2017年12月14日 (木)

ハーレー,デネット,アダムズJr.「ヒトはなぜ笑うのか ユーモアが存在する理由」勁草書房 片岡宏仁訳

本書が示そうと試みるのは、ぼくらのご先祖たちが無制限の思考を備えるようになったとき生じた計算論的な問題からユーモアは進化してきたということだ。
  ――序文

ぼくらは、この世界に意味をなしてもらいたがる。
  ――第六章 情動と計算

無脊椎動物の単純きわまりない神経系から、ぼくらの立派な器官まで、あらゆる脳は予測生成機だ。
  ――第七章 ユーモアをこなせる心

【どんな本?】

 人間は笑う。そして、わざと笑いを創り出す。ジョーク、コント、漫才。ギャグ漫画、コメディ映画。身内の馬鹿話、駄洒落。どれも楽しい。それは誰でも知っている。

 だが。なぜユーモアは楽しいんだろう? どんな時に笑いが起きるんだろう? ジョークやギャグで笑う時、私たちの心の中では、何が起きているんだろう? 全てのジョークやギャグに共通する性質はあるんだろうか? そして、コンピュータはユーモアを獲得できるんだろうか?

 昔から、ヒトは笑いに関し、色々と考え分析してきた。どんな性質を持っているか。どんなメカニズムで笑いが起きるのか。どんな条件を満たす必要があるのか。様々な人が様々な説を掲げた。しかし、今のところ、全てのユーモアやギャグを説明しうる説は見つかっていない。

 本書では、それらの笑いに関する過去の説を紹介した上で、斬新かつ大胆な仮説を示す。

 ユーモアを心地よく感じる性質は、ヒトにとって必要不可欠な機能である。その目的は、ヒトの脳が持つ優れた処理能力を維持する事だ、と。

 ばかりでなく、笑い研究がもたらした成果も、多く紹介する。その代表は、サンプルとして大量に収録したジョークだ。

 認知科学的な方法論で笑いを分析する真面目な本でありながら、同時にお笑い道の基礎を学べる、楽しい思想書。

 なお、著者は以下の三人。認知科学者・哲学者・心理学者の異色トリオだ。

  • マシュー・ハーレー:計算機科学・認知科学者
  • ダニエル・C・デネット:哲学者
  • レジナルド・B・アダムズJr.:心理学者

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Inside Jokes : Using Humor to Reverse-Engineer the Mind, by Mathew M. Hureley & Daniel C. Dennet & Reginald B. Adams Jr. , 2011。日本語版は2015年2月20日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約480頁に加え、訳者あとがき11頁。9ポイント47字×19行×480頁=約428,640字、400字詰め原稿用紙で約1,072枚。文庫本なら上下巻ぐらいの大容量。

 文章はやや硬い。内容も、真面目な部分は相当に難しい。ある程度、AI の基礎を知っている方がいい。それも、今流行りのディープラーニングではなく、それ以前のマーヴィン・ミンスキーなどが主導していた頃の諸理論だ。

 もっとも、そういった小難しい所はバッサリ読み飛ばし、わかる所とジョークだけを拾い読みしても、充分に楽しめる。

【構成は?】

 原則として前の章を基礎として次の章を組み立てる形なので、なるべく頭から読もう。

  • 日本語版のための序文/序文/凡例
  • 第一章 導入
  • 第二章 ユーモアはなんのためにある?
  • 第三章 ユーモアの現象学
    • 1 対象または出来事の属性としてのユーモア
    • 2 デュシャンヌの笑い
    • 3 ユーモアの体系的な言い表しがたさ
    • 4 「ワハハ 可笑しい」と「フム 可笑しい」
    • 5 ユーモアの知識相対性
    • 6 男女の事情
  • 第四章 ユーモア理論の学説略史
    • 1 生物学的理論
    • 2 遊戯理論
    • 3 優位理論
    • 4 解放理論
    • 5 不一致と不一致解決理論
    • 6 驚き理論
    • 7 ベルクソンの機械的ユーモア理論
  • 第五章 認知的・進化論的ユーモア理論のための20の問い
  • 第六章 情動と計算
    • 1 笑いのツボを探す
    • 2 論理か情動のどちらかがぼくらの脳を組織しているんだろうか?
    • 3 情動
    • 4 情動の合理性
    • 5 情動の非合理性
    • 6 情動的アルゴリズム
    • 7 若干の含意
  • 第七章 ユーモアをこなせる心
    • 1 すばやい思考 頓智の費用・便益
    • 2 メンタルスペース構築
    • 3 活発な信念
    • 4 認知的な警戒とコミットメント
    • 5 衝突、そして解決
  • 第八章 ユーモアとおかしみ
    • 1 メンタルスペースの汚染
    • 2 認知的情動のなかのおかしみ ミクロダイナミックス
    • 3 報酬と首尾よくいった汚れ仕事
    • 4 「笑いどころをつかむ」 基本ユーモアをスローモーションでみる
    • 5 干渉する情動
  • 第九章 高階ユーモア
    • 1 志向的構え
    • 2 一人称と三人称のちがい
    • 3 擬人化と人間中心主義
    • 4 志向的構えジョーク
  • 第一〇章 反論を考える
    • 1 反証可能性
    • 2 認識的な決定不可能性
    • 3 見かけ上の反例
    • 4 他モデルを簡潔に検討
    • 5 グレアム・リッチーの五つの問い
  • 第一一章 周辺例 非ジョーク、ダメなジョーク、近似的ユーモア
    • 1 知識相対性
    • 2 強度の尺度
    • 3 境界例
    • 4 機知と関連現象
    • 5 予想の操作に関するヒューロンの説
  • 第一二章 それにしてもなんで笑うんだろう?
    • 1 コミュニケーションとしての笑い
    • 2 ユーモアと笑いの共起
    • 3 コメディという芸術
    • 4 文学における喜劇(と悲劇)
    • 5 人を癒すユーモア
  • 第一三章 おあとがよろしいようで
    • 1 「20の問い」への回答
    • 2 ユーモアのセンスをもったロボットはつくれるだろうか?
  • 終章
  • 注/訳者あとがき/参考文献/事項索引/人名索引

 なお、巻末の「注」は、*の原注と★の訳注があるので注意。

【感想は?】

 なぜか脳内で「笑点のテーマ」が鳴り響いて困った。

 と書くとおかしな本のようだし、実際にたくさんのジョークを載せていて、笑える所も多い。が、基本的には「笑う時に私たちの脳内で何が起きているか」を、ごく真面目に分析した本だ。

 真面目に考えると、笑いは難しい。一言で笑いと言っても、いろいろな種類があるし、この本でもダジャレ(地口)・変顔・戯画(デフォルメ)からお付き合いでの笑い、メシウマ、足の裏をコチョコチョくすぐるのまで、考えられる限りの「笑い」を挙げている。

 こういった多くの種類の「笑い」を全て説明できる仮説を、著者たちは目指しているし、それは成功しているように私は思う。

 なんといっても、これで「笑点のテーマ」のおかしみも説明できちゃうのが凄い。

 これは終盤に入ってからなんだが、笑いのツボと、心地よい音楽のツボには、ちょっとした共通点があるのだ。童謡は単純な曲が多く、大人はもちっと複雑な音楽を好む。笑いもそうで、成長するにつれ、より複雑な笑いが発達してくる。

 とまれ、それが「おかしみ」になるか、「斬新さ」になるかは、かなり微妙な線なんだけど。

 このあたりは、認知心理学にかなり踏み込んでて、かなり慎重に読み進める必要があるんだが、それだけの価値はある。是非とも、落ち着いて、何度も繰り返して読もう。ややこしい理屈は出てくるが、じっくり読めば、だいたい理解できる。

 といった分析に留まらず、更に大胆な一歩を踏み出しているのもエキサイティング。「笑う能力は、ヒトにとって、何の役に立つんだろう?」と。進化の過程で発達するのは、生存競争に役立つ機能だ。では、笑いは、人類百万年の野生の生存競争で、どう役に立つのか。

 加えて、同じジョークでも、笑う人と怒る人がいる。シャルリ・エブド襲撃事件(→Wikipedia)がその典型だ。ブラック・ジョークやシモネタなど、ネタと人の相性によって「不謹慎だ」と感じたり、逆におかしさが増したり。このメカニズムの説明も、なかなか巧いと思う。

 などと主張する説は大胆ながら、その姿勢は実証的かつ科学的なのに、好感を持ってしまう。なんたって、末尾の文章がこれだ。

このモデルで可笑しいと予測されるのに明らかに可笑しくないものや、ちゃんと可笑しいのにモデルでつかめないものを見つけ出してほしい。ぼくらは、理論がこの挑戦に耐えられるかどうかをみたいと切望している。

 反例を探してみてくれ、と言ってるわけだ。こういう姿勢が、従来の哲学者や心理学者と大きく違ってて、誠実さを感じる。

 とまれ、注が後ろにあって、しかも原注と訳注が分かれているのは、ちと辛い。

 というのも、かなり面白いネタが注に入っているから。例えば、やたらダジャレを飛ばす人がいるでしょ。その大半はしょうもないオヤジギャグばかりの疲れる人なんだけど、たまにキレのあるギャグをかます人がいる。その違いは何なのか。いや、これの解もしょうもないオチなんだけがw

 そんな風に、とっても真面目で、かつ小難しい理屈が詰まった本ながら、アチコチにオツムの凝りをほぐす楽しいネタを仕込み、読者を飽きさせない工夫をしてるのも嬉しい。

 ちゃんと読むと、お笑い芸人が変な格好をしたり、舞台で小道具を使ったり、それぞれにキャラを作ったりする理由も見えてきたり。だけでなく、ジョークを巧く語るコツや、ナンパの際のギャグの効用など、下世話な意味での使い道も、注意深く読めば気がつくだろう。

 特に嬉しいのが、多くのジョークを収録していること。私が気に入ったのは、これ。

新聞広告:「読み書きができない? お助けできます。今すぐお申し込みを」

 ところであなた、テレビを観ていて、リモコンの早送りボタンを押したことはあります?

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月12日 (火)

アイラ・レヴィン「ローズマリーの赤ちゃん」ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳

「ブラムフォードはドアの一つにR=G・ウッドハウスと書かれるとき、禍いの家から幸福の家に変わるでしょう」
  ――p32

彼は役者だ。役者がいつ演技でなく真実なのか、誰に分かるだろうか?
  ――p120

「スーツケースが一つで足りない人はね」「ありゃあ観光客で、旅行家じゃあない」
  たーしp238

【どんな本?】

 ミステリやサスペンスで人気のアメリカの作家アイラ・レヴィンによる、ベストセラー小説。発表後すぐに映画化され、これもまた大ヒットとなった。

 ローズマリーはネブラスカ州オマハ出身の24歳。カトリックの一家で六人兄弟の末っ子。兄や姉はみな若いうちに結婚し、両親の近くに住んでいる。ローズマリーは単身ニューヨークに出てきて、売り出し中の役者で9歳上のガイ・ウッドハウスと結婚した。両親はガイがカトリックでないのを快く思っていない。

 子供は欲しいと思っているが、ガイがその気にならない。新居を探している時、古風な古いブラムフォードの黒いアパートが見つる。親友の作家ハッチはブラムフォードの不吉ないわれを語るが、ぞっこん惚れこんだローズマリーの決心は固い。

 隣のローマン&ミニー・キャスタベットは年配の夫婦だ。ミニーはいささか変わった嗜好の持ち主だが、明るく親し気に接してくれる。老夫妻は、若い娘のテリー・ジオノフリオを養っている。ローズマリーはテリーとも親しくなったが…

 ヒタヒタと恐怖が忍び寄る、都会派ホラーの古典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Rosemaryy's Baby, by Ira Levin, 1967。日本語版は1972年1月31日発行。私が読んだのは1994年7月31日の19刷。着実に版を重ねてるロングセラーですね。文庫本で縦一段組み、本文約308頁に加え訳者あとがき4頁。8ポイント43字×18行×308頁=約238,392字、400字詰め原稿用紙で約596枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 さすがに半世紀も前の作品なので、出てくる言葉は時代を感じさせるものの、文章そのものは意外と読みやすい。ここで感じる「古さ」ってのも変なモンで、ぐっと遡って18世紀あたりを舞台にすると、古さどころか逆に異境的な新鮮さを感じるから、奇妙な話だ。

 内容もわかりやすいが、多少ニュアンスを読み取るべき所がある。

 まず、ローズマリーがネブラスカのカトリック一家出身で六人兄弟という点。ニューヨークから見ればネブラスカは田舎だ。カトリックの六人兄弟って所から、家族は信心深い事がうかがえる。田舎の信心深い子だくさん家庭の出身、という所を押さえておこう。

 ガイは33歳で売り出し中の役者。それなりに仕事は入ってきちゃいるし、評判も上がりつつあるが、ボチボチ一発当てないと、年齢的にヤバい。朗らかに振る舞っちゃいるが、内心はかなり焦っているはず。ローズマリーより九歳も上で、しかも演技のプロである役者なのも、巧みな設定だ。

 加えて、ローマ教皇や「神は死んだ」など、キリスト教関係の要素。これはすぐ気が付くだろう。

【感想は?】

 とっても底意地の悪い、妊娠小説。

 正直、今の感覚だと、本題に入るまでが長い。じっくりと描かれたニューヨークでの新居での暮らしは、狭い日本家屋に住む身としちゃ、かなり羨ましかったり。いいねえ、新婚二人で四部屋なんて。

 アパートのエレベーターにボーイがいるのも、当時のニューヨークならでは。昔はデパートにエレベーター・ガールがいたんだけど、今は手動開閉式なんて滅多にないし。

 とかも、古い映画が好きな人は、良く知っているだろう。夫のガイが役者で、親友のハッチが作家なためか、レトロなエンタテイメントのネタがアチコチに仕込んである。

 冒頭の引用はジーヴス・シリーズで有名なイギリスのユーモア作家P・G・ウッドハウス(→Wikipedia)だし、「ロンドン子の花売り娘を、公爵夫人に」はピグマリオン(→Wikipedia)だろう。いや私は映画マイ・フェア・レディ(→Wikipedia)しか知らないけど。

 と、そんな出だしの明るさは、ローズマリーの妊娠で大きく変わる。

 待ちに待った赤ちゃんとはいえ、はじめての妊娠で不安がいっぱい。頼りになる家族は近くにいないし、そもそも折り合いが悪い。親身になってくれるハッチは男なので、なにかと相談しづらい。

 日頃の暮らしも、気持ちの持ち方がガラリと変わる。ちょっとした家事や街を歩くのも、おなかの赤ちゃんの安全のため、色々と気を遣う。慣れない変わった食べ物も、体にいいからと聞いては色々と試す。そんな食べ物の好みも変わったり戻ったり。当然、体の具合も今までとは違い…

 住みかが変わり、日頃から付き合う人も変わった。新居のご近所は親切にしてくれるものの、付き合いが浅い上に歳も離れており、なによりどこか正体が捉えどころがなく、得体のしれない習慣も多い。

 と、はじめての妊娠で不安いっぱいなローズマリーの気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

 夫のガイの挙動も、役者なんて不安定な仕事のせいのようにも思えるし、何か裏があるような気もしてくる。隣のキャスタベット夫妻、特にミニーはやたらと押しつけがましいのかもしれないし、単に親切な世話焼き婆さんなのかもしれない。

 中でも私が最もゾクッときたのは、体調がコロリと変わった時のローズマリーが、最初に何を考えたか。これはもう、「うおおっ!やられた!」と完全に脱帽。

 ほのめかされる予兆、ローズマリーの周囲で起きる様々な出来事、そしてハッチの不吉な予言。誰が信じられて誰が信じられないのか。初めての妊娠で安定になっているローズマリーの思い過ごしなのか、ローズマリーの知らない所で何かが進んでいるのか。

 国際色豊かなニューヨーク、不規則な役者の暮らし、そして若い妊婦の不安な気持ちをブレンドし、アアチコチに巧みな伏線をはりつつ、驚愕の終盤へとなだれ込む、現代ホラーの古典。いやホント、改めて読み直すと、伏線が実に見事なんだ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月11日 (月)

バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 3

支配者の不名誉は、世界史のなかではさほど大きな事件にはならないが、政府の不名誉は傷を残す。  ――五章 ヴェトナム戦争 6 離脱(1969-1973)

 バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2 から続く。

 この本、なかなか気の利いた文章や台詞が多いんで、テーマごとにまとめてみた。

【権力】

権力を取得する過程は、権力を求める人間を堕落させ、残酷にする様々な手段を使う。その結果、彼は目がさめて、権力を手にしているのは、徳――あるいは道徳的目的――を失うという代価を払ったためだと知るのである。
  ――三章 法王庁の堕落 4 戦士 ユリウス二世(1503-1513)

 ルネサンス期の法王を描いた三章から。いずれの法王も買収や脅しなど、汚い手口で法王に上り詰めた。仮に最初は高邁な目的を持っていたとしても、権力を握る中で汚い手に染まり切ってしまう。いざ権力を使う段になっても、もう元には戻れない。

 これは別に法王に限らず、政府でも企業でも、ほぼ全ての組織に言える事だろう。じゃどうすりゃいいのかと言われると、うーん。私は情報公開が予防策として効果があると思うんだけど、どうでしょうね。とまれ、統治ってのはなかなか厳しいもので…

「あなた方は権力を揮うことはできるかもしれないが、抵抗する人々を治めることは決してできないものです」
  ――四章 大英帝国の虚栄 3 満帆の愚行(1766-1772)

 と、治められる側も大人しく黙っているわけじゃ…

【政治】

愚かで腐敗した体制は、ふつう全国規模の動乱か解体なくしては改革できないものである。
  ――三章 法王庁の堕落

 と思ったけど、いったん確立しちゃった権力ってのは、なかなか倒れないもんなんです。北朝鮮の金王朝もなかなか倒れそうにないし。

彼らの顕著な三つの態度――教区民のいや増す不満を忘れ、私益の増加を第一に考え、不可侵の地位にあるという幻想を抱いたこと――は、愚行のいやし難い特質である。
  ――三章 法王庁の堕落 6 ローマの略奪 クレメンス七世(1523-1534)

 これまた権力者にありがちな態度。つまりナメきってたんだな。

政府が金で買った支持の上にあぐらをかいているとき、真の政治的自由は死文になっている
  ――四章 大英帝国の虚栄 2 「行使できないとわかっている権利を主張して」(1765)

 これは腐敗選挙区を示したもの。

ひとたび政策が決定され、実施されると、あとに続くすべての行為はそれを正当化する努力と化す
  ――五章 ヴェトナム戦争 1 胚子(1945-1946)

 これもよくあるパターン。特に政策の規模が大きいほど、政権は頑固になりがち。政権交代があり得る民主主義の優れた点が、これだろう。新政権は前政権の政策をチャラにしても、メンツは潰れないし。

依存関係においてはつねに、倒れるぞ倒れるぞと脅すことによって、被保護者のほうが保護者を支配することができる。
  ――五章 ヴェトナム戦争 3 保護政権を作る(1954-1960)

 この本では南ヴェトナムと合衆国政府の関係だけど、「アメリカの卑劣な戦争」によれば、21世紀でもイエメンで似たような泥沼にハマっていたとか。懲りないなあ。でもこの関係、別に外交に限らず、個人と個人の関係でもありがちだったり。

「外交政策の決定は、一般に国内政策の場合より不合理な動機に左右される事が多い」
  ――五章 ヴェトナム戦争 5 大統領の戦争(1964-1968)

 ヴェトナムじゃ評判の悪いリンドン・ジョンソンだけど、公民権や社会保障などの内政じゃ、優れた手腕を発揮してる。思うに国民の多くは自分に関りが深い内政に強い関心があり、外交には関心が薄いんで、選挙への影響が少なく、だから政治家も外交は軽く見ちゃうのかも。

愚行は、たえざる過剰反応からはじまる。すなわち、危機に瀕した「国家の安全保障」の創作。「極めて重要な利益」の創作。「約束」の創作。
  ――五章 ヴェトナム戦争 6 離脱(1969-1973)

 先にも書いたけど、私が情報公開を重視する理由がコレで。ウソがすぐバレる体制なら、この手の創作は難しいだろう、と。その代わり、国民の方も、政治家が「すまん、間違ってた」と態度を改めた時に、強く責めず「しゃーない」と許す懐の深さが必要なんだけど、はてさて。

【軍事】

 ニワカとは言え軍ヲタだけに、軍事関係にはついつい目が張り付いてしまう。

「ひとたび戦争に突入したら、安上がりな戦争の仕方というものはない」
  ――五章 ヴェトナム戦争 2 自己催眠(1946-1954)

 この手の誤算はキリがなくて。アフガニスタンもイラクも、最初は楽勝って雰囲気だったのに、結局は泥沼にはまり込んだ。太平洋戦争も、最初は1~2年でケリがつくはずが、結局は総力戦の末に満州も太平洋諸島も失う羽目に。第一次世界大戦も…。

 「クリスマスには帰れる」は、嘘と相場が決まってるんです。

「戦争が限定戦争かどうかは、相手側による」
  ――五章 ヴェトナム戦争 5 大統領の戦争(1964-1968)

 この本ではヴェトナム戦争の話だけど、太平洋戦争もモロにそういう発想だった。敵が自分と同じように考えるなんて思っちゃいけません。

【思い込み】

 と書いていくと、まるで権力者だけを責めているように思えるけど、実は自分にも当てはまる言葉がけっこうあるよね、と気づいたのは、半分ぐらい読み終えてから。というのも。

 馬鹿なことをした経験は、誰だってある。それが一過性の事ならいいが、いったん吐いちゃった言葉に捕われ、意地になってしがみつくなんてのも、私は何回かある。そういう黒歴史を、容赦なくえぐるから、この本は厳しい。

感情に走る癖は、つねに愚行を生み出す源となる。
  ――四章 大英帝国の虚栄 4 「レハベアムを思い出せ!」(1772-1775)

 はいはい。嫌いな奴に同意するのが嫌で無理して反対に回ったりね。で、いったん旗色を明らかにすると…

しみついてしまった考え方にしがみついて反対の証拠を無視するのは、愚行の特徴となる自己欺瞞のもとである。
  ――四章 大英帝国の虚栄 5 「…病気だ、精神の錯乱だ」(1775-1783)

「事実で私を混乱させないで」
  ――五章 ヴェトナム戦争 4 「失敗と縁組みして」(1960-1963)

 と、明らかな証拠が出てきても、なかなか認めなかったり。どころか…

強い信念に対して客観的根拠が反対を唱えた場合(略)その結果は「認識の硬直化」である。
  ――五章 ヴェトナム戦争 5 大統領の戦争(1964-1968)

 「認識の硬直化」というと難しそうだが、つまりは余計に片意地を張るようになるわけ。陰謀論やエセ科学にハマってる人に事実を突きつけても、より頑なになるだけで効果がないのも、そういう事なんだろう。

愚行の実行者も時折、自分たちはばかなまねをしていると自覚しているのだが、決まった型を打ち破ることができないのである。
  ――四章 大英帝国の虚栄 5 「…病気だ、精神の錯乱だ」(1775-1783)

 と、自覚がある場合でも、なかなか態度を変えるのは難しい。政治家なら支持率が下がれば態度を変える事もあるが、個人が悪癖から抜け出すのはなかなか。こういう傾向は「まちがっている」や「確信する脳」でも扱ってて、ヒトが意見を変えるのは、とにかく難しいのだ。

【おわりに】

 などと、最初は「うんうん、偉い人の話だよね、私にゃ関係ねえや」と思ってたら、強烈なカウンターを食らってしまった。読みごたえはあるが、それだけの価値もある本だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月10日 (日)

バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2

政治問題に関する警告は、受け手がそれとは別のことを信じたいと思っている場合には、徒労に終わる。
  ――四章 大英帝国の虚栄 4 「レハベアムを思い出せ!」(1772-1775)

 バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 1 から続く。

【二章 愚行の原型】

 かの有名なトロイアの木馬(→Wikipedia)がテーマ。なにせパリスの審判(→Wikipedia)に始まる半ば神話であり、ちと歴史とは言い難い。

 「これは孔明オデュッセウスの罠だ」と諫めたが蛇に絞め殺されるラオコーン(→Wikipedia)、予知能力はあるが信じてもらえない呪いを受けたカッサンドラ(→Wikipedia)など、テーマと関係ありそうなネタもある。

 が、それ以上に、「イリアス」(→Wikipedia)「オデュッセイア」(→Wikipedia)「アエネイス」(→Wikipedia)の紹介といった感が強い。

 にしても、カッサンドラの特殊能力、ライトノベルのネタに使ったら面白そう。でも、まずもって明るい話にはなりそうにないのがツラい。

【三章 法王庁の堕落】

「神が私に法王職を与えたもうた――だから、それを享受するとしよう」
  ――5 プロテスタントの勃興 レオ十世(1513-1521)

 この章ではルネサンス期の法王6人に、腐敗しきった行いを描く。この章もある意味じゃ浮いていて、確かに6人と集団ではあるが、それぞれの法王は個人で決定を下している。

 先の引用が示すように、暗殺するわ美食に凝るわ人事は身びいきだわ愛人は持つわ戦争は指揮するわと、皆さんやりたい放題だ。そりゃルターもキレるよ。この印象は今でも尾を引いてるし。

【四章 大英帝国の虚栄】

 この本の本番と言えるのは、第四章以降。ここの主人公は18世紀の大英帝国。植民地アメリカから無謀な税をむしり取ろうとして反発を食らい、独立戦争へと追いやってしまう。

 期待できる税収より、それを集める費用のほうが高くつく、つまり赤字の税制に、なぜ大英帝国は拘ったのか。理由は幾つかある。優越意識、植民地への侮り、アメリカへの無知…。が、結局は、振り上げたこぶしをおろせないメンツの問題みたいだ。

 などの本論より、当時の英国の政治制度が意外。なんと、「統治の専門職というものは存在しなかった」。大英帝国を仕切る貴族の皆さんは、娯楽や社交が本業で、政治は片手間だったのだ。よくそれで国が保ったなあ。

 ちと、どころか、やたら腹が立つのが、次のくだり。

新しい挑発は、1766年の年間軍隊宿営法となって現れた。(略)
このなかには、植民地議会が(植民地に駐屯する)正規軍の宿舎と、蝋燭、燃料、酢、ビール、塩などの軍隊用生活必需品を供給する、という一箇条が入っていた。
この規定が(略)憤怒を買うだろうということは、(略)議会にはすぐにわかったはずだ。
  ――四章 大英帝国の虚栄 3 満帆の愚行(1766-1772)

 英国はアメリカに軍を送る。その軍の費用はアメリカが払え、とする法だ。これにアメリカは猛反発する。なんで俺たちを押さえつける奴らを俺たちが養わにゃならん? 当たり前だね…

 と思ったら、似たような真似されて大人しく従ってる国があるんだよなあ(→日本経済新聞)。これじゃ同盟国どころか植民地未満だぞ。

【五章 ヴェトナム戦争】

連続五人の大統領の任期を通じてアメリカはヴェトナムで大変な苦闘を続けたが、この問題に関して、無知は弁解としては使われたものの、真の要因ではなかった。
  ――1 胚子(1945-1946)

 と、これまた意外な見解で始まるヴェトナム戦争編。「ベスト&ブライテスト」とは少し違い、ホワイトハウスは実情を知り得た、と言う。

 確かに1950年代は、再度インドシナの植民地を取り戻そうとするフランスに引きずられた感はある。が、その前、太平洋戦争中は、アメリカがベトナムの対日抵抗組織に武器や医薬品を与えていて、これが「マラリアと赤痢に苦しむホー・チ・ミンの命を救った」。北と手を組む余地はあったのだ。

 にも関わらず戦いを引き継いだ原因は、共産主義への恐れだとしている。悪名高いドミノ理論(→Wikipedia)だ。が、同じ東側でも、モスクワと一線を画そうとしたユーゴスラヴィアのチトーとは巧く付き合えた。変な話である。

 この本では、中国の共産主義に加え黄禍(→Wikipedia)の悪い印象が重なった、としている。アメリカでも、黄禍論はあるんだね。加えて、ジョン・フォスター・ダレス(→Wikipedia)が熱心に反共産主義を売り込み、これが功を奏した、とも。

 この戦争で失われた人命は置いて、カネも相当なものだ。「合計千五百億ドル」としている。ちなみに Google で調べると、1985年当時のヴェトナムのGDPは約140億ドル。どう考えても、そのカネで北を買収した方が安上がりで利益も大きかったよなあ。

買収と言うと印象が悪いけど、経済援助と言い換えればいい。当時のヴェトナムが必要とするモノは幾らでもあった。太平洋戦争で耕地も交通網もズタズタ、工業は未発達で、農民は借金と暴利に苦しんでいる。金利の安い金融機関を作るだけでも、だいぶ農民の助けになったはず。

 などの美味しいエサを見せて、西側への寝返りを求めても良かっただろうに。まあ、後知恵ですが。

 「ベスト&ブライテスト」だと、悪いニュースに対してケネディ政権は「アーアー聞こえない」な態度だったとあるが、意外とそうでもない。国防長官のマクナラマを始め、公的使節団は「何度もサイゴンを往復させられた」。それなりに気にしていたし、情報も欲しがっていたのだ。

 ある意味、彼らのお思惑は、太平洋戦争末期の大日本帝国に似ている。やられっぱなしで手打ちを持ち出せばナメられて不利だ。そこで一発カマし相手の足元がグラついた所で話を持ち掛けようって腹だが、「妥協のために戦争を終わらせるのは、この上なく困難」なのだ。

 ケネディ,ジョンソン,ニクソンと続いた面々は、決して愚かではなかったし、現実から目を背けるヘタレでもなかったと、私は感じた。というのも、いずれも有権者の支持率には素直に耳を傾け、適切な対応を取っている。酷い話に思えるが、アメリカの世論もヴェトナムを軽く見ていたようだ。

 それでも反対運動はあったんだけど、デモが過激で暴力的だったり、愛国心を失っていると感じさせたりで、労働者たちに嫌われ憎まれてしまう。政治運動ってのは、普通の人を敵に回しちゃいけないんですね。逆に気に食わない政治運動する者にレッテルを貼って貶める手口もよくあるけど。

【おわりに】

 すんません、次の記事で終わります、たぶん。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 8日 (金)

バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 1

愚行は権力の落とし子だ
  ――一章 愚の行進 国益に反する政策の追及

【どんな本?】

 国を治める者が、国の害にしかならない決定を下した例は、歴史上いくらでもある。それらは、たいてい次の四つの要因を含んでいる。

  1. 暴政または圧政
  2. 過度の野心
  3. 無能または堕落
  4. 愚行または頑迷

 いずれも困ったことだが、ここでは「4.愚行または頑迷」に絞ろう。加えて、現代の民主主義社会の教訓とするため、次の三つの制約を加えよう。

  1. 「今思えば愚かだった」ではなく、当時の基準でも愚かだとわかるもの
  2. 他にも取りうる可能な選択肢があったこと
  3. 独裁者など個人の決定ではなく、集団によるもの

 これらの基準により、著者は四つの例を選んだ。

  1. ギリシア軍の木馬を城壁内に引き入れたトロイア
  2. プロテスタントの分離を招いたルネサンス時代のローマ法王たち
  3. アメリカ合衆国を独立戦争に追いやった18世紀の英国政府
  4. ヴェトナム戦争にはまり込んだ20世紀のアメリカ合衆国政府

 なぜ権力者たちは愚かな決定を下すのか。そして、愚かだと分かっていながら、なぜその決定にしがみつくのか。「三人いれば文殊の知恵」と言うが、議会や内閣などの集団が愚かな判断を下すこともある。そこにはどんな力が働いているのか。そして、私たちは、歴史からどんな教訓を学べるのか。

 「八月の砲声」で評判の高い歴史学者のバーバラ・W・タックマンが、縦横無尽に資料を駆使して、愚行の原因と過程そしてメカニズムを暴き出す、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The March of Folly : From Troy to Vietnam, by Barbara W. Tuchman, 1984。日本語版は1987年12月20日第一刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文訳427頁に加え、訳者あとがき4頁。8ポイント26字×22行×2段×427頁=約488,488字、400字詰め原稿用紙で約1,222枚。今は中公文庫から文庫本が上下巻で出ている。上下巻でも厚めの部類だろう。

 文章は比較的にこなれている。ただ、内容はちとシンドかった。というのも、三章と四章は西洋史の知識が必要なため。それぞれルネサンス期のイタリア・18世紀後半のイギリスが舞台だ。そのため、知らない人名や事件が次々と出てきて、ちと辛かった。

【構成は?】

 一章が全体の紹介、二章が開幕編、三章~五章で具体例を細かく見ていく。一章を最初に読めば、後は拾い読みしてもいいだろう。ちなみに一章には大日本帝国の対米開戦も出てきます。

  • 謝辞
  • 一章 愚の行進 国益に反する政策の追及
  • 二章 愚行の原型 トロイア人、木馬を城壁内に引き入れる
  • 三章 法王庁の堕落 ルネサンス時代の法王たち、プロテスタントの分離を招く(1470-1530)
    • 1 寺院のなかの殺人 シクストゥス四世(1471-1484)
    • 2 異教徒の宿主 インノケンティウス八世(1484-1493)
    • 3 悪行 アレクサンデル六世(1492-1503)
    • 4 戦士 ユリウス二世(1503-1513)
    • 5 プロテスタントの勃興 レオ十世(1513-1521)
    • 6 ローマの略奪 クレメンス七世(1523-1534)
  • 四章 大英帝国の虚栄 英国、アメリカを失う
    • 1 与党と野党(1763-1765)
    • 2 「行使できないとわかっている権利を主張して」(1765)
    • 3 満帆の愚行(1766-1772)
    • 4 「レハベアムを思い出せ!」(1772-1775)
    • 5 「…病気だ、精神の錯乱だ」(1775-1783)
  • 五章 ヴェトナム戦争 アメリカはヴェトナムで自己背信をおかす
    • 1 胚子(1945-1946)
    • 2 自己催眠(1946-1954)
    • 3 保護政権を作る(1954-1960)
    • 4 「失敗と縁組みして」(1960-1963)
    • 5 大統領の戦争(1964-1968)
    • 6 離脱(1969-1973)
  • エピローグ 「船尾の灯」
  • 訳者あとがき/索引

【感想は?】

 歴史とはいいものだ。特に他国の歴史は。

 たいていの人間は、自分の事となると頭に血が上りやすく、落ち着いて論理的に考えられなくなる。いや自分に限らず、家族や親しい友人に関わる事でも、感情的になりやすい。少なくとも私はそうだ。

 この傾向は自分に近いほど強く、遠いほど弱い。自分の勤め先や出身校の話には強く興味を惹かれ、名も知らぬ外国のニュースは「フーン」で済ます。地理的な距離だけでなく、時間も影響する。ワイドショウが取り上げるのは今日か昨日の事件で、大正時代のネタは滅多に出てこない。

 そして、人間は間違いや欠点を指摘されるのは嫌いだ。だから自分や家族を悪く言われるとムッとする。でも大昔の異国の者の悪口なら、「へえ、そういう人なんだ」で済ます。名前すら知らない人の事なら、なおさらだ。

 この本には、悪口が詰まっている。

 木馬を城壁内に引き入れ自滅したトロイア人、教会を腐敗させプロテスタントの勃興を招いたルネサンス期のローマ法王たち、モトの取れない税金を取ろうとして植民地アメリカを失った18世紀の英国政府、そして無駄な血と金をヴェトナムに注ぎ込んだ20世紀のアメリカ合衆国。

 いずれもパターンは似ている。まず最初の一歩を間違った方向に踏み出す。それが巧く行かないと、さっさとひき返せばいいのに、敢えてさらに踏み込む。何回か同じことを繰り返し、まちがいの証拠が積み上がってるのに、頑として現実を認めようとせず、無駄に傷口を広げてゆく。

 これが自分の事だったら、落ち着いて読めないだろう。でも、昔の他人の話だから、「うんうん、馬鹿な事やったね」と鼻で笑って読める。おまけに、登場人物は、国家を動かす権力者ばかり。ただの貧乏人の私には関係ないね。

 …と思ってたら、ときおり挟まれる警句が、特大ブーメランとなって私に返ってきた。

【一章 愚の行進】

国王、軍人階級、地主階級、産業資本家、大実業家たちにとっては、利益をもたらす戦争だけが権力の座にとどまりうる唯一の方法だった。
  ――一章 愚の行進

 二章以降で、個々の愚行を細かく見ていく。対して一章では、「損するとわかっている政策を国が盗った例」を、幾つかの例を挙げ大雑把に見る形だ。

 中でも興味深く読めたのは二つ。第一次世界大戦のドイツの無制限潜水艦戦(→Wikipedia)と、大日本帝国の真珠湾攻撃。いずれもアメリカの参戦を促し、国を破滅へと導いた。著者はその原因を「支配の夢、壮大な自負、貪欲」としている。四つの要因の中では「2.過度の野心」だろうか。

などと書くと、まるで大日本帝国は国家として統一した軍事・外交政策があるように思えるけど、実態はもっとお粗末なのが情けない。軍は前線司令官の暴走を止められないし、国家としても外務省と陸軍と海軍の方針(というより思惑)が違ってたり。

 逆に賢い例も一つだけ載ってる。紀元前6世紀のアテナイのソロン(→Wikipedia)だ。混乱したアテナイで執政官となったソロン、奴隷解放・選挙権の拡大・通貨改革・度量衡の統一に加え法を定めた。要は政治改革ですね。加えて評議会に今後10年改革を維持するよう誓わせた後…

 なんと、船を買って旅に出る。つまりはトンズラだ。無責任なようだが、国にいれば改革に文句を言われるし、法を元に戻せとの圧力もかかる。居なけりゃ文句も言えまい? その分、権力者としての美味しい想いもできないけど。

 が、ここまで無欲で大胆な真似ができる人は滅多にいない。アシモフじゃないけど「いっそAIに政治を任せちゃおう」なんて思いたくなる例が、この後に延々と続くので覚悟しよう。

 そんなわけで、続きは次の記事で。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«ロバート・J・ソウヤー「さよならダイノサウルス」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳