2020年10月18日 (日)

春暮康一「オーラリメイカー」早川書房

夜にしか見えないものがいくつかある。もっぱら頭の上に。
  ――オーラリメイカー

「彼らはここにいます」
  ――オーラリメイカー

「ねえ、あなたがエスパーの人?」
  ――虹色の蛇

【どんな本?】

 2019年の第七回ハヤカワSFコンテストに「オーラリメイカー」で優秀賞に輝いた新人SF作家、春暮康一のデビュー作。加筆修正した「オーラリメイカー」に加え、短編「虹色の蛇」を収録。

 人類が銀河系へと進出し、幾つかの異星人とも出会いソレナリの友好関係を築いている遠未来。

 アリスタルコス星系は異常だった。九つの惑星のうち四つは、水星と同じぐらいの質量で、公転面が60度以上も傾斜している。しかも扁平な楕円軌道で、近日点と遠日点は他の惑星の軌道スレスレをかすめている。明らかに、何者かの意図を感じさせる構成だ。

 惑星の軌道を、ここまで大胆かつ緻密に設計・変更させうる者とは、どのような存在なのか。<連合>参加の種族は、存在を星系儀製作者=オーラリメイカーと名づけ、共同で探査に赴く。果たして彼らは何者なのか。何のために、どうやって星系を改造したのか。そして<連合>と友好的な関係を築けるのか。

 遠未来の恒星間宇宙を舞台に、オーラリメイカーの謎を軸としながら、生命・知性そして出会いと別れを壮大な構想とスケールで描く、王道の本格サイエンス・フィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約287頁に加え、第七回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント40字×16行×287頁=約183,680字、400字詰め原稿用紙で約460枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章は比較的にこなれている。バリバリのサイエンス・フィクションで、物理学や情報工学の用語も容赦なく出てくるが、分からなかったらテキトーに読み飛ばしてもいい。これは料理なら「盛り付け」に当たる要素だろう。繊細かつ丁寧に盛り付けられているのは確かだが、この作品の最も美味しい所は、もっと大掛かりな所にある。タイトルが示すオーラリメイカーの正体と目的、そしてそれに関わる者たちの決断と行動こそが、本格派SFならではの圧倒的な迫力と感動を生み出すのだ。

【オーラリメイカー】

「わたしたちはひとつの精神でありながら無数の個性を持つ」
  ――オーラリメイカー

人知を超えたものに出会うと、そこに現実以上の神秘性を汲み取ってしまう。
  ――オーラリメイカー

「ふたりじゃなくて三人だぞ。いや、四人と言ってもいいか」
  ――オーラリメイカー

「またいつか。そのとき会うわたしが、いまのわたしにあまり似ていなかったとしても」
  ――オーラリメイカー

 これだよ、これ。こういうのがあるからSFはやめられない。

 もうね。出だしからSF者のツボを突きまくり。オーラリメイカーが造ったとおぼしき星系に、銀河の各地からエイリアンが集まってくる場面。

 <水-炭素生物>なんて言葉が出てくるから、「いわゆる珪素生物はいない」と見当がつく。代謝系はヒトと同じ、炭素を酸化してエネルギーを得ている生物たちだ。それでも、意思疎通は簡単じゃない。「<外交規約(プロトコル)>に沿って宣言を開始した」に続く段落で、エイリアンたちの異質さがビンビン伝わってきて、読者を作品世界へと巻きこんでゆく。

 にも関わらず、なぜ「会話」ができるのか。ここでコミュニケーションの基盤となるのが、数学と物理学なのもSF者の気分を盛り上げる。AIだのなんだのと、ソレっぽいIT系用語を使うのが流行ってるけど、本作は見逃されがちな情報理論の基本をキチンと抑えてるのが嬉しい。ここまで、たった3頁。なんちゅう濃い幕開けだ。

 続くオーラリメイカーの謎を語る所も、ゾクゾクが止まらない。一つの恒星系を、奇妙に秩序だった形に仕上げる存在。明らかに隔絶した技術を持っている。にも関わらず、今まで全くコンタクトしてこなかった。もし敵対する存在なら、<連合>はひとたまりもないだろう。というか、そもそも<連合>と意思疎通ができる存在なのか?

 カッチリした科学考証と、思いっきり異様なエイリアン、謎に満ちたオーラリメイカーの存在。SF小説の出だしとしては、トップクラスの出だしだ。そして、その期待を遥かに上回る壮大で爽快で少し切ない結末。うん、これぞSFの醍醐味。

 もちろん、本作内でオーラリメイカーの正体も目的も星系を改造した方法も、そして今までコンタクトがなかった理由も明らかになる。これが実に意表を突くもので。エネルギー(の元)を得る手段も、思わず笑っちゃうほど大胆なんだけど、そういう存在なら確かにやりかねない。異質であるとは、そういうことなんだろう。

 並行して語られる<篝火>世界もたまらない。いやあ、こんな壮大な物語を、縦糸の一つで片付けちゃうかあ。これだけで長編にできるぐらいギッシリとネタが詰まった話なのに。○○を移動する手段としても、ここまで稀有壮大なシロモノは滅多にないぞ。確かにコレなら補給の心配も要らないけど。しかも、その旅の目的地を定める経緯がアレってのが、ヒネリが効いてていいんだよなあ。

 もっとも、美味しいネタの使い捨ては、ここだけじゃないから堪えられない。なんて贅沢な作品なんだ。

 やっはり途中から絡んでくる<二本足>の物語も、ロジャー・ゼラズニイのアレやコレが好きな人には、たまらない無常観と切なさが詰まってる。その運命の皮肉もさることながら、<連合>やオーラリメイカーの物語を通して伝わってくる、恒星間宇宙の残酷なまでの広さと空虚さが、彼(ら)の道行きの寂寥感を際立たせてゆく。

 生命とは、神とは、知性とは、そしてその行く先は。21世紀の科学的知見で武装したA.C.クラークがスタニスワフ・レムの冷徹さを得てオラフ・ステープルドンの壮大なヴィジョンに挑んだ、そんな傑作だ。

 本格サイエンス・フィクションならではの快楽が、ここにある。

【虹色の蛇】

<彩雲>の棲む空は、星を見るには向かないのだ。
  ――虹色の蛇

たしかに恐怖とは人を楽しませるものだ。
  ――虹色の蛇

 フランコは<白>星系の惑星<緑>でフリーの旅行ガイドとして稼いでいる。ここの名物は空を泳ぐ<彩雲>だ。色とりどりの<彩雲>は帯電していて、互いに食い合う。その際に十億ジュール級の放電が起きる。この放電の直撃を受けたら地上の生物はひとたまりもないが、その様子は観光名物でもあり、他にロクな産業のない惑星<緑>の命綱でもある。特にフランコは旅行ガイドとして優秀なのだが…

 「オーラリメイカー」同様の<連合>世界を舞台としつつも、こちらはガラリと雰囲気が変わって、ハードボイルドな一匹狼風の旅行ガイドのフランコを主人公としたコンパクトな作品。

 とはいえ、登場する<彩雲>の美しさと凶暴さそして大きさは、SFでも屈指のもの。そう、モロに雲なのだ。それも生きていて、色が付いている。なぜ色がついているのかも、ちゃんと理由がついてるんだが、それより生態が凄い。

 なにせ雲だから馬鹿デカいのもあるが、それ以上に凶暴さが半端ない。曇ったってタダの雲じゃない、雷雲なのだ。奴らが食い合う際は、あたりかまわず雷を落としまくる、光の速度で数億ボルトの電気が飛んでくるのだ(→Wikipediaの雷)。一発でも食らったらお陀仏だってのに、逃げようがない。まさしく雷神様である。

 にもかかわらず、いやだからこそ、観光名物にもなる。私たちが虎やライオンに惹かれるのも、それが力強く凶暴だからだ。<彩雲>のデカさ凶暴さは、象どころかシロナガスクジラすら遥かに凌ぐ。そんなのがバリバリと雷を落としながら食い合うのである。となればサファリパークなんか目じゃあるまい。

 もっとも、それだけに観光も命がけなんだけど。

 その<彩雲>と生態系を構成する<誘雷樹>も、なかなかに異様な生態で。地球でも幾つかの植物は、昆虫に蜜を与えるかわりに花粉を運ばせたり、果実を草食動物に食わせて種子を運ばせたりと、互いに利用し合ってる。凶暴な<彩雲>と同じ惑星で生きる<誘雷樹>も、なかなかにしたたかで…

 と、そんなデンジャラスな惑星<緑>の中で、ヒトが右往左往する話。

 いや、ちゃんと深刻な人間ドラマも進む、というかソッチこそが主題で、ちょっとジャック・ヴァンス風なチョッカイとオチもつくんだけど、なにせ<彩雲>に心を奪われちゃって。だってこれほど巨大で凶暴で美しいエイリアンは滅多にないし。

【終わりに】

 そんなワケで、骨太なイマジネーションが豊かで将来が楽しみな新人作家が出てきたなあ、というのが今の感想。日本のSF作家で言えば、小松左京と小川一水に続き、更にその先へと向かう意気込みを感じる。こういう人が出てくるなら、日本のSFはきっと大丈夫だ。

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2020年10月16日 (金)

岩本太郎「実用メカニズム事典 機械設計の発想力を鍛える機構101選」森北出版

本書は、機械各部に必要とされる動作から必要な機構を探す事典としての使い方を想定している。
  ――本書の使い方

牽引車両には主に3種類ある。
セミトレーラは、トレーラに前輪がなく、牽引車両であるトラクタにトレーラの荷重の一部をもたせるものであり、日本ではこのタイプが最も多い。
フルトレーラはトレーラにも前輪があって荷重はすべてトレーラが支え、トラクタにも荷台がある。
ポールトレーラは長尺貨物を運ぶもので、トラクタとは伸縮可能なドローバーで簡易的に結合されている。
  ――第6章 走行装置 6-1 平たん路・傾斜路走行 6-1-5 牽引 牽引車両

蒸気機関車は、車輪をエンジンが直接駆動しているので、エンジンと車輪の間に変速機やクラッチを置くことができない。
  ――第7章 流体機械 7-1 圧縮性流体機械 7-1-6 蒸気機関のバルブ機構

多節ロボットは多くの関節が盾に並んでいて、関節には駆動制御系があるが側面の車輪はフリーホイールである。関節の位置は、一つの正弦曲線上に並ぶように関節角度が制御される。そして、正弦曲線が後方に流れるようにすべての関節を同時制御するものである。
  ――第8章 ロボット応用 8-2 移動ロボット 8-2-1 平たん路移動 多節式

【どんな本?】

 メカニズムとは、力や運動を制御するものだ。

 回転の軸をズラす、または別の向きにする。直線運動を回転運動にする。運動速度を速くする。弱い力を強い力にする。揺れを減らす。たるみをなくす。行きはゆっくり、戻りは速く。すべての車輪が同じ重さを担うようにする。

 これらの目的を果たすために、ヒトは様々なメカニズムや形が生み出してきた。歯車、滑車、ピストン、パンタグラフ、カム、テーパー、ルーローの三角形。

 それらの要素を適切に組み合わせることで、便利な機構ができあがる。例えば自転車は歯車・コントロールケーブル・軸受けなどが組み合わさっている。

 本書は、歯車など基本的なものから、それらを組み合わせた内燃機関のエンジンまで、様々なメカニズムを網羅するとともに、機械を設計する際の目的や条件に応じて相応しい機構が見つかるように、目的別の目次を備えた、設計者のための機構事典である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年2月10日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み約326頁。9ポイント40字×36行×326頁=約469,440字、400字詰め原稿用紙で約1,174枚。文庫なら上下巻ぐらいだが、イラストや表やグラフが豊富に載っているので、文字数は半分ぐらい。このイラストが極めて重要な本なので、たぶん文庫にはならないだろう。

 ズバリ、プロの機械設計者またはプロ予備軍向け。文章は硬い。典型的な学者、それも工学者の文章だ。内容も高度で、「リテーナ」や「テーパ」などの専門用語はもちろん、数式も容赦なく出てくる。それも加減乗除に加え平方・平方根・三角関数・微分を含むもの。普通科高校卒業程度の数学力があれば読みこなせるだろうが、私には無理なので読み飛ばした。

【構成は?】

 中身は事典そのものなので、気になった所を拾い読みしてもいい。というか、そういう使い方を想定している。だって事典だし。そのため、目次が二つあるのが大きな特徴。

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  • はじめに
  • 本書の使い方
  • 目次1 動作から探す
  • 目次2 目的から探す
  • 第1章 直線運動
  • 第2章 回転運動
  • 第3章 角度・変位と力の制御
  • 第4章 運動変換
  • 第5章 軌道生成
  • 第6章 走行装置
  • 第7章 流体機械
  • 第8章 ロボット応用
  • 付録 4節連鎖など
  • 索引 機構名から探す

 その目次、例えば「目次1 動作から探す」の冒頭は、こんな感じだ。

  • 第1章 直線運動
    • 1-1 直線案内
      • 1-1-1 すべり案内
        穴と棒/アリ溝

 対して「目次2 目的から探す」は、こうなっている。

  • 第1章 直線運動
    • 1-1-1 動作より剛性を優先させたい
      穴と棒/アリ溝

 また、「穴と棒」など個々の項目は、最初にイラストや三面図などがあり、次に説明文がつく。機構の特有のクセや注意すべき事柄は、各項目の末尾の「ポイント」を見よう。また回転数の変化率など具体的な数値の計算方法も、末尾に「設計・解析」にある。数式がバリバリ出てくるのは、この「設計・解析」だ。

【感想は?】

 くり返すが、プロの機械設計者またはプロ予備軍向けの本だ。たぶん、著者が理想とする使い方は、こんな感じだろう。

  1. まず軽く全体を流して読む。目的は手っ取り早く全体の構成や「何が載っているか」「何ができるか」を掴むこと。よって、よく知っている項目・数式・面倒くさい所などは、アッサリと読み飛ばす。
  2. 折に触れて、よく分からなかった所を見直す。またはソレ関係を学びなおす。上手くすれば芸幅が広がる。
  3. 実際の仕事や研究で「もっと巧い方法はないか」「こんなん、どないせえちゅうねん」と悩んだら、目次2を使って可能な方法を探す。そのものズバリはなくても、ソレっぽい項目やその近くの項目を見れば、ヒントが見つかるかも。

 そう、「読む」本というより、身近な所に置いて「使う」本なのだ。だって事典だし。

 そんな本を素人の私が野次馬根性で読むんだから、ハナから無茶な話なんだが、それはさておき。いや機械工学ってどんな事をやるのか知りたかったんです。

 で、読んでみると、さすがに歯ごたえは凄まじい。まあプロ向けだし、当然だね。でも憧れるんだ、プロ仕様って。

 幸い、豊富に載っているイラストや三面図が大きな助けになる。というか、この本はイラストこそがキモだ。もっとも、さすがに肝心の「動き」は表せない。こういうのは動画の方が向く。誰か作ってください←をい そんなワケで、説明を読みつつ脳内でイラストを動かして読むのだ。妄想力には自信があるが、けっこう手間取った。

 そんな中でも、イメージしやすい物もある。代表的なのがコントロールケーブル。これは自転車のブレーキで使っている。ハンドルの下のブレーキレバーを絞れば、ケーブルを通してブレーキ・パッドが閉まり車輪を止める。このケーブルがコントロールケーブルだ。こういう、単純かつ身近でよく使う物は、わかりやすいのだ。

 自転車では、他にも後輪のハンドブレーキが収穫だった。メンテが悪いとキーキー鳴るアレね。ブレーキバンドがドラムを締め付けるのか。今まで全く知らなかった。

 やはり自転車で使っているのが、アイドラ(自由回転する歯車)。ママチャリにはないけど、変則機構のついた自転車の、後輪近くにある、小さい歯車。あれの役割はチェーンの張りを保つこと。工場とかでもよくあるよね、こういう「張りを保つ」ためのドラムや歯車。ドラムは製紙工場で見たけど、なかなか壮観だった。

 同じく「おおっ!」となったのが、スプラインなどの接手。例えば自動車、それもFR型のプロペラ・シャフトで使う。一本の棒は伸び縮みできないけど、スプラインを使えば多少は伸び縮みできる。これでクルマの姿勢が変わった時も、プロペラ・シャフトに無理な力がかからずに済む。

 接手の何に驚いたのかと言うと、目的が「変位の許容」である点だ。メカ、それも金属製のメカは大きさや形が変わらないと思い込んでいたが、動くメカは常にアチコチが伸び縮みしているし、そうでないとマズい。硬く見える自動車も、エンジンと駆動輪の位置関係は常に変わるのだ。

 などの接手の中でも、自在接手(十字接手、→Wikipedia)の巧みさには、ひたすら感服してしまう。こんなん、よく考えたなあ。もっとも、絵で見る限りは細い部分も多いので、動力を伝えるには相応の強さがある素材が必要っぽいけど。冶金技術は国の基盤なんだなあ。

 自動車で感心する例は他にも多くて、例えばボンネットの台形リンクとワイパーブレード。

 台形リンクは蝶番の一種。自動車のボンネットは、台形リンクで車体と繋がっている。役割は蝶番と同じで開け閉めなんだが、普通の蝶番と違いボディに対しボンネットを浮かせられるので、ボンネットがボディにぶつからない。

 これが出てくる「第5章 軌道生成」は、他にもZリンクとか面白いのが多い。基本は棒とジョイントで、パンタグラフ式のマジックハンド(→Google画像検索)がわかりやすい。これ、棒とリンクを組み合わせ、いろいろなリンクを組み立てられる玩具にならないかなあ。きっと子供は夢中になるし、未来のメカニック・エンジニアが育つぞ。

 ワイパーブレードは、イコライザ=力を配分する機構だ。窓に対しブレード全体が均等に押し付けられるように、長さとジョイントの位置をてこの原理に従ってデザインしてる。上手いよなあ。

 自動車ほどじゃないが、ニワカ軍ヲタとして見逃せないのが無限軌道=クローラ。これサスペンションありとなしの二種類があるのは知らなかった。戦車など軍用はサスありで、不整地に強い、つまりどんな荒れ地や凸凹も乗り越えられるけど、路面を痛めつける。逆にブルドーザーなどの土木機械用は、サスがない。そうだったのか。今度、注意して見てみよう。

 電磁クラッチも賢いメカで、電源のオン/オフにより動作を伝えたり切ったりする。これ見て思ったのが311の原子炉事故。あれ電磁クラッチで「電源が切れた時は強制的に冷却装置が動く」設計は、駄目かな?

 電磁クラッチ同様、賢さに舌を巻いたのが、摩擦円盤による無段変速(→OKWAVE)。摩擦だから、あまし強い力は伝えられないけど、発想の巧みさ・鮮やかさには目を見開かされる想いだ。

 もっとも、動きの変化の自由度では、カムの自在さがだんぜん光ってる。

 普通の滑車は真円なんだが、これを楕円やハート型にしたり、回転の軸を中心からズラしたりして、カムの上に棒を乗せれば、棒の上下の動きをコントロールできるわけ。有名なのは自動車のエンジンの吸排気を制御するヘッドカムで、DOHCとか(→Wikipedia)。いやDOHCは棒がカムの上じゃなくて下だけど。

 こういったカムの巧みな利用は、「大聖堂・製鉄・水車」や「水車・風車・機関車」でも描いてる。主な用途は水車や風車で、小麦を粉に挽くこと。小さな水車は山中の小さな村にもあって、欧州じゃ早くから機械工学が発達してたのだ。特に、常に風を捕えるよう自動で向きを変えるバラ風車は…いや、話が逸れた。

 こういった細かい機構だけかと思ったら、終盤じゃ閘門(→Wikipedia)なんて壮大なモノまで飛び出すから油断できない。ほら、太平洋と大西洋の海面の差を埋めるためパナマ運河が備えたアレだ。

 などと感心してるが、本来はプロの機械設計者が手元に置き、アイデアに詰った時にパラパラめくる、そういう本なので、素人にはかなり歯ごたえがある。それでも、機械工学の面白さと難しさの片鱗ぐらいは覗き見できたと思う。やっぱりメカってワクワクするし。

 どころで、スターウォーズのR2D2、両脇に三輪クローラつけたらいんじゃね?

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2020年10月12日 (月)

ハワード・グッドール「音楽史を変えた五つの発明」白水社 松村哲哉訳

私は音楽が人間の心に訴えかける力の大きさをしっかりと見極めてみたくなった。それを実際に試みたのが本書である。
  ――はしがき

夢と同じように、耳にした音を紙に書き留めはじめたとたん、それは自分の頭の中で鳴っていた音楽ではなくなり、新しい音楽となって目の前に現れる。
  ――間奏曲 作曲するということ

ヨーロッパ音楽のよりどころとなっているのは、西のグレゴリオ聖歌と東のビザンチン聖歌だが、そのルーツをたどると、どちらもユダヤの宗教音楽に行きつく。
  ――間奏曲 選ばれた人々

【どんな本?】

 現代の音楽は、幾つもの文化から様々な要素を取り入れている。中でも、最も影響が大きいのは、まちがいなく西洋の音楽だ。その西洋の音楽も、元は比較的に単純なグレゴリオ聖歌だった。それから幾つもの穏やかな変化や急激な革命を経て、現代の音楽へと至ったのである。

 本書では、敢えて穏やかな変化を扱わず、急速な進化を可能とした革命的な出来事を、五つに絞って紹介する。グイード・ダレッツォの記譜法、クラアウディオ・モンテヴェルディのオペラ、ヘンリー・モーズリーの金属旋盤が可能とした平均律、バルトロメーオ・クリストフォリ(→Wikipedia)のピアノ、そしてトーマス・アルヴァ・エジソンの蓄音機だ。

 音楽の発展を促したものや音楽そのものを変えたものもあれば、社会における音楽の地位を変えたものや音楽と人との関わり方を変えたものもある。音楽が現代のような形になるまで辿った道のりを、五つの曲がり角で分かりやすく示す、音楽ファンのための少し変わった歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Big Bangs : The Story of Five Discoveries that Changed Musical History, by Howard Goodall, 2000。日本語版は2011年3月10日発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約254頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント45字×20行×254頁=約228,600字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。全般的に内容もわかりやすいが、平均律を扱う「3 偶然の産物」だけは少し数学(というより算数)が必要になる。また、音楽の本に漏れず、Youtube などで音源を漁ると、聴き惚れてしまいなかなか読み進められないw

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

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  • はしがき
  • 序曲
  • 1 細く赤い線 グイード・ダレッツォと記譜法の発明
  • 間奏曲 ヴァチカンの秘密
  • 2 革命を引き起こした音楽 オペラの発明
  • 間奏曲 作曲するということ
  • 3 偶然の産物 平均律の発明
  • 4 音量を調整できる鍵盤楽器 バルトロメーオ・クリストフォリとピアノの発明
  • 間奏曲 選ばれた人々
  • 5 メリーさんの羊 トーマス・エジソンと録音技術の発明
  • 終曲 すべては変わらねばならない
  • 謝辞と参考文献/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 どのように音楽が進化してきたか。

 それを紐解くには、まず原点を聴いてもらうのが早い。本書はグレゴリオ聖歌を原点としている。こんな感じだ:誠実な十字架(→Youtube)。

 「癒し」なんてキーワードがついている。この理由は澄んだ男声でリズムがゆったりしてるのもあるが、メロディーは単調で起伏が少なく、またコーラスとソロの違いはあっても和音や変調やシンコベーションがなく、刺激に乏しいのも大きい。つまり美しくはあっても単純で、どうにも眠くなる音楽なのだ。

 西欧にキリスト教が根付き聖歌も増えた。七世紀の時点で聖歌は「休みなく演奏しても八時間はかかる」ほどになった。これを聖歌隊に全部覚えさせなきゃいけない。しかも、口移しで。無茶である。この無茶な仕事を仰せつかったグイード・ダレッツォ(→Wikipedia)は考えた。「音楽を読み書き出来たら楽だよね」。そして音の高さと長さを記す手段を生み出す。

史上初めて、人類は音楽を「読む」ことが可能になった。
  ――1 細く赤い線

 これは数学におけるアラビア文字を超え、文学における文字にあたる大発明だろう。彼の譜面は現在の五線譜に比べると単純なものだが、音楽を理屈で考えることを可能にした。それはやがてハーモニーやコードや対位法など、より複雑な技法を生みだしてゆく。西洋音楽が他の音楽と決定的に異なるのが、この点だ。なお彼の遺産は「ドレミファソラシド」として今も残っている。

抜け目のないグイードは、この聖歌(聖ヨハネ賛歌、→Youtube)の各フレーズが最も基本的な旋法の六つの音から始まっていることに気づき、フレーズの最初の音を取って独自の「ウトレミファ音階」による記憶法をつくりあげた。
  ――1 細く赤い線

 おかげでバチカンは秘宝のミゼレーレ(→Youtube)を天才に盗まれたりするんだがw

 次の「2 革命を引き起こした音楽」では、オペラの歴史を辿りつつ、音楽と社会風刺の関係を辿る。最近じゃ社会風刺や時事問題はロックやヒップホップなどポピュラー音楽の専売特許みたいだけど、そのルーツはオペラだし、時として実際に社会も動かしたんだぞ、という話。

オペラの製作者たちは、芝居や朗読よりも歌のほうがはるかに自由な表現が許されるという皮肉な事実に最初から気づいていた。
  ――2 革命を引き起こした音楽

 だからテイラー・スウィフトがBLMを指示するのは、まさしく音楽の伝統に沿った行いなのだ。いや Love Stoory と White Horse しか知らないけど。ファンの人、ごめんなさい。

 続く「3 偶然の産物」では、平均律を扱う。これぞ現代のポップ・ミュージックがガッチリと捉えている枠組みで、エレクトリック・ギターやシンセサイザーは、構造上の問題で平均律から逃れようがない。いやフレットレス・ギターなら話は別だけど。

西洋音楽の楽譜に記されている音符は、実質的にそのほぼすべてが、この平均律といわれる調律システムに基づいて体系化されている。
  ――3 偶然の産物

 つまりはドとレ、レとミ、ミとファ…と、音は次第に高くなる。それぞれの高さを、どういう間隔で分けるか、という話。ギターのフレットは平均律に基づいて区切ってるんで、もう逃げようがない。が、平均律以外だと、調が変わるたびにチューニングしなおさなきゃいけない。まあギターなら曲の途中で持ち替えるって荒業もあるけど。

 いずれにせよ、平均律を現実的にしたのが技術者のヘンリー・モーズリー(→Wikipedia)ってのが面白い。彼の金属旋盤が精密な加工を可能にし、正確なピアノを作れるようになったのだ。先端テクノロジーが音楽を変えた一例だね。

 そのピアノを扱うのが「4 音量を調整できる鍵盤楽器」。ピアノの何が凄いって、音量を調整できるのが凄い。これはピアノより、その先祖のチェンバロ(=ハープシコード)を聴いてもらうのが早い。曲はヘンデルの調子の良い鍛冶屋(→Youtube)。確かに上品な音ではあるんだが、弦をはじいて音を出してるんで、強弱をつけられない。

1700年前後にピアノが発明されたことは、西洋音楽の歴史において最も印象的な事件の一つと言って過言ではないだろう。
  ――4 音量を調整できる鍵盤楽器

 ピアノのメカニズムや演奏技術は「ピアノの歴史」が詳しいんだが、本書はピアノが作曲家や生演奏に与えた影響を取り上げている。曰く「ジャズの登場を告げたのはピアノだった」。強弱がつけられるので、強烈なリズムも叩き出せるのだ。確かにチェンバロじゃジャズの弾き語りは無理だよなあ。

 そして最後はヒトと音楽の関わり方を決定的に変えた録音技術を扱う「5 メリーさんの羊」。なんたって…

音楽が歴史上これほど急速に多数の聴き手を獲得した時期は他にない。
  ――5 メリーさんの羊

 音楽が現在のように巨大なカネが動く産業になったのも、録音技術があればこそ。この記事だって、録音技術がなきゃ書けなかったし。私が音楽を好きになったのも、録音技術があればこそ。もっとも、当初エジソンは「それを音楽に利用する気がまったくなかった」のは意外。

 いずれにせよ、音楽を記録するって点ではグイード・ダレッツォの記譜法以来の大転換だ。お陰でカルロス・サンタナみたく楽譜が読めない音楽家まで現れた。ここでは太平洋戦争での大日本帝国のフィリピン占領とLPレコード誕生の逸話が面白い。また、音楽の流行の傾向も変わり…

ロック音楽が常に新しいアーティストと曲を求めたのに対し、クラシック音楽は歴史をどんどんさかのぼることで、レパートリーをふやしていった
  ――5 メリーさんの羊

 そう、今のクラシック・ファンの多くは古典を求めていて、あまし新曲はウケないのだ。もっとも流行音楽も…

1960年から2000年にかけて書かれたポピュラーソングのメロディーとハーモニーを、モーツァルトかシューベルトの声楽曲と照らし合わせてみれば、この二人の作曲家を驚かすような和音やフレーズなどひとつも見あたらないことがわかるだろう。
  ――終曲

 と、音色はシンセサイザー、奏法じゃエレクトリック・ギターのタッピングなど、新しいモノを取り入れちゃいるけど、肝心の楽曲は平均律に縛られ作曲技法もビートルズの焼き直しばっかりだったりと、グチこぼしてる。この辺は平均律からズレてると思うんだけど、どうかな(3 Mustaphas 3 - Bukë E Kripë Në Vatër Tonë,→Youtube)。

 全般的に「音楽の進化史」のコンパクト版みたいな印象はあるが、それだけ手軽に音楽の歴史を辿れるのはありがたい。というか、何はともあれ、音楽の本ってだけで私には嬉しいのだ。

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【今日の一曲】

SKY - Dance of the Little Fairies

 クラシックとポップ・ミュージックの交流と聞いて私が真っ先に思い浮かぶのが SKY。クラシック・ギター奏者ジョン・ウィリアムス(映画音楽の人とは別人)がロック・ミュージシャンと組んだ異色バンド。当時はプログレとかフュージョンとか言われてマニアックな印象があるけど、こんな風に聴きやすくて可愛らしい小曲もやってます。かといって軽く見てると、実は五拍子だったりするから侮れないw

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2020年10月 8日 (木)

柴田勝家「アメリカン・ブッダ」ハヤカワ文庫JA

中国南部、雲南省とベトナム、ラオスにまたがるところに、VRのヘッドセットをつけて暮らす、少数民族スー族の自治区がある。
  ――雲南省スー族におけるVR技術の使用例

「あなたは私の過去、小さな粒子の集合体」
  ――鏡石異譚

祖母は私を「オトリアゲ」するのだと言い、大人達の前でウワヌリに向かうように促した。
  ――邪義の壁

「僕と“天使”を捕まえに行こう」
  ――1897年:龍動幕の内

ジョンの国は世界で唯一、物語を病気として扱う国だ。
  ――検疫官

僕たちアゴン族は、仏陀の教えを伝える唯一のインディアンなんだ。
  ――アメリカン・ブッダ

【どんな本?】

 2014年に「ニルヤの島」で第二回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞し、特異なのはペンネームと芸風だけでなく風貌や言動も異様だと日本SF界を震撼させた柴田勝家の初の短編集。

 論文の形式でIT技術が生み出す近未来の少数民族社会を騙る「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」,国際リニアコランダーと少女の奇縁譚「鏡石異譚」,増築を重ねた旧家の秘密に迫る「邪義の壁」,若き南方熊楠が謎解きに挑む「1897年:龍動幕の内」,物語を禁じた国家を描く「検疫官」,大量の仕掛けを満載した「アメリカン・ブッダ」の六編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年8月25日発行。文庫で縦一段組み本文約293頁に加え、日本SF作家クラブ会長・池澤春菜の解説7頁。9ポイント40字×16行×293頁=約187,520字、400字詰め原稿用紙で約469枚。文庫では普通の厚さ。

 若いわりに文章はこなれていて読みやすい。SFというより土俗ファンタジイと呼びたい芸風なので、理科が苦手でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

雲南省スー族におけるVR技術の使用例 / SFマガジン2016年12月号
 中国南部に住む少数民族スー族は、生まれた時からヘッドセットをつけ、一生をVRの中で過ごす。彼らが「住む」世界を知っているのは、彼らだけだ。
2018年の第49回星雲賞日本短編受賞作。文化人類学の論文の体裁をとり、VR世界にドップリ浸かって人生を過ごす人々の暮らしを描き出す。この作品はわかりやすく戯画化しているが、「ピダハン」などを読むと、人は同じ世界に生きていても、実は全く別の世界を見聞きしているんじゃないか、と思う。私にとってはただの「デカいタンポポ」でも、植物学者には「オオクシバタンポポ(→神戸新聞NEXT)」だったりするし。実際、味覚に限れば、本当に別の世界を味わっているとか(→「『おいしさ』の錯覚」)。
鏡石異譚 / 2017年 ILC/TOUHOKU
 幼いころ、私は深い堅坑に落ち、そこで大人の私、未来の私に出会った。それからも何度か未来の私が現れ、トラブルを避けるアドバイスをくれた。ただ、未来の私が見えて声が聴けるのは私だけで、他の人は誰も未来の私は見えず声も聞こえなかった。
 岩手県北上山地に総延長約31kmの巨大加速器ILC=国際リニアコライダー(→Wikipediaを誘致する計画に基づくSFアンソロジー「ILC/TOUHOKU」収録作。プロジェクトは物理学の先端を探るものだが、著者の手にかかると一気に土俗的な空気になるのが楽しい。とか書いてたら、ロジャー・ペンローズのノーベル物理学賞受賞のニュースが飛び込んできた。にしても素粒子団子w
邪義の壁 / 2017年 ナイトランド・クォータリーvol.11
 私の実家は山村の旧家だった。増改築を繰り替えし、複雑で雑多な屋敷だった。その一角に「ウワヌリ」と呼ばれる白い大きな壁がある。子供の頃、祖母に言われ意味も分からずウワヌリの前で「オトリアゲ」の儀式に加わった。就職・結婚し仙台に家を構え、父を呼び寄せた。実家の祖母が亡くなり、住む者のいない古い屋敷は文化財指定登録の話が出て調査が始まったが…
 曰くありげな壁を掘り返しちゃいけないのはエドガー・アラン・ポーの「黒猫」以来のお約束。ただしこの作品では旧家だけあって、次から次へと異様なものがザクザクと。ソールズベリのストーンヘンジも、見えてるのは最新の遺跡で、その下や周辺にはさらに古い時代の遺跡が埋まっているとか。
1897年:龍動幕の内 / 2019年5月 Hayakawa Books & Magazines(β)
 ロンドンの大英博物館で、若き南方熊楠は逸仙こと孫文と会う。逸仙は熊楠を誘う。「ハイドパークに天使が現れ、光を放ち、高い木の上を事由に飛び回る」「僕と“天使”を捕まえに行こう」。他の者も連れだって、夜のハイドパークに出かけた彼らは、確かに天使を見た。二対四枚の羽根が生え、淡く緑色の光を放つばかりか、見物人と会話している。
 「ヒト夜の永い夢」の前日譚。いやまだ読んでないけど。博覧強記と奇行で知られる南方熊楠(→Wikipedia)が、孫文と共に天使の謎に挑むミステリ。なんとも出鱈目な奴に描かれてるが、南方熊楠なら「あり得るかも」と思えるからなんともw 謎解きで出かける先がアレだから、奴か?と思わせて、こうきたか。まんまとひっかかったぞ。
検疫官 / SFマガジン2018年10月号
 ジョン・ヌスレは空港で働く検疫官だ。彼らは物語の持ち込みを防ぐ。いったん入り込んだ物語は、人から人へと感染を広げ、際限なく増えてゆく。ある日、10歳ほどの少年が空港で足止めを食らう。母親と共に入国したが、その母親は倒れて入院した。母親と一緒に検疫を受けたいと少年は望んでいる。宙ぶらりんの少年は、しばらく空港のラウンジで過ごす羽目になった。
 新型コロナのせいでキャッチーになってしまった作品。ネタの一つは空港で暮らしたマーハン・カリミ・ナセリ(→Wikipedia)だろう。物語が子供達の間で変異・増殖するくだりは、「ノーライフキング」(→Wikipedia)が描く子供の社会を思わせる。物語が禁じられた国でジャンキーがすがりつくアレは、長期の海外旅行で禁断症状に苦しんだ経験から得たアイデアだろうか。「物語とは何か」を、物語を禁じることで浮かび上がらせる手法が見事だ。「ヒトはなぜ神を信じるのか」によると、ヒトの脳は勝手に物語を創り上げるようにできてるとか。
アメリカン・ブッダ / 書き下ろし
 断絶していた向こう側=エンプティから、三千年ぶりにメッセージが届く。語り手はミラクルマンと名乗る二十代前半の若者で、仏陀の教えを伝えるアゴン族のインディアン。大精霊ブラフマンに頼まれ、アゴン族はアメリカを救おうとしている。向こう側とこちら=Mアメリカは、時間の流れが違う。向こうの1秒はこちらの4時間だ。そのため、ミラクルマンの公聴会は何年も続き…
 アメリカ合衆国の先住民問題に日本型仏教など著者ならではのネタに加え、SF定番のアレやコレやの仕掛けを惜しげもなくブチ込み、長編並みの内容をギュッと濃縮して短編にしたような作品。アレンジした仏陀の逸話やアゴン族が仏教に帰依する経過も楽しい(ちなみに「あごん」を変換すると…)が、グレッグ・イーガンと思わせながら手塚治虫を経てロジャー・ゼラズニイへと昇華する豪快かつリリカルな物語は、この作品集の表題作に相応しい。星雲賞候補は確実な傑作だ。

 「SFは法螺話だと思っている」は、筒井康隆の言葉だったか。いかにも真面目な論文のフリをして駄法螺をふく「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」も楽しいが、やはり巻末を飾る表題作の「アメリカン・ブッダ」が素晴らしい。昔からある歴史の傷と、たった今浮き上がってきた時事問題を、眩暈するほどの大量の仕掛けで巧みに織り上げ、鮮やかに着地を決めてみせる。若手とは思えぬ見事な手腕だ。スレたSF者なら頭から読めばいい。「たまにはSFでも…」とか思っている人は、最後の「アメリカン・ブッダ」だけでも読んでみよう。今、最も美味しいSFがここにある。

 ただし著者については、あまし調べない方がいいかもw

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2020年10月 6日 (火)

ロジャー・クレイア「イラク原子炉攻撃! イスラエル空軍秘密作戦の全貌」並木書房 高澤市郎訳

「フライト リーダーはだれだ?」
「フライト リーダーはいません。この二人だけです」
「じゃあ、お前がフライト リーダーだ」
  ――第2章 モサドの破壊工作

ベトナム戦争が始まってからこれまでの30年間に、世界の航空部隊で撃墜された機数の90%は高射砲などの対空火器によるものであった。(略)撃墜されたときの高度の大部分は1500フィートから4500フィートの間で、これはパイロットが最終的に目標を狙う高度なのである。
  ――第4章 二つの飛行隊

翼タンクを無駄にする余裕がなかったため、投棄する訓練を行ったことはなかったのである。
  ――第6章 原子炉空爆!

「爆弾が全部目標から1m以内に落ちるなんて信じられか!」
  ――第6章 原子炉空爆!

【どんな本?】

 1981年6月7日、サダム・フセインが治めるイラクの西部にあるオシラク原子炉が、何者かの爆撃により破壊される。バビロン作戦(→Wikipedia)の名で有名なこの攻撃は、イスラエル空軍によるものだった。

 作戦は、攻撃用の爆弾を抱えた8機のF-16戦闘機と、援護の6機のF-15、そして電子妨害を担う2機のF-15で行われた。16機の攻撃部隊は、F-16製造元のジェネラル ダイナミクスの設計を超え往復二千km近くの距離を、無許可でサウジアラビアおよびヨルダンを横切り、レーダーを避けるため地上30mの低空を飛んだ。

 政治的にも軍事的にも前代未聞なこの作戦は、どのような経緯で計画され、決定され、実施されたのか。オシラク原子炉は、どんな目的で、何者の協力で、どのように建設され運営されたのか。イスラエルは、いかにしてオシラク原子炉の情報を手に入れたのか。そして完璧なゴールを決めたF-16のパイロットたちは、どんな者たちなのか。

 攻撃に参加したF-16のパイロットたちを中心に、当時のベギン内閣やイスラエル空軍そしてモサドの主要人物はもちろん、合衆国ホワイトハウスの面々やオシラク原子炉の技術者たちにまで取材し、攻撃計画を立体的に再現する、迫力満点の軍事ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Raid on the Sun : Inside Israel's Secret Campaign that Denied Saddam the Bomb, by Rodger W. Claire, 2004。日本語版は2007年7月15日発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約292頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント47字×19行×292頁=約260,756字、400字詰め原稿用紙で約652枚。文庫なら少し厚め。

 文章は直訳に近い上に、少々「てにおは」が怪しい。また普通は「・」とする所を半角の空白にするクセがある。例えば「サンタ・モニカ」が「サンタ モニカ」とか。でも大丈夫。100頁も読めば慣れます。読んだ私が言ってるんだから間違いない。もっとも、中身の面白さに引きずられて評価が甘くなってるかもしれない。反面、「訳者あとがき」を読む限り、固有名詞や数字などは訳者が独自に確認しているようで、正確さにはかなり気を使っている。要は、わかりやすさを犠牲にしてでも正確さを求める学者の文章ですね。

 軍事物だが、ジャーナリストの作品だけあって、とても初心者に親切だ。例えばF-16とF-15の違いはもちろん、航空機の航続距離に何がどう影響するか、爆弾投下時にパイロットがすることなど、細かく具体的に説明している。下手なパイロット物の小説より、遥かに素人にやさしい。むしろ航空小説を読む前に本書を読んだ方がいい。

 ただ単位がヤード・ポンド法なのが少し辛い。ちなみに1フィートは約30cm、1マイルは約1.6km、1ポンドは約454グラム、1ガロンは約3.8リットル。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

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はじめに
プロローグ バビロンへの道
第1章 フセインの野望
第2章 モサドの破壊工作
第3章 F16戦闘機到着!
第4章 二つの飛行隊

第5章 息子たちの出撃
第6章 原子炉空爆!
第7章 全機帰還!
エピローグ 20年後の再開
訳者あとがき

【感想は?】

 訳者は文章に少しクセがある。「・」のかわりに半角の空白を使うとか。そのため、読者は出だしで多少とまどうだろう。

 が、プロローグに入ると、次第に慣れてくる。どころか、読み進めていくうちに、頁をめくる手を止められなくなってしまう。下手な冒険小説を遥かにしのぐ面白さなのだ、困ったことに。

 何が困るといって、この作戦自体が、政治的に極めてヤバいからだ。もともとイスラエルは周辺国と仲が悪い。そんな状況で、いくら険悪な関係とはいえ、交戦中でもない他国に対し予告なしの攻撃、しかも目標は原子炉だ。運転中だったら、飛び散った放射性物質で周辺は死の海になる。「原子炉で核兵器を作られちゃ困る」とか言ってるが、「そういうお前はどうなんだ」と返されたら…

 加えて、攻撃はサウジアラビアとヨルダンの領空を侵犯して行われた。両国はいずれも親米で、アラブの中では比較的イスラエルに対し穏健な姿勢だったが、この作戦でメンツを潰されてしまう。まあメンツはともかく、無断で他国の領空を侵犯するってどうよ。

 実際、作戦が明るみになった途端、イスラエルは世界中から総スカンを食らう。ケツ持ちの合衆国、それもタカ派のレーガン政権すら非難に回った。それぐらい政治的に非常識で無茶な作戦だった。

 にも関わらず、章を重ねるうちに、作戦に関わったイスラエル空軍やモサドを応援したくなるのだ。これは実にヤバい。もともと私がイスラエル贔屓なのもあるが、たびたび「落ち着け俺」と自分に言い聞かせなければならなかった。

 これには、作戦の立案から結構までの経緯と並行して、各章の冒頭で作戦当日の緊迫感あふれる模様を描く構成の妙もある。が、それ以上に、とにかく物語として面白い。

 幅広く綿密な取材によって丁寧に描かれた背景事情は、舞台をクッキリと浮かび上がらせる。その舞台の中で、小国ならではの柔軟性と徹底した実力主義が育てた、イスラエルの軍とモサドの卓越した能力とチームワークは、まんま冒険小説のヒーローを見るような気分になる。

 序盤では、まずイラク側の事情が楽しい。原子炉関連の部品や技術を手に入れる際、札束でひっぱたくようなイラクの手口は想像通りだが、ひっぱたかれつつもチャッカリとオマケをふんだくるフランスの厚顔ぶりにも呆れる。また独裁者の例に漏れず杜撰で強引なプロジェクトの進め方には、思わず笑ってしまう。

 予定じゃ1年かかる建築計画を、「半年でできます」と入札したら、45日で仕上げろと命じられたとか、もはやポルナレフ状態(→ピクシブ百科事典)だろう。

 そんなイラクの計画を調べ邪魔するモサドも、独裁者とはまた別の意味で怖い。パリにいる技術者を取り込む手口は、突き詰めれば「飲ませて抱かせて握らせる」んだが、警戒させずに親しくなって話を聞きだす手口が洗練されていて狡猾極まりない。かと思えば、他国内でテロ同然の真似もやらかす。その暴力性は「ゴッドファーザー」が描くシシリアン・マフィア以上だ。

 「グラーグ」や「チェチェン」が描くソ連・ロシアのチェカーは強引で粗暴なだけのヤクザだが、本書が描くモサドは狐の狡猾さとマシンの冷酷さを併せ持つ。世界中で恐れられるのも納得できる。

 などと丁寧に書き込まれた背景もワクワクするが、後半から終盤にかけては軍事物、それもパイロット物の面白さが群を抜いているのだ。

 そもそもイスラエルは狭い。だからイスラエル空軍もスプリンターが揃っている。大抵の飛行は1時間以内で、本作戦のように四時間を超える飛行は、まずない。そのため二千km近く飛ぶ燃料をどうするかが、準備段階で深刻な問題となる。またパイロットも長時間の飛行には慣れず…。まあ、アレだ、あなたも歳をとるとピンとくるようになります。

 そんなイスラエルが当時の最新鋭機F-16を手に入れた事情も、世界情勢の不可思議さを感じるところ。見事にアブラアゲを攫ったイスラエルだが、後に因果はめぐるから世の中はわからない。

 そして何より有難いのが、戦闘機の操縦について、やたらと親切かつ細かく教えてくれること。例えばニュースで「アビオニクス」なんて言葉が出て来るが、本書には出てこない。かわりに、当時のイスラエル空軍保有のF-15とF-16の違いを語る所などで、整備や操縦の具体的な手順の違いを描いていて、自然と操作・操縦の自動化の有難みが伝わるようになっている。

 そして白眉が本書のクライマックス、原子炉を爆撃する場面で、パイロットがどんな順番でどんな操作をし、それがどんな目的と効果を持つのか。そして迎え撃つ対空火器や地対空ミサイルにはどんなクセがあるのかまで、物語の緊張感を保ちつつも丁寧に説明してくれるのだ。軍事、それも空軍物の初心者には、極めてありがたい本である。

 この場面ではイラク側の対応まで描いていて、著者の取材の幅広さには舌を巻いてしまう。また攻撃の時刻にまで気を配ったイスラエル空軍の周到さには頭が下がるが、ネタを嗅ぎつけたモサドの情報収集能力には背筋が寒くなったり。確か第三次中東戦争でエジプト空軍基地を叩く際にも、同じ隙をついてたなあ(「第三次中東戦争全史」)。

 そんなハードウェアに加え、映画「トップガン」のマーベリックとアイスみたいなパイロット同士の葛藤も盛り込んであるんだからたまらない。私のようなニワカは「なぜF-15ではなくF-16なのか」と疑問に思うんだが、やっぱりそういう議論もあったらしい。だろうなあ。

 と、あまり知る機会のないアラブの独裁国の内情、やはり秘密に包まれた諜報機関モサドの狡猾さ、F-16入手の経緯などでわかる国際情勢の混沌、そして迫力と緊張感あふれるミッション遂行場面など、コンパクトな本ながら読みどころはギッシリ詰まっているくせに、お話はやたらと面白くて頁をめくる手が止まらない、色々な意味で困った本だ。

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【おわりに】

 いままで構成というか目次を馬鹿丁寧に書いてたけど、人によっては煩く感じるかもと思ってたところで、<details>タグを覚えたので、試しに使ってみた。「詳細表示」をクリックまたはタップすると、構成の詳細が出る。画面が広いパソコンの読者はあまり気にならないだろうが、スマートフォンの読者にはこっちの方が親切…なのかなあ?

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