2018年5月24日 (木)

マリオ・リヴィオ「なぜこの方程式は解けないか? 天才数学者が見出した[シンメトリー]の秘密」早川書房 斉藤隆英訳

対称性は、科学と芸術、心理学と数学の橋渡しをする最高のツールだ。
  ――1 対称性

電子や陽子を多くもつ原子ほど、原子核と電子の間に働く電気的引力は強くなるため、水素原子より酸素原子は小さく、ウラン原子はさらに小さくなると考えられる(略)。ところが、事実はまるで違うことが実験から明らかになっている。電子の数に関係なく、原子の大きさはおおむね同じとわかっているのだ。
  ――1 対称性

どんな系でも、すべての対称変換の集合は必ず群になる。
  ――2 対称性を見る心の目

エヴァリスト・ガロア「私が提案した一般的命題は、それを応用するだれかが私の著作を念入りに読んだときに初めて完全に理解できるだろう」
  ――5 ロマンチックな数学者

アンリ・ポアンカレ「どんな数学も群の問題」
  ――6 群

「群が現れるか導入できるところでは必ず、混沌から単純さが結晶化した」
  ――7 対称性は世界を支配する

バートランド・ラッセル「物理学が数学的なのは、われわれが物理学の世界をよく知っているからではなく、ほとんど知らないからである。我々に見いだせるのは、物理学の数学的特性だけなのだ」
  ――8 世界で一番対称なのはだれ?

創造性で一番肝心なのは、一般の思い込みを打ち破り、既存の発想から抜け出す能力と言っていい。
  ――9 ロマンチックな天才へのレクイエム

【どんな本?】

 二次方程式 ax2 + bx + c = 0 となる x は、( -b ± ( b2 -4ac )(1/2) ) / 2a で計算できる。「解の公式」として有名な式だ。三次方程式と四次方程式の解き方は、16世紀にジェローラモ・カルダーノ(→Wikipedia)が著作「アルス・マグナ」で公にした。では、五次方程式は?

 この問題に挑んだ者は多い。中でも19世紀の若き天才二人、ニルス・ヘンリック・アーベル(→Wikipedia)とエヴァリスト・ガロア(→Wikipedia)は、画期的な方法で取り組む。特にガロアは、20歳そこそこで群論(→Wikipedia)への道を切り開く。

 これは後の数学に大きな変革をもたらすばかりでなく、物理学・言語学・文化人類学など数多の学術分野に多くの示唆を与え、偉大な発見の礎となる理論だった。

 方程式の解法が、結婚相手の決め方やルービック・キューブ、そして宇宙の姿と何の関係があるのか。ガロアは何を成したのか。そして、偉大な業績を残す天才には、どんな性質が備わっているのか。

 群論の誕生から現在までの成長を、「対称性」をキーワードとして語ると共に、若くして非業の死を遂げたエヴァリスト・ガロアの生涯を辿る、一般向けの数学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Equation that Couldn't be Solved : How Mathematical Genius Discovered the Language of Symmetry, by Mario Livio, 2006。日本語版は2007年1月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約361頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×20行×361頁=約324,900字、400字詰め原稿用紙で約813枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章そのものは比較的にこなれている。意外と数学の能力は要らなくて、中学卒業程度でも充分についていける。私も二次方程式の解の公式はほとんど忘れていたが、それでも充分に楽しめた。

 ただし、群論を述べる所は、ややこしい言い回しが付きまとう。あくまでも「ややこしい」のであって、「難しい」わけじゃない。中学生程度の数学についていける人なら、あせらずじっくり読めば、群論の雰囲気は掴める。

 もっとも、あくまで雰囲気であって、群論そのものがマスターできるわけじゃない事は、念のためにお断りしておく。

【構成は?】

 ややこしい群論の雰囲気を伝えるため、全体の流れを工夫しているので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 1 対称性
  • 2 対称性を見る心の目
  • 3 方程式のまっただ中にいても忘れるな
  • 4 貧困に苛まされた数学者
  • 5 ロマンチックな数学者
  • 6 群
  • 7 対称性は世界を支配する
  • 8 世界で一番対称なのはだれ?
  • 9 ロマンチックな天才へのレクイエム
  • 訳者あとがき
  • 図版・引用出典/参考文献
  • 原註/付録

【感想は?】

 この本の面白さは、陰謀論に似ている。

 世の中には、いろんな問題がある。陰謀論は、一つの仮説で全ての問題を説明してしまう。曰くアトランティス、レムリア、ニャントロ星人…。

 ニャントロ星人ぐらい間抜けな名前ならネタだと思えるが、現実に居る人間だと、なんだか本当っぽい半面、その被害も冗談じゃ済まないんだが、それは置いて。多くの問題を解決できる一つの道具を手に入れた時、ヒトは強い高揚感を味わう。

 ナスカの地上絵は、地上からじゃ見えない。あまりに大きいので、上空から見ないとパターンが見えてこないのだ。あれを見るには、視点を変えなきゃいけない。大きなパターンを見つけるには、高い視点が必要なのだ。

 私のような駄目プログラマは、個々の問題を解くプログラムを作る。優れたプログラマは、多くの問題に共通するパターンを見つけ出し、そのパターンを解くプログラムを作る。更に優れたプログラマは、多くのパターンに共通するパターン=メタパターンを見つけ出し、メタパターンを解くプログラムを作る。

 駄目プログラマは個々の問題視か見ない。優れたプログラマは、問題からパターンを見出す。そして更に優れたプログラマは、パターンのパターンを見出す。優秀なプログラマは、視点が違うのだ。よりメタな視点で問題を見る者が、より優れたエンジニアとなる。

 ガロアは、これを数学の世界でやった。数学そのものを数学したのだ。その結果が群論だ。この本は、そういう物語だと、私は読んだ。

 群とは何か。これは2章に説明がある。私なりに説明してみよう。以下4つの条件をすべて満たすものが、群だ。ここでは整数と加算(足し算)からなる群を例に挙げる。整数を元、加算を操作と呼ぶ。

  1. 閉包:整数と整数を足したら、結果は必ず整数になる。
  2. 結合法則:どんな順番で足しても結果は同じになる。(x+y)+z=x+(y+z)。
  3. 単位元:x+a=xとなるaがある。整数だと0がソレ。
  4. 逆元:すべてのxは、x+y=0(単位元)となるyを持つ。整数だと、+2の逆元は-2。

 以上の4つを満たすシロモノを群と呼び、群の性質を探るのが群論だ。たぶん間違ってるけど←をい

 これの何が凄いかというと、これは数学そのものを表しているからだ。

 どんな論理体系であれ、それが群を成しているなら、群論で結果を予言できる。代数はもちろん、幾何学・集合論・論理学など、数学のあらゆる分野に群論は応用できる。「元」と「操作」に、いろいろなモノを当てはめていけばいい。

 今まで「四色問題」や「史上最大の発明アルゴリズム」を読んでもピンとこなかったが、多分これは群論が絡む所で躓いてたんだろうなあ、と今さらながらに思い知った。もっとも、プログラムにバグが一つとは限らないように、他にも躓きのもとはあるのかも知れないが。

 これは幾何学にも応用できて、ルービック・キューブにも群論は応用できる。グラフ理論に応用したのが、「バースト! 人間行動を支配するパターン」や「複雑な世界、単純な法則」や「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」だろう。

 また、「元」をデータに、「操作」を「演算子」や「関数」に当てはめれば、これはコンピュータのプログラムそのものだ。LISPには関数を返す関数なんてのもあるから、関数を元に組み込むと、更に世界は広がる。オラ、なんだかワクワクしてきたぞ。

 など、とんでもなく広い世界を、5次方程式の解法を求める過程で、ガロアは見つけてしまった。今まで「ガロアは天才だ」と言われてもピンとこなかったが、この本でその片鱗が掴めた…ような、気がする。

 終盤では、ガロアが切り開いた世界が、音楽や物理学にまでつながっていた由を説き、また天才が備える性質にも切り込んでゆく。ジミヘンやプリンスも、ある点じゃガロアに似てるなあ、と思ったり。

 世界の謎を解く鍵を与えてくれるという点で、この本は陰謀論に似ているし、読んでいる最中の高揚感も同じだ。残念ながら群論そのものについては雰囲気しかつかめないが、その面白さは充分に伝わってくる。世界の謎に迫るワクワク感が好きだけど、群論は知らない人にお薦め。

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2018年5月21日 (月)

ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ5 夢幻の書」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳

トリーソングの活動範囲はオイクメーニ全域にまたがっている。<圏外>へ足をのばすことはめったにない。“超人たちの王”と自称したことでも知られている。
  ――p9

「いかにもハワードらしいじゃない? あの子はいつも惜しいところでしくじるのよね」
  ――p214

【どんな本?】

 色とりどりの生態系・社会・文化・風習を創り出し、見事なディテールで成立させてしまうSF作家ジャック・ヴァンスによる、5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズ完結編。

 人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その権威が及ばない<圏外>にも、様々な社会が広がっている。

 ある日、<圏外>のある惑星の町マウント・プレザントが襲われた。首謀者は魔王子と呼ばれる五人。少年カーズ・ガーセンは、祖父と共にからくも生き残る。二人は復讐を誓い、祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。やがて祖父は亡くなり、成長したカース・ガーセンは復讐の道を歩み出す。

 災厄のアトル・ラマゲート、殺戮機械ココル・ヘックス、ヴィオーレ・ファルーシ、<巨鳥>レンズ・ラルクと四人の魔王子を倒したガーセンは、最後の一人ハワード・アラン・トリーソングの足跡を掴む。大がかりな罠を仕掛けトリーソングを誘い出そうとするガーセンだが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Book of Dreams, by Jack Vance, 1981。日本語版は1986年6月30日発行。文庫本で縦一段組み、本文約369頁に加え米村秀雄の解説7頁。8ポイント43字×19行×369頁=約301,473字、400字詰め原稿用紙で約754枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。80年代の作品だけに、SFガジェットもあまり凝ったモノは出てこない。むしろコンピューターやデジタル通信がほとんど出てこないので、それが不自然に思えるほど。相変わらず登場人物が多いので、登場人物一覧が欲しかった。

【感想は?】

 魔王子よりカース・ガーセンの悪辣さが光ってきたこのシリーズ、最後もやっぱりガーセンが悪役w

 もっともガーセンの場合は、主人公だからなのか、一応は相手によりけりで。セコい悪党を相手に上前をハネる手口には磨きがかかってる。中盤の初頭、貧しく荒っぽい連中ばかりの惑星ボニフェースで、クソガキどもをやりこめるあたりも、実にアコギで容赦ないw ちったあ手加減してやれよw

 そんなガーセンも、今回は少しばかり痛い目を見る順番が回ってきたようで。惑星モウダーヴェルトのモーニッシュで、どんな因果か楽団員としてフルートを吹く羽目になり、しごかれる場面では、ちょっと「ザマぁw」と思っちゃったり。音楽教師ってのは、なんだってこうエキセントリックで権高なんだろうね。

 このモーニッシュの社会と風俗も、異境を描くヴァンスの腕が冴える所。風景はヨーロッパの田舎を思わせる、静かで落ち着いたたたずまい。でも、そこに住む人々は、奇妙ながらも厳格な宗教が染み込んでいて…。もっとも、敬虔な者とそうでない者がいるのは、どこでも同じだけど。

 今回の魔王子はハワード・アラン・トリーソング。ラスボスだからと期待して構えていたら、実はイタズラ好きのクソガキが、そのまんま大きくなったような奴。お菓子工場でのイタズラも、今なら電子掲示板を賑わす類のロクデもない真似だったりw

 もちろん、魔王子の名にふさわしい凶暴な事もやってはいるんだが、彼の生い立ちが見えてくるあたりから、ちょっと親しみが湧いてきたり。にしても、「夢幻の書」って、そういう意味かあ。そりゃ大事だよねえ、いろいろとw

 何かと面白い人なのは確かで。

 序盤、今回のヒロインを勤めるアリス・ロークと電話で話すあたりも、本性は見えないながら、少々イタいキャラが全開だったり。魔王子とまで呼ばれるお方が、電話口でそこまでやりますかw 部下が聞いたら、どんな顔するんだろう。案外と「またか」で済んじゃったり。それはそれで、更にイタいけどw

 特に彼の魅力が爆発するのは、終盤での「同窓会」の騒ぎ。元イタズラ小僧の本領発揮というか、クソガキのまんま地位と名誉?を手に入れた者らしく、実にセコい目的のために準備万端整え、全力を尽くして暴れまわります。爽快な気分になるSF者も多いだろうなあw あまし白状したくないけどw

 とかのメイン・ストーリーに加えて、ちょっとしたオカズも楽しいのが、この巻。

 全20章に分かれていて、各章の冒頭に架空の本の引用が入ってる。これは舞台の惑星を紹介する旅行ガイドだったり、役割を果たすアイテムの解説だったりするんだが、特殊な果物チャールネイの紹介文が楽しい。レオン・ウォーク記者、ある意味じゃ本望かも。

 中でも、15章の冒頭、“『第九次元からの書簡』のうち、「生き神の弟子」”は、8頁に及ぶ力作で、ちゃんと起承転結があり、これだけでも独立した短編として成立しちゃってる楽しい物語。「奇跡なす者たち」や「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」で見せた、ファンタジイ作家としてのヴァンスの腕が味わえる。

 かと思えば、意外な懐かしい人がヒョッコリ顔を出したり。やっぱり気に入ってたんだなあ、あのキャラ。いかにもアクの強いクセ者で、ヴァンス好みのキャラだし。ちなみにラックローズ君は幾らか苦労が報われたようです。

 「魔王子シリーズ」なんて名前に萩尾望都の華麗な表紙とは裏腹に、互いが腹に一物抱えたクセ者同士の丁々発止の駆け引きと、大掛かりな仕掛けの割にしょうもない動機のギャップが楽しい、世知に長けたヴァンスの悪知恵が光るシリーズだった。

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2018年5月18日 (金)

ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ4 闇に待つ顔」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳

「狂人、野獣、拷問者――レンズ・ラルクはそのいずれにも当てはまるだろうが、絶対に馬鹿ではありません」
  ――p86

「あの呪われたメセル人どもは日の出に一日をはじめるんだ。きみやわたしのようなりっぱな盗賊が一日を終える時間にだぞ」
  ――p209

“悪魔と食事をするなら、柄の長いスプーンを使え”
  ――p355

【どんな本?】

 一見異様に見える世界、奇妙に思える社会や風習を、見事な筆致で本物のように描き出すSF作家ジャック・ヴァンスによる、5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズ第四幕。

 人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その権威が及ばない<圏外>にも、様々な社会が広がっている。

 ある日、<圏外>のある惑星の町マウント・プレザントが襲われた。首謀者は魔王子と呼ばれる五人。少年カーズ・ガーセンは、祖父と共にからくも生き残る。二人は復讐を誓い、祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。やがて祖父は亡くなり、成長したカース・ガーセンは復讐の道を歩み出す。

 災厄のアトル・ラマゲート、殺戮機械ココル・ヘックス、そしてヴィオーレ・ファルーシをも地獄に追い落としたガーセンは、次なる獲物<巨鳥>レンズ・ラルクへと迫る。貴重な鉱物デュオデシメートを産する惑星ダー・サイに手がかりを見つけたガーセンは…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Face, by Jack Vance1979。日本語版は1986年3月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約605頁に加え訳者あとがき2頁。8ポイント43字×19行×365頁=約298,205字、400字詰め原稿用紙で約746枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。流石に半世紀も前の作品なので、SFガジェットもあまり凝ったモノは出てこない。ただ相変わらず登場人物が多く、登場人物一覧がないのは辛い。

【感想は?】

 ヴァンスだから覚悟はしていたが、いろいろとヒドいw

 我とアクの強い人物を描くと冴えるヴァンスの筆致、今回も序盤じゃダー・サイ料理のレストラン「ティントル天蓋」での軽いジャブで肩慣らし。

 ここを切り盛りする女将さん、愛想は悪いが威勢はやたらといい。というか、客に売るのは料理より喧嘩って感じのキレのいい啖呵が次々と飛び出す。ウェイトレスも女将に負けず劣らずの喧嘩腰な上に、出てくる料理がこれまたアレでw よくこれで商売になるなあw ラックローズ君こそいい迷惑だw

 ここで未だ見ぬダー・サイの風俗に期待を膨らませつつ、次に出てくる巡回裁判の様子も、妙にしゃっちょこばった司法関係者の立ち居振る舞いを徹底して茶化してたり。まあ確かに裁判で“天秤”が象徴になるのはわかるけど、そこまでやるかw

 さて、三部構成のこの巻、第1部の「ティントル天蓋」で膨らんだ期待に応えてくれるのが、続く第2部。舞台は貴重な鉱物デュオデシメートを産する灼熱の惑星ダー・サイ。あのレストランに相応しく、荒々しく油断のならない世界で。

 なんたって、観光名所が“絞首台”,“電気石の塔”,“サソリの園”…。まあ、そういう物騒な所です。おまけに、なぜレストランの名前が「ティントル天蓋」なのかも、スグにわかる親切設計。

 ここでは最初に出てくるティッピン君からして、「地元の事情に通じていて愛想もよく、役には立つが油断はできない現地のガイド」な様子がよくでてる。こういう輩を丁々発止の駆け引きで巧いこと使いこなす、ガーセンの軽妙なやり取りが楽しめる。

 もっともダー・セン編じゃティッピン君はホンの前菜で、メインディッシュは株券の争奪戦。やはり欲深で疑い深いダー・サイ人と、彼らに輪をかけて悪辣なレンズ・ラルク一味を相手に、ガーセンの口八丁手八丁なペテンが読みどころ。

 そんなガーセンが本領を発揮するのが、ダー・サイの人気競技ハドールの場面。一種のバトル・ロイヤルですね。プロレスのバトル・ロイヤルもそうなんだけど、必ずしも格闘で最強の者が生き残るとは限らないのが、この手の競技の面白い所。

 もともとペテンと欺瞞の世界ダー・サイだけに、ここでも互いが手を組んでは裏切っての油断も隙もないバトルが繰り広げられる。誰がいつ裏切るか、一瞬の判断で形勢がガラリと変わる狐と狸の化かし合い、こういうのを書いたら、ほんとヴァンスは巧い。

 そしてお待ちかね、衝撃のラスト。魔王子レンズ・ラルクの目論見やいかに…って、これがほんっとにしょうもないw いやまあ、そういう真似をしたくなる気持ちはわからんでもないが、そうまで準備万端整えてやる必要があるのか? あるんだろうなあ、レンズ・ラルク的にはw

 ちなみに私はレンズ・ラルク、プロレスラーのキラー・カーンを思い浮かべながら読みました。

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2018年5月15日 (火)

ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ3 愛の宮殿」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳

「コイン・ツリーとも、役立たずの木とも呼ばれています。基材としても発効剤としても、まるっきり無害なんですよ」
  ――p20

「若い頃?」ナヴァースは唾を飛ばした。「わしは一生かけて無茶をやらかしてきた!」
  ――p145

「美はそれを見るものの目に存在する」
  ――p183

「どうか謎をたもってくださいますように。これは全員で演じるゲームとお考えください」
  ――p245

【どんな本?】

 センス・オブ・ワンダーあふれる異星の風景や生態系、そして奇想天外な制度や社会を、見てきたように余裕たっぷりに描き出すジャック・ヴァンスによる、5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズ第三幕。

 人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その権威が及ばない<圏外>にも、様々な社会が広がっている。

 ある日、<圏外>のある惑星が襲われた。首謀者は魔王子と呼ばれる五人。少年カーズ・ガーセンは、祖父と共にからくも生き残る。二人は復讐を誓い、祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。やがて祖父は亡くなり、成長したカース・ガーセンは復讐の道を歩み出す。

 災厄のアトル・ラマゲート、次いで殺戮機械を擁するココル・ヘックスを片づけたガーセンは、次なる獲物ヴィオーレ・ファルーシを追う。毒匠の里サルコヴィーに手がかりを見つけたガーセンは、ファルーシの過去を嗅ぎ当て…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Palace of Love, by Jack Vance, 1967。日本語版は1985年11月30日発行。文庫本で縦一段組み、本文約305頁に加え訳者あとがき2頁。8ポイント43字×19行×305頁=約249,185字、400字詰め原稿用紙で約623枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。流石に半世紀も前の作品なので、SFガジェットもあまり凝ったモノは出てこない。ただ相変わらず登場人物が多く、登場人物一覧がないのは辛い。

【感想は?】

 尻上がりにジャック・ヴァンスの意地悪さが光り出してきた。

 冒頭、サルコヴィーの描写が、宇宙港にたどり着いた所からして、生活感があふれ出ていて生々しい。かつて船員として世界を巡った経験が活きているんだろうか。

 というのも。少人数で途上国を旅した経験のある人にはお馴染みの風景なんだが、ゲートを出たとたんに、自称ガイドに取り囲まれてしまう。当然、向こうも商売なので、口先は親切だが、考えていることは似たようなもんで…。

 とまれ、さすが毒匠の里サルコヴィー、売り込み文句が一味違う。お土産としちゃ確かに珍しいが、親しい人に贈るにはちょっとw

 この後、ガイドとなったエーデルロッドと丁々発止のやり取りも、口ぶりこそ紳士的なものの、互いに相手の腹の底を見透かしながらの陰険で絶妙なやりとり。ガーセン、地元を見られちゃ困ると思ってるのか、または交渉自体を楽しんでるのかw

 やがて今回の獲物ファルーシの過去にたどり着くんだけど、過去を知る者の境遇を描くところが、実に嫌な感じで苦しかった。遠未来を舞台としたSFだというのに、現代日本の重大問題を鮮やかに皮肉ってるのだ。これ書いた時のヴァンスは夢にも思わなかっただろうってのが、更に悲しい。

 というのは置いて。この巻でのスターは間違いなく詩人ナヴァース。何度かの浮き沈みを繰り返し、今はドン底のハウスボート暮らし。となりゃ拗ねて困った人になっていそうなもんだが。あ、いや、確かに口の減らない困った爺さんなんだが、なんか憎めないのだ。

 もちろん、現実に身近にいたら困るタイプなんだけど、傍から見ている分には「次に何をやらかすか楽しみ」というか。遊び相手としては実に頼もしくて、人生の楽しみ方を知り尽くしているタイプ。ただ費用対効果とか計画性とかの概念は微塵もないってのが、ねえ。

 彼が手掛けるパーティーは見事ながら、そのオチも無茶苦茶w よくこんなあくどいイタズラを考えたもんだw ダン・シモンズの巨編「ハイペリオン」に出てくる詩人マーティン・サイリーナスは、ナヴァースがモデルなんじゃなかろか。

 そして、おったまげるのが、ファルーシの本拠地の税制度。

 前巻の<交換所>も、「おい、いいのか?」と本能的に突っ込みたくなるが、理屈を知ればなんか頷ける妙な合理性があった。それはここの徴税所も同じで、反射的に「おいおいw」と言いたくなるが、確かに充分な税収が見込める上に、たいていの奴は喜んで支払ってしまう困った制度だ。さすが魔王子w

 そして、あまりにも酷いのが、ファルーシへの復讐。

 いや確かに奴がやらかした事は悪辣だし、許せることじゃない。が、奴が非行(と言うには凶悪すぎるけど)に走った原因は、なんか同情したくなるってのに、最後の最後にこの仕打ちは、あまりにもあんまりだw

 タイトルといい表紙といい、微妙に詐欺っぽい感じがするけど、それもまたヴァンス。騙されて喜ぶアレな趣味の人向けの、軽い娯楽作品。

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2018年5月13日 (日)

ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ2 殺戮機械」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳

狼星からコースをとろう
アケルナルの北寄りに
いちばん外まで飛んでいけ
サンバーの光、ほら真正面
  ――p119

【どんな本?】

 センス・オブワンダーあふれる異境を描かせたらピカ一の作家、ジャック・ヴァンスによる5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズ第二幕。

 人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その権威が及ばない<圏外>へと向かう者も多い。

 五人の魔王子の襲撃により<圏外>の街マウント・プレザントは滅びた。祖父と共にからくも生き延びた少年カーズ・ガーセンは復讐を誓い、祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。最初の標的「災厄のアトル・ラマゲート」を殺したガーセンは次の獲物ココル・ヘックスの足取りを追うが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Killing Machine, by Jack Vance, 1964。日本語版は1985年10月31日発行。文庫本で縦一段組み、本文約270頁に加え訳者あとがき3頁。8ポイント43字×19行×270頁=約220,590字、400字詰め原稿用紙で約552枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。半世紀の作品だけあって、あまり凝ったSFガジェットは出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。前巻と同様に登場人物が多くいので、できれば登場人物一覧が欲しかった。

【感想は?】

 著者のエンジンが、だんだん暖まってきた感じ。

 今回の標的はココル・ヘックス、人の不安と恐怖を煽る天才だ。その居場所も正体も掴めないのは、前巻と同じ。だもんで、ガーセンはヘックスの手がかりを追い星々を駆け巡る。

 ただし、荒っぽくさびれた<圏外>が主な舞台で、西部劇の面影が残っていた前巻とは違い、この巻では都市部の印象が強く、ハードボイルド風味のタフな探偵物の空気が漂う。でもって、これが、あの傑作「宇宙探偵マグナス・リドルフ」で見せた、ヴァンスならではの底意地の悪さの萌芽を感じさせる。

 まず楽しいのが、IPCCとイタチ駆除部隊の関係。

 IPCCは星際保安協力機構、今の国際刑事警察機構=インターポールに近い。文明世界オイクメーニの広域警察機構で、<圏外>に逃げた凶悪犯を追う任務もある。ただし<圏外>だと捜査員はイタチと呼ばれ、忌み嫌われる存在。きっとお尋ね者がウジャウジャいるんだろうなあ。

 対するイタチ駆除部隊は、イタチを始末する組織。これが<圏外>唯一の星際的組織ってあたりが、ヴァンスらしい皮肉。もっとも、今のところは噂だけで姿は見せないけど。

 ガーセン君、今回はそのイタチ役を仰せつかる羽目になる。オヂサンは「何の因果かマッポの手先」なんて台詞を思い出したりして。そんなこんなで、探偵よろしく聞き込みを始めたガーセン君と、胡散臭い酒場にいる後ろ暗い心当たりが山ほどありそうな輩との、しぶとく陰険な駆け引きが楽しい。

 やはり駆け引きの妙が楽しめるのが、工場主マイロン・パッチとのやりとり。

 あの手の仕事に気が進まないあたりは悪い人じゃなさそうなんだが、秘密保持の手段を悪用するあたりっは、ちょっとw にしても、ケッタイなメカが出てくるSFは多いけど、その製造場面が出てくるのは珍しいし、ちょっと嬉しい。かなりワクワクすると同時に、ちょっと間抜けな感じが漂うのも面白い。

 などの次に、いかにもヴァンス的なのが、<交換所>ってシステム。確かにこういうのがあれば、スポンサーも滞在客にも有り難いけど、いいのかw しかもキチンと在庫処理まで考えているあたりが、ビジネスの国アメリカで書かれたSFらしいというか。

 そして最後の舞台が、ある意味じゃお馴染みの様式。読者も慣れてるもんだから、そういうモンだ、とか思いながら読んでいると…。ホント、こういう所にまで罠を仕掛けておく底意地の悪さが、いかにもジャンク・ヴァンスらしいと言うか。

 少し懐かしい感じのする、軽く読める娯楽作品。

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