2012年5月26日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 熊本城決戦」電撃文庫

 「出直すことはできるばい。それを助けるのがハンター仲間だけんね。心を入れ替え、立ち直って、ソックスタイガーの名を天下に示すばい!」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用のゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を榊涼介が小説化するシリーズ第三弾。中盤のクライマックスにして、その絶望的なまでの難易度に多くのプレイヤーが地獄を見る悪夢のイベント熊本城決戦をテーマに、5121小隊の死闘を描く。

 ちなみに私、ファーストマーチでは舞を見捨てました、はい。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年11月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約276頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅲ。右頁のソックスヒトウバンが匂いまで漂ってきそうな不気味さを漂わせてます。8ポイント42字×17行×276頁=197,064字、400字詰め原稿用紙で約493枚、標準的な長編小説の長さ。

 文章の読みやすさは問題なし。ただ、主要登場人物である5121小隊の紹介がついていない上に、前巻で登場した小説版オリジナルの登場人物が重要な役割を果たすので、前の「決戦前夜」から読もう。

【どんな話?】

 芝村閥が仕掛けた大博打、熊本城決戦。熊本城に囮の部隊を配備して幻獣を引き寄せ、市外から自衛軍の主力が幻獣を包囲・殲滅する、という作戦だ。幸か不幸か博打は当たり、津波のごとく幻獣が押し寄せてきた。防御の薄い北側に配置された5121小隊は、予想通り激戦に投げ込まれる。

 戦闘に不慣れな整備班の面々にも、浸透したゴブリンやヒトウバンが襲い掛かってきた。今までの一撃離脱の戦闘とは異なり、この作戦は長時間の戦闘が続く。謎に包まれた士魂号は、搭乗するパイロッに思わぬ影響を与え…

【収録作は?】

第一話 緒戦――士魂号
 ついに始まった熊本城決戦。いつものように突進する壬生屋の重装甲、今日は一段と冴えている。対して不調なのが滝川の軽装甲。一歩下がっての援護射撃は相変わらずだが、精度がすこぶる悪い。舞と速水の複座は通常通り、冷静な動きで重装甲に追従し、ミサイルで一網打尽の活躍をみせる。緒戦を乗り切って気をよくしたのか、新たな敵を求めて突進した壬生屋だが…

 時系列では前巻の「緒戦――5121小隊整備班」と同時刻を描いた作品。あちらが整備班の始点なのに対し、こちらは士魂号とスカウトと指揮車が中心。原と善行の会話に注目しよう。冒頭から重装甲・軽装甲・複座型の対照が見事。ゲームでも、突進する壬生屋に泣かされた人は多いはず。展開式増加装甲を進呈するとだいぶ生存率が上がるんだよね。いつの間にか来須はウォードレスを変えてる。
ソックスハンターは永遠にⅢ 虎は吼えるか
くるぶしのほころびに拘りを抱くタイガー。自慢の一品を取り出す彼だが…。つか、戦場で何をやってるんだコイツラは。
第二話 5121小隊――小休止
 なんとか午前中の第一波を凌いだ5121小隊。疲労の激しい士魂号パイロットたちは小休止を取り、整備班の面々は補給と整備で走り回る。一息ついた速水に、ヨーコ小杉からお呼びがかかった。そして、意外な乱入者に5121小隊は…

 原さん、確かに森さんの顔見てると、やりたくなるよね。この短編でも見事に主役の座をかっさらってる。名前こそ出てないけど、多分このキャスターは、あの人でしょう。しかし「可愛さだけで勝負できる年齢じゃないでしょう」って、をい。しかし遠坂家の執事は優秀だなあ。
原日記Ⅴ
善行との意外な馴れ初めが語られる貴重な掌編。えーっと、年齢を逆算…してはいけません。
第三話 決戦――どこかの誰かの未来のために
 負傷者こそ出たものの、なんとか午前中は凌いだ。が、早速次の一波が殺到し、5121小隊も出撃する。突進する壬生屋に敵が集中した所へ一歩送れて到着した複座のミサイルで一網打尽、敵が崩れた隙に追撃に移る。午前中は不調だった滝川、軽装甲の自慢の足で追撃に移ったが…

 今まで折に触れて描かれた、滝川と軽装甲の絆が切ない。本人は気がついてないけど、意外とモテるんだよね、滝川。軽装甲とかライザちゃんとか。ここで活躍するのが、ジャンアント・バズーカ。射程は長いわ威力は大きいわでゲームじゃ重宝するんだけど、NPCに持たせるとゴブリンに向けてぶっ放すから哀しい。前巻の「鉄橋爆破」で顔を見せたあの方も大活躍。と思ったら、また新たな重要人物が名前つきで出てくる。髪の色、本当は何色なんだろ。殺伐とした戦場でも、落ち着いた優雅な雰囲気で場を和ます若様が光ってる。
第四話 帰還
 修羅場を切り抜け、慣れ親しんだ尚敬校に生還した舞と速水。だがそこは、臨時の野戦病院となり負傷兵や医務官でごったがえしていた。小隊の面々は一組の教室にたむろし、その異様な様子は戦場神経症患者の隔離室と見なされ敬遠されていた。

 相変わらずモテモテの滝川。青春してるねえ。まさか来須まで加わるとは。

 ゲームでも中盤のクライマックスだけあって、この短編集も名場面がいっぱい。特に「決戦――どこかの誰かの未来のために」は、正統派で泣かせる台詞がつまってる。滝川と軽装甲の会話もいいけど、若様が意外な肝の太さ(または鈍感さ)を見せる、「守らないと、と思うとやる気が出てきますしね」がいい。ゲームでPC田辺の第一印象は最低の奴なんだけど。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月25日 (金)

ロバート・B・チャルディーニ他「影響力の武器 実践編」誠信書房 安藤清志監訳 高橋紹子訳

あなたが誰かの態度や行動に影響を与え、お互いが有益な結果が得られるほうへ導く場合、その方法の根底では心理作用が働いています。その部分について理解を深めることこそ、本書の主なねらいと言えるでしょう。また、あなたの意思決定を左右しかねない、巧妙な、あるいはあからさまな影響力を防ぐ方法も取り上げていきます。

【どんな本?】

 人に郵便でアンケートをお願いする時、最も効果的な方法は何か。より売り上げを伸ばすキャッチフレーズの秘訣は? 苦手と思っている相手に、何かを頼むにはどうすればいいか。チームを率いる者が、適切な判断を下すために気をつけるべき事は? 商品ラインナップを決定する際に、何を考えるべきか。多くのケーススタディから、人を動かす秘訣と、その原理を説き明かし、同時にトラブルを避ける方法を伝授する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は YES! 50 SECRETS FROM THE SCIENCE OF PERSUASION, by Noah J. Goldsein PhD, Steve J. Martin and Robert B. Cialdini PhD, 2007。日本語版の書名は「影響力の武器 実践編 『イエス!』を引き出す50の秘訣」。2009年6月8日第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約250頁。9ポイント45字×17行×250頁=191,250字、400字詰め原稿用紙で約479枚。

 文章はこなれていて読みやすい。また、本文も、50編の独立した短いコラムが続く形なので、気になった所だけを拾い読みできる。実際に読み始めると、面白くて結局は全部読み通しちゃうんだけど。基本的に前著「影響力の武器」の続編なので、できれば前著を先に読んでおこう。

【構成は?】

 はじめに
(50編のコラム)
 21世紀における影響力
 倫理的な影響力
 影響力の実例
  謝辞/監訳者あとがき/インフルエンス・アット・ワーク/参考文献・覚え書き

 「21世紀における影響力」は、電子メールやwebサイトなどインターネットが絡む人間関係の話題。短い章だが、示唆に富んでいる。「影響力の実例」は、いわゆる「読者からのお便り」。

【感想は?】

 「影響力の武器」に続く、ビジネス書の名著。落ち着いて考えてみると、実は「ちょっとした事」しか書いていない。お願いする時に一言付け加える、キャッチコピーを少し工夫する、人と話をする際の動作など。これは同時に、今すぐにでも始められる事ばかりで、とても実用的な本だ。「実践編」という日本語タイトルは、この本に相応しい巧みな超訳で、訳者が充分にこの本の精神を理解している証だろう。

 本書の主題は、「人にお願いする時、どうすればお願いを聞き入れてもらえるか」。セールスマンが物を売りたい時、政敵を寝返らせたい時、業務成績が思わしくない際に株主を納得させる報告書、トラブル発生時に顧客を宥めるアナウンス、子供に決まりを守らせる上手な方法、アンケートの回収率を上げる一言…。

 こういったこまごまとした事柄を、単に事例を紹介するだけでなく、その奥にある原理を明らかにする、といった形式は、多くのビジネス書に共通したフォーマットだろう…あんましビジネス書って読んだ事ないけど。ただ、凡百のビジネス書と本書との違いは、三つある。

 ひとつは、原理が六つの普遍的原理(返報性/権威/コミットメントと一貫性/希少性/好意/社会的証明)に整理されている点。これは、前著「影響力の武器」で綺麗に整理・分析している。理論的・原理的な部分に興味がある人は、前著の方が楽しめるだろう。

 二つ目は、個々の例について、他の形で実験や統計を集め、数値的な裏づけを取っている点。単に実例を挙げるだけなら、オカルト本がよく使う手口なので、感情的に訴えはするが、理性的に考えると説得力に欠ける。統計的な裏づけが、この本の迫力を増している。

 最後は、末尾に近い「21世紀における影響力」。ここでは、電子メールで話し合いをする際の注意点・何かを頼む際の工夫・顧客に好印象を与えるwebサイト、そして米国・ドイツ・スペイン・中国のお国柄の違いを紹介している。これが結構想像通りなのが楽しい。

 各コラムの見出しも気が利いてる。例えば、「選択肢が多すぎると買う気が失せる」。まさしく、その通りの事が書いてある。高級スーパーでジャムの試食コーナーを設けた際、片方には6種類、もう一方には24種類のジャムを展示したら、24種類の方は客の3%が買い、6個の方は30%が買った。なぜか。客は、選ぶのが面倒くさくなったのだ、と分析している。あなた、心あたりありませんか?私はあります。

 今風で興味をひくのが、eBay(日本ならYahoo!オークション)の開始価格と落札価格の関係。なんと、開始価格が低い方が落札価格が高くなる傾向があるとか。この原因は三つ。入札者が多くなる、入札者が多いと人気商品だと思われ更に人が集まる、最後に一度入札した人が意地になる。最後の点は耳が痛い。

 先に読んだ「ベスト&ブライテスト」では、ケネディとジョンソンの会議の違いが書かれていた。ケネディは闊達な議論を促し自分は意見を述べず、最後に自分の決定を伝える。ジョンソンは最初から自分の案に賛成するよう根回しし、全員賛同に持っていく。優れているのはケネディ方式だ、と著者は主張している。チーム内では意見交換を活発にし、決定はリーダーが下せ、と。どういえば戦国時代の武将も、そんなスタイルが多かったような。

 「おー、あるある」が多いのも、この本の特徴。コンピュータ等のトラブルでサービスが停止する際、「それに輪をかけて腹が立つのは、遅れの原因に関する情報を教えてもらえないときです」。電車が遅れた時は、いつも感じるよねえ。次のコラムでは、「アンケートをお願いする際は受取人と似た名前の差出人を使え」とアドバイスしてる。誕生日が同じだったり、名前が同じだったりすると、親近感を感じるでしょ。

 ちょっと慨視感をあじわったのが、SARS騒ぎに絡めて、「感情が高まると人は物事の数が多いか少ないかは無頓着になる一方、単純にそれがあるかないかに注意を向けるようになる」という話。「選挙の経済学」にも同じような話が出てきた。

 他にも、セミナーの出席率を上げる方法、高齢者に売り込む際の工夫など、ビジネスに役立つアイデアの他、日常でも使えるヒントがいっぱい。例えば、商品名のつけ方などは、ブログのタイトルを考える際にも応用できそう。とはいっても、このブログのタイトルは今更変えるわけにはいかないんだけど。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月24日 (木)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 決戦前夜」電撃文庫

 「俺は生きるぞ。たとえこの身が滅びようとも、魂魄となって可愛いソックス達のところへ戻ってくるばい!」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用のゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を榊涼介が小説化するシリーズ第二弾。多くのプレイヤーが悔し涙で枕を濡らす凶悪イベントにして中盤のクライマックス熊本城決戦をテーマに、決戦に臨む小隊の面々を描く短編集。ゲームのイベントを忠実になぞりつつも、以降の榊ガンパレで活躍する榊オリジナル登場人物も少し顔を見せる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年10月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約270頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅲ2頁。8ポイント42字×17行×270頁=192,780字、400字詰め原稿用紙で約482枚。長編小説なら標準的な分量。

 文章の読みやすさは文句なし。ただ、ゲームのノベライズなので、登場人物や背景の説明はあっさりと片付けてる。できれば「5121小隊の日常」から読もう。

【どんな話?】

 比較的融通が利いた従来の遊撃的な任務から、戦況の悪化と士魂号の実績が相まって緊急支援的な出撃が増えてきた5121小隊。それでも数をこなすうちに素人だったパイロットたちも腕を上げ、重装甲・軽装甲・複座型それぞれの役割分担もでき、5121小隊なりの戦術も板についてきた。

 その頃、悪化する一途の戦況を打開すべく、芝村閥が大博打を打とうとしていた…

【収録作は?】

第一話 鉄橋爆破
 善行からの命令は、意外なものだった。瀬戸口と来須の二人で某鉄橋に赴き、爆破作業をする工兵隊を護衛せよ、というものだ。着実に任務を遂行する来須はともかく、女性のストライクゾーンが広い事だけが取り得の瀬戸口がなぜ、という疑問を抱きながら、二人は現場に赴くが…

 減らず口が止まらない瀬戸口と、寡黙な来須の対照が楽しい一遍。ゲームでも来須は滅多にしゃべらないから、ファーストマーチだけだと帽子と腹筋の印象しか残ってなかったりする。ここでは来須の武装に注意しよう。工兵隊の百翼長が可愛いイカレてるのが楽しい。今後の榊ガンパレで重要な役割を担う二人のオリジナル人物が登場している点にも注目。
ソックスハンターは永遠にⅠ 友情
 悪化する戦況に覚悟を決めんとする中村、しかし決意はなかなか固まらず…
第二話 単座型軽装甲
 なんとか田辺に取り入ろうと策を練る滝川だが、彼女が遠坂に抱く気持ちにも気づいている。カッコよさに憧れて士魂号に乗り込んだ滝川、しかし速水や壬生屋との才能の差も否応なしに思い知らされる。だが愛機を思う気持ちだけは小隊一だ。今日も軽装甲を相手に「会話」に浸る滝川だった。

 珍しい滝川が主役の一遍。本人の希望とは裏腹に、後には玄人受けするいぶし銀の戦術を見せる滝川が、ない頭を振り絞って自分の戦術を見つける記念すべき作品。まあ、天才コンビ速水&舞と、剣の達人壬生屋に挟まれちゃ、どうしても凡人は埋もれちゃうよなあ。彼と森と茜の奇妙な関係もくすぐったい。
第三話 未央の世界
 戦況の悪化に伴い、新市街も閉店する店が増え、閑散とした雰囲気になってきた。いつもの胴着姿で出かけた壬生屋は、乗り越えるべき壁に遭遇する。前線で戦う毎日で明日をも知れぬ身、躊躇ってはならぬと決死の覚悟を固め、見事な一閃を決めたと思ったが、直後に彼女が見たのは…

 ファンには瀬戸壬生で知られる二人の話。ゲーム内でも瀬戸口のストライクゾーンの広さは相当なもの。対する壬生屋といえば、戦場じゃ得物が射程の短い超硬度大太刀のせいもあり、士気が高まると突出する傾向がある。彼女から貰うコマンド「切る(右)」と「切る(左)」は、幅跳びと組み合わせると実に使い勝手がいいんだが、NPCは避けないんだよなあ。
ソックスハンターは永遠にⅡ 伯爵邸の午後
タイガーに誘われ、慣れぬ茶会に出席した中村だが…
第四話 第一種警戒態勢
 軍上層部が起死回生の策として発案した作戦、熊本城決戦。加藤清正が築城した名城熊本城に大量の幻獣をひきつけ、地の利を生かして殲滅する、という作戦だ。城の近辺では多くの部隊が築陣に余念がなく、否応なしに決戦へと戦場の空気は変わりつつある。5121小隊は比較的備えが薄く、激戦が予想される北側に配置された。

 決戦前夜の5121小隊の緊張した雰囲気を描く一遍。生きるか死ぬかの決戦を前にして、5121小隊の面々はというと、相も変わらず不器用なラブコメを繰り広げるのであった。
原日記Ⅲ
ただでさえ稼働率が低く配備数が少ない士魂号だけに、当然補給も四苦八苦。
第五話 緒戦――5121小隊整備班
ついに始まった熊本城決戦。稼働率の低い人型戦車は、迅速な補給・修理・整備がなければ活躍できない。否応なしに前線に近い所に配置された補給車と整備テントだが、やはり恐れていた通りゴブリンやヒトゥバンなどの小型幻獣が浸透し…

 そういえばいたねえ、ヒトゥバン。最近はめっきり出番が減って忘れられているけど。ドサクサにまぎれて獲物を狙うイワッチの抜け目なさが鮮やか。やっとこさ出番に恵まれた新井木だが、やっぱり新井木はこうでなくちゃ。ゲームでは不幸キャラの田辺さん、ここでもやはり眼鏡を割りまくり。頼りになるんだかならないんだかわからないのが遠坂。昔はこういうボケを大真面目にやってくれたんだよなー。
原日記Ⅳ
「不細工なキャスター」って、もしかして…

 群像劇らしく、次々とスポットが当たる人物が変わる「第一種警戒態勢」が見事。クセ者揃いの5121小隊にあって、凡人滝川があがく「単座型軽装甲」が私は好きだ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月23日 (水)

シェイクスピア全集10「ヴェニスの商人」ちくま文庫 松岡和子訳

「…やつは俺が損をすればあざ笑い、儲ければ馬鹿にし、俺の民族をさげすみ、俺の商売に横槍を入れ、俺の友だちに水をさし、敵を焚き付けた――理由はなんだ? 俺がユダヤ人だからだ。 ユダヤ人には目がないか? ユダヤ人には手がないか、五臓六腑、四肢五体、感覚、感情、喜怒哀楽がないのか?」

【どんな本?】

 英文学・演劇史上の頂点に君臨するウイリアム・シェイクスピアの作品を、松岡和子が読みやすい現代口調に翻訳したシリーズのひとつ。人望厚い商人アントーニオとユダヤ人高利貸しシャイロックの確執に絡め、裕福な女性相続人ポーシャ&若者バサーニオ、シャイロックの娘ジェシカ&ロレンゾー、ポーシャの侍女ネリッサ&グラシアーノの恋を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によれば執筆時期は1596年晩夏~1598年初夏の間で、シェイクスピア30代前半の作品。松岡和子訳の日本語版は2002年4月10日第一刷発行。文庫本縦一段組みで本文約183頁+訳者あとがき8頁+中野春夫の解説「アントーニオとポーシャのメランコリー」5頁。9ポイント29字×17行×183頁=90,219字、400字詰め原稿用紙で約226枚。小説なら中篇~短い長編の分量。

 文章そのものは読みやすい。ただ、戯曲なので、ほとんど台詞だけで構成されており、登場人物の生い立ち・性格などは特に明示されないので、冒頭の人物一覧は必須。栞をはさんでおこう。また、訳者あとがきは、登場人物間の関係を把握する大きなホントになるので、最初に読んでもいい。

 それによると、アントーニオがバサーニオの兄貴分、バサーニオはグラシアーノやロレンゾーのボス格だとか。これは勝手な想像だが、アントーニオは20代後半、バサーニオたちは20代前半。

【どんな話?】

 裕福な相続人ポーシャに焦がれるバサーニオだが、懐はスッカラカンどころか借金を背負っている。借金を清算してポーシャに求婚したいバサーニオはアントーニオにすがるが、アントーニオも今は複数の貿易船に投資していて現金は融通できない。仕方なしに悪名高いユダヤ人高利貸しのシャイロックに、アントーニオの体一ポンドを担保に金を借りる。

 その頃、ポーシャはひっきりなりに訪れる求婚者の群れにうんざりしていた。父の遺言で、求婚者は金・銀・鉛の三つの箱から一つを選ばなければならない。

【感想は?】

 うーむ。どうにもシャイロックに感情移入してしまい、素直に喜劇として楽しめない。私が捻くれているのかと思ったが、解説によれば「人によってまったく正反対の印象を持つことが十分ありうる」そうなので、少し自信を持てた。

 そもそもバサーニオの借金の原因が、彼の派手な放蕩生活。それを解決する手段が、ポーシャの逆玉狙いという非生産的な方法。貧乏人としては「働けよバサーニオ」と言いたくなる。

 そのツケを背負い標的となるアントーニオ、金を借りる立場なのに、シャイロックに向かい「これからも私はお前を犬と呼び唾をはきかけ、足蹴にだってしてやる」ときたもんだ。そんなに嫌いなら、沢山いるはずのお仲間に借りればいい。

 だいたい、利子を取って何が悪い。その金を他の事に投資すれば利益を生むんだし、貸し倒れの危険もある。担保や信用のある者なら、他の人が低利で融通するだろう。貸し倒れる危険の多い者に貸すんだから、利率が高いのは当然。

 …などと現代の感覚で考えちゃうからだろうなあ、楽しめないのは。ただ、本当にシェイクスピアがシャイロックを「単なる悪役」として書いたのか、ってのは少し疑問があって。冒頭の引用もそうだけど、他にもシャイロックには痛烈な台詞がある。

あなた方は大勢の奴隷を買いとっておいでだ、
そしてロバや牛馬並みに 卑しい仕事にこき使っておられる
理由は、買ったものだから――ではこう申し上げましょうか、
奴隷どもを自由にし、あなた方の跡取り娘の婿になさっては?

 この手の台詞、シャイロックだけなら「意図的に観客の怒りをかき立てシャイロックを憎ませるための挑発」と解釈できるんだが、もう一人、(当時としては)過激な発言をしている人がいる。

ああ、身分、地位、官職などが
腐敗から引き出されることなく、汚れない名誉が
それをまとう者の価値によって得られる世の中であってほしい!
そうなれば、いま低い地位にある者の何人が高い地位に就くことか!

 これを語るのが、ポーシャへの求婚者アラゴン大公。登場場面は一場だけのチョイ役だが、大公という高い地位もさることながら、性格的にも潔さを感じさせる。卑賤な生まれから実力で成り上がり、血気盛んな30代のシェイクスピアが書いた作品だと考えれば、お話の大枠で商業的な成功を狙い、台詞の端で自分の本心を吐露した、と解釈しておこう、今は。

 商業的な成功って意味では、結構あざとい真似もしていて。この作品、妙に若い女優が男装する場面が多い。有名なのはクライマックスのポーシャとネリッサだが、もう一人、なぜかジェシカがロレンゾーとの逢引場面で少年に化けている。そういえばハムレットでも「子供役者が流行ってる」みたいな台詞があったし、こういう倒錯的な配役は当時の流行だったんじゃなかろか。

 ってな倒錯的な面白さもあって、トコトン盛り上がるのが裁判の場面。シャイロックの怨念立ち込める存在感と、それに対する頓知の利いた判決は、快感ではあっても少々後ろめたい気分を残す。それを吹き飛ばすのが、その後のポーシャ&ネリッサとバサーニオ&グラシアーノの夫婦漫才。

 お調子者で頼りないバサーニオと、裕福なポーシャの結婚に多少の不安を抱く観衆も、このクライマックスでポーシャの才覚に感心し、「ああ、こりゃバサーニオは尻に敷かれるな、なら大丈夫だろう、めでたしめでたし」と安心して席を立てる親切設計となっている。

 古典と言えば上品そうな印象があるけど、実はシモネタが多いのもシェイクスピアの特徴。意外とシモネタって時代を超える力があるんだよなあ。

ネリッサ「あら、息子ひとりにそんな大金を?」
グラシアーノ「ま、ムスコが立たなきゃ勝てっこないけどな」

 あらすじでわかるように、これはお金と恋のお話。気の利いた台詞は沢山あるが、恋編では短くも痛快なこれ。

グラシアーノ「恋する者の脚は時計より速いって言うだろ」

 お金はいろいろあるが、直前のこれで締めよう。

シャイロック「しっかり締める、しっかり貯まる」

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月22日 (火)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊の日常」電撃文庫

「菓子ば食えんようになったら、戦争は負けばい。おれは意地でもつくり続けると」

【どんな本?】

 2000年9月28日発売の SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズ。予算を開発で使い果たし広告費ゼロというゲームにあるまじき状況で発売されたが、そこは「リンダキューブ」・「俺の屍を越えてゆけ」とクセモノで定評のあるアフファシステム。口コミでジワジワと売れ行きを伸ばし、野心的なシステムがマニアに受けて第32回(2001年)星雲賞メディア部門もゲームとして初受賞。

 大人の事情で続編が出ないものの、中古市場では新品とあまり変わらない4千円台を維持し続けた化け物ゲーム。2010年9月22日に PSP 用ゲームアーカイブスでダウンロード販売で復活し、今も新しいファンを獲得し続けている。

 これをライトノベル作家榊涼介がノベライズしたのがこのシリーズ、2001年12月15日にシリーズを開始して以来10年以上も続き、既に30冊以上を刊行し、舞台を広げつつまだまだ続く模様。

 なお、2001年1月5日に広崎悠意による「高機動幻想ガンパレードマーチ」が出版されているが、完全な別物だ。同じゲームを元にしているだけで、連続性はない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2001年12月15日初版発行。私が読んだのは2002年3月5日の三版。文庫本で縦一段組み本文約272頁+芝村裕吏の解説2頁+きむらじゅんこの憂鬱2頁。8ポイント42字×17行×272頁=194,208字、400字詰め原稿用紙で約486枚。長編小説なら標準的な長さ。

 ライトノベル作家だけあって、文章の読みやすさは文句なし。ゲームをプレイした人なら問題なく入り込める。そうでない人も、登場人物は多いが、口絵のカラーで紹介しているので、大丈夫だろう…たぶん。

【どんな話?】

 1945年、黒い月と幻獣の出現で第二次世界大戦は終わった。補給を必要とせず、大群でひらすら人類を狩る幻獣に人類は敗退を重ね、南アフリカの一部・アメリカ・日本だけが人類に残った。1997年九州に幻獣が上陸、1999年に日本は熊本を要塞化し14歳から17歳の学兵召集を決議する。

 そして1999年3月。稼働率の低さが嫌われた人型戦車・士魂号3機を中核戦力とする、召集された学兵が中心の5121小隊が発足。絶望的に短い訓練期間を経て戦場に駆り出される寄せ集めの5121小隊の戦いが始まる。

【収録作は?】

絢爛舞踏――幾千万のわたしとあなたで
 3月28日土曜日。山鹿戦区に出撃した5121小隊。壬生屋未央の重装甲一番機は先陣を切り突進し、超硬度大太刀の白兵戦に突入。続いて速水厚志と芝村舞の三番機複座型が追従、ミサイルで幻獣を一掃。出遅れた滝川陽平の軽装甲はジャイアントバズーカでミノタウロスを撃破後、追撃に移る。
 戦闘後、速水は死地にありながら笑みを浮かべる自分に戸惑う。必然的に被弾の多い戦い方となる壬生屋は、整備班班長の原素子に咎められ不機嫌になる。一方、滝川は気になる田辺真紀にどう話しかけるか迷っていた。

 記念すべき榊ガンパレの開幕編。人物紹介を兼ね、主に四人のパイロットを対照させながら描く。天才の片鱗を見せつつ、自分の才覚にに戸惑う速水。生真面目で突進することしか知らない壬生屋。やはり生真面目ながら、一歩ひいて全体を見つめる頭脳派の舞。戦場にありながら「楽しい青春」を夢見る煩悩まみれの普通の少年・滝川。
 後には躊躇いもなく戦鬼と化す速水が、ここでは猫をかぶっているのが可愛らしい。猫をかぶっているのは瀬戸口も同じで、この巻では軽薄なプレイボーイで通している。が、やっぱり光ってるのは原さん。頭の回転が早く仕事に厳しく、猛毒が混じったユーモアを吐く彼女を、ここまで巧く書くのはさすが。うんうん、プールチケットは重要だよねえ。
附・イ号作戦秘話――3月31日(火)夜半
 配備の少ない士魂号だけに、補給物資の調達は難しい。だが、5121小隊には奥の手があった。
 坊ちゃんこと遠坂圭吾にスポットがあたる貴重な一遍。といっても、ほとんど道具扱いだけど。最近、出番少ないんだよなタイガー。
原日記
彼女の秘密が覗ける掌編。そういう設定があったなあ。
突撃準備よろし
 5121小隊では少し浮いている田代香織。本人は武闘派のつもりだが、ここでタイマンに付き合ってくれるのは脳筋の若宮だけ、しかも奴は本物の兵隊でケンカ屋の田代は全く歯がたたない。スカウトへの転属を願っているが、未だ希望はかなわず。要領よく整備の仕事を終え帰宅し田代だが、思わぬ待ち人が…

 これも珍しく田代香織にスポットがあたる一遍。いやあ、ゲームじゃ苦戦してる時に彼女が歌いだすと、大変な事になるんだよねえ。腕が上がってくると「早く歌わせろ」と待ち望むようになるんだけど。
原日記Ⅱ
整備班の裏話。善行もげろ。
豪剣一閃!
 軽装甲が煙幕を張り、重装甲が突進して幻獣を集め、複座型がミサイルで一掃する戦術が板についてきた5121小隊。勝ち戦が続いたためか、壬生屋の剣も冴えを見せてきたが、思わぬ問題が発生した。なんと、超硬度大太刀が折れてしまったのだ。

 突進乙女、壬生屋未央が主役の一遍。一見ガチガチの和風に見える彼女、ソックスハンター編をプレイするとわかるんだが、意外と靴下に強く執着するんで、巧く条件を揃えないと「交換しよう」での入手は難しい。ここで出てくる北本特殊金属の親父さん、出番こそ少ないものの結構ファンは多かったりする。
楽しいピクニック
 ゲームでは作戦会議で決議するキャンプ・イベント。小隊全体の和を図りたい場合に有効。私は未央ちゃんの「なんですって」が好きです。

 ゲーム内のイベントを、どう自然に物語に組み込むか、もノベライズ作品の楽しみのひとつ。武闘派は香織ちゃんのライダー・グローブにお世話になるだろうし、男性プレイヤーにプールチケットは必須。ファーストマーチでしかお目にかかれない原素子親衛隊なんてのも軽く触れてるのが嬉しい。そうそう、表紙にイワッチが出るのも、これが最初で最後かも。不憫だなあ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«デイビッド・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト 3 アメリカが目覚めた日」サイマル出版会 浅野輔訳