硝煙の匂いが渦巻くマルドゥック・シティの次にこの作品ってのは、落差が凄いw 「お化け」って言葉を選ぶあたりも、この著者ならではの芸風。歴史上の有名人ならともかく、普通の人の消息なんてすぐに分からなくなっちゃうんだよなあ。涼介がコンピュータを使えない場面はクスリと笑ってしまった。そりゃ無理だわw

 そして読み切り。

 上遠野浩平「製造人間は省みない」。ウトセラ・ムビョウの誘拐を機に動き始めた事件を機に、ブギーポップから続く統和機構のスターたちが続々と登場する。ファンには続々と登場する合成人間たちが嬉しい。

 SFマガジン2022年10月号の記事も、近いうちに書きます、たぶん。

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«アイニッサ・ラミレズ「発明は改造する、人類を。」柏書房 安部恵子訳