2017年7月24日 (月)

「教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集」国書刊行会 中野善夫訳

「永遠の愛、残酷な愛」
  ――永遠の愛

ああ、呪われた人間の声。肉と血のヴァイオリン。その声を作り出す油断のならない道具と狡猾な手は、悪魔のものに他ならない。歌とは何と忌まわしい芸術なのか。
  ――悪魔の歌声

ああ! ああ! ああ! あいつがまた笛を吹いている!
  ――フランドルのマルシュアス

【どんな本?】

 1856年生まれの女性作家ヴァーノン・リー Vernon Lee(本名バイオレット・バジェット Violet Paget)の、幻想的な作品を集めた短編集。

 イタリアと18世紀の世界に抱く著者の憧れが強く出ており、また、「特異な形の激しい愛情」を扱う作品が多い。次第に雰囲気を盛り上げつつも、最後まで敢えて真相をハッキリさせない怪異譚が中心。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月24日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約434頁に加え、訳者あとがきが豪華31頁。9ポイント47字×19行×434頁=約387,562字、400字詰め原稿用紙で約969枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。聖書からの引用やギリシャ/ローマ神話のネタが多いので、それらに詳しいとより楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題。

永遠の愛 シュピリディオン・トレプカの日記から / Amour Dure
 若いドイツ人学者シュピリディオン・トレプカは、かねてから憧れていたイタリアのウルバニアを訪れた。仕事とは別に、ある女性の記録を熱心に調べ始める。メデア・ダ・カルビ、1556年生まれ。類まれな美貌で次々と男を魅了し、破滅させた女。彼女のゆかりの地を訪ねた際に…
 イタリア,過去への憧れ,魔性の女,そして独特の形の激しい愛と、ヴァーノン・リーの得意技がたっぷり詰まった作品。出だしはちとかったるいが、洗礼者ヨハネ(→Wikipedia)が出てくるあたりからグングンと盛り上がってくる。
教皇ヒュアキントス 弾圧されたノナントーラ大修道院のエブルネウス写本の一部を成す物語 / Pope Jacynth
 神は悪魔に許した。これから生まれる赤子のうち、私が選ぶ者の一人を誘惑してもよい、と。悪魔はオドーという男を選ぶ。豊かで高貴な家に生まれたオドーだが、彼は家柄にも財産にも興味を示さず、船乗りとなる。悪魔はオドーに美貌と美声を与え…
 初訳の日本語タイトル「教皇ヒヤシンス」を「教皇ヒュアキントス」に変えたのは見事。キリスト教の寓話でありながら、その裏に込めた作者の微妙な気持ちが、読者に伝わりやすくなってる(ヒュアキントス→Wikipedia)。
婚礼の櫝 / A Wedding Chest
 デシデリオは櫝に「愛の勝利」を描く。彼は雇い主セル・ピエーロの一人娘マッダレーナと結婚することになっていた。だが、名家の若者トロイロ・バリョーニがマッダレーナに目を付ける。情熱的にマッダレーナを口説こうとするトロイロだが、マッダレーナはなびかず…
 15世紀の櫝にまつわる、悲しく激しい愛の物語。トロイロにいちいち「高潔」とつけるあたりが、著者の意地の悪さを感じさせる。
マダム・クラシンスカの伝説 / The Legend of Madame Krasinska
 友人のチェッコ・バンディーニに連れていかれた貧者救護修道院に、そのシスターはいた。気品と魅力にあふれ、動きはきびきびとして、老人たちに温かく話しかける。だが、どこか重苦しい苦しみを抱えているようで、哀愁を漂わせている。
 ソルフェリーノの戦いは、フランス&サルディーニャ連合軍とオーストリア軍の戦い(→Wikipedia)。コスプレと言うとアレな人たちによる最近の流行りのように思われがちだけど、実は昔から多くの人が楽しんでたんだよ、という話←全然違う
ディオネア / アレッサンドロ・ド・ロジ博士からサビーナの王女レディ・エヴェリン・サヴェッリへの手紙 / Dionea
 トスカーナの海岸に流れ着いた褐色の幼い女の子は、ディオネアと名付けられ修道院に預けられる。愛らしい顔立ちに育ったものの、勤勉さには欠け、仲間たちからも好かれない。妙に鳩になつかれ…
 気になって銀梅花(→Wikipedia)を調べたら、そういう事か。ウェヌスはヴィーナス(→Wikipedia)。ディオネアを調べたらハエトリグサ(→Wikipedia)。酷い名前だw 古の神々に所縁のある者が、キリスト教世界の社会に迷い込み…と思って読むとわかりやすい。
聖エウダイモンとオレンジの樹 / St Eudaemon and his Orange-Tree
 人里離れた荒野に二人の聖者が住んでいた。そこに聖者がもう一人やってきた。エウダイモン。ウェヌスの神殿の廃墟に草木を植え、神殿の奥に礼拝堂を作る。近くの貧しい者のために小屋を建て、役に立つ技術を教えた。新しい葡萄園を作ろうと地を掘ったとき…
 エウダイモンは幸福を意味するらしい(→コトバンク)。やはり Wikipedia を漁ったら、『多くの言語で、「黄金の林檎」とはオレンジのことである』とあった。そうだったのか! ディオネア同様に古の神々の息吹を強く感じさせる物語。
人形 / The Doll
 骨董を集めるのを止めたのは、フォリーニョへの旅が原因です。夫の都合がつかず一人で出かけたのですが、ある邸宅を見つけました。かつては高貴な家柄でしたが、今は破産して、老いた女中が一人で管理しています。17世紀後期の様式の大邸宅で…
 語り手が女なのは珍しい。確かに女じゃないと、こういう気遣いはできないだろうなあ。
幻影の恋人 / Oke of Okehurst, or A Phantom Lover
 仕事を干されていた画家に、依頼が舞い込んだ。オークハーストのオーク氏が、夫妻の肖像画を描いて欲しいと。邸宅は美しいが、オーク氏は生真面目で口ごもりがち、そしてオーク夫人は美しいが誰にも何にも興味を示さず…
 これを「人形」の次に持ってきたのは、何か意図があるんだろうか? ちょうどテーマが鏡のように映しあっているが、結末は…。
悪魔の歌声 / A Wicked Voice
 音楽家のマグナスは、ヴェネツィアで18世紀の歌手の肖像画を見つけた。バルタサール・チェーザリ、綽名はザッフィリーノ。「自分の歌に抗える女はいない」と豪語し、王からも溺愛された歌手。
 クラッシュのジョー・ストラマーは、セックス・ピストルズを観た後にスランプに陥ったとか。またウィリアム・ギブスンは、映画ブレードランナーを見に行った時、開始数分で席を立ったという。中にはロビン・トロワーみたく開き直っちゃう人もいるけど。
七懐剣の聖母 十七世紀、ムーア人の幽霊物語 /  The Virgin of the Seven Daggers
 強引な方法で数多の女をモノにしてきたミラモール伯爵ドン・フアン・グスマン・デル・ブルガル。だが今回狙っている獲物は、格が違う。七懐剣の聖母に祈りを捧げて守護を願い、ユダヤ人の魔術師バルクの手を借りてまで手に入れようとしたのは…
 ドン・フアン伝説(→Wikipedia)に題をとった作品。色男の代名詞だから、洒落た会話などの手練手管を駆使して女を口説くのかと思ったら、全然違った。
フランドルのマルシュアス / Marsyas in Flanders
 1195年の秋、ニス川河口の岸辺に流れ着いたボートには、救い主イエスの石像が横たわっていた。デュンの小さな教会に置かれた像には、各地から信心深い人々が集ってくる。その像には、ある筈の十字架が欠けていたので、石工に作らせたところ…
 フランドルって、フランダースなのか。怪異譚なんだが、タイトルでネタをバラしちゃってる(→Wikipedia)。
アルベリック王子と蛇女 / Prince Alveric and the Snake Lady
 公爵バルタサールの孫アルベリック王子は内気で純朴だった。アルベリックの部屋にはお気に入りの古いタペストリーがある。金髪のアルベリックと蛇女オリアナを描いたものだ。公爵はこのタペストリーを嫌い、別の物に変えたが、アルベリックは悲しみ…
 童話のように親しみやすい語り口で、テンポよく話が進んでゆく。中盤から出てくる、修道士・侏儒・道化師の三人組が、コミカルでいい味出してる。
顔のない女神 アウグスティヌス・ブルトーの蔵書から / The Featureless Wisdom
 マンティネイアの賢女ディオティマは、フェイディアスの工房へ出かけた。フェイディアスは、いかなる神の像の注文を受けることで知られている。マンティネイアが望んだのは、どんな像とも一目で違いが判る神の像で…
 ディオティマはプラトンの「饗宴」に出てくる人物(→Wikipedia)だとか。客の無茶な要求に苦しむエンジニアやデザイナーには身に染みる話。
神々と騎士タンホイザー / The Gods and Ritter Tanhüser
 アプロディーテは、ドイツの詩人タンホイザーに首ったけ。そのタンホイザーは、ヴァルトブルクの歌合戦に出かけるという。話を聞いたアポロンとアテナは、面白がって一緒に歌合戦に向かうと決めた。
 ワーグナーのタンホイザー(→Wikipedia)をネタにした、ドタバタ喜劇。美声を披露するスキをうかがうアポロン、クールな女教師っぽいアテナ、荒事しか頭にないアレス、チクチクと浮気を責めるヘラ、なんとか事態を丸く収めようとするゼウスって図は、まるきしファミリー・ドラマ。
訳者あとがき

 やたらと Wikipedia へのリンクが多いことでわかるように、聖書や古典や神話の教養が必要な作品が多くて、ちとシンドかったが、それでよかったのかも。むさぼるように読むより、ゆっくりじっくり時間をかけて味わいたい作品集だし。

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2017年7月20日 (木)

チャック・パラニューク「ファイト・クラブ 新訳」ハヤカワ文庫NV 池田真紀子訳

 ファイト・クラブ規則
第一条 ファイト・クラブについて口にしてはならない。
第二条 ファイト・クラブについて口にしてはならない。
第三条 ファイトは一対一。
第四条 一度に一ファイト。
第五条 シャツと靴は脱いで闘う。
第六条 ファイトに時間制限はなし。
第七条 今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、
      かならずファイトしなければならない。

【どんな本?】

 不眠に悩み北欧家具に囲まれて過ごすサラリーマン。彼は様々な業病を抱えた人たちの互助グループに、病を偽って通う。そうすると生命の実感を得て、なんとか眠りにありつけるのだ。二年ほど通ううち、幾つかの集会で、同じ女を見かける事に気づく。マーラ・シンガー。以来、彼は再び眠りを失う。

 しかしタイラー・ダーデンと出会った日から、彼の運命は変わる。タイラーは言う。

「おれを力いっぱい殴ってくれ」

 そして彼はタイラーと共にファイト・クラブを立ち上げる。最初は二人だけだったファイト・クラブだが、次第に男たちが集まってきて…

 映画化されて話題を呼んだ映画「フィアト・クラブ」の原作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FIGHT CLUB, by Chuck Palahniuk, 1996。日本語版は1999年にハヤカワ文庫NVより刊行。私が読んだのは2015年4月15日発行の新訳版。文庫本で縦一段組み本文約307頁に加え、著者あとがき15頁+都甲幸治の解説「自分の人生を取り戻せ」10頁。9ポイント40字×17行×307頁=約208,760字、400字詰め原稿用紙で約522枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。所々に化学物質の名前が出てくるが、わからなくても「そういうもんだ」程度に考えておけば充分。多少プロレス技を知っていると、バトルシーンで迫力が増す。

【感想は?】

 鬱屈をため込んだ若い男には、読ませちゃいけない作品。

 主人公「ぼく」は、自動車会社に勤める会社員。車の不具合で起きた事故を追い、全米を飛行機で飛び回る。被害の補償額を調べ、それがリコールの費用より安ければ、リコールせずに済ます。

 人の命を数字で測る商売だ。それでも、いやだからこそ、若くして安定した暮らしを手に入れたし、それを保つ方法も分かっている。が、眠れない。理屈通りに動きゃいいのなら、マシンでも構わない。そしてマシンに眠りは要らないのだ。

  私の持論だが。

 ヒトは誰でも、心の中にケダモノを飼っている。このケダモノは生命力の源泉だ。生きている実感を与えてくれる。だが、困ったことに、ケダモノは文明社会と折り合いが悪い。だから、なんとかしてケダモノと巧く付き合っていかなきゃいけない。

 「ぼく」のケダモノは、窒息寸前だ。そこで「ぼく」が奴に与えた興奮剤が、互助グループ。ここでは誰もが死にかけている。ケダモノは死の臭いを嗅ぎつけて目を覚まし、マシンの檻から顔を出す。しかし、その目覚まし薬を、マーラ・シンガーに奪われてしまう。

 そんな時に出会ったのが、タイラー・ダーデン、そしてファイト・クラブ。一切の得物を使わず、二人の男が闘う。そこで男はオスに戻る。心の中のケダモノを解放し、その身をケダモノに任せる。体の痛みを、命の危機を、ケダモノにじっくり味合わせる。

 面白そうじゃん、と思ってしまう。私の中のケダモノが、ムクリと頭をもたげる。奴はいつだって隙を伺っている。決して事態を好ましい方向に向かわせることはない。でも、気分を変えてくれる。

ファイトが終わったとき、何一つ解決してはいなかったが、何一つ気にならなくなっていた。

 これはヤバい。ケダモノは命の実感をくれる。だが、所詮はケダモノだ。暴れはじめたら何をするかわからないし、止めようもない。物語の中でも、ケダモノは次第に歯止めが効かなくなる。最初は自分の怪我や傷で済んでいたのが、次第に力をつけ、狡猾になり、ばかりか増殖を始め…

 そんなケダモノの化身が、タイラー・ダーデン。危険な、けれど蠱惑的な香りを放つ男。ヤバさの魅力だけでなく、妙な賢さも併せ持っているから困る。台詞もいちいちカッコいいし。

完璧な存在は、っそれもせいぜい一瞬しか続かない。
目を覚ます、それだけで充分だ。

「自分たちにまだどれだけの力が残っているか、世の男たちに再認識させることだ」

 などの主題に加え、タイラーが仕掛けるアレコレが、極めて実用性に富んでるのが困るw さすがに最近の映画館はフィルムを使ってないだろうけど、パーティでの嫌がらせは実に手ごろだし、錠前破りの手口は理にかなってる。どころか、更にヤバいアレやコレの手口まで…

 そういった「ぼく」やタイラーを、一歩引いた所で見守る役を担うのが、マーラ・シンガー。いや見守るだけでなく、なにかと「ぼく」を引きずり回すんだけど、それもまた世に生きるってことの一つの面。

 心の中のケダモノを呼び覚ます、実にヤバくて困った本。決して綺麗な話じゃないし、決して文科省推薦にもならないだろう。でも、昏い魅力を漂わせているのだ。

 あ、もちろん、腐った女性にもお薦め。

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【2017.07.21 追加】

 …などと危なさを強調したけど、幸いにして日本にはちゃんと毒消しがあるのだった。いわゆる「ヤンキー漫画」「暴走族漫画」である。

 本作の主な登場人物は、会社員の「ぼく」や映写技師のテイラーだ。ええ歳こいた大人である。彼らがファイト・クラブなどの無茶・無謀をやらかす物語だ。

 対して、ヤンキー漫画では、似たような真似を高校生がやっている。そして、世界観として厳格なルールを示す。「高校を卒業したら引退」と。これは子供の世界の話だよ、ええ歳こいた大人がやるこっちゃないぞ、みたいな考えが、自然と伝わってくるのだ。

 具体例としちゃちと古いが、佐木飛朗斗+所十三の「疾風伝説 特攻の拓」(かぜでんせつ ぶっこみのたく)を薦めておこう。タイラーに当たる奴が次々と出てきては独特の見栄を切って、飽きない。他にも柴田ヨクサル「エアマスター」や森恒二「ホーリーランド」も好きだ。

 にしても、日本の漫画がこれほどバラエティに富んでいるのは本当に有り難い。アメリカも規制なんかしなければ、豊かなコミック文化が広がっていただろうに。

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2017年7月18日 (火)

テレサ・レヴィット「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡」講談社ブルーバックス 岡田好恵訳

 フレネルレンズは、数あるレンズの種類のなかでも非常にユニークな存在です。
 収斂が苦手で、鮮明な像を結ぶことこそできませんが、光を集めることにおいて、その右に出るレンズはありません。
  ――はじめに

ジョージ・ブラント「海がしけたら、議員全員をボートに乗せて、岩だらけの浜辺のまわりを回らせろ!」
  ――第5章 遅れをとった大国、アメリカ

けれども、灯台の黄金時代は終わった。
  ――第7章 黄金時代の到来

【どんな本?】

 自動車のヘッドライトや、舞台を照らすスポットライトなどには、同心円状に山と谷が並ぶ、奇妙なレンズがついている。フレネルレンズ(→Wikipedia)だ。このレンズには独特の性質がある。一つの光源から光を集め、一条の光線を遠くまで届けられるのだ。

 これを考え出したのはオーギュスタン・ジャン・フレネル(→Wikipedia)、1788年に生まれ。フランスの元土木技師で物理学者である。

 彼が生み出したフレネルレンズにより、フランスの海岸沿いは灯台が連なり、船乗りたちを導いてゆく。ばかりでなく、フレネルレンズは世界中の灯台に備えられ、各地の海を照らすまでになる。だが、そこに至るまでには幾多の紆余曲折があった。

 海の道しるべとなる灯台、その輝きをもたらしたフレネルの生涯と、彼の遺した偉大な発明フレネルレンズが普及するまでの道のりを描く、一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Short, Bright Flash : Augustin Fresnel and The Birth of the Modern Lighthouse, by Theresa Levitt, 2013。日本語版は2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約279頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント43字×16行×279頁=約191,952字、400字詰め原稿用紙で約480枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。虫眼鏡で日光を集め紙を焦がす理科の実験を覚えていれば充分。特に主題となるフレネルレンズの原理は、73頁の図を見れば一発で解る。

 それより、必要なのは地図か Google Map。欧米の海岸や岬の地名が続々と出てくるので、キチンと読みたい人は地形を確かめながら読もう。また、19世紀以降の欧米の歴史を知っていると、より味わいが増すだろう。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 序章 暗く危険な海
    いかだの上の「地獄の生存競争」/海難事故と灯台/大望を抱いた2人の青年
  • 第1章 それは、一人の男の野望から始まった
    マチュー村の「遊びの天才」/いわゆる「オタク」/土木技師・フレネルの夢想/光は「粒子」か「波」か/唯一の理解者、現る/暴君ラプラス/師弟の決別/国賊から英雄へ/回析実験の成功/すばらしい休暇の使い方/チャンス到来/粒子信奉派vs.光波信奉派/信じがたい真実
  • 第2章 「灯台の光」への挑戦
    新生フランス灯台委員会の改革/反射鏡からレンズへ/フレネルが発明した特殊なレンズ/製品化が困難を極めた理由/13日の金曜日、決意の公開実験/海のヴェルサイユ宮殿/レンズの改良/夜のシャンゼリゼ通りが真昼の明るさに/世界初のフレネルレンズ
  • 第3章 より確かな輝きを求めて
    「灯台マップ」の作成/回転装置の改良/完璧なプリズムを作るには/イギリスの灯台事情/スコットランドからの注文/ライバルの無謀な挑戦
  • 第4章 引き継がれた遺志
    フレネル逝く/亡き兄のために/「もっともすばらしい勝利」/蒸気機関の登場/熟練職人の競い合い/最後に残った2つの灯台/ロンドン万博とパリ万博/嘘をついているのは誰?/灯台守の血
  • 第5章 遅れをとった大国、アメリカ
    経費削減の鬼/鯨油とアメリカの灯台の運命/ルイスが作ったランプ/節約のための愚行/ついにアメリカへ上陸/エゴイストの嫌がらせ/とんでもない代物/プレソントンへの逆襲/500ドルで落札された「機械」/変化のきざし/夜8時ちょうどに/合衆国灯台委員会の創設/最高のメンバーが終結/「有用」で「経済的」な光の証明/灯台委員会と議員の闘い/“大西洋の墓場”/万博のスター/メーカーとの駆け引き/太平洋岸への設置/もっとも重要で、もっとも困難な課題/そして、世界一に
  • 第6章 南北戦争と灯台
    灯台の明かりが消えた!/発砲準備/戦争が始まる/ハッテラス岬灯台、国家の裏切り者/とっておきの隠し場所/南北レンズ争奪戦/無法者の一団/西海岸も闇のなか/メキシコ湾岸の「アナコンダ作戦」/ヘッド・オブ・パッシーズの争い/南軍自爆/戻ってきた光/終戦後に見つかった「お宝」
  • 第7章 黄金時代の到来
    フランスとイギリスの争い/テクノロジーの挑戦/「超輝レンズ」第1号/巨大なレンズを回転させる方法/“黒船”ペリーと日本の灯台/ドイツ兵と交わした言葉/フレネルが遺したもの
  • 訳者あとがき/さくいん

【感想は?】

 どちらかというと、科学より歴史寄りの本だ。

 灯台の明かりを沖合まで都度蹴るフレネルレンズが、いかに生まれ、どう育って普及し、世界中の海へ広がっていったか。その道のりを辿る本である。原理や技術の説明は最小限で、製造工程などはほとんど触れない。

 発明者はオーギュスタン・ジャン・フレネル。

 18世紀末のフランスに生まれる。典型的な理系の人で、研究は好きだが人を率いるのは苦手。土木技師として社会に出たが、労働者を監督するのが嫌いで、「私には向かない」と何度も手紙で愚痴をこぼしてたり。親しみが持てるなあ。

 でも創意工夫の才には恵まれていたようで、幼い頃にちょっとした事件を起こしている。戦争ごっこで遊んでいるうち、弓の改良に夢中になり、近くの林で様々な素材の木を試す。結果、弓の性能が上がりすぎて「ごっこ遊び」じゃ済まなくなり、カーチャンたちから大目玉を食らう。これだから男の子ってw

 灯台の役割は目印となることだ。当時は電灯なんかないから、油を燃やす灯かりを反射鏡で集め照らしてた。が、当時の鏡は性能が悪く、光はあまり遠くまで届かない。結果、多くの船が座礁してしまう。

 そこで遠くまで光を届けるため、鏡じゃなくてレンズを使おうってのがフレネルの案のキモの一つ。ところが、問題が二つある。

 一つは原理の話。光は粒子か波動かって対立。粒子派はかのニュートンから始まり、フランスじゃ科学界の親玉のパスカルが粒子派。ところがフレネルは波動派で…。客観的に思える科学の世界でも、人物の好悪や政治力が影響を及ぼす、ありがちな逸話だね。

 もう一つは、レンズの厚さ。フレネルレンズ、理屈は凸レンズなんだが、普通に造ったら中心部が厚くなりすぎて使い物にならない。

 光の屈折はレンズの表面で起きる。大事なのは表面で、厚さそのものはそうでもいい。なら、厚すぎる部分はカットして薄くしちゃえばいいじゃん、ってのがフレネルレンズの賢いところ。

 もっとも、これだけだとランプの明かりの一部しか集まらない。上や下、そしてレンズの反対側に向かった光は無駄になる。これもプリズムや反射鏡を組み合わせて集め、フレネルレンズは進化してゆく。

 こういう「資源の最後の一滴まで搾り取る」工夫は、いかにもフランス流って気がする。今のアメリカだと、資源それ自体を大きくしようって発想になるんだよなあ。

 幸いフレネルレンズは優れた性能を発揮し、「じゃフランス沿岸に灯台を並べて明かりが途絶えないようにしよう」なんて壮大な計画も持ち上がる。ワクワクするでしょ。でも、確かに理屈じゃ可能だけど、肝心のレンズ製作は難しくて…。

 今でも光学機器はデリケートな工業製品の代表だ。まして当時は大半が職人による手作り。しかもフレネルレンズはデカい。一等級だと2mにもなる。それだけのガラス製品を、歪みも泡もなく均等に造ろうってんだから、苦労は相当なもの。事実、レンズの調達に四苦八苦してる。

 などとプロジェクトX的なトーンの前半に対し、後半では舞台がアメリカに移り、キナ臭い香りが漂ってくるのが切ない。特に辛いのが南北戦争のあたり。

 なんたって灯台は船を導くものだ。民間の船も導くが、敵の船も導く。だから時として邪魔にもなり…

 今はGPSが普及し、灯台も役割を終えつつある。とはいえ、華麗で壮大な灯台のフレネルレンズは、各地の灯台で観光の目玉として旅行客にお披露目されている。世界中の船乗りたちを導いた灯台には、科学者と技術者の苦闘の物語が秘められていた。そんな本だった。

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2017年7月17日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「跳ばないよ。彼らの一人でも残っているうちはね」
  ――上巻p330

「僕の、きっと究極の、敵だ」
  ――下巻p60

「――しかし、ヒトとはなんだ?」
  ――下巻p233

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第九弾。

 21世紀初頭、突然人類を襲った感染症・冥王斑。罹患者の大半は死ぬが、稀に生き延びる者がいる。人類の太陽系進出と共に、抑圧される罹患者たちは≪救世群≫として独立した社会を築きあげた。

 25世紀、≪救世群≫は異星人カンミアと接触、身体改造技術を受け強靭な肉体を手に入れ、また冥王斑を太陽系全体に拡散し、人類の大半を殺戮した。

 かろうじて生き残った小惑星セレスでは、少年たちが泥縄式に社会を築き上げてゆく。しかし≪救世群≫もセレスに到着、両者は互いに接触がないまま、セレスは太陽系を離れ何処かへ向かう。

 そして29世紀。セレスはメニーメニー・シープと名乗る世界が成立していた。そこに現れた≪救世群≫のイサリをきっかけとして、互いの正体を知らぬまま両者は衝突へと向かってゆく。

 だが、この両者の対立の奥では、全く異なる存在の思惑が蠢いていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2015年12月25日発行、PART2は2016年10月25日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約324頁+382頁=706頁に加え、下巻に「最終巻の手前でのあとがき」4頁。9ポイント40字×17行×(324頁+382頁)=約480,080字、400字詰め原稿用紙で約1,201枚。上中下の三巻にしてもいい分量。

 文章は読みやすい。ただ、内容は相当に敷居が高い。SFなガジェットが次々と出てくるのもあるが、それより大長編小説の終盤だから、というのが大きい。

 今までに描いた多数のストーリー・ラインが合流し、様々な人々が集う巻なので、これから読み始めるのは無謀。ストーリー・アイデア・スケールすべての面で間違いなく傑作なので、素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読もう。

【感想は?】

 気分は幻魔大戦(→Wikipedia)の最終回。それも平井和正+石森章太郎の漫画版。

 奇妙な異世界の冒険物を思わせながら結末で唖然とさせた「メニー・メニー・シープ」から始まり、現代を舞台としたパンデミック・サスペンスの「救世群」へと飛び…と、それぞれの巻ごとに全く異なる感触で楽しませてくれたこのシリーズ、ついに前の「ジャイアント・アーク」で見事に合流を果たした。

 が、そこに見えてくるビジョンは絶望的なものだった。ここでは、その絶望すら甘いと、更に厳しい状況へ登場人物たちを突き落とす。

 なんたって、それぞれの勢力や思惑を代表する者たちが、それぞれに厳しい重荷を背負っているのだ。

 未曽有の危機に瀕したメニー・メニー・シープで奮闘するカドム,狂える女王ミヒルに率いられた≪救世群≫から逃げてきたイサリ,創造者のくびきに囚われた≪恋人たち≫。加えて、自我は獲得したが書としての不備は抱えたままの異星人カンミア。

 いずれも問題を抱え、かつその解決は絶望的でありながら、チームとしてまとまればどうにかんありそうなのが憎い。

 とは言うものの、素直に「チームワークで行こう!」となならないのが、小川一水世界の厳しいところであり、漫画版・幻魔大戦から半世紀の時の流れを感じさせる。皆さん事情を完全に把握してないってのもあるが、それ以上に、各自の立場や利害があって、大ぴらにできることと出来ないことがあるのだ。

 などの事情を抱えながら、少しづつチームとしてまとまってゆく過程は、オトナの事情にまみれていながらも、王道の少年漫画の持つワクワク感に溢れている。むしろ互いの駆け引きがある分、緊迫感とリアリティが半端ない。

 このワクワク感の盛り上げに一役買っているのが、彼らの出自。

 医師のカドムはともかく。デムパを受信する羊飼い。人工的に身体を増強した≪海の一統≫。全く異なる姿に変えられた≪救世群≫。人造的に造られた≪恋人たち≫。そして、異星人のカンミア。

 彼らのどこまでを、ヒトと認めていいんだろう?

 それどころか、メニー・メニー・シープでは、同じヒト同志が、様々な勢力に別れ睨み合っている。今は争う余力すらないが、水面下では絶え間なく駆け引きが続き、また小競り合いも絶えない。そのメニー・メニー・シープ全体は、≪救世群≫と戦闘状態にある。

 とかのテーマに沿ったお話も面白いが、それと共に、懐かしい面々が続々と顔を出すのも、この巻の楽しい所。やはり奴らはただのヒッグスとウェッジじゃなかったw

 状況が状況だけに、アクション・シーンも多い。

 中でも派手なのが、第二次オリゲネス攻防戦で登場する「ンデンゲイ」。大変に偏った思想で造られたお馬鹿兵器なんだが、こういう「たった一つの性能だけを追求し他の全てを犠牲にした」シロモノって、私は大好きだ。費用対効果は、はなはだ疑問だけどw

 もう一つ、嬉しいアクション・シーンが、終盤で≪海の一統≫が突入する場面。ここに限らず、下巻では彼らが本領を発揮する場面の連続で、こういうフリーダムな奴らが、よくもまあ今まで狭苦しいメニー・メニー・シープで我慢してたなあ、なんて思ってしまう。

 そして、集った者たちが、圧倒的な現実に直面するラストシーン。

 これぞ、私を含め多くのファンが完結を諦めていた傑作、漫画版・幻魔大戦の最終回のラストシーンそのもの。

 著者によれば、最終パートは2018年に刊行とのこと。盛り上がった物語は、どこへと向かうのか。今から楽しみでしょうがない。

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2017年7月14日 (金)

ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」河出書房新社 真田由美子訳

本書では、キッチンで使う料理道具が、私たちの食の中身や食のあり様、食に対する考え方にどのような変化をもたらしたかを探ってゆく。
  ――はじめに

人類最初の調理法は炙り焼きだった。炙り焼きの起源は数十万年前にさかのぼることが実証されている。それに対して土器の調理用鍋の歴史はわずか9000年から一万年前に始まる。
  ――第1章 鍋釜類

火は管理する必要がある――火を熾し、適切な温度に保ち、昼間十分な燃料をくべて、夜間は家が火事にならないように火力を落とす。こうした一連の作業が家事で大きな比重を占める生活は、ガスオーブンが登場する今から150年前まで続く。
  ――第3章 火

アメリカ人は人間を月へ送るのにも、18世紀のロンドンで使われていたパイントやブッシェルで考えていた。
  ――第4章 計量する

ヨーロッパにおいて、ルネサンス時代の料理に最大級のイノベーションが起こった。卵の膨張力を使ってお菓子を焼くと膨らむことを発見したのだ(略)。こうしてケーキが誕生した。
  ――第5章 挽く

新しい料理テクノロジーが導入される時は、それがどんなに有用であろうが、いつもどこかから敵意や抗議が巻き起こり、従来の方法が安全で優れている(事実そういう場合もあるが)との声が上がった。
  ――第8章 キッチン

【どんな本?】

 台所はたくさんの道具で溢れている。鍋,包丁,ガスコンロ,ピーラー,冷蔵庫…。電子レンジのように最近になって登場した物もあれば、かまどのように廃れた物もある。西洋のシェフは多数の包丁を使い分けるが、中国の料理人は一本の中華包丁を見事に使いこなす。

 鍋釜は料理に「煮る」という優れた手法をもたらした。冷蔵庫の普及は生活スタイルを変えた。そしてナイフはヒトの顔の形すら変えてしまったらしい。そして今は、最新テクノロジーと柔軟な発想を駆使して新たな調理法と味の開拓を目指す分子ガストロノミーが登場してきた。

 身近な台所を通し、古今東西の調理法や食の実態を掘り起こす、楽しくて美味しい一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Consider the Fork : A History of Invention in the Kitchen, by Bee Wilson, 2012。日本語版は2014年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×330頁=約294,690字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。当然、自分で料理する人ほど楽しめるが、最も楽しめるのは、料理はするけどあまり上手じゃない人だったりする。

【構成は?】

 各章は独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 鍋釜類
  •  コラム 「炊飯器」
  • 第2章 ナイフ
  •  コラム 「メッツァルーナ」
  • 第3章 火
  •  コラム 「トースター」
  • 第4章 計量する
  •  コラム 「エッグタイマー」
  • 第5章 挽く
  •  コラム 「ナツメグおろし」
  • 第6章 食べる
  •  コラム 「トング」
  • 第7章 冷やす
  •  コラム 「モールド(型)」
  • 第8章 キッチン
  •  コラム 「コーヒー」
  •  謝辞/訳者あとがき/参考文献/資料文献

【感想は?】

 私たちの先祖の苦労がしのばれる。

 例えば、火だ。料理に火は欠かせない。私たちは、様々な形で火(または熱)を扱う。ガスコンロ、オーブン、炊飯器、そして電子レンジ。

 でも、昔はそんな物はなかった。火は常に見張らなければならないものだったのだ。熾すのも面倒だが、使い終わっても、常に絶やさぬよう見張んなきゃならない。

 火事の危険もある。昔のイギリスの厨房は別棟だった。火事になっても本館は被害にあわずに済む。使用人にとっちゃ酷い話だが、それぐらい火はヤバいシロモノだったんだろう。それを考えると、木造家屋に住む日本人が、よくもまあ人口の密集した江戸なんて街を作ったものだ。

 やはり苦労を感じるのは、「第5章 挽く」。

 「パンの文化史」や「大聖堂・製鉄・水車」「水車・風車・機関車」などでも詳しいのだが、動力を使わずに粉を作るのは、大変な重労働なのだ。中東の墓地遺跡から出る女性の遺体からは、「膝、腰、足首の骨には、深刻な関節炎の跡」がわかる。

 現代のスーパーで買った小麦粉を彼らに見せたら、どう思うだろう。真っ白でサラサラで混じりっけなしの小麦粉が、百円足らずで買えてしまう。しかも薄力粉と強力粉が綺麗に分かれてる。

 そんな粉挽きの手間を省くため、欧州では水車や風車を使い、それが歯車やクランクなど機械工学を発達させる。水車を蒸気機関に置き換えたのが産業革命。なんだが、蒸気を仕事に変えるってのは、ちと発想に飛躍がある気がする。と思っていたんだが、熱を仕事に変える発想は、既にあった。

 イギリスの名物と言えばローストビーフ。牛肉の炙り焼きだ。

 大きな鉄串に牛肉を刺して、回しながらじっくり焙る。この串を回す係を、動物にやらせようって発想が、16世紀~17世紀にあった。当時は犬やガチョウが回転ドラムを回していたが、17世紀には火の熱で温まった空気で翼を回す「煙回転機」が出てくる。

 熱を回転運動に変える発想は、17世紀にあったのだ。もっとも、ジェームズ・ワットがこれを知っていたとは限らないけど。

 これから料理を始めようって人が、まず困るのはレシピ。今はインターネットで調べりゃいくらでも出てくるが、昔のレシピ本は結構いい加減なものが多かった。「小麦粉ひと握り」とかね。慣れた人なら雰囲気でわかるだろうが、これから料理を始めようって素人には不親切極まりない。

 これを変えたのがアメリカのファニー・メリット・ファーマー。彼女はレシピ本で、ティースプーン一杯・カップ一杯など、全ての食材の量をハッキリと示し、ベストセラーとなる。こういう素人に親切な本を書けた理由が、これまた面白い。

 幼い頃の彼女は、ほとんど料理をしなかった。30近くになって料理学校に入り、才能を開花させる。大人になってから料理を覚えたのが、彼女の特徴であり、親切な料理書を書けた理由でもある。

 幼い頃に料理を覚えた人は、それぞれの食材に必要な調味料の量などを、体で覚えている。はいいが、体が覚えていることを言葉にするのは難しい。その点、彼女は何も知らなかったから、頭で覚える必要があった。だから、プロの料理人が書けない部分を、彼女は文章にできたのだ。

 料理だと、他にもキッチリ測らにゃならんものが幾つかある。例えば時間。カップ麺でも、3分と5分じゃだいぶ違う。でも昔は時計なんかなかった。じゃ、どうするか。

「加熱しながら攪拌してソースを作るにはラテン語の主の祈りを三回唱えよ」

 当時はみんな教会に行ってたから、お祈りのテンポは誰でも知っている。だから時間を測る基準になったわけ。ファンタジイとかに出てくるレシピに「蓋をして呪文を三回唱えよ」とか出てくるのも、ちゃんとネタがあったのだ。

 などと野次馬根性で面白い話が多いのはいいが、OXOピーラーや中華包丁など、色々と台所用品が欲しくなるのは困りものかも。特に中華鍋が欲しいなあ。

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