2018年1月22日 (月)

再び日本翻訳大賞を勝手に宣伝

 2018年1月21日から、日本翻訳大賞の推薦作の募集が始まっている。締め切りは1月31日(水)まで。

 対象となるのは、「2016年12月1日から2017年12月31日までに日本語に翻訳された公刊物」。こういう賞は小説を思い浮かべてしまうが、この定義ならノンフィクションもアリだ。実際、既に某科学解説書が候補に挙がっている。

 おお祭り的な面白さはもちろんあるし、「面白い本」を探すガイドとしても役に立つ。というか、私は主にソッチの目的で楽しんでいる。「レッド・スペシャル・メカニズム」も、これで見つけた。まだ読んでないけど、「アシュリーの戦争」と「堆塵館」は、近いうちに読もうと思っている。

 こんな風に、受賞作より候補作のリストの方が興味深い賞ってのも、インターネットが普及して、誰もが何かを言える現代ならではだよなあ。

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2018年1月19日 (金)

池上永一「黙示録」角川書店

人は『太陽(でた)しろ』を生き、神は月しろを生きる。
  ――p10

「舞で千年を生きてみせろ」
  ――p53

貧しさを軽く扱う者は決まって衣食住に足る奴らだ。
  ――p443

【どんな本?】

 「レキオス」「テンペスト」など、沖縄/琉球を舞台にしたスケールの大きい作品を紡ぎ出す池上永一による、琉球歴史ファンタジイ絵巻。

 18世紀初頭、尚益王(→Wikipedia)の治世。琉球は大和・清に挟まれ、両国のバランスを保つ形で生き延びている。しかし、このような小国としての地位をよしとせず、大きな野望を抱く者がいた。

 具志堅文若、唐名を蔡温(→Wikipedia)。若くからその才の評判は高く、在留通事として清で見識を深め、今は王子の教育係を務めている。やがて王子が王位を継げば、その片腕となって働くだろう。

 幸いにして王子は人柄も良く知識欲も旺盛だ。やがてはよき王となるだろう。だが、琉球が更なる高みへとのぼるためには、それだけでは足りない。太陽(でた)しろたる王には、相応しい月しろが必要だ。その月しろたる者は…

 大和と清の両大国を相手に、大胆な外交で琉球の地位を押し上げんと目論む蔡温。遺体すら葬って貰えぬ最下層の身分からの脱出を目指す了泉。了泉に才を見出し復権を図る石羅吾。蔡温のライバル玉城里之子、その秘蔵子で幼い頃から芸一筋に打ち込んできた雲胡。

 綱渡りの王国の命運と、道果てぬ芸人の業、そして神と人の関係を、色鮮やかな琉球を舞台に描く、怒涛の歴史ファンタジイ大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組みで本文約620頁。9ポイント23字×20行×2段×620頁=約570,400字、400字詰め原稿用紙で約1,426枚。文庫本なら上中下の三巻にしてもいい巨大容量。既に角川文庫から文庫版が上下巻で出ている。

 文章はこなれている。琉球語や漢詩がアチコチに入るが、慣れればそれも風情と感じるだろう。内容も特に難しくないが、琉球の歴史を少し齧ると、更に面白みが増す。

【感想は?】

 これぞ池上永一。

 琉球風味はもちろんのこと、波乱万丈・疾風怒濤、大法螺吹きまくりで予測不能な暴風雨が吹き荒れる、ノンストップの娯楽大作。ついでに言うと、舞台化・映像化はまず無理。

 物語は二人の人物が中心となる。いずれも秀でた芸で認められた宿命のライバルだ。

 まずは了泉。人とすら見なされぬ卑しい立場で、食わんがために仕方なく芸の道に入る。幸か不幸か天性の才があり、付け焼刃ながらその踊りは舞台も客席も支配する。

 そのライバルが雲胡。幼い頃より人生を芸に捧げ、厳しい稽古に耐えてきた。長い修練が培った強固な基礎は誰にも負けず、将来を嘱望されている。

 とくれば、さわやかなスポ根ものになりそうだが、そこは池上永一。そんなありきたりでわかりやすい話には決してならない。

 定石なら、舞台に立つうちに互いの芸を高め合うところ。が、なにせ、互いにかかっているものが違う。トップを奪うためなら手段を選ばぬ了泉、そんな了泉を見下し毛嫌いする雲胡。両者が七島灘を渡る場面は、笑うべきか恐れるべきか。

 この両名に関わってくる、脇役もアクの強い奴が揃っていて、特に前半では主役二人を食いかねない大暴れを見せる。

 まず度肝を抜くのが與那城王子。王位継承権第五位なんて御大層な地位だが、王子って立場から連想するのとは全く違う規格外のお方。映像化も舞台化も不可能となった責任の大半は、この人にある。登場場面からして、明らかに人智を越えた存在で…。

 まあ、ある意味、與那城王子こそ、池上永一たる象徴みたいなキャラクターかも。

 次に樺山聖之助。薩摩の侍で、居合の達人。悪い人じゃないんだが、あまり周囲にいて欲しくない人。つか、なんてシロモノを腰に下げてるんだw まさしく○○に××じゃないかw と思ったが、案外と相応しい者に相応しい得物なのかも、な場面もあったり。與那城王子とは別の意味で、人間離れしたお方。

 もう一人、紹介したいのが、瓦版屋の銀次。一昔前のトップ屋、今ならパパラッチ。お江戸のゴシップを一手に引き受け、ある事ない事書き立ててあぶく銭を稼ぐ芸能記者。彼と大物役者の関係は、案外と今でも受け継がれているのかも。

 私が彼を気に入った最大の理由は、彼の特技。ラリイ・ニーヴンのアイデアを、こんな形で蘇らせるとは。こういうのがあると、SF者の血が騒いでしょうがない。

 とかの濃いキャラが次々と騒動を引き起こす前半は、驚きの展開の連続で、読んでるだけでも息切れがするほど。

 これが、後半に入ると、ガラリとトーンが変わり、芸人の業の深さが、恐怖すら伴って忍び寄ってくる。

 蔡温も玉城里之子(玉城朝薫)も、Wikipedia に項目があり、ちゃんと歴史に名が残っている。位の高い政治家だってのもあるが、玉城里之子は組踊の祖としても名高い。

 同じ芸でも、文学や絵画や彫刻は作品が残る。そのため、後の世までも名を残すことができる。音楽でも西洋音楽は楽譜があるので作曲家の名は残るが、演奏家はそうじゃない。これは踊りも同じで、彼らの芸はその場限りで消えてゆく運命にある。

 にも関わらず、彼らはなぜ踊るのか。もちろん、食うため、稼ぐため、出世するためでも、ある。だが、それだけじゃない。

「ぼくのおめけりは凡庸でした。でも誉められた。こんな屈辱があるでしょうか……」
  ――p538

 一つの作品が演じられる時、その舞台の上で、または舞台の裏で、何が起きているのか。新しい作品を生み出そうとする時、それに関わる人は何を考えているのか。終われば消えてしまう踊りに、なぜ役者は懸命になるのか。

 大きな曲がり角を迎えた琉球の歴史を背景に、芸を極めんとする者の業を清濁併せて描く、重量級の娯楽ファンタジイ大作。次の日の朝が早い人は、充分に覚悟して臨もう。

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2018年1月17日 (水)

ブライアン・メイ+サイモン・ブラッドリー「レッド・スペシャル・メカニズム」DU BOOKS 坂本信訳

僕のレッド・スペシャルは、父の工房で父と僕とふたりで作ったんだ
  ――第1章 父ハロルドの工房からすべてが始まった

ブリッジはアルミニウムの塊をノコギリで切ってヤスリで削って作った。ぼくのアイデアは、弦を載せるサドルの代わりに、ステンレスのローラーを使うというものだった。
  ――第2章 レッド・スペシャル誕生秘話

もともとはセミ・アコースティックにするつもりで――頭の中ではそう考えていた――fホールをひとつ開けることになっていた。
  ――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開

最初の頃は、チューニングがひどく狂う傾向があったけれど、その原因はペグにあることを突き止めたんだ。
  ――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開

【どんな本?】

 20世紀末のポップ・ミュージック・シーンに君臨した Queen。そのギタリスト、ブライアン・メイの愛器レッド・スペシャルは、彼と父が設計し、自宅で造った手作りの一品だった。

 Tie Your Mother Down(→Youtube) の迫力あるリフ、Killer Queen(→Youtube) の甘くエロティックなソロ、そして血液までもが躍り出す Keep Yourself Alive(→Youtube) のリズム。千変万化でありながらも唯一無二のサウンドは、どのように創りだされたのか。

 ブライアン・メイ自らが、音楽ジャーナリストであるサイモン・ブラッドリーの協力を得て書き上げた、最も個性あふれるギターの伝記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Brian May's Red Special : The Story of the Home-made Guitar That Rocked Queen and the World, by Brian May + Simon Bradley, 2014。日本語版は2016年1月1日初版発行。

 単行本ソフトカバーで横2段組み144頁。7ポイント31字×49行×2段×144頁=437,472字、400字詰め原稿用紙で約1,094枚。文庫本なら上下2巻分ぐらいの大容量…では、ない。実は紙面の6~8割を写真と図版が占めているので、文字数だけなら文庫本一冊に余裕で収まる。

 ただし、図版はレッド・スペシャルのパーツの設計図だったり、写真も取り外したピックアップやスライド・スイッチの裏側だったりと、実に貴重であり、また内容を理解するのに必須なものも多いので、文庫サイズにするわけにはいかないだろうなあ。

 文章は音楽雑誌によくある文体。インタビュウ形式の一人称で、親しみやすい。ところでブライアンの一人称が「僕」なのは、日本の音楽雑誌のお約束なのか…と思って少し検索したら、どうも Queen はみんな「僕」らしい。

 内容は、それなりに前提知識が必要。特にハイライトの「第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開」。当然ながら、読者には Queen のファンを想定しているので、曲を知っていること。加えて、エレクトリック・ギターの知識も必要。できればピックアップのメーカーも知っているといい。

【構成は?】

 メカに興味がある人にとっては、第3章がクライマックスだが、第2章もなかなかの読みごたえ。

  • 序文/序章
  • 第1章 父ハロルドの工房からすべてが始まった
  • 第2章 レッド・スペシャル誕生秘話
  • 第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開
  • 第4章 クイーンのサウンドを支えたレッド・スペシャル
  • 第5章 エリザベス女王も聴いたイギリス国歌演奏
  • 第6章 ブライアン所有のレッド・スペシャル量産モデル
  • 謝辞

【感想は?】

 とある優れたアナログ・ハックの記録。

 そう、ブライアン・メイはハッカーだった。彼の父ハロルド・メイもそうだ。彼はハッカーの家に生まれ、ハッカーとして育ち、そして意外な世界で成功したのだ。

 世にギター小僧はウジャウジャいるが、自分でギターを作ろうなんて考える奴は滅多にいない。仮にいても、たいていは市販品を組み合わせて満足する。それを、木材から調達して電気系統の配線も自分でやろうなんてのは、彼とエディ・ヴァンヘイレンぐらいしか私は知らない。

 特にハッカー気質を感じるのは、道具も自作するあたり。

万力の力で正確にフレットを曲げるための工具は、試行錯誤しながら開発した
  ――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開

 フレットを指板のカーブに沿って曲げるため、専用の道具から作ったのだ。こういう「道具を作る道具を作る」あたりが、強烈にハッカー気質を感じさせる。この後、フレットを指板に接着する時も、専用の工具を作ってたり。

 このフレットを指板のどこに置くかも、ちょっとした難しい問題。というのも、フレットの位置で音程が決まるからだ。これを間違えると、音痴なギターになる。普通のギターと同じサイズなら、その値を定規で測って真似すればいい。が、しかし。

 レッド・スペシャルは、少し小型なので、他のギターの数値は使えないのだ。

 幸いにして現代の12平均律は、厳密な数学規則にのっとって決まっている(→Wikipedia)。今ならネットで調べればすぐ出てくるが、当時はそんなモノはない。じゃどうするかというと、自分で計算するのだ。ここでは、デジタルのハックもしてたりw 今なら Excel 一発だが、当時は大変だったろうなあ。

 など、製作の苦労も面白いが、独特のメカニズムも驚きがいっぱい。もっとも、熱心な Queen のファンには常識かもしれないが。

 まず私の恥を告白しよう。今までずっと、ピックアップはハムバックだと思いこんでいた。んなの、ちょっと見ればわかりそうなモンだが、全く注意してなかったのだ。ああ恥ずかしい。

 それもこれも、音がゴージャスで豊かなせいだ。シングルコイル特有のトンガった感じがしない。6ペンス硬貨をピックに使う独特のアタックのせいもあるが、配線もやたらマッド。

 外から見ると、シングルコイルのピックアップが3個だ。ストラトと同じだね…と思ったら、なんと直列でつないでいる。え? 加えて、ボディ下の6個のスイッチもキモ。各ピックアップのオン・オフに加え、位相も反転できるという凝りよう。 って、それハムバックじゃん! 俺の耳は間違ってなかったんだ←をい。

 などの電気系統の工夫は他にも幾つかあって、やっぱりシングルコイルの弱点、ノイズには悩まされた模様。配線系の写真を見ると、こんなに細くて頼りないコードから、あんなに大きくて迫力ある音が生まれるというのが、ちょっと信じられなかったり。

 ギタリストの悩みとしてノイズと並ぶのが、チューニングの狂い。特にトレモロはトラブルメーカーで、安物はすぐにチューニングが狂ってしまう。と同時に、巧みに操れば「飛行機の爆音やクジラの鳴き声」も出せて、変化に富んだサウンドを生み出せる強力な武器になる。

 いかにして正確なチューニングを維持するかが、製作者の腕の見せ所。それはレッド・スペシャルも同じ。金属板の焼き入れの工夫から弦と接するサドル、そしてヘッドのペグの位置まで、「いかに正確なチューニングを保つか」に心を配ってたり。

 でも弦が切れた時は大変だなあ。あとオクターブ・チューニングも難しそう…と思ったら、写真を見る限り、やっぱり完成後に微調整したっぽい。

 ボディがホロー(中空)ってのも意外だったし、直筆の設計図も貴重。貴重と言えば、なんとX線写真まで収録した凝りよう。長年の酷使ですり減ったフレットや、メンテ中の部品のアップは、かなりの迫力。マニア向けの本だが、だからこそマニアには美味しい一冊。

 ただ、ブライアンの一人称、特にこの本に限れば「私」が相応しいと思うんだけど、あなた、どうです?

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2018年1月16日 (火)

マリオ・プーヅォ「ラスト・ドン 上・下」ハヤカワ文庫NV 後藤安彦訳

「われわれはいつの日にか聖者になりたいと思う」ドンが答えた。「だが殉教者にはなりたくない」
  ――上巻p16

「映画は頭脳を征服する必要はなく、感情を征服するだけでいいんだ」
  ――上巻p65

「第一に、そしてこれはもっとも危険な点だが、逆境にいる美女には用心しなさい。第二に、きみよりもさらに大きな野心を持っている女には気をつけたほうがいい」
  ――p168

「愚かな連中を相手に理性的な解決に達することは不可能なのだ」
  ――下巻p300

【どんな本?】

 1969年に「ゴッドファーザー」で空前の大ヒットを飛ばし、映画も大当たりとなったマリオ・プーヅォが、アメリカの合法社会への進出を狙うマフィアを描いた長編小説。

 クレリクーツィオ・ファミリーを仕切るドン・ドメニコの計画は、仕上げに入っていた。既に宿敵サンタディオ・ファミリーは戦争で壊滅させた。他のファミリーとは友好的な関係を保っている。息子たちはそれぞれ合法的なビジネスを展開し、また信頼できる甥のピッピもラスベガスに拠点を築いた。

 政府の締め付けは年々厳しくなっている。特に麻薬ビジネスは厳しい。新たに参入したコロンビア人はあまりに無謀で大胆だ。裏稼業は自分たちの代で終わりにしよう。新しい世代は合法的な世界でまっとうなアメリカ人としての生涯を送るのだ。

 孫のダンテと甥ピッピの息子クロスの洗礼式の日、ドンは他のファミリーに取引を持ち掛け、最後の撤退戦に向け陣営を整える。だが、それは新たな流血の幕開けでもあった。

 厳しい掟に従いつつも暴力と策略で社会を蝕むマフィアの世界に加え、ギャンブルの楽園ラスベガスのビジネスや、金と欲が渦を巻くハリウッドの人間関係も暴き、現代アメリカのダークサイドを晒す、娯楽長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Last Don, by Mario Puzo, 1996。日本語版は1996年12月に早川書房から単行本で出版、後に2000年10月31日にハヤカワ文庫NV発行。文庫本で縦一段組みの上下巻、本文は491頁+415頁=約906頁に加え、関口苑生の解説8頁。8.5ポイント41字×18行×(491頁+415頁)=約668,628字、400字詰め原稿用紙で約1,672枚。3~4巻に分けてもいい巨大容量。

 文章はこなれている。内容もあまり難しい所はない。ややこしいのは、金の流れを説明する部分。つまりはペテンの手口なんだが、面倒くさかったら読み飛ばして、「なんか汚いことやってんだな」ぐらいに思っておこう。

【感想は?】

 これを読んだら、カジノ法案に抱くかもしれないし、逆に賛同したくなるかもしれない。

 なんたって、ドンの目論見が「ギャンブルの合法化」だ。そもそも、マフィアは滅多な事じゃまっとうな商売には手を出さない。「楽してズルしていただき」がモットーの連中である。

 そのマフィアのトップ、ドン・ドメニコ・クレリクーツィオの狙いは、ファミリーを合法化すること。政府の締め付けは次第に厳しくなる。今までのように、法を犯し暴力を厭わないビジネス、例えば麻薬の取引は先行きが暗い。そこで、新たな資金源として狙うのが、ギャンブルだ。

 そのギャンブルの具体例として、詳しく描くのは、ラスベガスのカジノ。それも、そこらのパチンコ屋みたく、セコい金額じゃない。新築の家が買える金額が一晩で吹っ飛ぶような、デッカいギャンブルの世界だ。

 ただし、視点はギャンブラーではなく、オーナー側。彼らがいかにして大口の顧客から金を引き出すか、その手口をわかりやすく描いてゆく。例えばニューヨーク発で飛行機代・ホテル代・食事代タダのツアーとかもあったり。

 そんな一見美味しいツアーが成立しうるのも、ギャンブルが法で守られているラスベガス、そしてネバダ州ならでは。そんなワケで、ここで商売するには、州政府との関係も大事で。

そういえばUFO騒ぎで有名な空軍基地エリア51もネバダ州だっけ。実はここ、合衆国の核開発の拠点でもあった(「エリア51」)。とすると、連邦政府との関係も重要、とか考えると、一味違ってくる。

 などの美味しいビジネスのギャンブルに、更に美味しいトッピングを添えようってのが、ドンの目論見。しかも、その目論見の裏をかくとんでもねえ奴まで出てくるんだから、地下社会の闇は深い。もっとも、このトッピングに似たシロモノは、既に日本で合法化されてたりするから怖い。

 もう一つ、重要な柱になるのが、ハリウッドの内幕。最近は Twitter で #MeToo が流行っているように、ソッチの話題も遠慮なく出てくる。ただし、この作品では、かなり男に都合のいい形になってるけど。

 それより私にはカネの話の方が面白かった。この小説ではアーネスト・ヴェールなんて作家も出てきて、彼はどう見てもマリオ・プーヅォ自身だ。作家としての能力はともかく、人間的にはしょうもない奴に描かれていて、読みながらついニヤニヤしてしまう。

 彼が語る、小説家が映画に抱く屈折した想いなどは、本好きにはかなり突き刺さる台詞。代表作ゴッドファーザーにしても、映画を知っている人は多いが、小説を読んだ人はほとんどいない。やたら面白いのになあブツブツ…

 とかに加え、小説と脚本の違いも、ちょっとした読みどころ。

 それより何より、自作を映画化する際に交わす、権利関係の契約のキモが、生臭く面倒くさいながらも、だからこそ生々しい迫力を放っている。明らかに彼自身の経験から学んだ教訓なんだろうが、原作者の懐が潤わないメカニズムが、実に狡猾で容赦ない。そりゃ素人はコロリと騙されるよなあ。

 そして、裏社会物に欠かせない、ケッタイな連中の生態も、ちゃんと描いている。

 最初に出てくるのが、ボズ・スキャネット。ええトコのボンボンな上にイケメン。しかも頭もよけりゃ腕もたつ。おまけに綺麗で賢い嫁さんを貰ったはいいが…。まあ、えてして男なんてそんなモンです。

 ちょい役だが、ロサンゼルスの形成外科医も印象に残る。これは私がSFファンだからかも。外科医に相応しく(←をい)、ちとマッド・サイエンティストの匂いを漂わせているあたりがたまらない。

 医者と言えば、下巻に出てくるケネス・カルドーンも忘れ難い。彼も歯科医で、物語に出てくる歯科医と言えば変態と相場が決まっている(←酷い決めつけだ)。彼のイカれっぷりは一風変わってて、理解できる人はちと危ないかも。

 と、端役にも個性的な人物を取りそろえ、現代アメリカの病んだ部分を背景に、ドンの計画は静かに進んでゆく。ある点では「仁義なき戦い」にも似て、これは現代に君臨する権力者たちのルーツの物語なのかもしれない。

 ただし。美食の場面も多く、特にイタリアンが好きな人は、深夜に読んではいけない。

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2018年1月14日 (日)

リチャード・フォーティ「<生きた化石> 生命40憶年史」筑摩選書 矢野真知子訳

この本では、地質時代から生き残ってきた残存種と、その種が語る進化の道程という私個人の関心事をテーマにしている。(略)残存種がこんにちまでどのように生き延びたのかを観察することは、(略)かれらの長寿の理由について手がかりを得ることになる。
  ――第1章 カブトガニと三葉虫

海中生活に適応している地衣類はない。
  ――第2章 カギムシを探して

現在の微生物学者の標準的な見方では、古細菌は真核生物に近く、細菌とは離れている。
  ――第4章 熱水泉での暮らし

物事をよく知る人ほど、自分が無知であることをよくよく自覚している。
  ――第5章 ホネのないやつ

分岐図は経験により作業者により、少しづつ違ったものができてくる。
  ――第8章 保温性を手に入れる

こんにちのクロマグロもそうだが、ある動物が希少になると値段が上がり、その市場価値がさらに乱獲を招いて絶滅させる方向に進んでしまう。
  ――第9章 島と氷

カブトガニは太古の昔から変わらない甲羅を背負っているように見えるかもしれないが、それでも時代とともに少しづつ変わっている。
  ――第10章 困難をくぐり抜けて生き残る

【どんな本?】

 イギリスの古生物学者で三葉虫を専門とし、「生命40憶年全史」や「地球46億年全史」などの著作がある、リチャード・フォーティによる一般向け科学解説書。

 カブトガニ,カギムシ、イチョウ,シーラカンスなど、太古から現在まで生き延び「生きた化石」と呼ばれる種をテーマに、彼らは現在のどんな種に近いのか,生まれた時の地球の状況,彼らの暮らしぶり,生き延びてきた秘訣などを探り、逞しく生きてゆく姿を描き出す。

 なお、「生命40憶年全史」と似た書名だが、違う本なので要注意。というか私も勘違いして読んでしまった。でも面白かったからいいや。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Survivors : The Animal and Plants that Time Has Left Behind, by Richard Fortey, 2011。日本語版は2014年1月15日初版第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約395頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×18行×395頁=約305,730字、400字詰め原稿用紙で約765枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に前提知識は要らない。国語と理科、特に生物系が好きなら、中学生でも楽しめるかも。

【構成は?】

 全体を通しての流れはある。が、個々の章は、別々の読み物としても楽しめるので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ
  • 第1章 カブトガニと三葉虫
    古びた海辺の真夜中の宴/カニではない/青い血の恵み/ジュラ期のメソリムルス/「生きた化石」/カンブリア紀の三葉虫/婚礼の最中の大惨事?
  • 第2章 カギムシを探して
    古くて新しい孤島/丸木の影で悠久の時を生きる/カンブリア紀の葉足動物/系統樹におけるカギムシの位置/エディアカラ紀のフラクタルな生物/悠然と歴史から消える/海はすべてを飲みこみ存続する
  • 第3章 シアノバクテリアの造形
    無限にくり返される風景/ストロマトライトの息づく被膜/地球の生命史の長さを見直す/内部共生という飛躍/地球に酸素を/原生代の生き残り「海苔」/食べるもの、食べられるもの/菌類の起源/オゾン層をもつくり出す
  • 第4章 熱水泉での暮らし
    プレートがぶつかり合う場所/あらゆる地熱現象/三つのドメイン/35億年の縮図/深海のオアシス/動物の消化器という新天地
  • 第5章 ホネのないやつ
    栄養豊富な干潟/新参者と共存する腕足動物/多様な軟体動物/中生代の動物が入植した海苔/相称形をとらない海綿動物/クラゲとサンゴ
  • 第6章 大地を緑に
    上陸に必要ないくつかの構造/日陰の主役たち/天目山のイチョウ/恐竜時代の頑丈な植物/ゴンドワナ遺産の植物たち/砂漠に居座るウェルウィッチア/花咲く世界へ
  • 第7章 ホネのあるやつ
    肺呼吸する魚/ひれから肢へ/古い言語が生き残っている国/顎の発明/陸生動物の試作品/ゆっくり生きるムカシトカゲ/大量絶滅期をくぐり抜けた爬虫類たち
  • 第8章 保温性を手に入れる
    卵を産む哺乳類/ハリモグラとカモノハシ/霊長類の枝の根本/燃料を積んで空へ飛び立つ/陸に戻った鳥たち/現生鳥類への道のり
  • 第9章 島と氷
    マリョルカ島のサンバガエル/巨大なオタマジャクシ/孤島の進化の脆弱さ/北極圏という孤島/氷期を生き延びた大型動物/気候変動かヒトの干渉か/アメリカバイソンと微生物
  • 第10章 困難をくぐり抜けて生き残る
    生き残るための秘訣はあるのか/地質時代のハードル/重要なのは生息地の存続/時の避難所/資質について考える
  • エピローグ
  • 謝辞/用語解説/訳者あとがき/図版クレジット一覧/参考文献/事項索引/生物名索引

【感想は?】

 そう、本書全体を通してのテーマはある。

 大昔から現在までしぶとく生き残り、「生きた化石」と言われる生物がいる。最も有名なのはシーラカンスだろう。肺魚やカモノハシなど、系統樹の境界にいる生物もよく知られている。身近な所では、イチョウやシアノバクテリア、そしてゴキブリも登場する。

 ちなみにシアノバクテリアって何かというと、藍藻(→Wikipedia)。庭やベランダに水を入れたコップを放置すると、水が緑色に濁るよね。あの緑色のヤツがシアノバクテリア。原核生物のクセに光合成する生意気な奴。

 ばかりか、太古の無酸素状態の地球に酸素で満たし、巨大な鉄鉱床を作った(→Wikipedia)、小さいけど凄い奴…と思っていたが、地球を酸素で満たす過程は、それほど単純じゃないらしい。

 とかを描いているのが、「第3章 シアノバクテリアの造形」。ここで主役を務めるストロマトライト(→Wikipedia)も変な奴。海岸にある岩にしか見えないんだけど、れっきとした生物のコロニーだ。水に入れて光を当てると、泡を出す。なんと光合成してるのだ。

 など、各章に出演する生物たちのキャラが濃すぎて、読んでる最中はテーマをつい忘れてしまう。

 先のストロマトライトもそうなんだが、SFやファンタジイを書く際に、印象的なシーンのヒントになりそうな場面にも事欠かない。

 例えば最初の「第1章 カブトガニと三葉虫」は、砂浜にカブトガニの大群が押し寄せるシーンで始まる。夜の砂浜には、カチカチという音が響く。ギッシリと群れた彼らの甲羅がぶつかり合う音である。彼らは命がけで卵を産みにきたのだ。

 こういう、あたり一面を埋め尽くす○○なんて描写は、SF者の妄想マシーンを刺激してやまない。しかも目的が生殖だ。梶尾真治ならどう料理するんだろう…とか考え出すと、キリがない。やはり物語好きには、「そうだったのか!」なネタもある。先の「第3章 シアノバクテリアの造形」だと…。

海苔は海水中のヨウ素を多くとりこんでしまうため、暑い日には揮発性元素が蒸発し、それが大気中で水滴になるのが海霧だということがこれまでに確認されている。
  ――第3章 シアノバクテリアの造形

 海苔とあるが、つまりは海藻だ。私が連想したのは「あゝ伊号潜水艦」の、巨大昆布に覆われたベーリング海で、濃霧に包まれる所。海洋冒険物語が好きな人なら、艦が濃霧のサルガッソで立ち往生する場面を思い浮かべるだろう。あの濃霧は、コンブが作り出したのか!

 が、逆に、SF者に水を差すフレーズも。

 なぜオーストラリアやニュージーランドにカモノハシやハリモグラなどの固有種が多いのか、というと、大陸から海で隔てられていたから。だもんで、大陸からネズミやネコが侵入してくると、彼らは易々とエジキになってしまう。こういうのは、経過が決まってて…

広大な本土で進化した生き物と出会ったとき、島の固有種はかならず負ける。別の言い方をしてみよう。最初に小さな島で進化した種が、その後に近くの本土に入植して大繁栄し、在来種を駆逐したという例を、私は一つも見つけられない。
  ――第8章 保温性を手に入れる

 じゃ、マタンゴはナシか。南洋の無人島で拾った小動物が大繁殖して人類ピンチ!は定番パターンなのに。そういえば、キング・コングも殺されたなあ←違う。

 とか、物語好きの血が騒ぐのは、出演者のキャラが濃いってだけじゃない。時間的なスケールでも、何かと妄想の種をワンサカと仕込んでいるからだ。例えば、恐竜物の映画は、たいていシダやソテツが生い茂っている。植物相が今とは違うのだ。しかし…

中新世以降は、頭頂部が食われても根元からひっきりなしに再生する草が平原を覆い、偶蹄類の草食動物や反芻動物の命を支えた。
  ――第6章 大地を緑に

 WIkipedia の植物の進化で確認すると、「最も新しく登場した大きなグループはイネ科の草で、およそ4000万年前の第三紀中期から重要な存在になってきた」とある。恐竜退場後にスポットを浴びた、意外と新参者なのだ。これがあったから、人類はイネ・ムギ・トウモロコシなどの農耕を始められた。

 ばかりでなく、ウシやブタやヒツジなど、後に家畜となる動物たちも、草に支えられている。とすると、イネ科の植物がない異星の生態はどうなるんだろう、とか考え出すと、なかなか眠れそうにない。これにゴンドワナ大陸とかの地形の影響も絡むと…

 など、個々のエピソードはSF者の妄想癖を煽りまくる。お陰で読んでる途中は「あれ、これ、何の本だっけ?」と、完全に主題を忘れてしまう始末。最後の章で主題に戻るんだが、その頃にはアクの強いキャラたちの印象が強すぎて、「そういえばそういう本だった」と、主題はどうでもよくなってたり。

 なにはともあれ、変な生き物や変わった風景が好きな人には、刺激的な場面が次々と出てくる、そんな本だ。

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