2022年5月17日 (火)

SFマガジン2022年6月号

「今現在、特殊戦やFAFにとってもっとも脅威になっているのは、ジャムよりも、FAFの機械知性だからです」
  ――戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中

 376頁の標準サイズ。

 特集は「アジアSF特集」。小説6本に記事4本、うち小説1本と記事1本は文藝責任編集「出張版 韓国・SF・フェミニズム」。

 小説は13本。

 特集6本は宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳,韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳,昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳,チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳,イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳と文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。

、読み切りは3本。ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳,大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」,斜線堂有紀「骨刻」。

 まず特集「アジアSF特集」から。

 宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。むかしむかし、もうひとつの銀河で……

 すんません。「三体」は第一部しか読んでなくて、ネタバレが怖くて読み飛ばしました。ごめんなさい。

 韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳。幼い頃から文学が好きだったが、作家にはなれなかった。幸い農業起業家として多少の収入を得たため、貧しい作家たちを支援している。今年の春節にやたら招待されると思ったら、とんでもないことを知らされた。作家たちはみな宇宙人で、間もなく地球から去る、と。

 そうか、バリトン・J・ベイリーや山田正紀は宇宙人だったのか。それなら、あの奇想も納得だ←をい。ってな奇想から始まって、お話はドンドンとケッタイな方向へ。著者の好きな作家が判るのも楽しい。

 昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳。出境ゲートにより、人類は他の星系へ移民できるようになった。ただし一方通行で、行ったら二度と帰れない。移民を成功させるため、開拓員には試験が課される。学習能力や身体的資質に加え、性格も考課対象で、破綻しにくく社会性の高い者が選ばれる。だが、最近は消息不明となる開拓者チームが増えている。

 昔から性格診断の類はあるけど、信頼性についてはどうも眉唾で。とか言ってるわりに、「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の道徳基準アンケートは信じちゃってるなあ、俺。冒頭のリモートアソシエーションテストから始まり、近年の言語学ネタを巧みに料理している。

 文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。金女史は考える。何がいけなかったんだろう。成績表が届いた日。また席次が落ちた。子供にはいつも言ってるのに。みんな寝る間も惜しんで勉強してるのに、何やってるの。韓国で大学に行かなかったら、人間扱いされないよ。

 一時期、韓国の激しい学歴競争が話題になった。「少し前の日本でも一時期はそうだったなあ」なんて思いだしつつ、日本で流れる韓国のネタは誇張されてるから…とか甘く見てたが、実際に酷かったみたいだ。今でも人気が高い作品だそうで、今の韓国のSFファンは当時の受験競争を経験した世代が多いんだろう。

 チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳。初めて映画館でソン・ユジンと出会ったとき、36歳のイ・ユジンは「卑しいほどハンサムな男」と感じた。五歳も年下な彼との関係を不安に思いつつも、付き合いは続く。保険会社に勤める友人の紹介で受けたライフサイクル予測分析によると、五年以上付き合う可能性はほとんどない、と出た。

 四柱推命や十二支などの占いは、韓国も日本と同じく中国の影響を受けてるんだなあ。ライフサイクル予測分析を提供してるのが保険会社ってのがミソで、なかなかにキツいネタが入ってる。そりゃ、そんなモンが来たら腹立つよなあ。結婚相談所だったら…あ、いや、奴ら独身が多いほど市場も大きいわけで、とすると…

 イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳。メブヤンは川のほとりで死んだ子供たちを迎える。近ごろは三人も続けて子供がきた。みんな、麻薬の取り締まりで躍起になった警官に殺された子だ。おかしく思ったメブヤンは、上の世界へ出向くことにする。JMは若い警官だ。貧しい出自から苦労して警官になった。母も喜んでいる。しかし…

 著者はフィリピン人。フィリピンにも三途の川はあるんだなあ。日本の奪衣婆は嬉しくない存在だが、メブヤンは淡々と仕事をこなす。そんな民間伝承を元にしたファンタジイだが、テーマは明らかにドゥテルテ大統領の強引な麻薬撲滅運動を批判したもの。

 佐藤佐吉インタビュー アジアの中の日本映画・ドラマ。映画監督の佐藤佐吉に、日本映画の現状を取材する。アニメ映画は日本だけじゃ赤字なので世界市場を見て作ってるとか。そこまで日本のアニメ映画の国際市場は広がってるのか。にしても政府の助成金が20億円、韓国が400億円、フランスが800憶円って。なお、ハリウッド映画の脚本は人物の心理までミッチリ書いてるそうだ。

 特集はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」。フェアリイ星からジャムが消えた。FAFはジャム基地の攻撃を続けているが、中身は空だろう。特殊戦は、ジャムが地球へ侵攻したためと考えている。だが、それを地球に認めさせるのは難しいだろう。そして今、深井零はブリーフィングルームにいる。同席者はブッカー少佐・桂城少尉に加え、ジャーナリストのリン・ジャクスンと日本海軍情報部の丸子璃梨華。

 特殊戦・FAFそして地球と、それぞれの思惑が異なる状況をサラリと語る冒頭に続き、ジャムがフェアリイ星から消え一見よくなった戦況の裏で、実は相当にヤバい情勢なのが見えてくる。にも関わらず、桂城少尉のマイペースっぷりがいい。いい加減に見えて、実は「海賊」シリーズのアプロみたく重要な人物なのかもw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回。もはや青野の区界は大蛇が五割を占めている。それでも印南棗らは青野を守るため大蛇に立ち向かう。そして語られる、区界の存在意義と住民たちの正体。

 一応の区切りがつく回。かつてのNHKの眉村卓原作の少年ドラマみたいな、懐かしい昭和の学園物っぽい幕開けから、とんでもねえ展開が続いて、こうなりますか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回。復活したハンターたちは、総力をあげての決戦に挑む。ジェイクらファイブ・シャドウズを筆頭に、島は戦場となる。もちろん<ックインテット>も…

 今回は戦闘に次ぐ戦闘、アクションに次ぐアクション。派手なガン・アクションで始まったと思ったら、ナイトメヤやシルフィードに加え、様々な動物が大活躍で、ケモナー大喜びの回←違うだろ

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。月の歴史は地下で始まった。月の地表は大気もなく温度変化も激しい。しかも隕石が直接に降り注ぐ。これらを避けるため、人は地下で暮らしたのだ。この状況を変えたのはアクリルの天蓋で…

 直前の「マルドゥック・アノニマス」との雰囲気の違いが凄まじいw 今回は人類が月の地下から地上へと進出する過程の前編。やはり挿話の組み込みが巧み。

 ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳。売れ残りのTD8パンダ枕は長く放置された末に買われ、飛行機の中で開封された。いきなり破裂音がして、機内の空気が漏れ始め、非常用酸素マスクが降りてきた。TD8は<励ませ><守れ>とのプログラムに従い、乗客たちの救助に乗り出すが、バッテリーは切れかけている。

 売れ残りのAI枕が飛行機事故に巻き込まれ、乗客を救おうと残り少ない電力で大活躍するお話。映像化すれば子供にウケそうなんだが、電源や通信の描写が難しそうだなあ。

 大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」。俺たちは天使だ。俺の職場は恋愛部。三交替24時間勤務で、人間たちの恋愛を司る部署だ。上司の異動に伴い部署の方針が変わり、物語的エンターテイメント性を重んじるようになった。俺はそれに合わせプログラムを創ったが…

 「サプライズニンジャ」って、マジであるのかw とすると、この作品は「いかにサプライズニンジャ値を下回らずに物語を展開するか」というメタ・フィクションでも…あるのかな?

 斜線堂有紀「骨刻」。骨刻は、美容外科医院が開発した。骨の表面にレーザーで文字を刻む技術だ。もちろん、外からは見えない。レントゲン写真でやっと確認できる。特に役にも立たなければ害もない、そんな技術だ。それでも人は、様々な思惑で骨に言葉を刻む。

 何の役に立つのかわからない、架空の技術をネタに展開する奇想短編。刺青とは違い、骨刻は見えない。ただ、そこにあるだけ。にもかかわらず、自らの骨に言葉を刻む者がいる。それはどんな人で、どんな目的なのか。なおボーンレコードは本当にあった(→Wikipedia)。

 今回は韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳とティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳が面白かった。

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2022年5月 9日 (月)

ドナルド・R・プロセロ「岩石と文明 25の岩石に秘められた地球の歴史 上・下」築地書房 佐野引好訳

どんな岩石にも化石にも物語がある。多くの人びとにとって岩石はただの岩石でしかないが、経験を積んだ地質学者には、方法さえ知っていれば岩石は、そこから明確に読み取ることができる貴重な証拠に満ちた謎解きの手がかりだ。
  ――はじめに

ジェームズ・ハットン「火山とはいわば地下にあるかまどの排煙口なのである」
  ――第5章 火成岩の岩脈

全地球凍結は原生代後期に別々に少なくとも2~3回発生し、ヒューロニアン氷期として知られている原生代前期(約20憶年前)にも一回起きていたことが明らかになった
  ――第16章 ダイアミクタイト

(地球の公転)楕円軌道はほぼ円形からもっと長円形へと、非常にゆっくりと変化する(それにはおよそ10万年かかることが分かっている)。
  ――第25章 氷河の落とし物

【どんな本?】

 なぜかパターンが一致する炭田の石炭の層。どうにも計算が合わない地球の年齢。グリーンランド東岸と北アメリカで見つかる同種の三葉虫。イリジウム濃集層を境に消える恐竜の化石。採集場所によって磁気が示す極の移動経路が違う。細長い形と決まっている海溝。どこまで掘っても見つからない岩盤層。今にも倒れそうな姿勢で平原にポツンと佇む巨岩。

 これらの謎は、多くの科学者たちを悩ませた。と同時に、ダイナミックな地球の歴史を解く重要な鍵でもあった。

 悲劇的な火山の噴火や奇妙な風景、整合性がとれないデータなどに悩み、またはそれらをヒントとして地球の歴史を解き明かしてきた科学者たちの足跡を25章のエッセイで綴る、一般向け地球科学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Story of The Earth in 25 Rocks : Tales of Important Geological Puzzle and the People Who Solved Them, by Donald R. Prothero, 2018。日本語版は2021年5月31日初版発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み本文約250頁+221頁=約471頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント46字×18行×(250頁+221頁)=約389,988字、400字詰め原稿用紙で約975枚。文庫でも上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。冒頭に45憶年前からの地球の歴史を地層で表した図があるのも親切だ。世界中のアチコチの地名が出てくるので、世界地図か Google Map があると便利。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  •  上巻
  •  はじめに
  • 第1章 火山灰 火の神ウルカヌスの怒り 古代都市ポンペイの悲劇
    神々の炎/大災害を目撃した歴史家/ベスビオス火山大噴火の後
  • 第2章 自然銅 アイスマンと銅の島 銅をめぐる古代の争奪戦
    アルプスで発見された古代人、アイスマンが語る銅の時代/東地中海に浮かぶ銅の島、キプロス/それは海洋底の断片だった/深海底で オフィオライトが銅などの鉱石に富むわけ
  • 第3章 錫鉱石 ランズ・エンドの錫と青銅器時代
    「地の果て」の錫/ナポレオンが考案した錫の缶詰/錫鉱石の起源は?/錫王国の瓦解
  • 第4章 傾斜不整合 「始まりは痕跡を残さず」 地質年代の途方もなく膨大な長さ
    ものごとの始まり/啓蒙時代 教会・貴族社会vs学者・科学者/地質学の道を歩み始めたジェームズ・ハットン/現在は過去への鍵である 斉一主義
  • 第5章 火成岩の岩脈 地球の巨大な熱機関 マグマの起源
    水成論と火成論 岩石はどのようにできたのか/カコウ岩がマグマ起源である証拠/躍動する地球
  • 第6章 石炭 燃える石と産業革命
    薪のように燃える黒い石 石炭/産業革命を推進する/石炭紀の名前の由来 挟炭層/石炭がもたらす災い
  • 第7章 ジュラシック・ワールド 世界を変えた地質図 ウィリアム・スミスとイギリスの地層
    地球の切り口/地層同定の原理を発見/収監そして名誉の回復
  • 第8章 放射性ウラン 岩石が時を刻む アーサー・ホームズと地球の年齢
    行き詰った地球の年代推定/それは放射能だ!/放射性崩壊で測定する地質時間/年代測定ゲーム/プレートテクトニクスの創始者
  • 第9章 コンドライト隕石 宇宙からのメッセージ 太陽系の起源
    青天の霹靂/初期太陽系の痕跡/隕石中の生命
  • 第10章 鉄隕石 他の惑星の核
    論争のクレーター/天空からの訪問者/核の破片/至るところ鉛、鉛
  • 第11章 月の石 グリーンチーズか斜長岩か? 月の起源
    偉大な飛躍/月はどうやってできたのか 妹説、娘説、それとも捕獲説/衝突で吹き飛ばされた初期地球/月の輝く夜に
  • 第12章 ジルコン 初期海洋と初期生命? ひと粒の砂に秘められた証拠
    ダイヤモンド以上の高級品/地球最古の岩石は?/冷えた地球
  • 第13章 ストロマトライト シアノバクテリアと最古の生命
    ダーウィンのジレンマ/疑似化石、それとも本物の化石?シャーク湾で発見された生きたストロマトライト/ねばねばの膜におおわれた惑星
  • 第14章 縞状鉄鉱層 鉄鉱石でできた山 地球の初期大気
    鉄鉱石の富と花咲く文化/無酸素の地球で形成された縞状鉄鉱層/酸素による大虐殺イベント
  • 第15章 タービダイト ケーブル切断の謎が明らかにした海底地すべり堆積物
    問題その1 ちぎれた海底ケーブルの謎/問題その2 何百回も続く級化構造の不思議/問題その3 混濁流はどのように機能したのか/謎か解けた!
  • 第16章 ダイアミクタイト 熱帯の氷床とスノーボール・アース
    オーストラリアの地層の謎/氷成堆積物と石灰岩の互層/雪だるま、現れる/スノーボール、成長開始/全休凍結か部分凍結か?
  •  図版クレジット/もっと詳しく知るための文献ガイド
  •  下巻
  • 第17章 エキゾチックアメリカ 岩石に秘められたパラドックス 彷徨う化石と移動するテレーン
    三葉虫のパラドックス/失われた大陸、アバロニア/北アメリカを構成するエキゾチックなテレーン
  • 第18章 大地のジグソーパズル アルフレッド・ウェゲナーと大陸移動説
    彼は軽蔑され、受け入れられなかった……/謎その1 岩石のジグソーパズル/謎その2 間違った場所に設けられた気候帯/深海からの謎解き
  • 第19章 望郷の白亜の崖 白亜紀の海と温室気候になった地球
    ドーバーの白亜の崖/チョークとは何だろう?/白亜紀の温室気候下の浅海
  • 第20章 イリジウム濃集層 恐竜、滅びる
    予期せぬ偶然/イタリア中央部、アペニン山地での偶然/小惑星衝突のインパクト/化石は何を語るのか?/終わりなき論争 メタ解析
  • 第21章 天然磁石 プレートテクトニクスの基礎になった古地磁気学
    謎その1 天然磁石と地球の磁性/謎その2 一致しない磁北 極移動曲線/謎その3 地球磁場がひっくり返った!/謎その4 海洋底の縞模様/海底のロゼッタストーン
  • 第22章 青色片岩 沈み込み帯の謎
    謎その1 海底への旅/謎その2 傾いた地震多発帯/謎その3 圧力は高いが温度は低い/謎その4 雑然とまぜこぜになった岩石/答えその1 沈み込みが造山運動につながる/謎その5 アラスカ地震 沈み込みは現在も起きている!/答えその2 沈み込み帯のくさび状の付加コンプレックス
  • 第23章 トランスフォーム断層 地震だ! サンアンドレアス断層
    サンフランシスコ、1906年/近代地震学の誕生/地震神話/巨大地震を引き起こすサンアンドレアス断層/驚異的なすべり/中央海嶺と海溝をつなぐトランスフォーム断層 プレートテクトニクス理論の総仕上げ
  • 第24章 地中海、干上がる 地中海は砂漠だった
    廃墟の灰燼から/成功のバラを育てよう/謎その1 進退窮まれり/謎その2 ナイル川のグランドキャニオン/謎その3 海底に開いた穴/答え 巨大な死海
  • 第25章 氷河の落とし物 詩人、教授、政治家、用務員と氷期の発見
    謎その1 漂流する巨礫/謎その2 岩石の引っかき傷/答えその1 アガシ―と氷河時代/グリーンランドでの恐怖と死/スコットランドの大学用務員とセルビアの数学者/答えその2 プランクトンと氷期の先導役
  •  訳者あとがき/図版クレジット/もっと詳しく知るための文献ガイド/索引

【感想は?】

 本書のテーマを一言で表すのが、この一文だろう。

科学の偉大な発見の多くは、計画によってではなく、予想しなかった結果に遭遇することで実現するものだ。
  ――第20章 イリジウム濃集層

 なにか奇妙なモノや現象、予想とは違う結果が出た実験や計算、奇妙に一致するパターン。往々にして、これらは科学者たちの悩みの種になった。が、多くのデータが集まった後世の者にとっては、重大な発見や既存の説を覆すための決定的な鍵となったのだ。

 例えば、炭田。産業革命により、重要な資源として石炭に注目が集まった。炭田を開発・経営する事業家たちは、炭田を詳しく調べ始める。そこで、奇妙な事実に気がつく。

主要炭田の調査が始まると、研究者たちはイギリスの石炭のほとんどを含む地層群が特定の順序で重なっていることに気づいた。
  ――第6章 石炭

 炭鉱って、そうだったのか。知らなかった。まあいい。カラクリはこうだ。石炭は、その名のとおり石炭紀(約3億6千年前~約3憶年前,→Wikipedia)の地上植物が、泥のなかに埋もれて堆積したものだ。地層は年代ごとに重なるため、石炭の層も年代ごとに同じ順番で出てくるのだ。

 なお、石炭紀より昔は大きな陸上植物がなかったし、後はシロアリなどが樹木を分解しちゃうため、石炭として残っているのは石炭紀だけだとか。うーん、残念。

 やはり科学者たちを悩ませたのが、地球の年齢。最初は聖書にちなみ数千年って説だったが、他の証拠と合わない。ケルビン卿ことウィリアム・トムソン(→Wikipedia)は1862年に熱力学に基づいて計算し、2000万年と出た。が、これでも若すぎる。

 これを覆したのが1904年のアーネスト・ラザフォード(→Wikipedia)。ケルビン卿の計算は、地球に熱源はないって前提だったが、実際には放射性物質が核分裂する際に熱を出すのだ。

初期の地球を高温にして溶融させ、その結果、マントルから核を分離させたのは何だったのか? その答えは? 初期地球が大量に含んでいたアルミニウム26が、崩壊によって何度も地球を溶融させるに十分な熱を何度も発生させていたためだ。
  ――第9章 コンドライト隕石

 これを、権威あるケルビン卿の目の前で発表する羽目になった若きラザフォードの苦境は微笑ましい。

 この地球の年齢を計算するのに、海の塩の濃さを使ったのが、アイルランドの物理学者ジョン・ジョリー(→英語版Wikipedia)。計算じゃ8千万年~1憶年となった。が、実は彼の計算も間違いで、「海水の塩分濃度は(略)長期間に大きく変化していない」。なぜって「海水の塩分の多くは塩類堆積物(略)として堆積物に固定される」。そうだったのか。

 ちなみに今のところ、地球の年齢は46憶年前となっています。

 そんな長い歴史を35億年前からしぶとく生きのびてきたのが、シアノバクテリア。

化石記録は30憶年以上も前、単細胞のシアノバクテリアよりも大きな生物は何も出現しなかったことを意味している。いわば、地球生命史の80%を占める期間、シアノバクテリアの被覆層を削り取ってしまう生物がいなかったのだ。
  ――第13章 ストロマトライト

 そんな生きた化石であるシアノバクテリア、今でも特定の条件が揃うとストロマトライト(→Wikipedia)なんて奇妙な構造物をつくる。ばかりでなく、大量絶滅のたびに「雑草のように増殖」したそうな。強くはないけどしぶといんだね。

 もっとも、そんなシアノバクテリアにも謎は残ってて。

大きな謎は、シアノバクテリアの化石は35憶年前、もしかすると38憶年前に遡って知られているのに対して、大酸化イベントが23憶~19憶年前に始まったという点だ。
  ――第14章 縞状鉄鉱層

 本書には他にも謎を提示してて、皆さん大好きな恐竜絶滅もその一つ。今は小惑星衝突説が有力だが、それ以前から恐竜の衰退は始まっていたし、カエルやサンショウウオはなぜか生きのびている。同時期にデカン噴火(→Wikipedia)と海水面低下が起きていて、今のところ科学者たちも意見が分かれている。

 などの謎の中でも、やっぱりスケールが大きいのが大陸移動説。アルフレッド・ウェゲナー(→Wikipedia)の気づきは有名だけど、実は彼より前に気づいた人はいた。

信頼に足る最初の大西洋の地図が使えるようになるとすぐに、1500年代には早くも人びとはそれ(南アメリカとアフリカの海岸線が驚くほど一致すること)についてコメントしていた。
  ――第18章 大地のジグソーパズル

 でも、みんな「そんなバカな」と思ったか、証拠が見つからなくて黙ってたんだろう。そりゃねえ。大陸が動くなんて、思わないよね普通。これがやがてプレートテクトニクスへと発展し、地震についても色々とわかってくる。が、残念なことに…

地震がまったく予測不可能(略)。二つとして同じ地震はなく、あるタイプの地震を警告する前兆現象は、前兆現象を伴わない別のタイプの地震に対しては役に立たないということを地震学者は学んだ。
  ――第23章 トランスフォーム断層

 火山の噴火はけっこう正確に予報できるらしい。でも地震は難しいのだ。残念。

 どうも私は「○○と文明」って書名に弱くて、てっきり歴史の本だと思って読んだんだが、その予想は全く違った。いや同じ歴史でも千万年とか億年とかの単位だし。まあ予想が外れたとはいえ、スケールが大きい方に外れたのは嬉しい誤算で、海の塩分濃度の謎が解けたのもよかった。分かったことだけでなく、恐竜絶滅の原因が相変わらず謎なのも、それはそれでワクワクする。そんなスケールのデカい地学の本だ。

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2022年4月27日 (水)

ラジオの歌

 パソコンを弄ってる時は、iTunes でラジオを聞いてる。たいていは音楽チャンネルで、「iTunes のラジオ局/プログレ,アニメ,サザンロック,局集」なんて記事も書いた。だもんで、ラジオにはちょっと思い入れがある。そんなワケで、ラジオをテーマにした歌を集めてみた。

CARPENTERS - Yesterday Once More

 まずはカレン・カーペンターの歌声が心地よいイエスタデイ・ワンス・モア。今は Youtube や iTunes Music などで聴きたい時に聴きたい曲を聴けるけど、ラジオじゃそうはいかない。だから、好きな曲がかかるのをジッと待ってたりして、かかればそりゃ嬉しかったもんだ。そういえばラジオの番組表を載せたFM雑誌とかもあったなあ。はい、お世話になりました。

Journey - Raised on Radio

 続いてジャーニーのレイズド・オン・レイディオ。ラジオは様々な曲がかかる。だもんで、自分が知らないミュージシャンや曲を知るには、けっこう役に立つメディアなのですね。特に趣味が固まってない若い頃だと、趣味を広げるキッカケにもなったり。

Steely Dan - FM

 最近は日本でも地域のFM局が増えてきたけど、アメリカは相当な乱立状態らしく、中には大学がFM局を運営してたり。それだけに細分化も進んでて、カントリー専門局や懐かしロック専門局とかもあったり。あと、ちっと前に停電を経験したんだけど、この時に頼りになったのが地元のFM局。なにせ地域べったりなので、御近所の情報がピンポイントでわかるのだ。

Queen - Radio Ga Ga

 実はこの記事を思いついたのが、テレビで映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観たから。わがままなフレディ、ヤンチャなロジャー、理知的な紳士のブライアン、そして影の薄いジョンと、「ファンが見たいクイーン」をそのまま再現した、理想的なファン・ムービーでした。

RCサクセション - トランジスタラジオ

 チャボの派手なコードで始まって、「おお、ノリのいいロックンロール!」と思わせて、その後は微妙にユーモラスで切ないメロディーが展開する、RCサクセションの代表曲。ちなみに私が通った高校は、屋上出入り禁止でした。アニメやドラマじゃよく屋上が舞台になるけど、実際は屋上に出入りできない学校が多いんじゃないかなあ。近所から苦情がきたりするんで。

The Buggles - Video Killed The Radio Star

 最後はやっぱりこの曲、バグルスの「ラジオスターの悲劇」。日本じゃほぼ一発屋みたいな扱いだけど、その後で 90125 YES に合流したのには驚いた。いやトーマトからだっけ? それまではラジオからスターが生まれてて、例えばビートルズもそうなんだけど、この頃からプロモーション・ビデオを作りMTVで流すのが当たり前になり、色々と変わり始めた頃ですね。

 古い曲ばっかりになっちゃったけど、それは私が古い人間だからです。どうも「若い頃の想い出」みたいな扱いの曲が多いのは、やっぱりラジオってのはそういう立場なんでしょうねえ。いや職業的な運転手はカーラジオを聴いたりするんだろうけど。

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2022年4月25日 (月)

エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳

“ここでわたしたちは神々になる”
  ――上巻p10

“わたしたちはここにいる”
  ――上巻p381

「おれたちはみんな積荷なんだ」
  ――下巻p125

ついに樹上で暮らす人びとに会える。
  ――下巻p146

「宇宙はなにも約束してくれない」
  ――下巻p205

“わたしたちはなぜここにいるのですか?”
  ――下巻p218

惑星が叫んでいる?
  ――下巻p247

【どんな本?】

 イギリスのSF/ファンタジイ作家エイドリアン・チャイコフスキーによる、長編SF小説。

 地球から20光年離れた惑星。その惑星を地球に似た気候に改造し、地球の生態系を移植する。生態系が安定したら、最後に猿を放つ。そこに人工的に創り出したウイルスを蒔く。ウイルスは猿の知性を高める。世代を重ねるに従い、ウイルスは更に猿の知性を高めてゆく。知性を得た猿は、やがて高度の文明を築くだろう。そこに人類が創造主すなわち神として降臨する。

 そういう計画だった。

 だが、事故で猿は壊滅してしまう。幸か不幸か、知性化ウイルスは幾つかの種に感染した。中でも最も高い知性を得たのが蠅取蜘蛛だ。厳しい生存競争にさらされながらも、蜘蛛は世代を重ねて肉体・知性そして文明社会を発達させてゆく。

 太陽系の人類社会は戦争で壊滅し、生き残った避難民が新天地を求めて蜘蛛の惑星にたどり着く。格好の惑星を見つけた避難民は移住を望むが、知性化計画の残骸が惑星の守護者として避難民の前に立ちはだかり…

 センス・オブ・ワンダーあふれる蜘蛛の生態と文化がSFファンの魂を揺さぶる、直球ド真ん中のファースト・コンタクトSF長編。

 2016年のアーサー・C・クラーク賞を受賞したほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021海外篇でも第二位に輝いた(中国産の怪物三部作がなければトップだったかも)。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Children of Time, by Adrian Tchaikovsky, 2015。日本語版は2021年7月23日初版第一刷発行。文庫の縦一段組み上下巻で本文約(370頁+351頁)=721頁、8.5ポイント41字×17行×(370頁+351頁)=約502,537字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。文庫の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。そこそこ科学的にも考えられているが、特に難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ただし、できればハエトリグモ(→Wikipedia)について多少は知っていた方がいい。部屋のなかによくいる、体長数ミリのピョンピョン跳ねるアレです。

【感想は?】

 「猿の惑星」のハズが「蜘蛛の惑星」になってしまった、そういう話。

 とにかく蜘蛛が可愛いのだ。なにせ蜘蛛である。ヒトとは身体の構造が全く違うし、生態も大きく異なっている。そんな蜘蛛が、どんな知性を獲得し、どんな社会を築くか。これが実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて、ニヤニヤしながら読んだ。

 ここまで身近な生物で異様な世界を創り上げた作品は、ベルナール・ウエルベルの「」以来だ。いずれも、彼らの特徴や生態を基にして、ヒトとは違う、だが知性を持った生物による理に適った社会を巧みに描いている。

 その蟻、実はこの作品でも大きな役を割り当てられるんだが、この役割、きっとベルナール・ウエルベルは納得しないだろうなあw いやある意味、「蟻」が描く蟻と似た性格付けをされてるんだけど。

 いずれにせよ、それが描く社会は、ヒトから見ればひどく異様なシロモノに見える。ばかりでなく、果たしてヒトが彼らを知性体と認めるかって問題もある。なにせ、この作品のヒトは、同じヒト同士で殺し合っているしね。こんな了見の狭いヒトと蜘蛛のファースト・コンタクトが、巧くいくとは思えない。

「おれはどうしても納得できなかったんだよ、エイリアンが送信したものをかならず認識できるという考えには」
  ――上巻p74

 ばかりか、ヒトは地球の環境すら自らの力でブチ壊す始末だ。読んでると、ヒトの方が遥かに野蛮で愚かに思えてくるのだ。

「あなたたちは猿だ、ただの猿だ」
  ――上巻p

人類は競争相手の存在が許せないのだ
  ――下巻p257

 これは作品内の歴史的な経緯だけでなく、壊滅した地球から避難してきた移民船「ギルガメシュ」の描写でも、やっぱりそう感じてしまう。相変わらずの勢力争いしてるし。

 この作品、蜘蛛パートと人類パートが交互に出てくる。私は蜘蛛に肩入れしちゃって、「もう人類は滅びてもいんじゃね?」な気分になってしまった。それぐらい、蜘蛛が可愛いのだ。

 そのヒトは、蜘蛛の惑星を自分たちのモノだと思い込んでる。移民船も長い航海で色々と限界だし。ところがどっこい、そこに知性化計画の残骸が立ちはだかるのだ、惑星の守護者として。いささかイカれた守護者だけど。

「なにかが何千年もおれたちを待っていたんだ」
  ――上巻p54

 そんな守護者に守られつつ育ってゆく蜘蛛たちの社会は、当然ながら蜘蛛ならではの生態が大事で。例えば蜘蛛だから、糸も出す。これ、文明が未発達な頃は獲物を仕留めたり移動したりと、野生の蜘蛛と同じ使い方なんだが、文明が進むにつれ、「おお!」と思えるような使い方を開発してゆくのだ。で、ソレを用いた比喩も出てくるあたりが、実に楽しい。

すべての糸は必ず別の糸につながっていて、その連鎖は簡単には止まらない。
  ――下巻p100

 また、蜘蛛たちが科学を発展させてゆく過程も、グレッグ・イーガンの「白熱光」に似た楽しみがある。もっとも、「白熱光」が力学や物理学なのに対し、蜘蛛たちは…

ヴァイオラは<理解>の秘められた言語を発見した
  ――上巻p362

 この<理解>は、なかなか羨ましい。

 とかの蜘蛛たちの世界ばかりでなく、著者の考え方が漏れてる所もあって、そこがまた気持ちいいんだよなあ。例えば…

それは世界に彼女らの理解がおよばないものがあると教えてくれる。
  ――上巻p171

いま自分に理解できないものがあるからといってそれが理解不可能なものだということにはならない。
  ――上巻p317

“自分がどれほど無知であるかということを真に知ることはできません”
  ――下巻p73

 とかね。あと、自然と科学や文明の関係にしても…

“わたしたちは自然に反することで利益を得てきたのです”
  ――下巻p76

 なんて、思わず「よくぞ言ってくれた!」と拍手しちゃったり。

 一つの世界を創造する過程を描いた作品って点では、ロジャー・ゼラズニイの「フロストとベータ」や「十二月の鍵」と似たテーマだ。それをじっくりと高い解像度で書き込んでいるあたりが、この作品の大きな魅力だろう。しかも蜘蛛ってあたりに、たまらないセンス・オブ・ワンダーが漂っている。

 異様なエイリアンとのファースト・コンタクト物が好きな人なら、きっと気に入る。

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【終わりに】

 最後に、一つだけ文句を。表紙だ。イラストは明るい緑色の地に黒い網目。これは緑の惑星に蜘蛛の糸を張った様子を表してるんだろう。けど、そこに白い文字はいただけない。格好の良し悪しじゃない。読みにくいんだ、文字が。特に私のような目の弱った年寄りには。

 肝心の中身は普通に白い地に黒い文字だから問題ないんだが、表紙がこれじゃ書店で選ぶ気になれない。もう少しロートルにも配慮してください竹書房さん。こんな面白い作品なのに、年寄りを仲間はずれにするなんて酷いじゃないか。

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2022年4月13日 (水)

ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳

 わたしたちはゲートを生み出し、ゲートは怪物を生み出した。
  ――p13

 啓示には半減期があるのだ。
  ――p63

 「やったのはたぶんわたしですが、その記憶がありません」
  ――p107

「銃と戦いたいなら、どうぞやってみて。わたしなら銃をこっちに向けてるくそ野郎と戦う」
  ――p150

「あなたたちの指導力と意外な着想は、ミッションにとって重要です」
  ――p210

【どんな本?】

 カナダ出身の海洋生物学者にして新鋭SF作家でもあるピーター・ワッツによる、Sunflower Cycle に属する中編「6600万年の革命」に、短編「Hitchhiker」を加えたもの。いずれも「巨星」収録の 「ホットショット」「巨星」「島」と同様、Sunflower Cycle シリーズに属する作品。

 国連ディアスポラ公社(UNDA)の宇宙船DCP<エリオフォラ>。直径100kmほどの小惑星の中心にブラックホールを据えて重力を生み出す。銀河の随所にワームホールを設置する任務だ。乗員は三万名ほど。加えてチンプと呼ばれるAIが船と計画を管理する。永劫の時を旅するため、乗員の大半は眠っており、チンプが対応できない時だけ数千年に一度、数名が目覚める。

 何度目かにサンディが目覚めた時、ゲートから怪物グレムリンが這い出した。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」の海外篇で21位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Freeze-Frame Revolution, by Peter Watts, 2018。日本語版はそれに短編 Hitchhiker を加え、2021年1月8日初版。文庫で縦一段組み本文約259頁に加え、渡邊利通の解説9頁。8.5ポイント40字×17行×259頁=約176,120字、400字詰め原稿用紙で約441枚。文庫としては普通の厚さ。

 相変わらずクセの強い文体で、かなり読みにくい。内容もユニーク極まりない設定に加え、登場人?物も設定の関係で考え方が独特のため、馴染むのが難しい。科学的にも物理学の先端の知見をふんだんに使っている。つまりはディープなSFファン向けの作品。

【感想は?】

 前編に重い閉塞感が漂う。

 物語の舞台そのものが、狭い宇宙船の船内だ。しかも、行ける場所が限られている。中心に近すぎると、ブラックホールの潮汐力で体が引き裂かれる。かといって外は何もない宇宙空間だし。

 いや、本当に何もないならマシで、ゲート(ワームホール)起動のあとは、得体のしれないグレムリンまで襲ってくる始末。先の「巨星」でも「遊星からの物体Xの回想」なんてのがあったし、好きなんだろうなあ、閉鎖環境でのホラーが。

 おまけに、登場人?物たちの思考も、枷がかけられている様子。船を管理するチンプまで、計画した者たちの思惑を超えないように、能力を制限している。これは単に思考能力だけでなく、どうも都合よく編集までされている様子。

 これは乗員たちも同じで、出発の前に脳の配線をいじられている。なんといっても、書名にあるように数千万年に及ぶ計画だ。途中で気が変わったら、困るもんねえ。

 いや送り出す方は困るかもしれんが、送り出される方もたまらん。旅路の大半は寝ているとはいえ、数千万年である。そもそも送り出した人類は、まだ生き残っているのか? だって今までゲートから人類が出てきたことはない、どころかグレムリンなんてケッタイなヤツが這い出して来るし。

 そんなワケで、時間的には悠久の時なんだが、空間的にも思考能力でも、重い枷をはめられている感覚がのしかかるのだ。しかも、それを自覚するだけの知性があるのが、更に救いのない気持ちになる。皆さん、こういう計画に駆り出されるだけあって、相応の知性を備えている。となれば、こんな状況に素直に納得するはずもなく、反乱を企てる。当面の相手はチンプかと思いきや…

脳がそのように配線されているからといって、その者を責めることはできない。
  ――p114

 この辺は「暴力の解剖学」を思い出して、頭を抱えたくなったり。いや現在のところ、脳の配線は半ば天然なんだけど、この作品じゃ人為的に配線し直されてるからなあ。

 反乱はいいけど、そもそも乗員の大半は寝ているわけで、メンバーを募るのも難しい。アジトを作ろうにも、船内はチンプが監視してる。これをどう出し抜くのか。なかなかに凝ったテクニックが駆使されます。飛び飛びの時を過ごすわけで…

「誰かが余分に時間を使わないとね」
  ――p133

 なんて台詞が、舞台設定の特異性を際立たせるのだ。

 そうこう工夫する人間たちを「肉袋」なんて表現するあたりも、この著者らしいクールさが漂う。こういう所も、好みが別れそう。

 やはり好みが別れるのが、ガジェットの描写。小惑星に重力を生み出すと同時に、駆動力の源泉となっている(らしい)ブラックホールを「特異点」とし、推進力を生みだす(要はエンジン)メカをヒッグス・コンジットとしたり。いや私もヒッグス・コンジットが何なのか、よくわかんないんだけど。多分、前方に向かって落下し続ける感じで進むんだと思う。

 と、そんな風に、乏しい知識と推論で補わなきゃいけない部分が沢山あるんだな、この作品。遠い未来を表すのに青色矮星(→Wikipedia)の一言で済ませたり。そこがSFとして美味しい所でもあり、シンドイ所でもあり。

 独特の舞台設定で繰り広げられる、閉鎖状況での緊張感漂う、だが永劫の時をかけた人間たちの反乱の物語。思いっきり濃いSFが読みたい人向けの作品だ。

【ヒッチハイカー】

「明らかに溶接されてるな。何かを中に閉じ込めたか、外に締め出したんだ」

 <エリオフォラ>の進路上に、妙な小惑星が現れる。<エリオフォラ>と同じUNDAの工場船<アラネウス>のようだ。だいぶ前に大きな損害を受け、遺棄されたように見える。チンプが幾つかボットを送り出したが、通信が途絶えた。強力な電圧スパイクや放射線のホットスポットがあると思われる。そこでヴィクトル・ハインヴァルトとシエラ・ソルウェイとアリ・ヴルーマンが起こされた。

 「6600万年の革命」の後日譚となる短編。

 数千年前に地球を旅立ったきり、人類との交信は途絶えゴールも見えぬまま航行を続けてきた<エリオフォラ>の前に現れた、懐かしき人類の宇宙船。となれば希望のしるしのハズが、凶兆にしか思えないのがピーター・ワッツの芸風w まあ壊れてる上に大気もなさそうだし。

 そもそも広い宇宙で、同類に出会う確率は絶望的に低いワケで、ワナの匂いがプンプンするってのに、何の因果か偵察を仰せつかるとは、なんとも不幸なヴィクトル君たちだが。

 遠未来なのに意外な動力のカートには、ちと笑った。低重力下で手軽な移動手段としてはアリかも。

 相変わらずどころか、更に狭い舞台のため、閉塞感は「6600万年の革命」より強烈だ。しかも船内の探索が進むにつれ、不吉な予兆はどんどん増してゆく。

 ホラー映画にしたらウケそうなんだけど、設定が特殊な上に面倒くさすぎるから、やっぱり難しいか。いや設定が見えないとオチもわかんないし。

【おわりに】

 この作品で、やっとこの著者の芸風がわかった。根はホラー作家なんだ、この著者。ただし味付けは本格派のサイエンス・フィクションなので、そっちが本性だと思い込んじゃう。私が知る限り、最も近いのは映画「エイリアン3」かも。

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