2017年11月21日 (火)

ハーラン・エリスン「ヒトラーの描いた薔薇」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫他訳

「実に単純明快なんだ。鉄のかたまりは誤りをおかす人間より十中八九はすぐれているんだ」
  ――ロボット外科医

「言うのは簡単なんだ、実際にそれが自分の身に起こるまでは」
  ――バシリスク

「世の中の人の大部分が幻想を信じこんでしまったら、そう、そのときにはっそれはもう現実なのね」
  ――ヒトラーの描いた薔薇

「われわれは忘れるために夢を見るのだと思います。そしてそれはなかなかうまくいきません」
  ――睡眠時の夢の効用

【どんな本?】

 アメリカSF界の暴れん坊、ハーラン・エリスン Harlan Ellison の作品を集めた、日本独自の短編集。

 SFとは言っても、小難しい理屈はほとんど出てこず、仕掛けとしては悪魔や天国や民間伝承が多いので、むしろ奇想小説と言うべきかも。そのかわり、現代アメリカ社会を痛烈に皮肉る社会批評や、過激な暴力描写が売り物で、またオチを放り投げているような作品もある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年4月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約350頁に加え、大野万紀の解説が豪華15頁。9ポイント40字×17行×350頁=約238,000字、400字詰め原稿用紙で約595枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章はこなれている。ただ、エリスンの芸風として、俗語や口汚い言葉がよく出てくるので、好みは別れるかも。SFとしても、あまり難しい仕掛けは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

ロボット外科医 / Wanted in Surgery / IF 1657年8月号 / 小尾芙佐訳
 医工(フィメック)、医療ロボット。診断は正確で、手術の腕も確か。医工の登場で医学界には大きな衝撃が走る。人間の医師の地位は下がる一方で、難しい手術はみな医工に任される。外科医のスチュアート・バーグマンは失意に暮れ…
 ディープ・ラーニングを応用した AI が大流行の今こそホットな作品。ちなみにエキスパート・システムを使った MYCIN(→Wikipedia) は1970年代初期なので、時代を先取りした作品と言える。ちょっと調べたら、既にダヴィンチ(→News Picks)をはじめ、様々な医療ロボットが活躍しているとか。もっとも、今はまだ「道具」って位置づけだけど。
恐怖の夜 / The Night of Delicate Terrors / A Chicago Weekly 1961年4月8日 / 伊藤典夫訳
 車を走らせるフッカー一家。南部ジョージア州メーコンから、北部イリノイ州シカゴへ。そこで秘密会議が開かれる。途中、吹雪に捕まったが、ここケンタッキー州では黒人が泊まれる宿はめったに見つからない。いや宿どころか、食事すら…
 SFじゃない。黒人の権利を求める公民権運動(→Wikipedia)が高まり始めた1960年代の作品。当時は差別が合法だったんだよなあ。北爆などベトナム戦争では評判の芳しくないジョンソン大統領だが、公民権法では優れた手腕を発揮してます。
苦痛神 / Paingod / ファンタスティック1964年6月号 / 伊藤典夫訳
 トレンテは苦痛神だ。エトス族がそう定めた。トレンテ以前にも苦痛神に選ばれた者はいた。苦痛神は、無限に近い寿命を持つ種族から選ばれる。はるかな昔から、宇宙中の生き物に、容赦なく苦しみを与える。それが苦痛神の仕事だ。勤勉に仕事に励むトレンテだったが…
 宇宙の生きとし生けるもの全てに、命じられるまま機械的に苦しみを振りまく神。私は「服従の心理」で描かれたアイヒマン実験(→Wikipedia)を思い浮かべた。
死人の眼から消えた銀貨 / Pennies, Off A Dead Man's  Eyes / ギャラクシー1969年11月号 / 伊藤典夫訳
 ジェッド・バークマンが82歳で天に召された。貧しいながらも、最後まで誇り高く歩み続けた男。おれ同様、ジェッドに拾われた仲間も2~3人いる。12年前ぶりだ。葬儀が行われるペンテコスト教会には、黒人が集まっている。
 「恐怖の夜」同様に、人種差別を題材にした作品。1963年のバーミングハム黒人教会爆破事件(→Stdio Be)に触発されたのかな? が、この作品は、更にヒネリを利かせている。一見、わかりにくいって点じゃ、在日朝鮮人問題と共通点があるかも。
バシリスク / Basilisk / F&SF 1972年8月号 / 深町眞理子訳
 野戦パトロールから帰る途中、ヴァーノン・レスティング兵長は罠を踏み抜いてしまう。尖らせた先端に毒を塗った竹。気が付いた時、レスティングは敵のアジトにいて、片足を失っていた。敵はレスティングを拷問にかけ…
 時代的に、ヴァーノンがいた戦場は、ベトナムだろう。米軍は将兵を大切にするって話だが、民間人の感情はそうでもないらしい。最近も、トランプ大統領が「私は捕虜にならなかった人が好きだ」なんて暴言を吐いたり(→産経ニュース)。もっとも、この辺は日本の方が酷いんだよなあ。
血を流す石像 / Bleeding Stones / Vertex: The Magazine of Science Fiction 1973年4月号 / 伊藤典夫訳
 ニューヨーク。聖パトリック大聖堂(→Wikipedia)を、四万人の群衆が取りまいている。ジーザス・ピープル(→Wikipedia)だ。正面の扉から、枢機卿が現れた。群衆は喜びに満ちる。その時、天を指し示す枢機卿の指先に…
 ジーザス・ムーブメントなんてあったのか。知らなかった。暴れん坊エリスンに相応しく、筆で鬱憤を晴らしまくる作品。今ならCGでド迫力の映像を創れるだろうなあ。
冷たい友達 / Cold Friend / ギャラクシー1973年10月号 / 小尾芙佐訳
 ここはニュー・ハンプシャーのハノーヴァ。ぼくは悪性リンパ種で死んだ…はずだ。が、病院のベッドで目が覚めた。病院には誰もいない。病院だけじゃない。街全体が空っぽだ。ぼくはユージン・ハリスン、郵便局員、独身。
 誰もいない街に、たった一人で生き残った男。だと思っていたが…。まあ、アレだ、モテない男には、グサグサと突き刺さる作品。どうせ、どうせ…
クロウトウン / Croatoan / F&SF 1975年5月号 / 伊藤典夫訳
 掻爬のあと、キャロルは大変な勢いで怒り出す。「あの子を見つけてきて」。いや見つけてこいったって、もうトイレに流しちまったし。仕方なく、マンホールの蓋をあけて下へと降りてゆく。意外と下水道は不快じゃなかった。
 前の「冷たい友達」とは対照的に、リア充だがしょうもない男を主人公とした作品。下水道に潜る場面では、つい「ざまあ」とか思ったり。はい、ひがんでます。ニューヨークの地下世界を舞台とした、幻想的な作品。
解消日 / Shatterday / ギャラクシー1975年9月号 / 伊藤典夫訳
 バーで待ちぼうけを食らったピーター・ノヴィンズは、電話をかける。が、まちがって、自宅の番号にかけてしまった。誰も出ない…はずなのに、回線の向こうで受話器があがる。しかも、電話に出たのは…
 章題がみんな地口になっている、翻訳家泣かせの作品。いきなり自分が二人になったら、どうするだろう? お互い協力して…とはならないのが、エリスンらしい。
ヒトラーの描いた薔薇 / Hitler Painted Roses / ペントハウス1977年4月号 / 伊藤典夫訳
 1935年、ダウニーヴィルで惨殺事件が起きた。被害者はラムズデル一家六人、うち三人は子供。彼らは裕福で人柄もよく、町の者に愛されていた。ただひとり生き残ったのは、マーガレット・スラシュウッド。町の者は彼女を犯人と決めつけ、井戸に放り込んで殺した。
 アメリカは歴史が浅い。開拓時代は連邦政府どころか州政府すら地方まで力が及ばず、住民たちが集まって社会を創り上げてきた。だもんで、今でも保安官なんて制度が生き残っている。それだけに自治には熱心だが、必ずしも冷静とは限らず…
大理石の上に / On the Slab / オムニ1981年10月号 / 伊藤典夫訳
 ロードアイランド州のリンゴ農園から、巨人の死体が見つかる。身長30フィート(約9メートル)、ピンクの肌、隻眼。残った一つの眼には、ふたつの瞳孔。そして、心臓の真上に無残な傷。興行主のフランク・ネラーは巨人を買い取り、見世物にする。
 有名な神話に題をとった作品。冒頭のリンゴ園の描写から、エリスンらしい絶望と破滅の予兆に満ち溢れている。
ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ / With Virgil Oddum at the East Pole / オムニ1985年1月号 / 伊藤典夫訳
 惑星メディア。原住民の人馬族とのコミュニケーションは、なかなか巧くいかない。おれはウィリアム・ロナルド・ボーグ。明暗境界線上の最大の島メディテーション島に一人で住んでる。ヴァージル・オッダムは、厳寒のアイスランドからボロボロの姿で這ってきた。
 エリスンには珍しく、遠い惑星を舞台とし、異星人とのファースト・コンタクトを扱った作品。テレパシーらしき能力を持っちゃいるけど、なかなか意思疎通はできないって意地の悪い設定に、エリスンの性格が出てるw
睡眠時の夢の効用 / The Function of Dream Sleep / Asimov's 1988年12月中旬号 / 小尾芙佐訳
 マグラスが目を覚ました時、自分の脇腹に空いた口を見た。小さな鋭い歯が並んだ、大きな口。それは一瞬でかき消えた。夢じゃない。確かに見た。医師に診てもらったが、異常は見つからない。そこで元妻のトリシアに勧められたのが…
 エリスンの「怒り」を感じさせる作品が多いなか、最後のこれは「哀しみ」が伝わってくる。眠うるしかない時だって、あるんだよね。

 激動の60年代に活躍した人だけあって、饒舌で過激な暴力を描きながら、世の中の理不尽への絶望と憤怒をぶちまけたような作品が多い。

 加えて、この短編集の魅力は、定評ある訳者陣。安定の伊藤典夫の職人芸や、小尾芙佐の名人芸が堪能できるのが、オールドSFファンには嬉しいところ。

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2017年11月20日 (月)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 3

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2 から続く。

【各国の対応】

 戦争となれば、兵が要る。そして兵は食わせにゃならん。

 そんなわけで、参加各国は糧食の調達に追われる。調達の方法にお国柄が出る部分もあれば、似たような所もある。日本・ドイツ・イギリスに共通してるのが、「まず自国民に食わせ、ツケは他国に回す」って点。日本については前の記事で書いたから置くとして…

【大英帝国】

 イギリスはUボートに締め上げられたが、アメリカの後ろ盾に加え、カナダやオーストラリアなどイギリス連邦の協力もあり、比較的に余裕はあったようだが、インドなど植民地に対しては冷酷だった。

 モーリシャスからは主なたんぱく源のレンズ豆を奪う。対日戦の主な兵の供給地だったインドは、米の輸入元のビルマを奪われた上に、値上がりを見込んだ商人の買い占めを傍観し…

食糧難が最高潮に達した1943年から44年にかけて、少なくとも150万人のベンガル人が死亡した。
  ――第5章 イギリスを養う

 この飢餓はインド全土に広がりかける。それを見かねて…

1943年11月、(対インド食糧供給を検討する)当委員会はインドに小麦10万トンを提供するというカナダの申し入れを、船舶がないという理由で断り、イギリス政府はインドの立法すが連合国救済復興機関(UNRRA)に食糧援助の申請をするのを差しとめた。
  ――第5章 イギリスを養う

 みっともないから止めてくれ、ってわけ。さすがだぜ大英帝国。インド独立を描いた「今夜、自由を」で、ベンガルが火薬庫みたく描かれてたのは、そういう経緯もあったのか。

【第三帝国】

 植民地が頼りにならないドイツも、占領地の扱いじゃ負けちゃいない。例えばギリシャじゃ…

ゲリラ兵が活動する地域の村には、救援食糧はいっさい与えられなかった。それどころか、抵抗ゲリラの支援ネットワークを奪うために、家や畑がすっかり焼き払われた。
  ――第8章 ドイツを養う

 匿う奴も敵とみなすナチスの手口は、チェコを舞台とした「HHhH」が描いてた。そのためか、今でも当時のレジスタンスに対しては、複雑な感情が残っているって噂を聞いた。ただしソースは不明。これが東方では…

占領下ソ連のように農業の近代化が遅れている地域では、支配者の常軌を逸した暴力行為に監督能力の欠如が合わさると、農民たちは規模を小さくして自給自足に走る。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、あの手この手でドイツを出し抜こうとした様子。特にウクライナは、スターリンによる飢饉(→Wikipedia)で農民たちは知恵をつけ、隠したり誤魔化したりする手口も洗練してたとか。とはいえ、ナチスは働き手となる男たちをドイツ国内に徴用したんで…

1945年には、(ソ連の)農業労働人口の92%を女性が占めていた。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、女が頑張るしかない状況。おまけに犂をひく馬や牛もナチスに奪われるんだがら、収穫も減ってしまう。ヒトラーのアテは外れるばかり。

 一方、徴用された男たちは、ドイツ内の工場や農場で働かされる。特に戦争末期になると、国民すら満足に食わせられないドイツが、彼らを厚くもてなすはずもなく。

ナチス政権は人間の基礎代謝率の限界に直面した。労働者ひとりに3,000カロリーを与えるほうが、労働者ふたりに1,500カロリーずつ与えるよりも効率的なことがわかったのだ。
  ――第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み

 と、残酷な計算まで始める始末。ユダヤ人虐殺も、動機の一つは食糧だろう、と著者は見ている。

【中国とソ連】

 植民地や占領地から奪えた他の国とは違い、中国(国民党)とソ連は、略奪の対象がいない。じゃどうするか、というと…

 国民党も、最初は人心把握に努めたが、追い詰められるに従い台所は苦しくなる上に、難民が支配地域に雪崩れ込み、食料も足りなくなる。それを稼ぎ時と気づいた商人は食料を買い占め、飢餓を煽る。軍も軍閥化が進み、略奪を始める。そうやってツケを貧しい者に回した結果…

国民党軍の兵士200万人のほかに、少なくとも150万人の民間人が死亡したが、うち85%がもっぱら窮乏と飢えに倒れた農民だった。
  ――第12章 内戦下の中国

 と、悲惨な有様になってしいまう。当然、民衆の気持ちは国民党から離れ、内戦では共産党が躍進してゆく。このあたりは「台湾海峡1949」が詳しかった。

 苦しかったのはソ連も同じ。

(ソ連の)死者2,800万ないし3,000万人のうち、900万人が軍人で、残る1,900万ないし2,100万が民間人だった。(略)死者の大多数は、ドイツ占領下で餓死したか射殺されたものと思われる。
  ――第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い

 と、第二次世界大戦で最大の犠牲を払った上に、戦後は…

1946年の夏、ロシア南部とウクライナの大草原地帯が干魃に見舞われ、凶作になった。だが、スターリンが必要とする穀物の量は、逆に増えていた。東欧のあらたな衛星国に食料を輸出すれば、ソヴィエトの支配が強固になるからだ。
  ――第18章 腹ぺこの世界

 さすが同志スターリン容赦ない。ちなみに従軍した将兵たちへの待遇も、あまし温かくなったと、「イワンの戦争」が暴いている。

【アメリカ】

 他の国とは全く様相が異なるのが、アメリカ。もう完全に別世界で、読んでいると本を投げ出したくなる。とにかく農業も工業も産業力が桁違いで、「なんでこんな国と戦争しようと思ったんだろう?」と、つくづく悲しくなってくる。こんな国で、志願兵がいるのが不思議なくらいだ。

 現代でも化け物じみた兵站能力を誇る米軍だが、その理由は桁違いの産業力だけでなく…

第二次世界大戦中、健康と栄養にあらたな関心が払われ、軍医や補給将校は、兵士たちの飢えと疲労が主因でやがて戦争神経症が引き起こされること、その背景となるのは、単調でまずい食事であることを知った。
  ――第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ

 と、あの戦争から学んだ教訓にある模様。士気の元は、旨くてバラエティに富むあったかいメシなのか。

【最後に】

 とすると、飢えに苦しんだ日本の将兵は、アメリカ以上に戦争神経症に苦しんだはずだ。が、日本政府が詳しく調査したって話は聞かない。敗戦直後の混乱期ならともかく、高度成長期になっても顧みようとしなかったのは、冷たすぎるんじゃないの? なんだかなあ。

 などと、挑発的な書名にたがわず、衝撃的な話が続々と出てきて、酷く疲れる本だった。また、軍ヲタとしては、「日本の船舶を潰すには米軍の機雷封鎖が最も効果的だった」なんて話があって、海上自衛隊が機雷掃海が得意な原因は、これにあったのか、と思ったり。

 軍事系ではあるけど、あまり軍事関係の専門用語も出てこないので、素人にもとっつきやすい。当然ながら残酷な描写は多いし、バタバタと人が死ぬので、その辺の耐性は必要だが、銃後の現実を知る上では、とても迫力のある本だ。つくづく、戦争の被害を受けるのは、軍隊だけじゃないんだなあ。

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2017年11月19日 (日)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1 から続く。

【発端】

 第二次世界大戦の影響で、多くの人が飢えた。

 これは、戦いの犠牲だと私は思っていた。が、どうもそうじゃないらしい。特にドイツは、ワザと飢餓を輸出したようだ。

 第一次世界大戦の経験から、ヒトラーは国民の飢えを強く警戒していた。そこにヘルベルト・バッケが登場する。

戦時下の食糧問題について(ヘルベルト・)バッケ(→Wikipedia)が提唱した解決策こそが、1941年6月のソ連との開戦をヒトラーに決意させた直接の要因なのだ。
  ――第2章 ドイツの帝国への大望

 バッケの理屈はこうだ。穀倉地帯ウクライナを奪え。そうすれば、ドイツは飢えずに済むし、ロシアは干上がって倒れる。「バッケの頭の中にあった具体的な死者数は、3,000万人だった」。もともと虐殺するつもりだったのだ。

 ドイツ軍がモスクワを目の前にして、カフカスの油田に主軸を移した理由も、ウクライナだ。「ウクライナの農業は機械化が進み、ソ連の産油量の60%を消費している」と、ドイツは考えた。そのために、カフカスの油田がどうしても必要だったのだ。

 もっとも、短期決戦を求めてたクセに、その方法が兵糧攻めってのは、なんかおかしい気もする。人間、いったん決めちゃったら、考えを変えられない傾向があるから、矛盾に気づかなかったのかも。

【日本 その1】

 さて日本は。

 両大戦間に人口が増えた上、都市住民の食べる量も増え、困った事になる。そこで朝鮮から米を強奪してしのぐ。当然、朝鮮人は飢え、「彼らは生きのびるために野草を食べた」。当時の「日本政府の食糧官吏や農業経済学者も『飢えの輸出』と呼んでいた」。

 植民地経営なんて大概が残酷なもんだが、大日本帝国も例外じゃなかったのだ。

 加えて、日本の農民も苦しむ羽目になる。外国から安い米がたくさん入ってきたので、国産米の値段も下がり、農家の稼ぎも減ってしまう。食糧問題の難しさは、今も昔も変わらないなあ。ってんで、満州だ。

移住計画は、100万戸の農家、すなわち1936年当時の農業人口の1/5を中国に送り込むというものだ。
  ――第3章 日本の帝国への大望

 元から住んでた者の土地を奪い、日本人移民に与える。おお、ラッキーじゃん。土地を追われる側はたまったモンじゃないけど。

 こういった大日本帝国の性質は、南方でも変わらない。アジアの米蔵だったビルマ・インドシナの稲作地帯では…

占領軍が市場価格よりはるかに安い値段で米を大量に買い上げ、軍の糧食や本土に送るための備蓄米にしていた。国際市場も域内市場も奪われた農家は、苦労して作物を育てても日本人に買いたたかれるだけなので、生産量を減らした。
  ――第11章 日本の飢えへの道

 と、アジアの穀倉地帯から米を奪い、また地域の流通も壊してゆく。もっとも、奪った米を運ぶ船は、アメリカの潜水艦にボコボコ沈められるんだけど。これに加え、不作やインフレ、輸送用の船の不足、米から黄麻や大麻への強制的な転作も重なり、戦後は地獄と化す。しかし…

フランスも日本も正確な死者数の把握に努めなかった。これまで、100万ないし200万人のヴェトナム人が死んだとされてきた。(略)ヴェトナム北部の多くの村にとって、20世紀最悪の経験はヴェトナム戦争ではなく、この飢饉なのだ。
  ――第11章 日本の飢えへの道

 仏印やビルマで帝国陸軍がやらかした事を、私も、知りませんでした、はい。

 もっとも、「日本の新技術が大きな成功をもたらした」と言ってくれるマラヤ人も、少しはいるとか。そうは言っても、イギリスよりはマシって程度なんだけど。

【日本 その2】

 ってな悲惨な話とは別に、意外な事実も書いてある。

 例えば託児所。戦争が始まり人手が足りなくなると、女も働かにゃならん。そこで、国は幾つかの対策をだす。例えば…

食事の準備を共同で行うために炊事場が一万五千カ所、(略)託児所が三万カ所設けられた。

 今でもベビーシッターより保育園が好まれる理由は、こういった経緯なんだろうか。

 また、太平洋の戦いは飢えとの戦いでもあった。

ガダルカナル島では戦死者が5,000人だったのに対し、餓死者は15,000人にのぼると今村(均大将)は推定した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

(ニューギニア方面の)第18軍司令官、安達二十三は、1944年12月10日、「連合軍兵士の死体は食べてもよいが、同胞の死体はたべてはならない」という命令を発した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

 などのエピソードが語るように、兵站無視が帝国陸軍の伝統のように思ってたけど…

1929年、(日本)陸軍の食事が供給するエネルギーは、ひとり当たり1日4000キロカロリーだった。(略)ところが、1941年に、軍の糧食は半減した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

 と、戦前は将兵の食糧事情に気を配っていたのだ。加えて、中華料理や洋食の普及にも、軍が大きな影響を与えた事がうかがえる。というのも。

 1920年頃の日本兵の体格は貧弱だった。じゃ栄養状態をよくしよう、そのために肉を食わせよう。でもヒトは不慣れな料理を好まない。おまけに、「日本食は地方ごとに味の違いが」大きい。そっか、昔から日本のメシはバラエティ豊かだったのね。って、そういう事じゃなくて。

 どこかの地方の味付けにしたら、兵同士でケンカになる。でも、みんなが慣れないなら、ケンカにもならない。そこで、都市で流行りはじめた中華や洋食を真似た。「カレー、シチュー、炒め物、中華麺、豚カツ、唐揚げ」…。皆さんお馴染みのメニューは、帝国陸軍が普及させたわけ。

 おまけに、調味料も味噌から醤油を中心にした。これも同じ理由で、味噌は地方色豊かだけど、醤油は「工場生産で味が標準化されて」いるから。そうなのか。味噌は地方色豊かなのか。今度、旅行に行ったら、地元の味噌を漁ってみよう。

 加えて、民間にも普及させるため、陸軍は「企業、学校、病院に軍隊式の給食を導入しはじめた」。学校給食も社員食堂も、軍が先導したのだ。家庭に対しても、陸軍の主催で「料理の実演が行われた」。軍人さんが料理教室を開いてたのだ。当然、味も似たようなモンになったんだろうなあ。

 ばかりでなく。当時の農村の若者は雑穀交じりのメシを食べてたけど、軍で白米に慣れる。

白米を日本国民全員の主食に変貌させたのは、第二次世界大戦なのだ。
  ――第19章 豊かな世界

 そんなわけで、現代日本人の食生活は、帝国陸軍が創り上げたのだ。これはアメリカも同じで、軍のメシに慣れたGIたちが、今のアメリカの大衆食を形作っているとか。この辺は、「とんかつの誕生」や「カレーライスの誕生」にも触れられてたなあ。

 すんません。また次に続きます。

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2017年11月17日 (金)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1

第二次世界大戦中、少なくとも2000万の人々が、飢餓、栄養失調およびそれにともなう病気によって、こうした悲惨な死を迎えた。
  ――第1章 序 戦争と食料

窮乏状態に耐える能力の高さは、多くの場合、国民の政府に対する期待の低さを反映する。
  ――第1章 序 戦争と食料

【どんな本?】

 多くの戦争映画や物語が語るように、太平洋戦争中および戦後は多くの日本人が飢えた。ガダルカナルやニューギニアの地獄は有名だし、国内の民間人も代用食や買い出し・闇市に頼った。日本だけではない。あの戦争では、世界中が飢えた。

 ドイツの東部戦線の将兵はもちろん、銃後のドイツ国民も飢えた。占領されたフランスも苦しんだが、ボーランドやギリシャはもっと悲惨だ。イギリスも苦しんだが、辛酸をなめたのは植民地のインドだ。当然、ソ連も苦しんだが、最大のツケを回されたのはウクライナなどドイツ軍に占領された地域だろう。

 当然、日本が占領した地域も上に見舞われた。アジアの米蔵だったビルマやインドシナすら自給もおぼつかず、それに頼っていた周辺国は悪夢となった。長く続く日中戦争に苦しんだ中国は、太平洋戦争終結後も、国共内戦の苦しみがのしかかる。

 と書くと飢えは戦争の結果のように思えるが、実際はもっと複雑だ。そもそも戦争の原因に、食料が大きく関わっている。そして、日本もドイツも、占領地や植民地に、「飢餓の輸出」を目論んでいたし、イギリスも植民地に飢餓を輸出したのだ。

 対してアメリカは…

 戦争の原因に、食料がどう関係したのか。戦前・戦中・戦後で、各国の食糧事情はどう変わったのか。それに対し、それぞれの政府は何を考えてどう対応し、その結果はどうなったのか。食糧事情という視点で第二次世界大戦を分析し、参加各国の暗黒面に光を当てる、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Taste of War : World War Two and the Battle for Food, by Lizzie Collingham, 2011。日本語版は2012年12月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×463頁=約413,459字、400字詰め原稿用紙で約1,034枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 これだけの大容量だってのに、解説によると原本は「著者みずから原書を三割近く削った短縮版」。完全版だと、とんでもない鈍器になるんだろうなあ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないが、「インドはイギリスの植民地だった」程度の当時の世界情勢や、「日独伊 vs 英米ソ」程度の第二次世界大戦の経緯は知っていた方がいい。また多くの国や都市が出てくるので、地図があると便利。

 それより大事なのは食料の分量とカロリー計算。配給などの食料の量がグラム単位で出てくるので、日頃からスーパーなどで買い物をする人なら、だいたいの量がピンとくる。一日に必要なカロリーは、本書によると以下。

  • 普通の若い男:3000Kcal
  • 訓練中の兵士:3429Kcal
  • 低温下での激しい任務:4238Kcal
  • 猛暑下での戦闘:4738Kcal

 それぞれの食材の重さとカロリー量は、以下。

 これ調べてて気が付いたんだが、最近の Google はカロリー計算までやってくれるとは。「食材 カロリー」でググってみよう。例えば「チーズ カロリー」とか。そのうち Google ダイエットとか流行るんじゃなかろか。

【構成は?】

 基本的に時系列順に並んでいる。それぞれの国の事情が知りたい人は、まず「第1章 序 戦争と食料」を読み、以降は知りたい国の所だけを拾い読みすればいい。

  • 地図/出展に関する註記
  • 第1章 序 戦争と食料
  • 第1部 食料 戦争の原動力
    • 第2章 ドイツの帝国への大望
      小麦から肉へ/敗北、飢え、第一次世界大戦の遺産/自給自足経済と生存権/ヘルベルト・バッケと飢餓計画/東部での大量虐殺
    • 第3章 日本の帝国への大望
      農村危機の急進的な解決策/満州に100万戸/南京から真珠湾へ
  • 第2部 食料をめぐる戦い
    • 第4章 アメリカの軍需景気
    • 第5章 イギリスを養う
      肉からパンとじゃがいもへ/アメリカの粉末卵とアルゼンチンの塩漬け牛肉
    • 第6章 大西洋の戦い
      最も過酷な冬/アメリカという命綱/冷凍肉か兵士や武器か/大西洋の勝利
    • 第7章 大英帝国を動員する
      中東補給センター/東アフリカで勝利をむさぼる/西アフリカとドル不足/ベンガル飢饉
    • 第8章 ドイツを養う
      生産戦争/西ヨーロッパの占領/ギリシャ飢饉とベルギーの回復力/同盟国とアーリア人
    • 第9章 飢えを東方に輸出したドイツ
      現地の食料で生活する/飢餓計画の実施/1941年から42年にかけての食糧危機/ポーランドのホロコースト/ウクライナでの食糧徴発
    • 第10章 ソヴィエト体制の崩壊
    • 第11章 日本の飢えへの道
      米とさつまいも/帝国領土の混乱と飢餓
    • 第12章 内戦下の中国
      国民党の崩壊/生きのびた共産党
  • 第3部 食糧の政治学
    • 第13章 天皇のために飢える日本
      お国のためとされた健康的な食生活/チャーチル給与/アメリカの海上封鎖/ガダルカナル/ニューギニア/ビルマ/本土の飢え/降伏
    • 第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い
      赤軍を養う/都市部を養う/アメリカという命綱/飢えを克服した忍耐力
    • 第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み
      1930年代のイギリス 栄養学的な見解の相違/1930年代のドイツ 「栄養面での自立」政策/配給の政治学/イギリスの労働者階級を養う/ドイツの軍事機構を養う/闇市場/ドイツの都市部 空腹だが飢えてはいなかった
    • 第16章 大英帝国 戦争の福祉的な側面
      ドクター・キャロット イギリス国民の健康を守る/栄養格差の是正/健康と士気 軍の炊事部隊/塩漬けの牛肉とビスケットで戦う/粥、豆、ビタミン/栄養状態の修復 インド軍
    • 第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ
      「いい戦争」/未来への希望/兵士の快適な生活/オーストラリア 勝利のための食品加工/太平洋諸島の人々を養う
  • 第4部 戦争の余波
    • 第18章 腹ぺこの世界
    • 第19章 豊かな世界
      自国の豊かさとヨーロッパの救済を秤にかける/戦後食糧世界の形成/あらたな消費者の台頭
  • 謝辞/訳者あとがき/原註/参考文献/図版出典

【感想は?】

 よくできた戦争関係の本がそうであるように、この本も色々と衝撃的な事柄が続々と出てくる。

 なんたって、最初からとんでもない事実を明らかにする。あの戦争は、最初から多くの人が飢えると分かっていたのだ。少なくとも、日本とドイツは。そして、そのツケを…

 詳しい内容は次の記事で。

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2017年11月14日 (火)

干宝「捜神記」平凡社ライブラリー 竹田晃訳

陳節は神々を訪問して回った。東海君は織ってあった青い上着を一着、土産にくれた。
  ――巻2 37 東海君

罔象(もうしょう)は三歳の子供のようで、目は赤く、全体は黒い色で、耳は大きく、腕は長く、爪は赤い。縛りあげてしまえば食べることもできる
  ――巻12 蕡羊(ふんよう)

「私は普通の人間とは違いますから。あかりで私を照らしてはなりませぬ。三年たってからなら、照らしてもかまいませんが」
  ――巻16 396 墓のなかの王女(その2)

狄(てき)希は中山(河北省)の人である。「千日の酒」を造る術を持っていた。
  ――巻19 447 千日の酒

【どんな本?】

 東晋(→Wikipedia)の歴史家である干宝が著した「志怪小説」。先人の書から得たエピソードや、自分が見聞きした事から、神・仙人・幻術・妖怪・幽霊など、怪異と思われるものを集め、編纂した作品。

 小説とは言っても、現代日本の小説とは違う。単に奇怪なエピソードを並べただけで、物語の体をなしていない話が多い。あくまでも歴史家として、話を記録として残すことを目的としたと思われる。

 それだけに、現代に伝わる神話・伝説・民話に取り込まれたと思われる物もあり、また物語の創作に関わる者にとっては、ネタの優れた鉱脈と言えるだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によれば、著者とされる干宝(→Wikipedia)は「晋代、四世紀の半ばごろ」の人。本書「捜神記」(→Wikipedia)は、南宋の頃にいったん姿を消すが、「明の万暦年間(1573~1620)」に、20巻本と8巻本の二種類が再び世に出てくる。いずれも「後人の手がかなり加えられていることはまちがいない」。

 怪異譚なだけに、そういう出自の怪しさも、魅力の一つ。

 文庫本で縦一段組み、本文約581頁に加え、訳者の解説11頁。9ポイント42字×16行×581頁=約390,432字、400字詰め原稿用紙で約977枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 思ったより訳文はこなれていて読みやすい。内容については、慣れていないと、最初は少し戸惑うかも。というのも、生死や化け物の概念が、現代日本の私たちと少し違うからだ。でも大丈夫。しばらく読んでいれば、すぐに慣れます。

 また、中国の歴史や人名や地名がしょっちゅう出てくるので、生真面目に読む人は事典や地図を用意した方がいいかも。ただし、だいたいの所は注に書いてある。

【構成】

 全20巻464話からなる。各話は短く、長くてもせいぜい3~5頁。中には冒頭の引用「37 東海君」のように、たった1行の短い話もある。各巻は内容で分けたらしく、解説によれば、ほぼ次の構成。

 なお、各話は独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

  • 巻1 神仙
  • 巻2 方士
  • 巻3 占卜・医術の名人
  • 巻4 風神・雨神・水神
  • 巻5 土地神・祠
  • 巻6・巻7 凶兆
  • 巻8 天子が天命を受ける前兆
  • 巻9 吉兆・凶兆
  • 巻10 夢兆
  • 巻11 孝子・烈女
  • 巻12 異物・妖怪
  • 巻13 山川・水陸および動植物
  • 巻14 異婚・異産、その他動物と人間との交渉
  • 巻15 再生
  • 巻16・巻17 幽鬼
  • 巻18・巻19 妖怪
  • 巻20 動物の報恩・復仇

【感想は?】

 まさしく物語の原石。

 磨けば光りそうなエピソードを、洗いもせずそのまま目の前に放り出した、そんな感じ。冒頭に引用した「東海君」とか、たった1行だ。思わず「だから何やねん!」と突っ込みたくなったり。

 世界の神話・伝説・民話を漁っていると分かるんだが、一見関係なさそうな地域に伝わる話が、似たようなエピソードを持ってたりするのも、こういう本を漁る楽しみの一つ。

 例えば「巻1 26 神符の秘宝」では、道術を心得た者が、揚子江の水を割って大河を渡る話が出てくる。まるでモーセが紅海を分けた話みたいだ。ただし、聖書と違い、全く説教臭さがないのも、この話の特徴。単に「道術ってすごいね」ってだけなのだ。

 こういった説話集には、何かを予言する話もある。中でも皮肉なのが、「巻3 49 七個の璧(へき)」。孔子は「子、怪力乱神を語らず」と語ったとされるが、その孔子が不思議な予言を残した、という話。ところが、その予言というのが、なんとも残念というかw

 日本やインドと同様に、中国にも多くの神様がいる。ただし、微妙に神様との距離感が違うのも、怪異譚の面白さ。「巻12 305 雷神」は、雷神と農民が戦う話。落ちてきた雷神に農民が襲い掛かり、雷神の股を叩き折っている。雷神様、威厳もへったくれもありゃしないw

 その次の「巻12 306 ろくろ首」は、日本でも有名。同じ「ろくろ首」にも二種類あって、首が伸びるのと、首が飛ぶのと。この本は小泉八雲と同じ飛ぶバージョンで、性質も同じ。ただし、お話は全く違い、この本では、なんとものんびりした空気が漂っているのがお国柄というかw

 同じ巻12の「308 豭国」は、女を攫う類人猿の話。諸星大二郎の「西遊妖猿伝」の冒頭は、この話からヒントを得たんだろうなあ。やはり「巻14 蛮夷の起源」は、王が困った約束をする話。敵の将の首を取った者には領土と姫を与えると宣言してしまう。幸い首は取れたが、取ってきたのは犬で…

 などと、話の小道具は似てるんだが、お話全体では微妙にテイストが違うのはお国柄か。「巻19 440 大蛇を退治した娘」では、山に大蛇が住みついて人々に仇を成す。しまいには…

大蛇は誰かの夢に現れたり、巫祝(みこ)を通じたりして、十二、三歳の少女を食べたいと要求するのである。

 このロリコンめ!と憤るが、どうしようもない。仕方なく少女を差し出すが… と聞けば、スサノオのヤマタノオロチ退治を思い浮かべるが、なぜそうなる…って、タイトルでネタバレしてるがなw 他にも、因幡の白兎っぽい話もあったり。 

 ってな、古今の物語の原型になっていると思しき話もあれば、「意外な真実が埋もれてるかも…」と思わせるネタもあったり。

 例えば「巻13 333 蜾〓(虫+羸、から)」。土蜂の一種で、「雄ばかりで雌が無い」「蚕か蝗を育てているうちに、それを自分の子に変えてしまう」。蜂には、他の昆虫の幼虫に卵を産み付ける種類がいるから、ソレじゃないかなあ(→Wikipedia)。

 なんてのは可愛い方で。トロイを見つけたシュリーマンにあやかりたくなるのが、「巻15 374 豪華な墓」。呉の時代、江蘇省で大きな墓を掘り返したら、豪華な棺や玉が出てきた、ってな話。なにせ広く歴史もある中国のこと、まだ未発掘の遺跡がたくさん残ってるんだろうなあ。

 怪異譚なのに、微妙に笑える話が多いのも、この本の特徴。「巻16 378 幽霊は存在するか」は、コニー・ウィリスの「インサイダー疑惑」を思わせる。日頃から「幽霊なんかいない」と主張しゆずらない男がいた。おまけに弁が立つので、誰も説得できない。そんな男の所に、一人の客が訪ねてきて…。

 全般的に、物語として起承転結の形になっておらず、奇妙なエピソードを並べただけの話が多い。が、それだけに、物語を作る際のネタに使えそうな物がギッシリ詰まってる。雰囲気としては、諸星大二郎の緊張感より、高橋留美子の微妙にヌケた感じが近いかも。

 無駄知識で喜ぶヲタクや、創作のネタを探すクリエイターなら、読んで損はない。

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