2017年4月28日 (金)

リチャード・バック「飛べ、銀色の空へ」草思社 稲葉明雄訳

飛行機がそれ本来の位置、つまり空中にあるときは、死を賭するようなことはりえない。ほんとうに危険が迫るのは、それが地面とかかわるときだけなのだ。
  ――p14

リチャード、子供であることをやめてはいけない。大気やエンジンや爆音や日光といった偉大なものを、自分のうちに味わい、感じ、ながめ、興奮することをやめてはいけない。世間から子供らしさを護るために必要とあれば、仮面をかぶるのもいい。が、その子供をほんとうに抹消すれば、おまえは大人になって死んでしまうのだ。
  ――p203

【どんな本?】

 1920年代、アメリカ合衆国。陸軍で飛ぶことを覚えた若者たちは、軍からの払い下げで手に入れたカーチスJN-3 などの小型飛行機を駆り、自由に空を飛び回った。小さな町に近い広い牧草地に機を止め、客を集めては数分間の遊覧飛行を楽しませる、ジプシー飛行士として。

 そして1960年代。

 空軍で飛ぶことを覚え、ジェット戦闘機F-86セイバー などで経験を積んだリチャード・バックは、航空雑誌 Antiquer の編集長を務めるうちに、複葉機の魅力にとり憑かれる。1929年製の複葉機パークスを手に入れた彼は、ちょっとした実験を思いつく。

 現代でもジプシー飛行士は生きていけるのだろうか?

 お馬鹿な変わり者はいるもので、実験に付き合うモノ好きが二人も現れる。カメラマンで単葉機ラスコムを駆るポール・ハンスン、パラシュート降下要員のステュアート・サンディ・マックファースン。かくして大アメリカ飛行サーカスは、アメリカ中西部へと飛び立った。

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたリチャードバックが、憧れのジプシー飛行士の暮らしを実践し、次作「イリュージョン」のヒントを得た、ひと夏の実験のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nothing By Chance : A Gypsy Pilot's Adventures in Modern America, by Richard Bach, 1969、日本語版は1974年10月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約248頁に加え、訳者によるあとがき4頁。9ポイント47字×19行×248頁=約221,464字、400字詰め原稿用紙で約554枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部に航空機関係の専門用語が出てくるが、分からなければ無視しても大きな問題はない。敢えて言えば、長さの単位だろう。1マイルは約1.6km、1フィートは約30cm、1フィートは約91cm。

 ただし今じゃ新刊は手に入らないだろうから、古本を当たるか、図書館で借りよう。

【感想は?】

 つくづくアメリカが羨ましい。

 なんたって、ジプシー飛行士だ。こんな商売が成り立つのは、アメリカとオーストラリアぐらいだろう。アルゼンチンも、なんとかなるかな?

 広く平坦で、人口がまばらな土地。航空燃料(どうやらハイオクのガソリンらしい)や航空機の部品が潤沢に手に入る程度に、産業が発達し工業製品が人々に浸透した社会。ただし勝手気ままに空を飛んでも文句を言わない程度に緩い政府と航空管制。

 幾つもの植民地がそれぞれに発達し、その連合体として州政府と連邦政府ができたアメリカ合衆国ならではの、自由と産業力、そして末端までは管理が行き届かない政府など、幾つもの条件が重なって成立した、絶妙のバランスの上に成り立つ商売である。

 とまれ、実際に飛び回るリチャードら一行は、そんな難しい事なんか考えちゃいない。単に「とりあえずやれるかどうか試してみようぜ」ってな感じで、稼ぎながらその日その日を過ごしてひと夏を楽しもうとする、お馬鹿な野郎三人組の気楽な旅のお話だ。

 そんなわけで、作品としては、ちょっと変わった飛行機物語としても楽しいし、ドサ回りの小さなサーカスのルポルタージュとしても面白い。

 やっぱり飛行機に熱中するのは、ガキどもである。人口776人の小さな町リオでは、リトルリーグの試合を見ていたガキどもが、二機の飛行機とステュのパラシュート降下で大騒ぎで、週末には大繁盛だ。いい土地ばかりとは限らないが、町の人とソリが合えば大儲けできる。

 ばかりでなく、曲芸飛行を披露するパイロットは大人気で、サインをねだられることだってある。もっとも、最大のヒーローは…。わはは。でも、ガキどもの気持ちはわかるなあ。私も、ガキの頃、近くに飛行機が止まったなんて聞いたら、きっと走って見に行っただろうし。

 もっとも、世の中いい事ばかりとは限らず。夜にシャツを干そうとすれば朝露で濡れちゃうし、寝ようとすれば蚊の大群に襲われるし、珍しく屋根のあるねぐらにありつけたと思ったら…。こういうへっぽこな旅も、気の合う相棒とだったら、それなりに楽しめるんだよなあ。そんな旅日記としても面白い。

 お客さんも楽しんでるようで、単葉機のラスコムと複葉機のパークス、それぞれに乗った客が「どっちがいいか」で語り合うあたりも、飛行士としては気分のいい所。子供たちにいい所を見せようと一計を案じる親父さんとかもいて、なかなか微笑ましい。いい父ちゃんだなあ。

 意外と楽しんでるのが年配の人で、かつてのジプシー飛行士の想い出を語ってくれたりするのも、ちょっとホロリとする。ばかりか、飛び続けると、かつてジプシー飛行士だった人まで登場するから、アメリカも広いようで狭い。他にも様々な飛行機仲間が登場しては、ちょっとした思い出を残してゆく。

 中でも印象的なのが、スペンサー・ネルスン。「イリュージョン」にも登場したトラベル・エアーに乗り、はるばるネブラスカから駆けつけた勤め人。なんちゅう贅沢な休暇の過ごし方だ。

 そうやって飛び続けるうちに、リチャードは商売も巧みになtってゆく。と同時に、人はどんな環境にも慣れるのか、ジプシー飛行士の日々が単なる繰り返しにも感じてきて…

 口数少ないステュの意外な秘密、常に最悪を想定するパイロットならではの注意深い視点、バラエティ豊かな客の数々、様々な立場で飛行機を愛する仲間たち、そして次から次へと降りかかるトラブル。

 呑気な三人の男が、気分次第で行く先を決めたドサ回りのヘッポコ道中。あまり知られることのないアメリカの田舎を見せてくれると共に、一種の旅芸人の気分も楽しめる、ちょっと変わった旅の記録。

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2017年4月27日 (木)

SFマガジン2017年6月号

金属の管とそおうじゃない管があって、それぞれに曲がり方も強度も違うんですよ。よくみると構造体として使われているパイプと、そうじゃないものが描き分けられています。
  ――弐瓶勉インタビュウ

「……どうすれば分かってもらえるかなあ」
「私も同じことを言おうと思ってました」
  ――山本弘「プラスチックの恋人」第3回

「音楽は心を強姦する」
  ――劇場アニメ『虐殺器官』公開記念座談会 「虐殺の文法」をめぐって
    岡ノ谷一夫×吉田尚記 司会:塩澤快浩

 376頁の標準サイズ。

 特集は二つ。まず「アジア系SF作家特集」とあるが、中身はほとんど中華系SF特集。もうひとつは「2017年春アニメ特集」として、「ID-0」「正解するカド」そして映画「BLAME!」。

 小説は10本。

 まずは「アジア系SF作家特集」で、3本。噂の郝景芳「折りたたみ北京」大谷真弓訳。次にケン・リュウ「母の記憶に」古沢嘉通訳。最後にスタンリー・チェン「麗江の魚」中原尚哉訳。「折りたたみ北京」「麗江の魚」はケン・リュウの英訳から日本語に訳したもの。

 次に連載5本。夢枕獏「小角の城」第44回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第14回,山本弘「プラスチックの恋人」第3回,三雲岳斗「忘られのリメメント」第2回,そして椎名誠のニュートラル・コーナー「むじな虫」も、連作っぽい。

 読み切りは2本。澤村伊智「コンピューターお義母さん」,藤田祥平「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」。

 加えて、新連載「筒井康隆自作を語る」が新連載。日下三蔵を聞き手に、今回は「日本SFの幼年期を語ろう」。主役の怪演はもちろんだが、聞き手の日下三蔵の知識が凄い。日本SF黎明期に江戸川乱歩が果たした役割って、大きかったんだなあ。それとスーパージェッターの台本陣の豪華さにもびっくり。

 郝景芳「折りたたみ北京」大谷真弓訳。午前五時。ごみ処理施設での勤務が終わったラオ・ダオは、ベン・リーを訪ねる。ここ第三スペースから第一スペースに行けば、二十万元が手に入る。ベン・リーはそのルートを知っている。捕まればブチ込まれるが、今はなんとしても金が要る。

 北京を折りたたむって、なんなんだ?と思ったら、そうきたかw あまりのスケールに感心するやら笑っちゃうやら。某アニメの影響かしらん。アイデアはお馬鹿だけど、お話はとってもシリアスで、共産主義のお題目とは違い階層化が進む中国社会を、とってもわかりやすくヴィジュアル化する巧みな発想。

 ケン・リュウ「母の記憶に」古沢嘉通訳。3頁の掌編。わたしが幼い時に、母は余命を宣告された。残された時間は、あと二年。わたしの成長を見守るため、母は時間をだますことにした。

 ケン・リュウお得意の泣かせる話。もはやSF小説界のデイヴィッド・ギルモアですね。

 最後にスタンリー・チェン「麗江の魚」中原尚哉訳。年度末の課長補佐昇進を狙いバリバり働いていた僕は、PNFDⅡ(心因性神経機能障害Ⅱ型)と診断され、麗江での二週間のリハビリを申し渡された。麗江は10年前にも行ったことがある。当時は自称アーティストが集まり、女には片っ端から声をかけたものだが…

 これまた政府による強い統制のもと、急激に工業化・産業化が進む中国を、観光都市・麗江を舞台として、巧みに揶揄する作品。出てくる納西族の民族音楽を漁ってたら、コメントに「麗江は観光地化され過ぎた」とあって苦笑い(→Youtube)。

 同特集中のハイカソル編集者ニック・ママタスのインタビュウ「英語圏における日本SF」SFマガジン編集部訳。野尻抱介「ロケットガール」が翻訳されてたのか。十代の女の子向けに出したってのも市場の違いを感じさせるが、「蓋を開けてみると、ロバート・ハインラインを愛読するような中年層によく読まれた」に大笑いw ああいうストレートで気持ちのいいSFに飢えているのだ、オッサンは。

 ピーター・トライアスのエッセイ「<ファンシースターはSFの名作だ>」鳴庭真人訳は、タイトル通りファンシースターと小玉理恵子への熱い想いを切々と綴る感動作。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「むじな虫」。アブドは高原列車イースト・アンド・ウエストの保線係だ。列車の軌道は、むきだしの地殻に掘った二条の溝。軌道が地上から突き出しているマザー・プラネットとは逆だ。路線の途中、赤い小屋は馴染みのクフの家だ。今日はレザーボールを捕まえるので忙しい。

 連載中、エッセイからいきなり小説になった前回を受けて、宇宙の彼方に植民した人々の暮らしを描く連作集その2。乾いた大地に延々と続く二本の軌条、役割も正体も分からないけど惑星を飛び回りゲームの対象になっているレザーボールなど、異様な風景が続く。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第14回。ウフコックは、クインテット潜入捜査で集めた情報を、イースターとブルーに伝える。58人と11頭のエンハンサー、そしてハンターの野望。事態は危機的で、残された時間は少ない。

 今回はイースター・オフィスの視点で物語が進む。そのためか、物騒な雰囲気は底に流れながらも、話は穏やかに進んでゆく。ホワイトコープ病院の<天使たち>の恐るべき正体が明かされ、イースター・オフィスは反撃の準備を始めるが…。空気読まないダニー・シルバーのキャラがいいなあw

 山本弘「プラスチックの恋人」第3回。セックス用アンドロイド、オルタマシン。未成年型はマイナーと呼ばれ、日本のムーン・キャッスルでサービスを始めた。取材に訪れた長谷部美里はマシンの見事さに圧倒される。その帰路、反対派らしき者を見つけ接触を試みるが…

 “非実在”児童ポルノ問題に挑む作品、今回は賛否の両側を代表する人が出てきて、熱く語ってくれる。ナッツ99に熱く思い入れちゃう自分が悲しいw 月光のマニアっぷりには、ひたすら頭が下がる。変身ベルトやオルタナファクトなど時事ネタはキャッチーだが、単行本では脚注が付くのかな? にちても、プロの物書きの努力には脱帽するのみ。

 三雲岳斗「忘られのリメメント」第2回。人の体験を記録・再生できるリメメントが普及した時代。リギウス社CEO迫間影巌はMEMアーティストとして活躍中の宵野深菜に、連続殺人犯アサクノの捜索を依頼する。アサクノの殺人MEMが出回っており、それを介して精神を汚染された者もいるらしい。

 連載二回目と物語は始まったばかり。主人公の深菜の過去や敵役のアサクノの紹介や掘り下げを担う回だろう。体験が人格を変えてゆくなら、やり方次第で様々な応用も効く。だいぶ違うけど、「戦地の図書館」の冒頭、傷つき心が死んだ海兵隊員が病院のベッドで読んだ「ブルックリン横丁」のファンレターは強烈だった。

 澤村伊智「コンピューターお義母さん」。「くらしマート」でのパートを終える時、遅番の佐川さんと挨拶した。テキパキしてるし、頼れる人だ。買い物を済ませ、重いビニール袋を両手に下げて家へと向かう。自動で灯るはずの玄関照明は、やはり点かない。誰の仕業かはわかっている。

 「九十八円ぺたり、九十八円ぺたり、九十八円ぺたり」だけで、お話の雰囲気を鮮やかに伝える語りが見事。「コンピューターおばあちゃん」を思わせるタイトルだし、ある意味では深い関係がある。奥様の井戸端会議の大切さがしみじみわかる作品←違うだろ

 藤田祥平「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」。バーで飲みながらの読書会。テーマはカート・ヴォネガットの「スローターハウス5」。師匠はベロベロで、バーのオーナーのI氏は師匠の若かりし日の失敗談を聞かせてくれた。

 卒論に四苦八苦する学生たちの悪あがきや、それを見守る?教授。行き詰まっては飲んだくれた、京都で過ごす学生時代に、カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」を絡め、ノスタルジックな短編。にしても強烈そうなカクテルだなあw

 東茅子「NOVEL & SHORT STORY REVIEW」、今回は特集に合わせたのか「アジア系SF」。劉慈欣「神の世話をする」 Taking Care of God。地球を創り超科学で人類を導いてきた神たちが、老いた自分たちの面倒を見ろと地球に押し寄せて…。一人っ子政策のため日本以上に厳しく高齢化対策が求められている中国で、よく出せたなと思うぐらいキツい風刺作。

 横田順彌「近代日本奇想小説史 大正・昭和篇」第31回 大正末期のジュヴナイル小説7.今回は、なんと横溝正史の少年冒険探偵小説なんていうレア物の紹介。現代のライトノベルに当たる市場を狙った作品だろうなあ。

 藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars」が「超深海篇」で完結してるとは気がつかなかった。ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」も面白そう。

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2017年4月24日 (月)

リチャード・バック「イリュージョン 悩める救世主の不思議な体験」集英社文庫 佐宗鈴夫訳

「人々がもとめているのは、ぼくじゃない。奇蹟さ!」

「魔法使いから知っていることを教えられたら、それはもはや魔法ではなくなる」

「学生たちはきまって簡単なことを難しくしてしまう」

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたアメリカの作家リチャード・バックが、その7年後に出したメルヘン/ファンタジイ長編。

 夏も盛りを過ぎた頃。ジプシー飛行士のリチャードは、同業のドナルド・シモダに出会う。古い複葉機で田舎を飛び回り、広い牧草地を見つけては降り立ち、近くの客を集めては10分間3ドルで空の旅を楽しませる。気ままな商売だが、時には人恋しくなることもある。

 ちと風変りだが気が合いそうだし、商売も巧い。しばらく一緒に旅をしようと思ったが、実はとんでもない奴だった。ニュースに出ていた自動車修理工の救世主が、彼ドナルド・シモダだったのだ。

 著者リチャード・バックならではの極めて楽天的な哲学が色濃く出た、メッセージ色の強い寓話。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Illusions : The Adventures of a Reluctant Messiah, by Richard Bach, 1977。日本語版は、少なくとも以下4種が出ている。

  1. 1977年9月30日発行 村上龍訳 集英社 単行本 副題:退屈している救世主の冒険
  2. 1981年3月25日第1刷 村上龍訳 集英社文庫 副題:退屈している救世主の冒険
  3. 2006年4月 佐宗鈴夫訳 集英社 単行本
  4. 2009年5月25日第1刷 佐宗鈴夫訳 集英社文庫

 村上龍訳と佐宗鈴夫訳は、文体も内容もかなり違う。

 村上龍訳では、主人公の一人称は地の文だと「僕」で、会話中は「俺」。対して佐宗鈴夫訳は、いずれも「ぼく」だ。全般的に、佐宗鈴夫訳はお行儀がいいが、ジプシー飛行士同士の会話としては村上龍訳の方がしっくりくる。

 問題は内容。これは間違いなく佐宗鈴夫訳の方が原書に忠実で、よりリチャード・バックの思想に近い。村上龍訳は、独自のエピソードを勝手に加えてたりする。二人が美人局にひっかかる場面などは、村上龍の創作らしい。

実は手元に1978年版のペーパーバックがあって、ちと確認したんだが、やはり美人局の場面はなかった。もしかしたら原書もハードカバー版とペーパーバック版で違うのかと思ったが、そういう事でもないようだ。

 また、 2)村上龍訳の集英社文庫版に限り、円池茂のイラストが幾つか入っていて、なかなかいい味を出してる。

 結論として、村上龍訳は超訳で、佐宗鈴夫訳は原作に忠実。私は村上龍訳の方が好きだが、この作品が持つヤバさは、佐宗鈴夫訳の方がストレートに伝わってくる。

 今回読んだのは佐宗鈴夫訳の集英社文庫版。文庫本187頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント38字×16行×187頁=約113,696字、400字詰め原稿用紙で約285頁。バーナード嬢大喜びの薄さだ。

【感想は?】

 大好きで若い頃に村上龍訳で何度も読み返していた本だ。新訳でどうなるかと思ったが…

 驚いた。こんなにヤバい本だったのか。もともと、クリスチャン・サイエンスに入るなど、ちとアレな人だよな、と思っていたが、「ちと」どころではない。この人、紛れもない本物だ。

 お話は、思想的・哲学的なものだ。著者の思想を読者に伝える、そのために物語の形を借りる、そういう作品である。ジプシー飛行士のリチャードが、救世主のドナルド・シモダ(ドン)に出会い、ドンに導かれて救世主としての修業をする、そういう物語だ。

 この世はどういうものか。何のために人は生きているのか。どう生きるべきか。そのために最も大切なものは何か。そういった哲学的な問題を、リチャードとドンが語り合い、また幾つかの実習を通し、次第にリチャードが身に着けてゆく、そういう形で物語は進む。

 著者の哲学は、いかにもアメリカ人らしい楽天的なもので、大嫌いな人と大好きな人に分かれるだろう。その判断は簡単。冒頭、14頁ほどの短い寓話がある。この寓話が気に入れば他にも気に入る所があるだろうが、腹が立つなら、さっさと放り出すのが吉だ。この作品は、あなたの好みに合わない。

 どんな哲学か。

 それは、究極のリバタリアニズムと言っていい。私たちは、みんな自由だ。今のあなたの境遇は、あなたが自ら選んだものだ。私たちは、なんだってやっていい。なんだってできるのだから。

 無茶苦茶だと思うかもしれない。でも、この物語を読むに従い、次第に洗脳されてゆく人もいる。私もそうだった。まあ、洗脳は完全じゃなかったけど。

 これは、村上龍が勝手に追加した美人局のエピソードの効果が大きい。あの挿話で、著者が主張したかった完全性が損なわれた。その分、先鋭性は鈍ったが、親しみやすさは増した。

 お気楽ご気楽な哲学だが、それを可能にしたのは、1970年代のアメリカの状況が大きい。

 嵐の1960年代が過ぎ、政治の時代が終わった。好景気が続き、食い詰める者は減った。産業は発展を続けるものの、政府の監視は比較的に緩く、もともと自由と自立を尊ぶ国民性も相まって、社会にスキ間が沢山あり、ケッタイな商売が成り立つ余地が充分にあった。

 それを象徴するのが、主人公二人の稼業、ジプシー飛行士。私がこの作品に惚れた理由の半分以上は、この商売にある。

 時代遅れの複葉機に乗り、田舎を飛び回る。休耕地や放牧地などの適当な空き地を見つけては着陸し、地主の許しを得て臨時の飛行場にする。近くに住む人を集めては、10分間3ドルの空中散歩を味わってもらう。一通り稼いだら、荷物をまとめて次の町へと飛んでゆく。

 航空法なにそれ美味しいの?ってな無茶苦茶な商売だが、著者は実際にこの稼業で食ってけるか試している。その記録が「飛べ、銀色の空へ」で、近いうちに紹介したい。

 まさしくその日暮らしの風まかせ、自由気ままなドサ周りの暮らしで、いつだって野宿だし、メシはアリ付サンドイッチならマシな方で、リチャードのパンときたらオガクズと牧草だらけの石膏味。それでも、煩い上司に頭を下げる必要もなければ、出世の速い同期を嫉むこともない。

 満員電車に詰めこまれて通勤している者にとっては、羨ましくてしょうがない。こういう、思いっきり手足を伸ばして昼寝できる暮らしには、どうしたって憧れちゃうのだ。

 読み方によっては劇薬で、人生を誤る可能性もある。が、日々の暮らしや仕事で息が詰まる想いをしている人にとっては、頭の上の重苦しい雲の隙間から青空がのぞく、そんな気分になる。ちょっとだけ気分が軽くなる、そんな作品だ。

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2017年4月23日 (日)

リチャード・バック「翼の贈物」新潮社 新庄哲夫訳

古来の格言によると、プロの作家というのは、ついに筆を捨てなかったアマチュアなのだそうである。
  ――十秒の間がある

「いやでたまらないいまの生活よりも、自分の知らない世界のほうがずっとこわいのね……」
  ――願いごと

“飛行”という言葉も、結局は脱出と同意語なのだから。
  ――完全なる場所への旅

「シービーを着水できる飛行機と考えちゃいけない」ドン・カイトが、何年か前にそう言ったことがある。「空飛ぶ船と考えるんだね」
  ――空飛ぶサマーハウスの冒険

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたアメリカの作家リチャード・バックが、その前後に発表したエッセイや短編をまとめたもの。

 彼が大好きな飛行機やパイロットにまつわる話が大半で、登場する飛行機の多くは古い複葉機だが、空軍時代に操縦した F-100 スーパーセイバーや、当時の先端技術を集めた単翼の軽飛行機、水陸両用機からグライダーまでバラエティ豊か。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Gift of Wings, by Richard Bach, 1974。日本語版は1975年2月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約234頁に加え、編者の言葉1頁+訳者による解説4頁。9ポイント42字×17行×234頁=約167,076字、400字詰め原稿用紙で約418枚。文庫本なら標準的な一冊分。イラストも多いので、実際の文字数は8割程度だろう。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。航空機関係の専門用語がよく出てくるが、分からなければ「何か専門的な事を言ってる」程度に流しておけば充分。

 ただし今は新品を手に入れるのは難しい。古書を漁るか、図書館で借りよう。

【構成は?】

 それぞれの作品は独立しているので、お好みの所だけを拾い読みしてもいい。

  • 十秒の間がある
  • 空飛ぶ人々
  • 私は風の音を聴いていない
  • 願いごと
  • 消えたパイロットの帰還
  • 常に空はある
  • 過去から来た女
  • 空からの眺め
  • 雪と恐竜
  • ラガーディア飛行場でのパーティー
  • サム福音書
  • ペカトニカの淑女
  • カモメはどうかしている
  • 闇の中の声
  • 本日、巡業飛行中
  • ひとかけらの土地
  • 完全なる場所への旅
  • 寝椅子の下にあるもの
  • 七万一千ドルの寝袋
  • 午後の死 ある滑翔物語
  • 飛行場少年への贈物
  • エジプト人はいつの日か飛ぶ
  • 楽園は自ら造るもの
  • わが家は他の惑星
  • 空飛ぶサマーハウスの冒険
  •  編者の言葉/解説

【感想は?】

 重症のオタクが、相応しい対象に出会い、幸せに暮らすお話。

 当時はオタクなんて言葉はなかったが、彼が飛行機に寄せる想いはオタクの熱情そのものだ。わずらわしい俗世を離れ、自分だけの自由を堪能できる時間、それが彼にとっての飛行である。

 リチャード・バックは冷戦時代に合衆国空軍で F-86 セイバーなどを操縦し、航空関係のジャーナリストを経て作家となった。成人して以来、ずっと飛ぶことに憑かれて過ごし、プライベートでも複葉機や軽飛行機に乗り続けている。とにかく飛ぶことが好きなのだ。

 ただしスピード狂ではなく、好きなのは1920年代の複葉機ってのが彼の特徴。クルマでもクラシック・カーに拘る人がいるように、古いけど「自分でメカを操っている」感覚が好きなんだろう。

 当然ながら、最新の飛行機には性能じゃ敵わない。けど、古いメカが好きな人は、なんだかんだと自分の愛機の長所を見つけ出すものだ。「私は風の音を聴いていない」では、F-100 スーパーセイバーに対し、「排気ガスの臭いもしなけりゃ発動機の咆哮も聞こえない」と噛みついている。

 こういったあたりはオッサンの愚痴そのものなんだけど、そこが可愛い所でもある。「ラガーディア飛行場でのパーティー」では、木製の飛行機は長持ちするんだ!と大威張りだったり。

 その F-100 を、ちょっと変わった形で堪能できるのが、短編「猫」。ベルリン危機(→Wikipedia)で召集されドイツで任務に就いた頃の体験を元にした小説だ。ここでは、次から次へと F-100 に不調が起こる。軍事物でも、あまり機体の不調の話は出てこないので、なかなか貴重なネタが楽しめた。

 やはり F-100 にまつわる話が、「消えたパイロットの帰還」。ドイツ時代の相棒ボウ・ペヴァンを描いたエッセイだ。僚機のミスを指摘するペヴァンの態度は、映画「トップガン」とはまた違った戦闘機パイロットの姿を感じさせる。その後のペヴァンの生き方は、オタクへの力強い応援歌でもある。魚から水を奪ってはいけないのだ。

 とまれ、そんな生き方ができるのも、アメリカならでは。「本日、巡業飛行中」では、彼がジプシー飛行士としてドサ回りの旅を試みた時の体験談で、後にドキュメンタリー「飛べ、銀色の空へ」や長編小説「イリュージョン」の原型となるもの。

 このジプシー飛行士ってのが、当時のアメリカならではの商売で。

 複葉機で田舎へ飛び、空いてる農地に着陸する。大声で客を集め、10分間3ドルで空中散歩を楽しませる。適当に稼いだら、次の町へと飛んでゆく。孤独だけど、自由気ままな商売である。

 1920年代~1930年代ノアメリカには、そんなジプシー飛行士がいたそうだ。離着陸可能なだだっ広く平らな土地と、安く潤沢に手に入る飛行機&燃料、仕事を求めるパイロット、航空法などの煩い取り締まりをしない御上など、幾つもの条件が重なって可能となる稼業だ。

 いくら短い距離で離発着できる複葉機といえど、日本じゃ休耕地は少ない上に一枚の畑が小さく、また土地に起伏が多くて、臨時にでも飛行場にできる場所が少ない。御上も煩いから、流れ者には厳しいだろう。航空法も厳しくって、予め航路を届けなきゃいかんだろうし、燃料もバカ高くてブツブツ…

 まあいい。ここでは、とりあえず、そんな当時のアメリカを素直に羨ましがっておこう。でもホント、そういう旅烏な暮らしって、どうしても憧れちゃうんだよなあ。

 そんなリチャード・バックが勤め人になろうとした「楽園は自ら造るもの」は、ちょっと笑える話。まあ、どうしたってネクタイを締められない人って、いるもんです。

 ちょっと変わった飛び方としては、「午後の死 ある滑翔物語」がユニークだ。これは、グライダー競技に参加した時の体験談。同じ航空機とはいえ、なにせエンジンがないので、複葉機とは全く違う事に気を配らなきゃいけない。ある意味、「飛ぶ」事の身も蓋もない現実を、否応なしに突きつけてくる作品だ。

 社会に適応できないオタクが、愛する飛行機に巡り合って、幸せに暮らすお話。生きていくには稼がなきゃならないけど、稼いだ分は趣味につぎ込んだっていいじゃん、そんな気分にさせる、もしかしたらちょっと危険な本かも。

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2017年4月21日 (金)

チャイナ・ミエヴィル「爆発の三つの欠片」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通他訳

「もし、病気なのがあなたではなく、この世界だとしたら?」
  ――キープ

 死者に関わる仕事をしたことがある者なら、誰でも知っていることがひとつある。死体に何かをすれば、自分に返ってくるということだ。
  ――デザイン

【どんな本?】

 独特のグロテスクな世界観と突飛なアイデアが魅力の、イギリスのホラー/SF/ファンタジイ作家、チャイナ・ミエヴィルの短編集。

 殺伐とした未来や奇矯な風景を切り取った掌編、架空の映画の予告編、ドロドロ・グニョグニョなスプラッタ、ジワジワと不吉な影が広がる正統派ホラー、イカれたアイデアをクソ真面目に語るバカSF、そして市民レベルの政治活動をネタにしたものなど、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Three Moments of an Explosion : Stories, by China Miéville, 2015。日本語版は2016年12月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約501頁に加え、日暮雅通の訳者あとがき4頁。9ポイント24字×17行×2段×501頁=約408,816字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれているが、内容的にちと読みづらい。なにせアイデアがブッ飛び過ぎているので、何が起きているのかを理解するのに時間がかかる上に、語りの仕掛けに凝る人なので、何度も前の頁に戻って細かい所を確かめながら読まなきゃいけない。それを覚悟して、注意深くじっくり読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

爆発の三つの欠片 / Three Moments of an Explosion : Stories / 2012年9月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 染伝荒告。遺伝子調整した腐敗物質にブランド名や製品名を描き込み、それが分解し消え去ると、別のイメージが現れる、そんな広告は、もう当たり前になった。そして今は、新しい形の広告媒体が流行りはじめた。爆発だ。
 3頁の掌編。「染伝荒告」に思わず「うまい!」と唸ってしまう。目新しさを求めるのは広告業界ばかりでなく、先端にいようとする若者もまた同じ。テクノロジーが可能にする、イカれた未来の風景を描く。妙に病的なあたり、ロンドンの空気を伝えてくる。
ポリニア / Polynia / 2014年6月出版社TORのサイト / 日暮雅通訳
 ロンドン上空に“塊”が現れた。最初はシティホール上空で、次第に数を増していく。不規則に空を漂う“塊”は、冷たい空気を吹き付けてくる。正体は氷山。政府は公式の調査チームを派遣する。子どもだったぼくたちも、調査隊には敬意を持っていた。
 突然現れた、プカプカと空に浮かぶ氷山なんてシュールな風景と、その下で少年時代を過ごすありがちな子供たちの対比が楽しい。同じ趣味を持つイアンに、微妙に素直になれない主人公の姿が、ミエヴィルならではの味を感じさせる。
<新死>の条件 / The Condition of New Death / 2014年3月リヴァプールの Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 日暮雅通訳
 新死。最初の報告は2017年8月、ガイアナのジョージタウン。以後、急速に世界に広がり、従来の旧死が最後に確認されたのは六年前だ。発見したモリス氏は語る。「彼女の両足はまっすぐ私の方に向いていました」。そして、彼が歩き回ると、彼女の体も回転してモリス氏に足を向ける。
 これもミエヴィルの奇想が炸裂する掌編。誰がどこから見ても、死体の足はこっちを向いている「新死」は、世界の風景をどう変えるか。まあ、人間ってのは、けっこう逞しいもので。
<蜂>の皇太后 / The Dowager of Bees / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 22年前、ぼくは“伝授”された。シュガーフェイス,デンノ,ジョイ,そしてぼくの四人でカードの勝負をしていた。シューガーフェイスとデンノが降り、ぼくとジョイの勝負になった時、それが来た。スペードの2、クラブの7とジャック、ダイヤの8、そしてぼくの見たことのない札。
 麻雀だと地域によって様々なルールがあって、大車輪なんて役があったりする。また九蓮宝燈をアガると不幸が訪れる、なんて噂も。そんなギャンブラーたちの間に伝わる、不思議な伝説をネタにした話。
山腹にて / In The Slopes / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 エラムウは小さな町だが、近くに二つも発掘場がある。フリー・ベイとバントー。小間物屋のマカロックは、バントーを掘るギルロイ教授チームの学生ウィルとソフィアと知り合う。ライバルのパディックはフリー・ベイで大変な物を掘り当てて…
 ヴェスヴィオ火山の噴火で滅びたボンベイの遺跡から発掘?された、石膏遺体像(→ガラパイア)からアイデアを得た作品。考古学も今は次々と新技術が登場するんで、遺跡や遺物は解析すべきか、それとも未来の解析技術に任せるか、難しい所だろうなあ。
クローラー / The Crawl / 2014年6月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 映画の約2分の予告編の台本を模した作品。ゾンビの襲来で人類は世界を失った。それでも生き延び戦い続ける者もいる。しかし…
 クリーチャー大好きなミエヴィルとゾンビ。あまりに相性ピッタリすぎると思ったら、これまた思いがけないヒネリがw
神を見る目 / Watching God / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 その町の沖には時おり船が訪れる。岸には近づかない。たいてい湾の外側に停泊し、そして去ってゆく。島のタウンホールには、様々な額がかかっている。その一つには、こうあった。『遠くの船は、あらゆる男の願望を積んでいる』。その下に小さな斜体で『彼らの目は神を見ていた』。
 海と渓谷で、世界から切り離された町で育つ少女。何かのメタファーなんだろうけど、私にはよくわからなかった。何かを運んでくるのでも、積んでゆくでもなく、ただ沖合に現れるだけの船が、町の人にとって「そこにあるべきもの」になっちゃうあたりは、ちょっとわかるような気もする。
九番目のテクニック / The 9th Technique / 2013年10月自費出版 / 日暮雅通訳
 プレサイズ・ダイナーの客の多くは学生だ。地元民もいる。そして、兵士と取引する者も。コーニングも、その一人だ。小さなガラス瓶の中に入った、指ぐらいの大きさの黒っぽい塊を受け取り、尋ねる。「グアンタナモにはどのぐらいいたの?」
 グアンタナモ(→Wikipedia),ラフガディオ・ハーン=小泉八雲,アレイスター・クロウリーなどの固有名詞を散りばめつつ、次第に不穏な方向に物語は向かってゆく。明るく賑やかな定食屋から始まり、段々と視野が暗くなってゆくような場面の変化が巧い。
<ザ・ロープ>こそが世界 / The Rope is the World / 2009年12月 Icon Magazine / 日暮雅通訳
 最初は宇宙エレベーターなんて空想上のものだと思われていた。でも様々な新技術や経済情勢が関わり、幾つもの赤道上の国が巻き込まれていった。ザ・ロープは最初につくられたが、オープンは三番目になった。後からつくった他の二本に追い越されたのだ。
 宇宙エレベーターの興亡を、ミエヴィル流の退廃感あふれたイマジネーションで綴った掌編。なんか結末が取って付けたような感じでもあるし、舞台としてはなかなか魅力的な世界なので、実は長編のプロローグなのかも。
ノスリの卵 / The Buzzard's Egg / Granta 2015年4月号 / 日暮雅通訳
 ノスリとワシが恋をして、ノスリが卵を一つ産んだ。ノスリは卵を見捨てたが、ハトが自分の卵だと勘違いして温め始めた。卵から孵った鳥は、鉄のように硬い羽毛が生え、羽ばたけば雪が降り、鳴けば口から虹が出る。そんな話を、捕虜に語り掛ける、塔に住む老いた男。
 独特のルールで戦争が続く世界で、周辺国の侵略を続け拡大してゆく国。戦争のルールとして、これはこれでアリかも。
ゼッケン / Säcken / Subtropics Issue 17 Winter/Spring 2014 / 日暮雅通訳
 メルとジョアンナは、ドイツの田舎にある湖のほとりに建つ館で、しばらく過ごすつもりだった。朝食のあと、湖の岸を歩いていたメルは、メダルのような黒い木片を見つける。あまりに臭いがひどいので、投げ捨てたのだが…
 のんびり休暇を楽しもうと、静かで平和なドイツの田舎を訪れた女同士のカップルに、少しづつ忍び寄る怪異の影…というパターンの、正統的なホラー。
シラバス / Syllabus / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布  / 嶋田洋一訳
 3頁の掌編。三週間の授業の概略と進め方を説明するパンフレットの形式で、異様な世界をチラリと見せてくれる。
恐ろしい結末 / Dreaded Outcome / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 デイナ・サックホフは37歳のセラピスト。ブルックリンで仕事をはじめ、もう10年目だ。午後の最後のセッションはアンナリーゼ・ソーベル。彼女のセッションは八回目だ。彼女の問題は、はっきり分かっている。仕事熱心で社交的な言語学者・翻訳家、44歳の独身。
 レインはR・D・レイン(→Wikipedia)かな? 患者を大事にしたって評価もあるが、大事にし過ぎたって評価の方が(少なくとも当時は)強かったようで、精神医学会に真っ向からケンカを売った形になったらしい。デイナの療法が明らかになるあたりは、ちょっと笑ってしまった。
祝祭のあと / After the Festival / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 今日は謝肉祭。ステージでは司会者が観客を煽り、電子音楽が大音響で鳴り響く。登場したのは、食肉加工業者の白い上っ張りを着た一団。鎖につないだ一匹の豚を引っ張っている。鉄枠に豚を固定し、液体が飛び散らないようにプレートをはめ込む。
 血まみれのスプラッタ風味で始まる、正統派ホラー。グニャグニャ・ドロドロ・ヌメヌメが嫌いな人は要注意。
土埃まみれの帽子 / The Dusty Hat / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 南ロンドンの大学のホールで開かれた社会主義者の集会に、その男はいた。鍔広の帽子は土埃まみれで、歳は70代後半。どう見ても周囲から浮いている。話の内容はフラフラと漂い、その筋道を追うのは難しい。
 左派の社会運動家でもあるミエヴィルの一面が光る作品。舌を噛みそうな音読みの漢字が続く言葉を好み、何かといえば激しく議論しちゃ内ゲバを繰り広げ、次々と組織が分裂していく左派の運動を皮肉りつつ、奇妙な世界へ読者を誘ってゆく。
脱出者 / Escapee / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 「クローラー」同様、映画の予告編の台本を模した掌編。ホラーのようだけど、主人公の見た目は、ちょっと間抜けなヒーロー物っぽい。
バスタード・プロンプト / The Bastard Prompt / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 出会ったとき、トーは駆け出しの役者だった。一緒に住み始めた頃から彼女は売れ始めたが、ブレイクってほどじゃなかった。そこでトーはSP=標準模擬患者の仕事も始めた。医学生の前で患者のフリをして、問診の練習台となるのだ。彼女の演技は真に迫っていて…
 ネタかと思ったら、標準模擬患者(→城西国際大学薬学部模擬患者会)って本当にあるのね。ダスティン・ホフマンは、映画レインマンの演技の参考のために精神病院を訪れて患者を観察し、その帰りには完璧に演じて見せた、みたいな話があったような。役者の怖さが伝わってくる作品。
ルール / Rules / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 3頁の掌編。飛行機の真似をして走る子供の遊びと、何かのゲームのルールの説明が交互に出てくる構成。もしかしたら、小説の書き方の指南と、そのサンプルなのかも。
団地 / Estate / The Winter Review 2013年7月 /  嶋田洋一訳
 八月。その晩は、団地の外で何人かが騒ぐ声で起こされた。次の晩は、狐の鳴き声だ。近所の噂話で、ダン・ロッチが帰ってくると聞いた。子どもの頃、同じ学校に通っていた。夜になると、顔も知らない人が集まってきた。
 若者たち?が始めた、ケッタイで残酷で危なっかしい遊びを扱う作品。いかにもロンドン・パンクを生み出したイギリスらしい、暴力的な退廃感が漂っている。
キープ / Keep  / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 突然、流行りはじめた奇怪な現象。第一号のニックが、地下室に閉じ込められている。当人の周囲に、半径6フィートほどの円形の溝ができるのだ。当人には止めることも早めることもできず、建物や乗り物の中にいれば、床や壁や柱をくりぬいてしまう。伝染性の可能性もあるが…
 ミエヴィルならではの奇想が光る作品。止まっていると、本人の周りに勝手に溝が掘られてしまう奇病なんて、どっから思いついたんだか。馬鹿馬鹿しいアイデアながら、その対処法や世間の反応を真面目に考え、シリアスに展開してゆく。
切断主義第二宣言 / A Second Slice Manifest / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 ミエヴィルの先鋭的なセンスとSFマインドが光る4頁の掌編。美術界の新しいムーヴメント、切断主義を謳いあげ…へ?
コヴハイズ / Covehithe / The Guardian(online) 2011年4月 / 日暮雅通訳
 ダニッチの村を訪れたドゥーガンと娘は、夜の闇に隠れて特別警戒地域に忍び込み、浜辺へと向かってゆく。ドゥーガンは確信していた。現れるのは今夜だと。予想はあたった。月明かりに照らされた海から、何かが波をかき分けて向かってくる。
 わかる人には「ダニッチ」でピンとくる作品。いや私は知りませんが。やはりミエヴィルらしいバカバカしさなんだけど、無駄に大きいスケール感が心地いい。ある意味、パシフィック・リムw
饗応 / The Junket / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 脚本を書いたダニエル・ケインは、姿を消した。そうでなくても、大騒ぎを引きおこす映画だ。出演者やケインの家族は取材陣に取り囲まれ、広告業界や弁護士ばかりでなく、多種多様な政治団体・市民団体が賛否を巡って運動を繰り広げた。
 インタビュウの形で綴る作品。こういったタブーに切り込む姿勢は、B級な映画を愛し、奇想に溢れ、また政治活動にも熱心なミエヴィルならでは。ちょくちょくB級ホラーに使われるあのネタを、こう捻るかw
最後の瞬間のオルフェウス 四種 / Four Final Orpheuses / 2012年4月ミエヴィルのサイト / 市田泉訳
2頁の掌編。亡くなった妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ行ったオルフェウス(→Wikipedia)の胸中を察するに… これだから作家って奴はw
ウシャギ / The Rabbet / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 マギーとリカルドの家に、新しい下宿人シムが来た。シムは働きながらコンピュータ・アニメを作り、ネットで公開してるが、出来はイマイチ。よく街中を歩き回り、変わったものを見つけるのが得意だ。長く住んでいるマギーが知らない面白い店を発見し、捨ててあった絵画などのガラクタを拾ってくる。
 少しづつ大きくなる予兆と、それに伴い物騒になってゆくナニ、そして無邪気に戯れる幼子を絡めた、正統派のホラー。
鳥の声を聞け / Listen the Birds / 書き下ろし / 市田泉訳
 これまた映画の予告編の台本を模した掌編。無音・耳障りな音・雑音・歪んだ声など、音の使い方に工夫を凝らしている。
馬 / A Mount / 書き下ろし / 市田泉訳
 5頁の掌編。1フィートほどの高さの磁器の馬と、その前で涙を流す少年から、イマジネーションを広げた作品。
デザイン / The Design / McSweeney's Quarterly Concern Issue 2013年12月 / 日暮雅通訳
 グラスゴーの医学校で解剖の実習中、ウィリアムはそれを見つけた。死体は60代の男性。組織を払いのけ、尺骨を露わにした時だ。何かの事故でできるようなものじゃない。明らかにデザインされた模様、絵柄が骨に描かれている。
 「祝祭のあと」同様、グロテスクなシーンに溢れた作品。なんたって、死体の処理を嫌というほど細かく具体的に書いてるし。デザイン,語り手の過去,少女と謎は出そろっているが、私は一つも読み解けなかった。
訳者あとがき:日暮雅通

 全般的に、小説としては未完成な感のある作品が多い。その反面、作品内で繰り広げられる風景は奇妙奇天烈・前代未聞で、そのケッタイさにクラクラしてくる。

 「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」でも異様なアイデアを連発したミエヴィルなので、思いついたけど長編に巧く組み込めなかった、けどセンス・オブ・ワンダーはタップリ詰まったアイデアを、なんとか形にして吐き出した、そんな雰囲気の作品集だ。

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«ハナ・ホームズ「小さな塵の大きな不思議」紀伊国屋書店 岩坂泰信監修 梶山あゆみ訳